24話【パラサイト・ヴァンパイア】

「………うっ…」


体が鉛になったかの様に重く感じた。起き上がるのがしんどい。目を開けるのさえも。自分の体がどうなっているのか、意識を内側へと傾ける。心臓がドキドキしている。だけど、体中の血管から流れている血液が、全身へと駆け巡っている感覚がいまいちピンとこない。手足がピリピリとして、麻痺している。そのせいだろうか。あたしの体は覚醒するのを拒否しているようだ。だが、頭は鮮明に前の記憶を思い起こそうとする。それはハロルドの顔、ハロルドの言動、ハロルドの…あたしを求めようとしている意思。その記憶が、あたしの体が発している拒否反応を払い除けるには十分な理由だった。早く、隠れなくてはと。


まずは、顔を上げて目を開けようと努力した。これが中々、上手くいかない。力が上手く入らない。でも、でも。頑張らくっちゃ。早く、速く。数秒かかったが、どうにかして目だけは開ける事ができた。視覚情報が脳にインプットされていく。目の前には、茶色の地面でもなく、灰色の岩盤でもなく、赤色の綺麗な衣服があると脳が処理する。自分は今、黒色の服を着ている。赤色なんて、そうか。あたしの血が流れて、何かの布を赤く染めてしまったのだろう。ということは、あたしは出血状態ということだ。そうに違いない。


あたしはそう思いたくて、目の前であたしの小さい体を守るように包み込んでくれている、誰かを否定していた。自分の体温は暖かいから、目の前の誰かの体温が低く感じて、その誰かが『誰かだった物』を『死体』だと感知したくなかった。


目線を上に上げたくない。首の感覚は覚醒を終え、その『誰かだった物』の顔を見る事を拒む。


「間に合ったのだな」


声が聞こえた。聴覚をシャットダウンさせたい。聞きたくない。この声は、聞きたくない。この声質は、知りたくない。


「すぐに応じてよかった。1秒でも遅れていたら、結果が変わっていた」


聞こえない。聞こえない。聞こえない。聞こえない。聞こえない。聞こえる。聞こえない。聞こえない。聞こえない。聞こえない。聞こえない。聞こえる。ずっと、聞こえている。


「ウィズの言う通りだったな。いつでも大丈夫ではないと痛感した。でもな。痛さを感じないのは、得することもあるのだぞ。話に集中できるからな」


一途の希望を信じて、あたしは顔を上げようとする。この体温の低さも、ただ一時だけの低さなのかもしれないと。最悪の結果を、否定したいがために。


そこには、黒髪短髪で少しだけ傷跡が残っている、キイの顔があった。以前見た時とは明らかに、血色が悪い顔だった。頭から血も流れている。


「キ、イ」

「ああ。キイだ。助けに来たぞ。怖くなかったか?」


安心した笑顔で、優しく笑いかけてくれた。疑問が浮かんだ。


「なんで」

「助けたいと思う心に、理由は必要か?」

「必要だよ。自分を大事にしないの」

「もちろん大事だよ。大事なものは、一つじゃないんだ」

「会って数日の、赤の他人を、大事に思うのって、可笑しいよ」


ハロルドの口癖が移ってしまった。思い出したくもない。でも、つい最後にポロッと言ってしまった。それを聞いて、キイは吹いて少しだけ笑ってしまった。そして、あたしに顔を見て、ゆっくりとこう言った。


「そうだな。可笑しいよ。その可笑しい所が、私なんだ。個性って奴だな」

「…可笑しい、個性だよ」

「可笑しい個性だ。大事な個性だ」

「個性って、なに」

「私は頭が悪いんだ。説明するのは難しい」

「うん」

「譲り受けたんだ。両親からも。親友からも。戦友からも。敵からも」

「…」

「だから私はこの心を大事にしたいんだ。理由は、必要か?」

「教えて、欲しい」


あたしは下へと俯いてしまった。考え込むように。その問いに返ってきた言葉は、弱々しかったけど、変わらない優しさがあった。


「なら、受け継いでくれないか。その先に、見えてくる、かもしれ、ない。忘れ、ないで、くれ。それで得た物は、自分だけの、物なん、だ」

「………キイ?」


キイへと向き直る。そこには、笑顔のまま、生き絶えた彼女がいた。最後まで、あたしを安心させようと、笑顔のままで。あたしは涙を流すことなく、呆然と彼女の顔を見続けることしかできなかった。


(このまま見殺しにするの? それもお前が取れる選択の一つではあるけど)


誰? 頭の中で声が聞こえる。耳から聞こえてくる物ではない。と、感覚でわかった。


(今は誰でもいいだろう。ナツキ。それとも、悠介の方か? 善意を受け取るだけで、善意を返したいとは思わないか?)


善意を…返す? どうやって? もう、こんなにも冷たくなっている彼女に、見殺しも何も、手遅れだ。


(普通はな。何も、お前が出来る事は力を誇示する事だけではない。教えてもいい。時間がない。結論を言え。見殺しにするか、見殺しにしないか)


そんなの、出来るなら見殺しにしたくなって、誰でも思うじゃない!


(わかった。なら、自分の心の臓から願い行動するのだ。あの者の、心の臓へと到達すると、心の底から願い動け。程よく言えばいいか? 助けたいと言え)


「助けたい!!!」


何か、自分が内側から外側へと出ていってしまうような、そんな感覚がした。





ーーーーーーーーーーーーーー





「これは…?」


先程までの意識の怠さが一切なくなったようだ。自分の手を見る。手が大きくなったようで、掌の内がゴツゴツと、鍛え上げられた手のようだ。体が少し重く感じる。怠さからくるの物ではない。自身の体重がいきなり増えた様な…。

目の前を確認する。そこには、金髪長髪の幼女が、さっきまで自分だった人物が、あたしの胸の中に収まっていた。服がボロボロだ。こんなになっていたのか。その幼女は、自分の胸にうずくまっていた顔を上げて、こちらを見た。両目共に赤色で、猫目のように瞳孔が縦長くなっている。吸血鬼だ。


「成功したな。どうだ? その体の居心地は?」


どうなって、自分が『キイ』の体に『居る』のかが鮮明と覚えている。何を言っているのかわからないと思うだろう。自分がなぜ、『キイ』、なのか。

あたしは、『ウィズ・アンジェリ・マグナス』の体から出ていき、『キイ』の体へと入って心臓へと到達した。そして、現代医術で言う所の心臓マッサージを今でもし続けている。それで、『キイ』の体中に無理やり血液を巡らせて覚醒させたのだ。それが終わった後、心臓にいるあたしはそのまま神経を生やして、脳みそへと神経を到達させて、意識の主導権を得て、この体に『居座っている』。


「居心地も…何も…」

「いいって。私の体の方が居心地は良かっただろう。使い易かったもしただろう。言わなくていい。それよりも、やはりそうなったか」

「そうなったって…何が…?」

「なんて呼べばいい…。ナツキでいいか。ナツキ、今のお前の目は、吸血鬼そのものの目だぞ」


吸血鬼…? そんな訳が無い。キイは…吸血鬼じゃない。


「違う。そんな訳」

「ほら」


吸血鬼が手をかざすと、何もないところから氷の手鏡を作り出し、あたしの顔が見えるように向ける。そこには、キイの顔が映し出されて、キイの瞳が赤色に染まっていた。


「赤色…」

「ふふ。それにしても、私の血で伝染し、変異を遂げたな」

「変異…?」

「そうだ。もう、お前の正体が何なのか、わかっただろう? 自分が、その体の持ち主に何をしたのかを」


彼女が楽しげに状況を説明する。そして、興味深そうに。彼女は説明を続ける。


「お主は、寄生虫だ。それに吸血鬼の血が混じっているとなると…そうだな。名付けるなら」




「パラサイト・ヴァンパイア、としよう」


【後書き】

ようやく、パラサイト・ヴァンパイアと名付けた理由を書けました。

タイトルの中に、吸血鬼???、ってハテナマークを入れた理由がこれです!

言っても、物語は始まったばかりです。

ゆっくり、マイペースに、読んでいっていただければ幸いです。


星野アリカ


【リアクション】

0件


------------------------- エピソード26開始 -------------------------

【エピソードタイトル】

25、【ナツキとウィズ、精神世界】


【本文】

この空間には勿論、あたしと、吸血鬼の二人が、未だに抱き合った状態でいる。この現状から何をすればいいのか、わからない。今後、どうすればいいのだろうか。その手助けか、話題を切り出したのは吸血鬼の方だった。


「知っていると思おうが、ウィズ・アンジェリ・マグナスよ。こうやって相対するのは、初めてだからね」

「わ、私は」

「ナツキか、悠介か、どちらがいい? お前の思考はどこか、混じり合っているようでな。呼称をどうすればいいか悩む」

「ど、どちらでも」

「そうか。あぁ。キイと呼ぶのもいいか?」

「それは、違う」

「だろうな。選べ。存在証明だぞ?」

「…ナツキで、いい」

「わかった。よろしくな。ナツキ」


ウィズはあたしの体から離れて、体を起こす。あたしはまだ満足に体を動かす事ができない。それを察して、ウィズは手で制して、動かなくていいとジェスチャーを贈った。


「もう少しだけゆっくりしよう。だが、ハロルドが向かってきては厄介だ。状況を確認しよう」


ウィズはそう言って、彼女の周りに魔法陣の様な紋章が展開された。魔法か!? いや、魔術か? そういえば、魔法と魔術の違いはなんだろう。いや、現代での名称が違うだけで、ものは一緒だろうか?


「うん。何千里も遠くへと離れている。運よく、今は夕暮れが通り過ぎた。捜索しようにも、あちらはなす術もない。置換魔術も妨害している。ひとまず安全だ」

「あの、貴女は一体」

「ん? 私か? 見ての通り、長生きしている身長が低すぎて不便な吸血鬼だ。身体能力や魔力総量は段違いだがな」

「それは知っています。そうじゃなくて」


知りたい事が沢山ありすぎる。的を絞れとと言われても…。ウジウジしている様を見てか、眉をひそめてウィズは呆れながら話した。


「質問を絞れ。私の人生を全て説明させようと言うのか? それは数日かかっても足りない。それに、ウィズと呼べ」

「わかりました。ウィズ。えっと…、私は何故、ウィズの体の中にいたのでしょうか」


ウィズの顔が曇っていく。聞いてはいけない事だったかな? 彼女は重い口を開ける。


「それは、私にも全くわからない。起きてみたら、ナツキに体を支配されていた。そもそも、私は自信を氷漬けにして、永眠していたからな。それなのに、何故ナツキが私に入ってこれたのか…。検討もつかないよ」

「こ、氷漬けですか!? 何故…?」

「これを話したら、時間が足らない。時期を見たら話しても良い。他にはないか?」

「…私が何故、寄生虫だったのか、わかりますか…?」


ウィズにはわからない事だろうと思っているが、予想は的中した。


「わかる訳ないだろう。私が知っているのは、ナツキの記憶を全て見させてもらったことくらいだ。ナツキが知らないことは、私にはわからない」

「え! 記憶を全て見たんですか!?」

「そうだ。いいじゃない。私の体を提供していたんだ。記憶くらい、暇潰しに見させてもらってもバチは当たらないと思うな」

「個人情報ですよ…」

「もう一回言うが、私の体をずっと支配していたのにか?」

「それは…不可抗力です」

「そうなのか? ナツキの記憶の中では、私の体に侵入してきたのは把握していたのだが」


なんだって!? それは言いがかりだ。あたしは慌てて訂正した。


「記憶にないです! こうやって、誰かの体に寄生できるなんて、ウィズに教えてもらえなかったら、気づかなかったです」

「それは不可解だな…。まぁ、いい。人間の記憶程、当てになる物はない。まだ動けないか?」

「まだ、ちょっと」

「そうか。それなら、その体の持ち主と話してくるといい。待っててやろう」

「キイと…話す…? …どうやって?」

「恐らくだが、脳裏でイメージするんだ。イメージするのは、対話する為の空間と、相手の体と意識を形成させること。魔法の応用でいけるかもしれない」

「空間と…相手の姿…?」

「そうだな。やってみるといい。私はナツキの体を見ておいてやる。辺りの警戒も兼ねてな」

「わかりました。できるかな…」

「難しく考えなくていい。想像してみるんだ」

「それでは…」


あたしは目を閉じて、自分の世界へと入って行く事にした。そしたら、ウィズの言葉が聞こえた。


「あ。一つ言っておこう。私でも、あたしでも、自分のことは自由に言っていいと思うぞ」


癖だからしょうがないじゃないか。ウィズの言葉は無視して、意識を集中させる。難しく考えなくていいと言っていた。綿密に構造を構成させずに、ボヤッとしてもいいから骨組みだけでも組み立てていく。

不思議だ。意識がいきなり、現実世界から乖離された。


ーーーーーーーーーーーーーー


あたしは、病室の個室で目を覚ました。ここは、この風景は、見た事がある。第二の人生でうつ病を拗らせて、閉鎖病棟へと入院した所だ。懐かしくもあり、懐かしくありたくない場所だ。体は、動けそうだ。今の服装は入院着だ。簡素なものだ。この場所にいると、動ける時と、動けない時が、両方存在する。体が鉛のように感じる時もあり、起きた瞬間に泣きたくなる衝動に駆られてベットに縛り付けられる時もあり、頭の中が真っ白になって起きるという工程を踏むことができない場合もある。今回は、そのどれをも該当していない。動ける日なのだ。あたしは迷う事なく、ベッドから起きて、病室の引き戸を開けて内廊下へと出た。


周りを見回しても人っこ一人いなかった。医者やナースを含めてた。よく患者を観察するために医者が徘徊している事がある。それすらもない。病棟のどこに行けば待合所あるのか、催し物が開催されるラウンジがあるのかは把握している。とりあえず、あたしは待合所に向かってみた。だが、誰もいなかった。入院者の面談は今日はないのか。次に、ラウンジへと向かった。そこには、見覚えのある女性がいた。キイがそこにいた。ラウンジに設置されているテレビを、ジーッと眺めていた。テレビの間には長机があって、その前にソファーがあってそこに座っている。そのテレビに映し出されているのは、あたしの、ナツキの過去をドキュメンタリー映像にしたものが流されていた。


あたしの足音に気づいて、キイはこちらへと向く。あたしをみたキイの表情は、悲壮感が漂っていた。


「会えるとは思っていなかった。ナツキ」

「うん。私も、もう会えないと思っていたよ」


会えた事への嬉しさよりも、罪悪感が支配する。あたしは、身勝手な事していると自覚していた。キイを救ったという事実はあるが、キイが望んでいたのかわからない事実があったからだ。


「すごいな。この箱は。まるで誰かが肉眼で見た光景を、こんなにも鮮明に映し出されるというのは」

「それね。テレビっていうの。機械、と言ってもわからないかな」

「ああ。初耳だ。だけど、わかる事がある。これは、ナツキの半生が映っているのだろう? 人の記憶を垣間見ているのは、申し訳ない気持ちになるが、目が離せないでいる」

「面白い? その映像」

「映像というのか。…面白くはない。人それぞれ人生はあるが、これは…人が背負っていいものではない」

「キイだって、色々あるでしょう」

「いや、正直言うよ。ここまでの仕打ちを受けてはいなかった。様々なんだな。底を見ようと思えば、限りがないというのは」


キイはまたテレビの画面へと向き直り、直視している。今は丁度、あたしが男の人達に髪の毛を引っ張られて、相手国を滅亡させようと脅迫している場面だった。


「どこまで、キイは知ってるの」

「悠介の映像は一通り見たと思う。ナツキの人生は今見ているところだ。私の体にナツキが入ってきたこと、ナツキがある城で起きた後に家屋を発見してレーヴンと会ったこと、テレジアで私とユエに会った時のこと、それ以降のナツキが見てきたこと」

「殆ど見れたんだね。あんまり時間が経ってなかったのに」

「そうなのか? 私はここで、多分だが1週間くらいは滞在していたぞ」

「そうだったんだ」


精神の世界では時間経過が極端に遅いのか。人間の脳の中はすごい速さで処理をしていると聞いたことはあったけど、合ってたんだな。


「辛い人生が多かったんだな。今もこの映像は、よってたかって幼い女児が受けていい虐待じゃない」

「これが普通だったんだ。すごく怖かったけど」

「誰も、助けてくれる人は居なかったんだな」

「死んじゃったから」

「ああ。見たよ。両親を早くして亡くしたのだな。なんて声をかけたらいいか、私にはわからない」

「ありがとう。その気持ちだけで嬉しいよ」


立ちっぱなしも疲れてくるから、私はキイの隣に座った。あたしは昔の事は思い出したくないから、見ているようで見ないフリをした。だから、違う話題を振った。


「私は今ね。キイの体の中にいるって知ってるでしょ。どうしたらいいかわからなくて、助けたいと思って。ごめんね」

「謝らなくていい。命を救ってもらったんだ。逆に、私が感謝したい。ありがとう」

「ーーー吸血鬼になったんだよ」

「みたいだな。だが、それがなんだ。生きているだけ、儲け物だ。思う所はないとは言えないが」

「自分の体の主導権を戻せないかどうかって事?」

「それは考えてなかったが、他人を吸血して回る存在にならないかどうか、それが気になっている」

「大丈夫だと思う。私は一回も吸血行動をした事がない」

「だと、良いのだが。…お願いがあるのだが、良いか?」

「私にできる事ならだけど、どんなこと?」


キイの顔を見て、彼女の目が遠くなっていく。


「私の領土に帰りたい。実は屋敷に帰ってな。その人らに心配をかけさせたくないんだ」

「わかった。任せて。早く移動するから。場所はどこ?」

「道案内するよ。実はな。ウィズとナツキが話していた所は見ていたんだ。多分だけど、ナツキには語りかける事ができる」

「このテレビ越しから?」

「いや。それがな? 詰所の様な場所があってな。そこにもテレビがあるのだが、その前に拡声器があって、声を吹き込めば話せるんじゃないかと思ってる」


詰所…ナースステーションのことかな。拡声器…マイクのことかな。なるほど。それでウィズはあたしの脳裏に語りかけていたのか。


「それじゃ、誘導してください。…どうやって現実世界に戻れば良いだろう」

「それもわかるかもしれない。詰所に人の様な人物が居て、現実世界に戻りたいなら、元いた病室のベッドで寝てくださいと言われた」

「その人、今もいるかな」

「どうだろう。一緒に見に行こうか」


あたし達は立ち上がり、キイはテレビのリモコンを操作して、流れている映像を一時中断させた。丁度その画面上には、フィンの姿が写っていた。


「あ」

「友達なのだろう? フィン、だな」

「そう」

「会えるといいな。女王が生きていれば、最短距離で苦労しなくて済んだかもしれないが」

「しょうがないよ。行こう? あ、詰所じゃなくて、ナースステーションっていうんだよ。今行くところ」

「覚えておこう」


あたしとキイはナースステーションへと到着して、念の為扉を叩いてから中へと入った。中には誰もいなかった。


「居なかった。残念」

「居る人、居ない日があるんだ。何故だろうな」

「うん。…これがテレビとマイクか」


ナースステーションの端っこに、小さいテレビとマイクが備え付けられている。テレビは電源が入っているが、真っ暗画面だ。


「マイク…?」

「この拡声器の事。マイクっていうの」

「そうなのか。これも覚えておこう。これからどうする? 現実世界へ戻るか?」

「うん。キイの屋敷に早く戻らないとね」

「助かる。頼んだよ。私はここで、ナツキの行動を見ているよ」


あたしはキイと別れて、病室へと戻っていった。すぐにベッドへと横たわり眠った。これが不思議と、すぐに寝付けた様な気がした。


ーーーーーーーーーーーーーー



覚醒を自覚した時は怠さは無く、パッチリとすぐに目を開ける事できた。ウィズがあたしが起きたことに気づいて、すぐに声をかけてくれた。


「成功したか?」

「うん。キイと話をする事ができた。これから、キイの屋敷に戻りたいと思ってる」

「そうか。ふむ…。それだったら、あの小娘の魔術を使ってみようか」

「小娘の魔術?」

「ユエだったか? 置換魔術だ」

「え? 使えないんじゃないの? 一人一個までの、誰にも真似できないものだって聞いたよ」

「私には関係ない。私は魔法使いだ」


そう言って、ウィズの目の前からいきなり縁のない門が現れて、その向こう側には見知らぬ部屋があった。


「成功…か? どうなんだ?」

「さぁ? わからない」

(その部屋で合っている。成功だ)

「あ。う、うん。合ってるって、言ってる」

「よろしい。では、参ろう」


いきなり頭の中から声が聞こえてビックリした。少しだけ声をかけてみよう。


(ねぇ。私の声が聞こえてる?)

(鮮明に聞こえているよ。テレビの前で、マイクに向かって話している。変な気分だな)

(同感だよ。なんか、一心同体だね)

(ふふ。そうだな。運命共同体でもあるな)

(その方が合ってるかも。それじゃ、行くね)

(ああ。頼む)


あたしとウィズは、門の向こう側に見える、キイの私室へと入っていった。

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