第3話『無慈悲なる妹』

朝起きて、まず確認するのはSNSでもニュースでもない。

 通知が5件以上ついてるLINE──だいたい妹からだ。


 画面を開くと、案の定だった。



【綾音】

お兄ちゃんさ、なんかさ、

“社会的に死んだ”みたいな生活してるけど、生きてる?


【綾音】

ママが「そろそろ仕送りやめる?」って言ってたよ〜ん♪


【綾音】

つーか今日連絡なかったら、マジで実家帰って相談するから。

こないだのエロゲ課金スクショ、まだ保存してるし。



 ……起き抜けからパンチ強め。


「おはようございます、現実」


 スマホを顔の上に投げて、天井を見上げる。


 “エロゲ課金スクショ”とかいう捏造証拠に怯えつつ、脳裏によぎるのは昨夜の出来事だった。


 深夜の公園。月明かり。人気ゼロ。

 そして、ブランコに乗ってたあの少女──。


 テンション高めで、でもなぜか懐かしい雰囲気をまとってたあの子。

 胸の奥には、小さくて柔らかい温度が残っていた。あれは「誰かと話せた」という実感――


「ほんとに……いたんだよな?」


 自分の声が、朝の静けさにぼんやり吸い込まれていく。


 正直、半分は夢だったんじゃないかと思ってた。

 あんなに自然に話して、笑って、まるで昔から知ってるみたいに──。


「……思い出せそうで、思い出せない。……でも」


 たしかに“あの子と話してる自分”だけは、覚えている。


 なんか、ちゃんと喋れてたんだよな、俺。

 人見知りこじらせた陰キャが、世間話してたんだよな。


 それって、けっこうな奇跡では?


「……ま、また行ってみるか。深夜の散歩ってことで」


 と、そう決意しかけたタイミングで、LINEが追撃してきた。



【綾音】

既読ついたけど????????

ガン無視するってことは、もう“覚悟”できたってことだよね?☺️

来月から仕送りゼロ円チャレンジ、いってみようか〜〜〜🎉✨



 俺はスマホをそっと裏返した。


「妹、爆弾魔かよ……」


 冷蔵庫のプリンに名前書くタイプの爆弾魔。

 実家暮らししてたときはもう少し優しかった気がするけど、今や“親の圧力装置”として育成されきってる。


 まあ、元はといえば俺が大学を辞めて、引きこもってるからなんだけど。


 世の中、現実逃避しても通知は止まってくれない。

 ただ──今夜はちょっとだけ、現実を休ませてくれる“非現実”に会いたいと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る