第12話「姉妹のための花束」

早朝、魔物の森の最深部に差し込む太陽の光が、椿とシアを優しく照らした。

月明かりの下で交代で眠っていた二人は、その暖かな光に目を覚ました。

シアが目をこすりながら起き上がると、椿はすでに立ち上がり、刀を手に周囲を見渡していた。  


「ん…おはよう、椿。」


「おう、おはよう。よく寝れたか?」


「うん! なんか…安心して眠れたよ。」


シアが笑顔を見せると、椿は軽く頷き、視線を森の奥へと向けた。


「さてと…約束通り、あの花を探しに行くか。」


「うん! 絶対見つけて、ニアに持って帰るんだから!」


シアが張り切って立ち上がると、椿は小さく笑い、二人は再び最深部へと足を踏み入れた。


森の中は朝の静けさに包まれていたが、瘴気の濃さは変わらず、不気味な空気が漂っていた。

二人は昨夜の戦いの痕跡を頼りに、キラキラ光る花の群生地を探し始めた。シアが地面に目を凝らし、椿が周囲を警戒しながら進む。


「なぁ、シア。あの花ってどんな見た目だったんだ?」


「えっと…図鑑だと、小さくてキラキラ光ってて、薄い紫色っぽい感じだったよ。」


「ふーん…なら、あの魔物の近くに生えてた可能性が高いな。」


椿がそう呟きながら、前夜の戦場跡に近づいた時だった。彼女の鋭い感覚が、背後から何かが接近する気配を捉えた。


「……シア、下がれ。」


椿は即座にシアを背後に庇い、刀の柄に手をかけ警戒態勢を取った。


「え? どうしたの?」


シアが戸惑う中、椿の赤い瞳が鋭く光り、背後の茂みがガサリと揺れた。


そこに現れたのは、二人の見知らぬ人物だった。

一人は水色の髪に角と尻尾を持ち、王冠を頭に乗せた少女――リューコ。

そしてもう一人は、銀髪人狼――黒上いぬおだ。


「誰だ、てめぇら?」


椿が低く唸るように問うと、リューコが勢いよく前に出てきた。


「ちょっと待ちなさい! こっちが聞きたいわ! アンタ、誰!?」


シアが椿の背後から顔を覗かせ、不安そうに二人を見つめた。


「えっと…アンタたち、誰…?」


いぬおが冷静に一歩進み出て、状況を説明した。


「俺は黒上いぬお。こっちはリューコだ。俺たちの仲間が預かってるニアって子が、姉を助けてくれって頼んできた。だからここまで来た。」


「ニア!?」 


シアが驚きの声を上げると、リューコが鋭く尋ねた。


「アンタ、ニアの姉ってシアで合ってる?」


「う、うん…私、シアだけど…。でも、アンタたち、ニアのこと知ってるの?」


いぬおが頷き、続けた。


「ログハウスだ。俺の家で姉貴が預かってるから、大丈夫だ。」  


その瞬間、椿の目が鋭く光り、いぬおに詰め寄った。


「待て。 黒上?って言ったか?それ本気で言ったか?」


いぬおが一瞬戸惑いながら答えた。


「え? ああ、」


「お前の姉は黒上いぬこって名前か?」


「……おう、姉貴のことだよ。俺の姉で――」


「お前…黒上いぬこの弟なのか!?」


椿の声に力がこもり、リューコが怪訝そうに割り込んだ。


「ちょっと、アンタ何!? いきなり興奮して!」


椿が刀を下ろし、シアを振り返って言った。


「シア、こいつら敵じゃねぇみたいだ。…俺、黒上いぬこってやつを探してたんだ。」


「え!? 椿、いぬこを知ってるの?」


シアが驚くと、椿は少し落ち着きを取り戻し、いぬおに視線を戻した。


「知ってるっていうか…探してただけだ。黒髪で獣耳の女って噂を聞いてな。どこで会える?」


いぬおが軽く笑って答えた。


「ログハウスにいるよ。シアの妹のニアと一緒だ。俺たちがここに来たのも、姉貴がニアを預かってるからなんだ。」


リューコが腕を組んで椿を見据えた。


「ふーん。アンタ、いぬこに何の用なの?」


「それは本人に会ってから話す。…で、お前らはシアを捜しに来たってわけか?」


「そうよ! ニアが泣きながら頼んできたから、私が引き受けたの。いぬおにサポート頼んで、この魔物の森まで来たってわけ。」


リューコが胸を張ると、シアがホッと胸を撫で下ろした。


「良かった…。ありがとう、リューコ、いぬお。ニアが無事なら安心だよ。」


椿が小さく笑い、呟いた。


「偶然ってのは面白いな。シアを助けたら、探してたやつの手がかりまで見つかるとは。」


シアが三人を見回し、少し照れながら言った。


「えっと…私、ニアのために花を探しに来たの。キラキラ光る、小さな紫の花なんだけど…。」


いぬおが森の奥を指さした。


「あそこに群生してるのがそれじゃないか? 薄紫色で光ってるのが見える。」


シアが目を輝かせて駆け寄ろうとすると、椿が鋭く制した。


「おい、シア。俺の後ろにいろ。昨夜みたいな魔物がまだ潜んでるかもしれねぇ。」


「うん、わかった!」


リューコが椿をじっと見て、呟いた。


「アンタ…なかなかやるじゃない。名前は?」


「椿。鬼神椿だ。」


「ふーん。いい名前ね。私、リューコ。よろしくね。」


いぬおが軽く笑いながら言った。


「椿さんのおかげでシアが助かったみたいだな。俺からも礼を言うよ。」


「礼なんかいらねぇよ。シアが無事ならそれでいい。…それより、黒上いぬこに会えるなら、俺にとっても悪い話じゃねぇ。」


シアが少し緊張しながら三人を見回し、言った。 


「えっと…リューコ、いぬお、椿…みんな、ありがとう。私、一人じゃ危なかったから…。」


リューコが笑って肩を叩いた。


「当たり前よ! アンタ、無茶しすぎなんだから。でも、まぁ…妹のためなら、私だって動くわ。」


こうして、シアは初めて出会ったリューコといぬお、そして椿と共に、花の群生地へと向かった。

椿は探していた黒上いぬこへの手がかりを得て、リューコといぬおはニアの姉を無事に発見し、シアは妹のために花を手に入れようとしていた。初対面ながらも、それぞれの目的が交錯する中、四人の絆が少しずつ芽生え始めていた。

だが、瘴気の濃い森の奥で、何かが彼らを待ち受けている気配が漂っていた――。


シア、リューコ、いぬお、そして椿の四人は、薄紫色に輝く花の群生地を目指して魔物の森の奥へと進んでいた。

早朝の太陽が差し込んでいた光は、次第に木々の厚い葉に遮られ、足元を照らすことすらままならなくなっていた。

空気は重く湿り気を帯び、瘴気の濃度が濃くなるにつれて、不気味な気配が漂い始めた。


「ねえ…なんか、さっきより暗くない?」


シアが不安そうに呟くと、リューコが周囲を見回しながら答えた。


「確かにね。瘴気が濃くなってるわ。気をつけなさい。」


いぬおが獣耳をピクリと動かし、低い声で言った。


「魔物の気配だ。近くに何かいる。椿さん、感じるか?」


椿が赤い瞳を細め、刀の柄に手を添えた。


「ああ…いるな。かなりでかいやつだ。シア、絶対に俺の後ろから離れるな。」


「う、うん…!」


四人は慎重に進み続けた。

木々の間からかすかに漏れる光を頼りに歩を進めると、やがて目の前に薄紫色にキラキラと輝く花の群生地が現れた。シアの目が輝き、思わず声を上げた。


「あった! あれだよ、ニアが欲しがってた花!」


だが、その喜びも束の間だった。椿が鋭く叫んだ。


「待て、シア! 近づくな!」


「え?」


シアが足を止めた瞬間、群生地の中心から異様な気配が湧き上がった。

花々が不自然に揺れ、地面がわずかに震え始めた。いぬおが眉を寄せ、呟いた。


「この花…何かおかしい。瘴気が強すぎる。」


椿が一歩前に出て、刀を構えた。


「気づくのが遅かったか…。こいつら、魔物から生えてる。餌を誘うための罠だ。」


「罠!?」


シアが驚く中、リューコが冷たい目を向けて言った。


「つまり、あの花は偽物ってことね。ニアに持って帰れないじゃない!」


その言葉が終わるや否や、群生地の土が盛り上がり、巨大な植物型の魔物が姿を現した。

根元から伸びる無数のツタが花々を支え、その花自体が魔物の体の一部であることが明らかになった。

昨夜の魔物よりも大きく、瘴気を纏った姿は一層不気味だった。


「キェエエエッ!!」


魔物が奇声を上げ、ツタが四人に向かって襲いかかってきた。


「くそっ、またこいつらか!」


椿が刀を振り、紫の炎を纏わせてツタを焼き払った。しかし、魔物は次々と新たなツタを生み出し、群生地全体を覆うように広がっていく。


リューコが手を掲げ、冷気を操って遠距離から攻撃を仕掛けた。


「シア、下がってなさい! 私が凍らせてやるわ!」


彼女の周囲に冷たい霧が広がり、鋭い氷の刃がツタを切り裂き、一部を凍結させた。

しかし、魔物の再生速度が速く、凍ったツタはすぐに新たな芽を伸ばしてきた。

いぬおが爪を構え、近づいてきたツタに飛びかかった。


「うねうねとうざったいぜ…切り裂いてやる!」


鋭い動きでツタを切り裂き、腕を振るうと斬撃が飛び、遠くのツタを切り落とした。

しかし、無数に広がるツタはいぬお一人では全てを抑えきれなかった。

シアが震えながらも、決意を込めて叫んだ。


「みんな…ごめん、私のせいで…! でも、私も!」


シアは「瞬発力」を発動させ、一瞬でトップスピードに達した。勢いのまま魔物の側面に跳びつき、ツタの動きを一瞬止めたが、戦闘向きではない能力ゆえ、すぐに振り落とされてしまった。


「シア、無茶すんな!」


椿が叫ぶが、シアは地面に転がりながら答えた。 

 

「アタシだって、みんなを守りたいんだから!」


その時、魔物の中心から巨大な花弁が開き、中から毒々しい瘴気を噴き出してきた。四人は一瞬怯むが、リューコが冷気を集中させ、瘴気を凍らせて拡散を防いだ。


「この瘴気、厄介ね…! 私が抑えるから、誰か本体を叩いて!」


いぬおが素早く動き、魔物の根元に接近した。


「俺がやる!」


爪から放たれた斬撃が根元を切り裂くが、瘴気の壁に阻まれ、致命傷には至らない。


椿が歯を食いしばり、前へ踏み出した。


「てめぇはしつこいんだよ!! 悪鬼羅刹!!」


右腕の包帯を解き、大地に叩きつけると、どす黒い紫の炎が吹き上がり、魔物を包み込んだ。

炎がツタを焼き尽くし、花弁を焦がしていく。

リューコが冷気を遠距離から放ち、凍ったツタを砕き、いぬおが近距離で斬撃を連発して残ったツタを切り裂いた。

シアは「瞬発力」で魔物の注意を引きつけ、四人の連携が魔物を徐々に追い詰めていった。

シアがあちこちの木々にツタを絡ませとうとう魔物の動きが止まる。


「キェエエ…!」


魔物が最後の抵抗を見せるが、椿が刀を振り下ろし、根元を一刀両断した。


「そこだ!!」


炎と冷気が混じり合い、群生地は一瞬にして静寂に包まれた。キラキラと輝いていた花々は、魔物と共に枯れ落ち、跡形もなく消え去った。


「はぁ…はぁ…終わった…?」


シアが息を切らして呟くと、リューコが冷気を収めながら肩を叩いた。


「終わったわよ。…でも、花がなくなっちゃったじゃない。」


椿が刀を鞘に収め、苦笑した。


「まぁ、また探せばいいさ。…これ以上の探索はキリがなさそうだ。」


いぬおが爪を引っ込め、シアに言った。


「ニアには俺たちが説明するよ。事情を聞けばわかってくれるさ。」


シアが少し悲しそうに俯いたが、やがて顔を上げて微笑んだ。


「うん…みんなが無事なら、それでいいよ。ありがとう、リューコ、いぬお、椿。」


四人は疲れ果てながらも、互いに軽く笑い合った。


魔物の森の最深部で、シアが欲しかったキラキラ光る花は魔物の罠と化し、持ち帰ることは叶わなかった。

疲れ果てた四人――シア、リューコ、いぬお、そして椿――は肩を落としながらも、生きて帰れることに安堵し、ログハウスへと帰路についた。


森の奥から出てくるにつれ、瘴気の重苦しい空気は薄れ、木々の隙間から再び太陽の光が差し込み始めた。足取りは重かったが、互いに軽口を叩き合いながら進む四人。シアが少し寂しそうに呟いた。


「結局…ニアに花をあげられなかったなぁ…。」


リューコが冷気を手に弄びながら、軽く肩を叩いた。


「まぁ、アンタが無事ならそれでいいじゃない。妹ってのは姉が生きてるだけで喜ぶものよ。」


「そうだな。ニアに事情を話せば納得するさ。」


いぬおが笑ってフォローすると、椿が刀を肩に担いで言った。


「生きてりゃまた探すチャンスはある。今回はこれで十分だろ。」


そんな会話を交わしていると、道中で一行の目に鮮やかな光景が飛び込んできた。

瘴気の影響が全くない、太陽の光がたっぷりと降り注ぐ花畑だ。

色とりどりの花が咲き乱れ、風に揺れるその姿は、まるで森の暗闇を忘れさせるような美しさだった。


「わぁ…綺麗!」


シアが目を輝かせて立ち止まると、リューコも感嘆の声を上げた。


「へぇ…こんな場所があったなんてね。瘴気もないし、いい場所じゃない。」


いぬおが花畑を見渡し、提案した。


「なぁ、シア。ここで花を摘んで帰ったらどうだ? ニアも喜ぶんじゃないか?」


「え! 本当に!? うん、そうする!」


シアが笑顔を取り戻し、花畑に駆け寄った。


四人はしばし休息がてら、花畑で花を摘んだ。シアは特に慎重に選び、色鮮やかな小さな花束を作り上げた。

リューコが冷気で花に軽く霜をまぶして「長持ちするようにね」と笑い、いぬおが「姉貴に怒られない程度に摘めよ」とからかう。


椿は少し離れて見守りながら、静かに呟いた。


「黒上いぬこ…もうすぐ会えるな。」


やがて、一行は花束を抱えてログハウスへと戻った。


ログハウスの玄関をくぐると、出迎えたのは黒上いぬこと、彼女の腕にしがみつくニアだった。


「シア!?」


ニアが目を丸くし、いぬこから飛び出して駆け寄ると、シアが膝をついて抱きしめた。


「ニア! ごめんね、心配かけたね…!」


「シア…! 帰ってきてくれるなら、それでいいよ…!」


ニアが涙をこぼしながらしがみつくと、シアは少し離れて目を覗き込んだ。


「でもさ、ニア、泣かないでよ。私、ちゃんと帰ってきたんだから!」


ニアが鼻をすすりながら、笑顔を取り戻した。


「うん…でも、シアがいなくなっちゃうかと思ったんだから! もう無茶しないでよね!」


「へへ、ごめんごめん! でも、ニアがそんなに心配してくれたなんて、ちょっと嬉しいかも。」


シアが笑うと、ニアが頬を膨らませて反撃した。


「ちょっとじゃないよ! すっごく心配したんだから! シアってば、いつも無茶ばっかりなんだから!」


「はいはい、反省してるって! ほら、これ見て!」


シアが持っていた花束を差し出すと、ニアの目が輝いた。


「え…花!? 綺麗…!」


「ね、図鑑の花は持って帰れなかったけど、帰りに見つけたんだ。ニアにあげるよ!」


ニアが花束を受け取り、嬉しそうに抱きしめた。


「ありがとう、シア! すっごく綺麗だよ…! これ、部屋に飾っていい?」


「もちろん! ニアが喜んでくれるなら、私も嬉しいよ。」


シアが妹の頭をくしゃくしゃと撫でると、ニアが笑いながら跳ねた。


「やめてよー、髪がぐちゃぐちゃになるじゃん! でも…シア、大好きだよ!」


「私も大好きだよ、ニア!」


二人が笑い合う姿に、リューコが目を細め、いぬおがホッと息をついた。

いぬこが穏やかな笑みを浮かべて近づき、シアに言った。


「無事で良かった。ニアはずっとあなたを待ってたんだよ。」


「ありがとう、いぬこさん…。リューコ、いぬお、椿が助けてくれたから、こうやって帰ってこられたんです。」


いぬこが三人を見回し、柔らかく感謝の言葉を述べた。


「そっか。みんなお疲れ様!…ところで、あなたは?」


椿が一歩前に出て、いぬこをじっと見つめた。


「ああ。鬼神椿だ。お前が黒上いぬこか?」


「うん。私が黒上いぬこだよ?何か用かな…?」


いぬこの丁寧な問いに、椿は小さく笑った。


「用はある。…けど、それはまた今度話すぜ。今日はこいつらの再会がメインだろ。」


いぬこが少し首をかしげたが、リューコが冷気を手に弄びながら笑った。


「まぁ、面倒見がいい奴ね。気に入ったわ。」


いぬおが肩をすくめ、シアとニアが花束を手にじゃれ合う姿を見つめた。


こうして、シアとニアは再会を果たし、花畑の花束が二人の絆を彩った。

魔物の森での戦闘を乗り越えた一行にとって、姉妹の笑い声が響くこの穏やかな結末は、ひとまずのハッピーエンドとなった。

だが、椿が黒上いぬこを探していた理由は、誰も知らないまま、次なる物語へと持ち越されるのだった――。

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