第14話「鬼火と氷剣乱舞」

魔物の森は広い。

それゆえに探せばそれなりに穴場があったりするのだ。

リューコは椿とログハウスでの一件以来何故か椿によってログハウスから外へと連れ出されてしまった。

椿が何を考えているのかさっぱりわからないままリューコは非常に不機嫌な状態で見晴らしのいい広場のような場所へと到着。

周囲を見渡すリューコだがその口調は自分の意見も聞かずログハウスから連れ出した椿にキレ気味であった。


「アンタこんな所に連れてきて何がしたいの?しょーもない理由だったら今すぐにアンタを凍り漬けにして殺すわよ。」


椿がニイッと笑いかけ「いいぜ。やれるもんならな」とリューコを煽る。


リューコは毅然とした態度で言葉を返した。


「そう…最初からアタシと遊び(闘い)たかったのね。随分と回りくどい。アンタらしくないじゃない。」


「いや…なんというか少し遊びがあったほうが楽しいかな?と思ってな。……まぁ…らしくないか。」


「正々堂々と馬鹿正直に「俺と手合わせしないか?」とか言われるのかと思ってたもの。」


リューコが皮肉を込めて言うと、椿は笑い声を上げた。


「ははは!思っていたってことは、こうなる事も予想はしてたってことか。…そうかそうか。じゃあ…もういいよな。」


椿が自前の刀を鞘に納めたまま戦闘態勢をとる。

互いに一定の距離を保ち睨み合う。


「これ勝敗とかあるわけ?」


リューコが問うと、椿は笑顔で提案した。


「じゃあ…先に衣服に傷が入った方を負けとするでどうだ?」


「それでいいわ。」


話し終え、しばらくの睨み合いが続き、ふと緩やかな風が吹き抜けときそれが闘いの合図となる。

先に動きを見せたのは椿だった。

スキル【悪鬼羅刹】を発動させ、獣のような速さでリューコに迫る。右手の包帯がわずかに緩み、鬼の力が解き放たれる気配が漂う。

対するリューコは冷気を操り、手を振って鋭い氷塊を飛ばした。

絶氷龍であるリューコは、体内の龍核から溢れる冷気を自在に操る力を持つが、人型の今は能力が半減している。

遠距離戦でも対応可能な彼女の攻撃は正確だったが、椿は卓越した身のこなしでそれを軽々と躱す。

氷塊は木々に突き刺さり、周囲を凍てつかせた。


「はは!やるじゃねえか!」


椿が感嘆の声を上げると、リューコは冷気をさらに強め、地面に霜を這わせる。


「次はそう簡単にはいかないわよ。」


椿は跳躍し、凍りつく寸前の地面を回避すると、鞘に納めた刀を手にリューコに迫る。

その一撃がリューコのドレス――鱗をわずかに掠めたが、傷には至らなかった。


「おいおい!もう届いちまうぜ!」


椿が笑うと、リューコは冷気を凝縮させ、掌に氷剣を形成する。


「調子に乗ると足元すくわれるわよ。次はアンタの番よ。」


近距離戦に移行したリューコは氷剣を手に椿と渡り合い、椿も素手での剛力と身のこなしで応戦する。


「馬鹿力が!!」


「アンタもでしょ!!!」


冷気と鬼の力がぶつかり合い、広場に凍てつく風と熱気が交錯した。互いに一歩も譲らず、勝負の行方はまだ見えない。

リューコの手に握られた氷剣が、陽光を反射して鋭く輝いた。

その刃は冷気を纏い、周囲の空気を凍てつかせるほどの威圧感を放っている。

対する椿は、素手で構えたままニヤリと笑い、右手の黒い包帯がわずかに解け始めていた。

そこから漏れ出す鬼の力は、彼女の周囲に薄い赤黒いオーラを漂わせ、地面に微かな焦げ跡を残すほどの熱を帯びていた。


「アンタのソレなに?なんか禍々しいけど。」


「ああ。この右手は切り札みたいなもんだ。けど使わない。」


「………どうして?」


「正々堂々とお前と闘いたいから。」


椿の真紅の瞳はリューコを真っ直ぐ見つめていた。

リューコが氷剣を構え直す。


「騎士道精神天晴ね。わかったわ。今出せる全力でアタシはアンタと戦ってあげるわ!」


「そいつは俺のセリフだぜ!!!」


瞬間、椿が地面を蹴った。

彼女の動きはあまりにも速く、まるで影が大地を滑るようだった。

リューコは即座に氷剣を振り下ろし、冷気を刃に乗せて広範囲に放つ。

地面が一瞬で凍りつき、鋭い氷柱が椿に向かって突き上がる。

しかし、椿は跳躍し、空中で身体を捻ると、そのままリューコの背後に回り込んだ。


「遅ぇ!」


椿の拳が唸りを上げ、リューコの肩を狙う。

だが、リューコは咄嗟に冷気を爆発させ、周囲に氷の障壁を張った。

椿の拳が障壁に叩きつけられ、バキッと音を立てて氷が砕けるも、その勢いは殺され、リューコに届かなかった。


「やるじゃない!」


リューコが振り返りざまに氷剣を横に薙ぐと、鋭い冷気が刃先から放たれ、椿を切り裂こうとする。


「ふんっ!」


椿は後ろに跳び、間一髪でそれを回避したが、彼女の頬を掠めた冷気が髪の毛先を白く凍らせた。


「ちっ、掠ったか…冷てぇな!」


椿が舌打ちしつつも笑みを浮かべると、右手の包帯をきつく締め直し鬼火を呼び起こす。

小さな赤黒い炎が彼女の周囲に浮かび上がり、まるで意志を持ったようにリューコを囲むように動き出した。


「たかだか…火の玉でアタシの冷気は溶かせないわよ!」


リューコが叫びながら両手を広げると、冷気が渦を巻き、氷の結晶が無数に浮かび上がる。

鬼火と氷の結晶がぶつかり合い、広場に激しい蒸気と炸裂音が響き渡った。

鬼火の熱が氷を溶かし、リューコの冷気が鬼火を凍らせようとする。


「さっきの言葉嘘じゃないか?」


「アンタの方こそアタシの冷気で氷漬けになってるじゃない!」


互いの力が拮抗し、視界が白と赤に染まる中、二人は再び距離を取った。


「まだ終わらないわよ!」


リューコが氷剣を地面に突き刺すと、凍てついた衝撃波が広がり、椿の足元を襲う。

椿はそれを跳び越え、空中で刀を鞘に納めたまま、鬼の力が込められた一撃がリューコに迫る。

リューコは氷剣を盾のように構え、刀を受け止めた瞬間、氷片が飛び散った。

二人の視線が交錯し、互いに笑みを浮かべる。


「アンタ、最高に楽しいわ!」


「そっちこそな、リューコ!」


冷気と鬼火が再びぶつかり合い、広場はまるで戦場と化した。地面は凍りつき、木々は焦げ、風さえも二人の力を乗せて咆哮する。

衣服に傷が入る瞬間が訪れるまで、この熱い戦いは終わりを迎えない。


リューコの氷剣と椿の鞘が再び激しくぶつかり合い、冷気と鬼火が広場を震撼させた。

氷の結晶と赤黒い炎が交錯する中、二人の動きは一瞬たりとも止まらない。

リューコの冷気が椿の鬼火を凍らせようとし、椿の剛力がリューコの氷剣を砕こうとする。

互いの力が拮抗し、息が上がるほどの激戦が続いた。


「アンタ、しぶといわね!」


リューコが叫びながら氷剣を振り上げると、冷気を凝縮させた一撃が椿を襲う。

椿は刀を盾に構え、その衝撃を受け止めるが、刀身を伝った冷気が彼女の右腕に霜を這わせた。

同時に、椿は反撃とばかりに鬼火を一気に放ち、リューコの周囲を炎で包み込む。

リューコは冷気の渦でそれを防ごうとするが、熱が彼女のドレスの裾――鱗の一部を焦がし、微かに黒ずませた。


「っ…!」


リューコが一瞬動きを止めると、椿がその隙を突いて刀を振り下ろす。

しかし、リューコも反応し、氷剣で受け止める。

刃と鞘が激突した瞬間、衝撃波が広がり、二人は互いに跳び退いた。

着地した瞬間、リューコのドレスのフリルに小さな裂け目が、椿の袖口に冷気でできた細かな切り傷がそれぞれ入っていることに気付く。


「…傷、ついたわね。」


リューコが息を整えながら言うと、椿は刀を鞘に納め、肩をすくめた。


「みたいだな。お前のも見事にやられてるぜ。」


二人はしばらく見つめ合い、やがて同時に笑い声を上げた。


「引き分けってとこかしら。」


「まぁ、そうなるな。…楽しかったぜ、リューコ。」


戦いの熱が冷めると、疲労が一気に二人を襲う。

リューコの氷剣は溶けるように消え、椿の鬼火も静かに消え去った。

広場には凍てついた地面と焦げた木々が残り、二人の激闘の爪痕が刻まれている。


「ったく、アンタのせいで疲れちゃったじゃない。」


リューコが軽く椿を睨むと、椿はニヤリと笑って応じた。


「悪い悪いでもスッキリしただろ?」


「まぁ…悪くは無かったわ。」


「だろぉ!」


「早く帰るわよ。」


二人は肩を並べ、疲れた足取りでログハウスへの帰路についた。夕陽が森を赤く染める中、互いの衣服にできた傷を眺めながら、どこか満足げな表情を浮かべていた。


「………次は負けないわよ。」


「俺も次こそ勝ってみせるよ。」


そんな軽口を叩き合いながら、二人のシルエットが森の奥へと消えていった。







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