第15話「陽光と悲鳴の江野町」
ログハウスの玄関を後にした黒上いぬこと黒上いぬおは、魔物の森の獣道を抜けて江野町商店街へと向かっていた。朝の陽光が木々の隙間から差し込み、足元の落ち葉をキラキラと照らす。いぬこは獣耳をピンと立て、両手を大きく広げて深呼吸しながら歩き出した。
「んーっ! やっぱり外の空気って気持ちいいね、いぬお! リューコと椿にあんな大事そうな話聞かせてもらえなかったのはちょっと残念だけどさ、こういう日和のいい日は気分転換にぴったりだよ!」
いぬおは姉の横を少し遅れて歩きながら、眠そうな目をこすりつつ小さく笑った。
「姉貴、いつも元気だな…。俺は正直、あの二人の話が気になるけどよ。あの雰囲気じゃなんか外に出て正解だろ…よっぽど内緒にしたい何かがあるんだろ。」
(【転生者】…っていってた…別の世界からとか…気になる…)
いぬこはくるっと振り返り、いぬおにニヤリと笑いかけた。
「まぁ…そうだね。でも!内緒話ってそそられるよね! 」
「確かにな…そういえばさ、椿の強さこの眼で見たけどリューコと同様規格外だ。なんか普通じゃない感じがするぜ…。」
いぬおが少し眉を寄せると、いぬこは軽く肩を叩いて元気づけるように言った。
「そうなの?!…なんか強そうだなーって感じで見てたけど…そうかぁー…でもいぬお。リューコは仲間だし、椿だってシアを助けてくれたんだから悪い人じゃないよ。隠し事はあるかもしれないけど、私たちだってさ、全てを話してるわけじゃないしさ。」
「そうか…? 姉貴、俺には隠し事ないよな?」
いぬおがジト目で姉を見ると、いぬこは一瞬目を泳がせ、誤魔化すように笑った。
「え、えっとね! ないよ! ないない! ほら、いぬおだって私に隠してることもあるでしょ? たとえば…ほら、あの商人さんからもらったおまけのお菓子、こっそり食べてたこととか!」
「っ! あれは…仕方ねぇだろ、姉貴が寝てたから…って、ちょっと待て! それどうやって知ったんだよ!?」
いぬおが慌てて声を上げると、いぬこは得意げに胸を張った。
「ふふふ、私のお姉ちゃんセンサーが働いたのさ! いぬおの部屋からかすかに甘い匂いがしてたんだから!」
「センサーって…姉貴、嗅覚頼りかよ。まぁ、そういう姉貴らしいっちゃらしいけどさ。」
二人は笑い合いながら森の出口に近づく。
木々がまばらになり、遠くに江野町商店街の喧騒が聞こえ始めた。
いぬこはふと思いついたように手を叩いた。
「ねえ、いぬお。買い出しついでにさ、リューコと椿に何かお土産でも買って帰ろうよ。せっかく留守番頼んだんだし、気持ちよく話してもらえるようにさ!」
「お土産か…いい考えかもな。リューコなら甘いもんが好きそうだし、椿は…わからねぇけど、何か食い物なら喜ぶんじゃねぇか?」
「うんうん、リューコはイチゴジュース喜んでたし、甘い系で決まりだね! 椿は…そうだなぁ、あの商人さんの店で何か変わったお菓子でも見つけたらいいかも!」
いぬこが目を輝かせると、いぬおは少し呆れたように肩をすくめた。
「姉貴、またおまけ狙ってるだろ。目が泳いでるぜ。」
「うっ…ば、ばれてた!? でもさ、いぬおだって商人さんのおまけ好きでしょ? 前回の干し肉、美味しそうに食べてたじゃん!」
「そりゃ美味いもんは美味いよ。…まぁ、おまけもらえたらラッキーってのは否定しねぇけどな。」
二人はそんな他愛もない会話を続けながら、商店街の入り口に到着した。
石畳の道に並ぶ露店から、焼き物の香ばしい匂いや果物の甘い香りが漂ってくる。
いぬこは早速目をキラキラさせ、露店を物色し始めた。
「うわっ、このパン美味しそう! いぬお、これリューコにどうかな?」
「甘くねぇだろ、それ。リューコならあっちの果物ジャムの方がいいんじゃねぇか?」
いぬおが指さした先には、色とりどりのジャムが並ぶ露店があった。いぬこが駆け寄り、店主に声をかけると、案の定おまけの話を持ち出した。
「ねえ、おじさん! これ全部買ったら何かおまけつけてくれる?」
「いぬこちゃん、またかねぇ。まぁ、いいよ。まとめ買いなら干し果物でもつけとくよ。」
「やったー! いぬお、見て見て! またおまけゲットだよ!」
いぬこが勝利のポーズを取ると、いぬおは苦笑しながら荷物を受け取った。
「姉貴の交渉術、毎度すごいな…。これでリューコも満足するだろ。」
「でしょでしょ! 椿には…そうだな、あそこの肉串なんてどうかな? なんか強そうな人って肉好きそうだよね!」
「適当だな、姉貴。でも、まぁ悪くねぇ選択だ。俺もちょっと食いてぇし、ついでに買っとくか。」
二人は肉串の露店に近づき、焼き立ての香りに目を細めた。店主が串を渡すと、いぬこは一本手に持って、いぬおに差し出した。
「はい、いぬお。一本味見しよ!」
「お、おい! 椿の分減るだろ!」
「大丈夫だって! いっぱい買ったから! ほら、遠慮しないで!」
いぬおは渋々受け取り、一口かじると目を丸くした。
「…うめぇ。こりゃ椿も文句ねぇだろ。」
「だよね! よし、買い出しも順調だし、このまま帰ろっか!」
荷物を抱えた二人が商店街を後にしようとしたその時、「おーい」とこちらに向かって声がかかる。
いぬおが獣耳をピンと立て声のする方へ視線を向けると犬族の双子シアとニアがそこにいた。
「ふたりともこんにちは。」
軽く挨拶を交わすいぬこといぬお
シアとニアは手を繋いで相変わらず微笑ましいほどに仲よさげだった。
「こんにちはいぬこさん。」
ニアはシアの後ろに隠れてペコリと小さく頭を下げる感じでまだ緊張はある様子。
シアは元気にそんなニアを叱る。
「だめだよちゃんと挨拶しないと。」
「でも…まだ…恥ずかしくて…」
「大丈夫だよ。ちゃんと聞こえてる。」
いぬこが笑いかけ緊張を解くようにニアの頭を優しく撫でる。
「さて、二人は何してたの?」
いぬこがシアとニアに尋ねるとそのままの解答。
「買い物だよ。」
確かに改めてみると二人の肩には食材や資材がたくさん入ったバックを持っていた。
「結構沢山買ったね。そんなに安かった?」
シアが少してれながら答える
「これは店の人が私達にいつもおまけしてくれるんだ。」
「あぁ…とてもわかる…。」
いぬおが後方で首を縦にうんうんと動かしながら話を聞いていた。
「姉貴もそんな感じだから。理解できる。2人とも可愛いしこの商店街じゃアイドルや娘見たいな感覚で見られているのかもな。」
「そうなんですかね…?あはは。私たちにこんなに優しくされたのはここが初めてなんだ。…だからなんというか嬉しくて。」
「素直にここに愛されてるんだよきっと。」
「…………。」
いぬこが優しげな眼差しでニアとシアの頭撫でた。
ほっこりとした空間を切り裂くように商店街に悲鳴が各方向から聞こえる。
全員が獣耳をピンっと立てて警戒態勢に入る。
状況が分からないままだが、先に動いたのはいぬおだった。
「姉貴2人を頼んだ。」
「うん!わかった!いぬおも…」
「わかってる!無茶はしねぇよ。」
そう言って、悲鳴のある方へと駆け出して行った。
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