第一章 出会いは静かに、運命のように(続き)
それから何度も、綾斗は店にやってきた。
コーヒーを一杯、
静かに飲むだけの日もあれば、
本を開いたまま夢中で書き込んでいる日もあった。
夜凪はいつもカウンター越しに、
それを見つめていた。
彼が来る時間には、
必ず店に立つようになったことに、
自分で気づいたのは随分あとだった。
「君の淹れるコーヒー、苦いけど、落ち着く」
「それ、褒めてます?」
「ちゃんと褒めてる。安心する味、ってこと」
彼の言葉は、決して派手ではなかった。
でもどれも、
無理をしないで投げかけてくれるものだった。
夜凪はいつの間にか、
彼の言葉を待つようになっていた。
ある日、彼がいつもの時間に現れなかった。
夜凪は落ち着かない手つきでカップを拭き、
閉店までの時間をやりすごした。
どうしてこんなに気にしているのか、
自分でもわからなかった。
翌週。彼は何事もなかったように現れた。
「先週、仕事で急に出張が入ってね。
来れなかった」
「……別に、気にしてませんけど」
夜凪の返事は素っ気なかったが、
胸の奥で何かがほどけた。
その日の帰り道。
彼が店の外で夜凪を待っていた。
「家、こっち?」
「……はい」
「じゃあ途中まで。暗いからさ」
ただそれだけの理由で並んで歩いた道が、
不思議とあたたかかった。
人に心を開くのが怖かったはずなのに、
綾斗といる時間だけは、
静かな音楽みたいに感じられた。
それから少しずつ、ふたりは近づいた。
週に一度の客は、
やがて毎日のように来るようになり、
コーヒーを飲むだけだった人は、
夜凪の笑顔を引き出す人になった。
「ねえ、今度さ、どこか行こうよ。
コーヒー以外の君も見てみたい」
「……別に、面白くないですよ」
「それでもいい。
君と一緒にいられるなら、それでいい」
その言葉に、夜凪は初めて、
自分の“居場所”を見つけたような気がした。
――交際を始めたのは、それからすぐだった。
でも。
この世界に、ずっと続く幸せなんて、
たぶん存在しなかった。
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