第9話愛羅武勇フォーエバー!
第九話「一夜限りの仏恥義理伝説!愛羅武勇フォーエバー!」
Xデー当日。わたし、佐藤菜々美は、孝之に言われるがままに、少しお洒落をして家を出た。行き先は告げられないまま、あゆみも何故かニコニコとついてくる。一体どこへ連れて行かれるのだろう…胸のドキドキは最高潮に達していた。
タクシーが着いたのは、都心から少し離れた、こぢんまりとしているけれど雰囲気のあるライブハウスの前だった。
「ここ…?」
看板には【本日貸切 佐藤様御一行】と書かれている。
孝之はわたしの手を取り、自信に満ちた笑顔で言った。
「菜々美、結婚20周年、そして誕生日おめでとう。最高のプレゼントを用意したんだ」
ドアを開けると、中は薄暗く、ステージだけがぼんやりと照らされている。そして、次の瞬間、パーン!というクラッカーの音と共に、照明が一斉に灯った!
「「「菜々美(さん/ちゃん)!おめでとー!!」」」
そこにいたのは…信じられない光景だった。
まばらにではあるけれど、確かに客席を埋めている人々。その中には、見覚えのある顔もちらほら…。そして、ステージ袖から現れたのは…!
「ミキ!ヨーコ!それに…サ、サオリちゃんまで!?」
かつて「仏恥義理エンジェルス」として苦楽を共にした、初代メンバーのミキとヨーコ。そして、わたしが脱退した後に加入した、二代目エンジェルスのセンターだったサオリちゃんまでいる!みんな、少し歳はとったけれど、面影はしっかり残っている。
「な、なんで…みんながここに…?」
わたしは言葉を失い、ただただ呆然と立ち尽くす。
すると、ステージ中央にスポットライトが当たり、マイクを持ったカイさんが立っていた。いつもの爽やかな笑顔だ。
「菜々美さん、そして孝之さん、本日は誠におめでとうございます!そして、仏恥義理エンジェルス・菜々美さん、一夜限りの復活、心より歓迎いたします!」
カイさんの声が、マイクを通して会場に響き渡る。
「本日のこのステージは、孝之さんから菜々美さんへの、愛のこもったサプライズプレゼントです。そして、僭越ながら、わたくし△△カイが、総合プロデュースを務めさせていただきました!」
客席から大きな拍手と歓声が上がる。わたしはもう、何が何だか分からないまま、涙が溢れて止まらなかった。
「え…?じゃあ、あゆみのスカウトも…カラオケのことも…全部…?」
隣にいた孝之が、悪戯っぽく笑って頷く。
「ああ。全部、菜々美を驚かせるための、カイさんと俺の壮大な計画だったんだよ」
カイさんがステージ袖に合図を送ると、聞き覚えのあるイントロが流れ出した。
…『夕焼けセンチメンタル・ロード』!
「菜々美さん。まずは、あなたのソロ曲から。この日のために、最高のバンドメンバーも揃えました。思う存分、歌ってください!」
震える足でステージに上がる。目の前には、温かい眼差しでわたしを見つめる孝之とあゆみ。そして、懐かしい仲間たち、そして、わたしの歌を聴きに来てくれた人たちがいる。
(夢…?これは夢なの…?)
でも、マイクの冷たい感触と、流れ出す美しいメロディは、紛れもない現実だった。
何十年ぶりかに歌うソロ曲。最初は声が震えたけれど、歌い進めるうちに、心の奥底から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。これは、わたしの歌だ。誰にも知られなくても、わたしが大切にしてきた歌。それを、今、こんなにもたくさんの人が聴いてくれている。
歌い終えると、割れんばかりの拍手。涙で前がよく見えない。
すると、カイさんが再びマイクを取った。
「菜々美さん、素晴らしい歌声でした!…でもね?孝之さんとも話したんですが、やっぱり、中途半端は良くないと思うんです(笑)」
カイさんはニヤリと笑う。
「やるなら、とことんやりましょう!仏恥義理エンジェルスの黒歴史…いえ、輝かしい歴史に、今日、ここで、しっかりと幕引きをするんです!それが、過去の自分への最高の手向けになるはずですから!」
そして、カイさんは高らかに宣言した。
「それでは、お待たせいたしました!今宵限り!仏恥義理エンジェルス、オリジナルメンバー&二代目センター、奇跡の集結です!」
ミキ、ヨーコ、そしてサオリちゃんが、当時の衣装をアレンジしたようなキラキラの衣装でステージに飛び出してきた!
「菜々美!あんたがいないと始まんないでしょ!」
「久しぶり!また一緒に歌えるなんて、夢みたい!」
「菜々美先輩!よろしくお願いします!」
みんな、笑顔でわたしを囲む。
そして、あの、聞くだに恥ずかしいけれど、血が騒ぐイントロが!
『仏恥義理ロード』!!
「いくぞー!てめーらー!」
誰かが叫んだ。もう、誰でもいい!わたしは、仲間たちと肩を組み、全力で歌い、踊った。ヤンキー座りだって、メンチ切りだって、今日は解禁だ!
客席も最高潮の盛り上がり!手拍子と「愛羅武勇!」のコールが会場を揺らす。
何曲歌っただろうか。汗だくで、息も絶え絶えだけど、こんなに楽しいのはいつ以来だろう。黒歴史なんて、誰が言った?これは、わたしの、私たちの、最高の青春そのものじゃないか!
ライブは熱狂のうちに本編を終え、アンコールの声が鳴り響く。
ステージ袖で肩で息をしていたわたしたちの元に、カイさんがやってきた。
「皆さん、最高でした!アンコール、もちろん、あれですよね?」
全員が頷く。
再びステージへ。ラストはもちろん、もう一度『仏恥義理ロード』だ!
イントロが始まると、客席からひときわ大きな歓声が上がった。
そして…!
なんと、ステージに、あゆみが例の仏恥義理ハッピを着て、孝之は…なぜか学ラン姿で(カイさんが用意したらしい)乱入してきたのだ!
「お母さん!私たちも混ぜてー!」
「菜々美!お前が一番だー!」
あゆみはキレッキレのダンス(いつの間に練習したの!?)を披露し、孝之はぎこちないながらも必死に拳を突き上げている。
もう、ぐちゃぐちゃだ!でも、最高に幸せだ!
わたしは、ミキと、ヨーコと、サオリちゃんと、そして、あゆみと、孝之と、肩を組んで、叫ぶように歌った。
「♪愛羅武勇で夜露死苦ベイベー!仏恥義理伝説永遠にー!♪」
曲の終わりには、全員でステージ中央に集まり、抱き合って、笑って、泣いた。
客席からの拍手と歓声は、いつまでも鳴り止まなかった。
スポットライトの中で、わたしは思った。
わたしの黒歴史は、今日、最高の形で浄化された。
そして、それは、決して一人ではできなかった。
愛する夫がいて、可愛い娘がいて、大切な仲間がいて、そして、こんなにも素敵なサプライズをプロデュースしてくれたカイさんがいたから。
わたしの人生は、まだまだ捨てたもんじゃない。
むしろ、ここからが、新しい伝説の始まりなのかもしれない。
そんな予感を胸に、わたしは、満面の笑みで、ステージの上から、キラキラと輝く客席を見つめていた。
(完…そして、伝説は続く?)
きみ!かわいいね! 志乃原七海 @09093495732p
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます