第八章 診断
「解離性同一性障害……ですか?」
綾斗の声がわずかに震えた。
精神科の診察室は、不自然なほど静かだった。
目の前の精神科医は、
カルテを見つめながら淡々と説明を続ける。
「世間では“多重人格”と言われるものです。
正式には解離性同一性障害。
強い心理的外傷が原因で、
本来一つだった人格が耐えきれず、
複数に分かれてしまうことがあります」
隣の夜凪は、無表情だった。
久遠が表に出ていた。
「心の中にいくつかの“わたし”が存在しています。
おそらく、今ここにいるのは
夜凪さん本来の人格ではありません。
……久遠さんですね?」
久遠はゆっくりと頷いた。
「今後の治療についてですが……
非常に長期的で慎重なアプローチが
必要になります。
無理に統合を促せば、
むしろ状態を悪化させかねません。
一歩間違えれば、主人格が崩壊して
消滅するリスクも……」
綾斗は、
手のひらが冷たく汗ばんでいくのを感じた。
診断がついたというのに、
何も救いの言葉は提示されなかった。
「助ける方法は……ないんですか?」
絞り出した綾斗の声に、
医師は一瞬だけ沈黙してから、言葉を選んだ。
「――“今の状態で安定させる”ことが
治療の第一目標です。
過去に何があったのか、
どれだけ傷ついたのか、
それを一つ一つ紐解いていく作業になります。
ですが……かなりの覚悟が必要になります」
久遠がふと綾斗の方を見つめた。
その目は静かで、
まるで彼を試しているようだった。
「あなたは、彼女のどの人格と、
どの夜凪と、
共にいられる覚悟がありますか?」
綾斗は、言葉を返せなかった。
心の中に浮かんでいたのは、
あの晄の目だった。
あの暴力と痛みと狂気を抱えた晄が、
これからも夜凪を支配していく現実だった。
医師は静かに結んだ。
「彼女の心の檻を開けるのは……
非常に、危険です」
診断は下された。
だが、その先の未来は――
何も保証されていなかった。
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