弐拾

「蟬魂丸様!!よくぞご無事で!!」

「あの黒い羽根の動きが一斉に止まり、崩れ落ちたでの。無事に親玉を片付けられたのだな。」

「わたくしめは、鷹目の野郎よりも頑張りましたよ!!」

「なにを言うか。俺様の方が華麗かつ豪快に敵を薙ぎ払ってやったわい!はははは!!」


 目が覚めると、そんなやかましい会話が聞こえてきて頭にズキズキと響く。

 少し静かにしてくれ。


「お、紫光。気がついたようだ。」


 重たい瞼を上げると、三つの顔がこちらを覗いている。ジメッとした冷たい空気ではなく、生ぬるい風が心地よく吹いている。

 どうやら無事、地上に戻ってきたようだ。


「紫龍の力を使ったのか。せっかく桜花からあやとり術を教えてもらっても、結局は強力な術に頼る。紫光、お前その紫龍の力を使う度に意識を失って、何か大切なものまで削られている可能性もあるのだぞ。紫龍という強大な力を使うのに、代償無しというわけにはいかないのが道理だ。」


 鷹目が少し厳しめの声色でそう言った。

 たしかにそうだ。俺は紫龍のことをよくわかっていない。そのような状態で力を使いすぎては、いざという時に何もできない、というのもあり得る。


「…この力を使った時、毎回声が聞こえるんだ。きっとあれは紫龍の声だ。」

「ほう?今回は何と?」

「まだ黄泉へ行かせるわけにはいかない、って言っていたような。」

「ふうむ。」


 蟬魂丸は俺に近づき、腰にさしている紫龍の宿る刀の柄を、ガッと荒々しく掴んできた。


「おい何すんだ。」

「わっしにはこの刀が何なのか、その紫龍とヌシがどういう関係なのかなどはわからぬ。しかし、秋のシキ神なら、わかるかもしれぬな。」


 シキ神はその季節ごとに司るものが異なるそうだが、秋のシキ神は何を司るのだろうか。

 俺も知らない俺自身のことが、徐々にわかっていくのだろうか。


「ふむまぁいい。ひとまず黒背姫と合流しようぞ。」

「はっそうだ。たよのところへ行かねば。」


 黒背姫という、小さな童に見えるが立派な鬼コが、たよを守ってくれている。

 たよと黒背姫は近くの古舘にいるというので、俺たちは烏城の北側に向かって歩き始めた。


「しかし般若の奴、寒烏にお前を消すよう命じていたとは。自分で消しに来ればよいものを。」


 歩きながら鷹目がそう言う。

 蟬魂丸もそれに続いて口を開く。


「よほど、早く極楽浜に辿り着きたいのか…。それとも、ヌシに会いたくないのか。」


 どちらの可能性も考えられる。寒烏が言っていた、俺と般若の関係。それがどのような関係なのかさえわかれば、あいつの行動の意味がわかりそうだが…寒烏は、自分からは言えないと言っていた。


「なにやら複雑な関係性なことだけはわかるが…。ともかく、奴の行き先がわかった。これまで南の方を捜索していた鷹のみなには、北方面へ行くように指示するぞ。」

「ありがとうな鷹目。」

「ふん。人間に感謝されるのはなんだかむず痒いな。」

 そう言いながら鷹目は鼻の下を指でさすっている。


「そうだ、蟬魂丸様。今のうちに、紫光にあれを渡しておいた方がよいのでは。」

「おぉ、そうじゃった。」


 目の前で蟬魂丸は立ち止まり、こちらに左手の拳を突き出してきた。


「手を出せ。」


 そう言うので、俺は恐る恐るその拳の下に掌を差し出した。

「受け取れぃ。」


 蟬魂丸が俺の掌に乗せたもの。それは。


「…?何も無いじゃないか…。」


 俺の掌には、何も乗っていなかった。

 俺の目には見えないものなのだろうか。


「ふむ。今、ヌシの掌から体内に、とある術を流し込んだ。きっとこの先、ヌシの役に立つじゃろう。」

「ん、どういう術だ?どう役に立つのだ…?」

「相変わらず質問が多いよのヌシは。まぁ今後わかることになる。」


 蟬魂丸はいつもと変わらない不敵な笑みでそう言い、再び前を向いて歩き始めた。


 今、俺の体には何の変化も無い。

 一体、どういう術を流し込まれたというのだろうか。

 これ以上何も言うことはないと、蟬魂丸のその背中が言っている。


 俺も黙って再び歩き始めた。


 しばらくして、たよと黒背姫がいるという古舘が見えてきた。

 先程まで周囲は敵だらけであったが、あの黒背姫の防御術。あれがあれば、たよは無事だろう。


 ガラッ!

「たよ!すまない待たせたな……。」


 古びた戸を勢いよく開け、たよの安心した顔を見る…はずだったのだが。


「………??」


 俺は、戸の向こうに見える光景に、一切声が出なかった。


「これでよかったんだよね、蟬魂丸ちゃん。」

「上出来じゃ。」


 ……は?


 何が起きている?


 今、俺は、紫光おかえり!というたよの声を聞いているはずなのに。


 はず…なのに…。


 たよの、薄汚れた鼠色の小袖が、真紅の色へと変わっていた。


 本来なら、童同士きゃっきゃと遊び、お手玉やあやとりなどが散らかっていてもいいはずなのに。


 散らかっているのは、たよのものと思われる、大量の血だった。


「……はっ…はっ…た、た…よ…?」


 俺はよろよろと横たわっているたよに近づく。


 何が起こっているのかわからない。

 起きてくれ。目を覚ましてくれ。


「はは…そうか、帰ってきた俺を驚かそうとしたんだな…?驚いた!お、驚いたぞ〜。だからもう…起きていいぞ…なぁ…たよ…。」


 どれだけ声をかけても、目を開けてくれない。

 瞼がピクリとも動かない。


 この光景が、あの時の光景と重なり、俺は徐々に呼吸が苦しくなり…。







「あ"あ"あ"あ"あ"ぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」







 自分でもどこから声が出ているのかわからないほどの大声で、叫んでいた。


「お前か!!!お前がやったのか!!!!!」


 俺は黒背姫の胸ぐらを、指の骨がその細い首に食い込むほど強く掴んだ。


「…蟬魂丸ちゃんの命令だよ。」


 ……は?


「お前……。」


 俺は黒背姫から手を離し、よろよろと蟬魂丸に近づく。そして蟬魂丸の胸ぐらを強く掴んだ。


「どういうことだ!なぜたよを…たよを…!」

「ヌシの魂を、見つけるためじゃよ。」


 俺の…魂を見つけるため…だと?


「ヌシは、たよっこと短い間ではあるが共に行動していた。短い間と言えど、濃い間。ヌシはたよっこを守ろうと必死に行動していた。…やがて、ヌシはたよっこを、本当の家族のように思い始めた。」

「だから…なんだというのだ…。」


 俺に胸ぐらを力強く掴まれても平然とし、涼しい顔をしている蟬魂丸は、声色も全く変えずに淡々と話を続ける。


「その強い絆。それこそが、ヌシの魂を見つけるための鍵となるのじゃ。」

「なんだと…?」


 それで、それでたよは殺されたというのか?

 殺す必要があったのか?強い絆が鍵になるのならば、その絆で敵を圧倒する、というようなことも出来るだろう?

 なぜ、なぜこんなところで殺されなきゃいけないんだ。

 しかも、俺が見ていない間に。


「お前が、生前妻を失った時と、似たような状況にしなければいけなかったんだ。」


 …は?

 俺はそう話す蚱蟬に目を向ける。

 酷く冷たい、虫の複眼がこちらを見つめている。


「まぁお前の妻が殺されたのは一緒に寝ている時だったそうだが、死念体になった今のお前は眠ることが無い。だから全く同じ状況はつくれなくてな。今回、この寒烏の騒ぎを利用させてもらったのだ。」

「流石は黒背姫じゃ。紫光の信頼を得るため、あのように派手な防御術を披露して見せるとはな。すんなり、たよをこちらに任せてくれおった。」


 俺はもう、言葉は入ってくるのに何も聞こえないような感覚になっている。


 俺が、俺が殺してしまったんだ。


 たよのことを。


 こいつらを信用してしまったばかりに。


 何が鬼コだ。何が、この土地や人間を守る存在だ。


 なぁ桜花。お前は知っていたのか。初めから。


 蟬魂丸がこんなことをしてしまうのを。


 知ってたんだよな。だって同じシキ神なのだから。


「蟬魂丸ちゃんの頼みは断れないよ。たよっこ、楽しそうだったよ。最期に私と遊ぶことができて。とても楽しそうに、笑ってた。」


 可愛らしい顔をしながら、その目の中は酷く冷たい。


 桜花も、優しく温かい声をしておきながら、その中身は冷たかったんだ。


 蟬魂丸と蚱蟬は論外だ。


「全く、お前ら蟬魂丸信者どもはやることがえげつないの。」

 そう言う鷹目も、たよに駆け寄ることをしない。俺の心配もしない。ただ少し後ろから、他人事のようにそう言い、我関せずという感じだ。


 みな冷たい。


 何が鬼コだ。


 全員、ただの鬼じゃないか。


「似たような状況にすることで、生前のことが想起される。魂が強く揺れる。死念体と、どこかにいるその魂とが、共鳴する。」

「先程蟬魂丸様がお前に流し込んだ術は、以前に桜花様が施した、悪霊化を抑える術を解除する術だ。それを解除しないと、うまく共鳴することができないのだよ。」


 もういい黙れ。


 全員、黙ってくれ。


 俺は冷たくなってしまったたよの体を抱き寄せた。

 ごめん、なんて言葉では、謝りきれない。


「勘違いするな紫光。わっしらは人を簡単に殺すような存在ではない。ヌシの魂を探すためには必要なことだったのじゃ。それに、たよっこはもう両親もおらずこの先も苦しみが待っているだけじゃろう?じゃからせめて今のうちに…。」

「黙れ!!!!!!!!!!!!!!!」


 俺の視界は完全に闇に包まれた。


 もう、憎しみで頭がいっぱいだ。


「ほっほ。始まったな。さぁ共鳴せい!ヌシという死念体と、その魂よ!!!!」


 蟬魂丸が声を張り上げる。


 俺は、底の無い巨大で真っ暗な穴に落ちていく感覚に陥った。


 その直後、遠くから、龍の咆哮が聞こえてきたのだった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死念体 北ノ雪原 @kitanosetsugen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ