第18話
詠唱を始めるリッチ。
それにすぐに反応したのは剣姫たるニコラだ。
「詠唱なんてさせませんよ」
「爆ぜろ」
詠唱短縮。リッチはニコラの剣を魔法でそらせた。
ニコラは衝撃に顔をゆがませる。
「流石はリッチ。そう簡単にはいきませんか」
「まあ私たちに適うわけないけどね」
モディは剣先で指を傷つけ自身の血をかける。
ちょっと痛そう。そして何やら呟いた。
「凍てつけ」
次の瞬間剣は氷を纏い巨大化した。
先ほどまでの片手剣の大きさから両手剣へと変化したのだ。
それをもってモディはリッチに切りかかる。
しかしリッチも動いた。ふわりと宙に浮き剣の間合いから逃れたのだ。
狭い室内。机といすは倒れ崩れ去った。
「ひどい方。問答無用で斬りかかってくるなんて」
「どの口が言いますか。先に魔法を唱えだしたのはそっちでしょう」
ニコラは間合いを探っている。相手は魔導士。
いつものようなごり押しは難しい。
ニコラとモディに挟まれる形となったリッチ。私も詠唱を始める。
「そう来ますか。でもこれは気づかなかったでしょう?」
足元から手が現れる。何とアンデッドが地面に埋まっていた。
どおりでここまでの道のりにいなかったはずだ。
私と少女はその手に足を拘束されてしまった。
アンデッドはより強大なアンデッドの指示は聞くらしい。
彼女の亡者としての格はアストラルに匹敵する。
普通のアンデッドを操るのは簡単だろう。
「く、こざかしい真似を」
「この程度で私たちに勝てるとでも?」
ニコラとモディには効かない。
足元に出てきたアンデッドを的確に屠る。
私もおくらばせながら魔法でアンデッドを焼き払う。
部屋の中は青い炎に彩られる。
「そう、これでもダメなのね。じゃあ……」
リッチはそう呟いた。
次の瞬間部屋の壁が外側から破られ、はじけ飛んだ。
私はがれきに巻き込まれ頭を打った。痛い。血が流れて視界が赤い。
「私はここで逃げさせてもらうわね」
リッチはそう言うと壁に空いた穴から水道へと飛んで逃げる。
それを手伝うかのように穴の外から武装をしたアンデッドの群れが部屋になだれ込む。
「この、待て。逃げるな」
モディは逃げるリッチを追いかける。そのまま水道の先へ出て行ってしまった。
「あれ、おかしいな目の前が……」
「ステラ⁉」
ニコラの焦った声。
私は立っているのか寝ているのかわからなくなっていた。
血が止まらない。かなりの怪我を負ってしまったようだ。
ぐわんぐわんと鼓動に合わせて回る視界。全身がいたい。
「癒しを。癒しを!」
ニコラの声が聞こえる。彼女の顔が目の前でぐるぐると回っている。
痛いのはなくなったけど揺れる視界。
血が足りない。癒しの魔法では傷は治っても失った血までは戻らない。
私は貧血で動けなくなってしまったのだ。
「行って、ニコラ。リッチを討って」
私は何とかそう告げる。
逃げ出したリッチをそのままにはできない。
モディが追ってくれてるけど相手の技量もわからない。
ニコラの。剣姫の力が今は必要なのだ。
「駄目です置いてはいけません」
その背後には武装をしたアンデッドの群れがいた。
ニコラは私を抱いたまま動こうとしない。
「いいから行って。あとでご褒美、あげるから」
「そんなの要りません」
ニコラは駄々をこねる。子供みたいだ。
このまま私一人残ったら確実にアンデッドにやられてしまう。
それはわかるけどニコラには役目がある。
トリッシュを取り戻すという願いを叶える使命が。
「大丈夫、私はここでは死なないよ」
「絶対、ですよ?」
「相棒でしょ? 信じてよ」
私はニコラのおでこにキスをする。
一瞬ニコラは驚いた顔をする。そして、きりりとした表情に変わった。
ニコラは私を床に横たえ、壁の穴から水道を目指す。
その道をふさぐように数体のアンデッドが迫る。
「炎よ。燃え、爆ぜろ」
私は何とか詠唱に成功する。
私の杖から星が飛ぶ。ニコラの前の敵を吹き飛ばした。
ニコラは空いた隙間を駆け水道に戻るとリッチを追い始めた。
私はそれを見送り満足して笑う。
「おい、キキとか言ったっけ? 私に肩貸せ」
私は通路で震えてみていた少女に声をかける。
「な、なんだよ?」
「そこにいるとアンデッドにやられるぞ。私を立たせろ」
血を失って興奮状態なのか乱暴な言葉遣いになる。
少女は慌てて私のもとに駆け寄る。そして、私に肩を貸した。
「仕方ない。変わってよ」
私はそう独り言を言う。それと同時に全身の力が抜ける。
体の自由が利かなくなる。これは貧血のせいではない。
「まったく、だらしないな~。ステラ」
私の口がそう呟く。
「仕方ないでしょ。それより頼んだ」
私はひとりごとを始めた。
私の様子にキキは疑問符を浮かべつつアンデッドから距離を取ろうと後ずさる。
「何独り言いってるんだよ。おかしくなっちまったのか?」
「正気だよ。さっさとアンデッドを退治して帰ろっか」
私の言葉にキキは頷くがアンデッドたちはじりじりと近づいてくる。
もう武器の射程内だ。詠唱してたら間違いなくやられる。
「貫け」
私は杖を掲げ詠唱を短縮する。杖先からは光の奔流が飛び出しアンデッドを焼き消していく。その様子にキキは目を輝かせた。
「すげぇ。こんな大魔法、見たのは初めてだ。姉さんの魔法が子供みたいだ」
「まあ、そう思うよね。最速の魔法らしいし」
敵の増援は見当たらない。ひとまずは危機が去った。
私はもう一度独り言をつぶやく。
「ありがとう、トリッシュ」
私は自らの中に眠るもう一人に感謝を伝えた。
体の自由が戻ってくる。
体がだるい。まだ貧血状態が続いている。ちょっとまだ動ける状態ではない。
ポーチから魔薬を取り出し一気に飲み干す。
血の回復のためだけどめちゃくちゃまずい。
「キキ。蒼い炎にこれをかけて」
仕方ないのでキキに命令する。
落ちくすぶった蒼い炎。それに魔女の血をかけるようにだ。
魔石が複数出来上がる。それの回収もさせた。
「すげえ、これが魔石か。初めて触った」
「一応は人の命だ。敬意をもって扱えよ?」
「ああ、そうか。人の命か……」
私たちは敬意などなく普通に使っている。きっと後で報いをうける。
だからせめてこの子にはそういう意識を持って魔石を使ってほしい。
これでこの場はとりあえずいいだろう。あとはニコラたちに託すしかない。
私は血の回復を待ちながら相棒の帰りを待つのだった。
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