25話【成りすまし】
キイの私室へと移動する。この部屋はアニメで良く見るような部屋で、地面に転がっている絨毯も高そうで、他の内装も豪華だ。まず目を奪われたのは、壁に立てかけられている剣と大盾だ。キイの装備。だけど、この部屋には似つかわしくないとは思わない。元々、剣も大盾も綺麗な見た目だったから、この部屋のアクセントになっていて丁度良いなと思う。窓からは夕陽が間も無く落ち切るのだと確認できる。森林に囲まれていたから、今が夕方だとは思わなかった。
「悪くはない部屋だな。私の部屋には劣るが」
「あ、それ言いたかった。女の子してる部屋だったね。あそこ」
「む。それはどういう意味だ。けなしているのか?」
「そんな事ないよ。可愛いなって言いたいの。私は好きだよ?」
「そうだろう。そうだろう。趣味が合うな。集めるのが大変だった」
胸を張って誇らしげにしているウィズをあたしは、内心では本当に600歳を超えている趣味でいいのかなと陰口を叩く。それが表情に現れたのか、ウィズがあたしの顔をじーっと見て、訝しげにしている。
「本当だろうな?」
「ほ、本当本当。ウィズの趣味を否定しないよ」
「うーむ…。ナツキが心の中で思っている事は、この体に入り込んでいた時には筒抜けだった。内向的な所はバレているぞ?」
「あ…」
「まぁ、いい。私の顔が好みなのだろう? 鏡に向かって、可愛いって言ってくれたし」
「うん! 可愛い」
「梨紅とどちらがいい」
「それは比較できない。許して?」
「釣れないことを。嘘も方便だぞ」
(すまない。談話中に。もうそろそろ夕飯時だ。もしかしたら、私がいきなり居なくなって、騒動になっているかもしれない。部屋を出て確認してくれないか?)
ウィズとの会話に盛り上がってしまった。そうだった…。
(それはしょうがない。初めて会って、対話できたのだしな。私が無粋なのは承知だ)
あ、私の心の中が筒抜けって、こういうことか…。
(すまない。全部聞こえてくるんだ…)
気持ちを切り替えて、ウィズに報告する。いきなり黙り込んだあたしを見て、怪しげにこちらを見ていた。
「キイがね。部屋を出て、家の人達に勘付かれてないか確認したいんだって。行かないと」
「そうか。私も行こう」
「ほえ!?」
「どうせバレる。早めに事情を説明した方がいい。なに。上手く言うさ。ナツキは黙っていればいい」
「でも…」
「こういう場面は初めてではない。…だが、服が汚れすぎているな。少し待て」
ウィズの周りに魔法陣が展開される。瞬く間に、あたしとウィズの服が元通りの清潔な衣服へと逆再生されていった。
「これで、外でいざこざが合ったというのは誰も思わないだろうさ」
「この魔術って、何?」
「興味津々だな。これは時操作の魔法を応用して、衣服だけを損傷する前の時間へと遡った。制約はあるがな。数時間くらいが限度だ」
胸を張って、またも自慢げに説明している。承認欲求が強い人なんだな。
「すごい! 気になっていたんだけど、魔法って言ってるよね。さっきから。魔術と魔法の違いって何なの?」
「わかんない。昔は皆、魔法と言っていたのだがな。それが今では魔術と言っているようだ。何か、時代の移り変わりがあったのやもしれない」
「ふ〜ん…。あ、早く確認しに行かないと」
「お。そうだった」
あたし達は部屋へと出て行こうと、部屋の扉を開けた。そうしたら、扉を出た先の近くに、見知らぬ人が立っていた。いきなり扉を開けたものだから、相手は驚いていた。扉を背にして立っていたから。慌てて、こちらに振り返る。その人はメイド服に身を包んでいる。歳が20後半くらいに見える。
(本人に言ったら喜ぶだろうな。ユウカと言って、私の専属メイドだ。母さんと、私は呼んでいる。養母だ)
お母さん!? よりにもよって、第一関門がキイをよく知っている人だなんて…。成り切らないと…!
あたしはキイに似せるように演技をしようと努力した。
「や、やぁ。母さん。ご飯はもう、出来上がっているか?」
声が上ずっている。恥ずかしい…。
「…いや。もう少しだと思うわ」
あれ? 何やら、目が赤い。泣いていた…?
(…かもしれない。ちょっと、言い争いになってな。心配させてしまったんだ)
知らないふりをした方がいい?
(背中を撫でてやってくれ。ああ見えて、慰められると喜ぶ)
キイの言う通り、ユウカさんの背中を撫でた。キイの事だから、優しく、優しく…。
「さ、先ほどはすまなかったな。言い争いになってしまって」
「いいのよ。もう。これで、今まで通りの生活に戻れるのだから」
…どうだろうか。あたしの偽善が、胸を痛めた。
「食事の支度はほとんど出来上がっていたから、今から食卓へ向かっても大丈夫よ。…あれ? そちらの人は…?」
「お初にお目にかかります。まず、玄関先でのご挨拶ではなく、この場まで土足で上がり込んだ事をお詫び申し上げる」
忘れていた…! 一瞬、ヒヤッとした…。ウィズは片手を胸へと置き、礼儀正しく頭を下げた。
「え、ええ。大丈夫です。キイ。いつ頃から…? 私、部屋の前でずっと居たと思うのだけど」
そ、そうだったのか〜!
(なんだと…)
慌てふためく二人。その中、ウィズは冷静に受け答えをした。
「実は、私の魔術で無遠慮に上がり込みました。勿論、キイさんに了承を頂きまして」
「そうだったのですね! キイの手紙にも書いてあったわ! 貴女がユエさん?」
ユウカさんはピンときたように飛び跳ねてはしゃいだ。その仕草、可愛いな…。
(そうだろう。そうだろう)
「いえ、私の名前は、ウィズ・アンジェリ・マグナス、と名乗らせて頂いております。ユエさんとは別人です」
「そうでしたか。失礼しました。ご挨拶が遅れましたね。私は、ユウカ・フォールナー、と申します。よろしくお願いしますね」
「ご丁寧にありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
ウィズもユウカさんも笑顔で受け応えをしている。あたしは置き去りにされているままだ。…どうしよう。ボロを出さないようにしないと。
そんなあたしを察しているのか、顔に出ているのかわからないが、ウィズがあたしを見てユウカに提案をした。
「申し訳ございません。実は、キイさんとは話したいことがありまして。後ほど、食事部屋にお伺いさせて頂いても?」
「ええ。大丈夫ですよ。キイ? 食堂がどこにあるかわからないわよね? 一階に降りて、右手側の通路奥まで進んだら食堂よ。わからなくなったら、声を上げて? 声、大きいでしょ?」
「わ、わかった。母さん」
「…? なんか、変な子ね。まだ疲れでも取れてない?」
「そ、そうなんだ。距離があったから」
「そう…。やっぱり、変な子ね。緊張しているように見えるわよ。…あら? 瞳が赤いわよ…? どうしたの? それ」
「な、なんでもない。テレジアで流行っているんだ!」
「そうなの…? やめた方がいいわよ? なんか不気味よ…。それじゃ、また後でね」
そう言って、ユウカさんは不審がりながら、通路の奥に見えている階段へと歩いていった。
あ、危なかった…。ひ、瞳の事も言われてしまった…。
(どうしたものか…)
「どうしたものか」
二人がハモった。頭の中と、耳から、同時に言うものだから、変な気分だ。
「すみません…」
「芝居が下手だな。キイだったら、堂々としているよ。ユウカとどれ位の関係性で話し合っているのかわからないけどさ」
「う…」
「一つ、提案がある。単刀直入に言おう。ナツキ、体の所有権をキイへと返すんだ」
「………どうやって?」
「やり方は把握している。それはキイに説明しよう。ナツキには意識してほしいことがある。これから、自分の中で何が起こっても受け入れるように」
「何が起こってもって、何が?」
「それはわからない。あの眩しい部屋にいた住人が言っていたのだ。寄生虫本体が体の主導権を譲渡する意思があれば、ここから出ていくことが可能だと」
(あ。ナースステーションでたまに見かける人物だ。言っただろう? いる時はいる人の様な人物がいると。だが変だな。ベッドに寝れば戻れると言っていたが…)
何か事情が違うんじゃない?
そう思いながら、ウィズの提案を受け入れることにした。
「とりあえず、わかった」
「よろしい。では、キイ。聞こえているだろう。今、どこにいる?」
「えと、ナースステーションにいるよ」
「ナース…? あの眩しい部屋で合ってるのか?」
「多分」
「それなら、風景が映る箱の前へと移動するのだ。そして、その前にある椅子へと座って、箱の横に隠れている突起物を押すんだ。伝わったか?」
(突起物…? これか…?)
恐らくボタンのことを言いたいのだろう。そんなもの、見当たらなかったな。
(押すぞ。いいか?)
「今から押していいかって言ってるよ」
「うぬ。押してみよ」
(いくぞ…!)
あたしは、キイにこの体を譲渡する意識を強めた。…そう考えているだけだけど…。
世界が一変するのは、一瞬だった。
はっ
「…おぉ。変わった、な…。違う場所にいたのに、いきなり瞬間移動した様な気分だ…!」
あたしも…!
「上手くいったな。あの怪しすぎる奴も、嘘は言わなかったのだな」
「嘘だったら、どうなっていたんだ」
「試す価値はあったであろう? これで、万事解決だ」
「そうだな。よかった…!」
何はともあれ、これでとりあえず乗り越えていける。あたしは胸を撫で下ろす気分だった。
「ウィズ。質問があるのだが」
「どうした?」
「この瞳をどうにかできないだろうか」
キイは自分の瞳を指差して、ウィズに助けを求める。虚しくも、ウィズはその助けを払い除けた。
「無理だ。隠蔽魔法はあるが、その瞳には意味を成さない。何とか誤魔化せ」
「そうは言うが…」
「無理なものは無理だ。吸血鬼の瞳には、それだけで魔力を有している。その魔力に干渉しようとすれば、その瞳があらぬ方向へと悪化するだけだ」
「どう言うことだ…?」
「吸血衝動を引き起こす要因になり得る」
キイが心配していた吸血衝動の事を触れたウィズ。キイの表情が切迫していく。
「そ、それは困る! やはり、その衝動はあるのか!」
「ないと思うぞ。お前が無闇やたらに血を求めて徘徊し、恥辱のかぎりを尽くさない限りはな」
「要は、吸わなければいいのか」
「そうだ。血を吸えば吸うほど、力は増していくがな。その代償に、理性が本能に負けていく。デメリットはそれだけだ。私の血統は一級品だ。吸血衝動が進行していったとしても、陽の光に浴びたりしても変化は起きない」
「なるほどな…」
「どうだ。すごいだろう? あぁ。一個言わなければいけないな。キイ。お前はもう、私の眷属となった。私から長期間離れて行動していると、生命活動を維持できないから、そのつもりでいるように」
「なんだって!? それは…困る」
ウィズはその言葉を受けて、鼻笑いで一瞥した。
「なんだ。あのまま死にたかったのか?」
「それは…そう言う意味ではないのだが…。今後、どうやって皆に説明すればいいのかと思ってな」
「それは任せよう。己が吸血鬼になってしまったと言うのも良い。口裏は合わせてやろう。隠すのも良い。ただ、この場に残り続ける場合は、それ相応の説明が必要だぞ」
「そうだな…。考えておく」
「もう一度言うが、口裏は合わせる。別に、私に方針の報告は不要だ。一任しよう」
「わかった」
ごめんね。キイ…。身勝手だったかな…?
(そんなことはない。何回も言うが、ありがとう。命を救ってくれて)
うん…。
あたしの選択は間違っていたのだろうか。人の命を軽んじてしまったのだろうか。考えても、考えても、解答は出てこなかった。
その解答は、遠い先になって、出てくることとなろうとは。
当時の私には知る余地もなかった。
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