時をたぐる
100chobori
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両替機に一万円札が吸い込まれた瞬間、俺は気づいた。それが財布の中の最後の一枚だったということに。両替機から千円札十枚が出てきた瞬間、もう一つ気づいた。失業手当が支給されるのは次で最後だということに。
これが最終支給月の最後の一枚だったら俺はどうしようもない馬鹿だ。
勢い勇んで自分の持ち場に戻り、千円札を横の機器に吸い込ませる。銀色の玉が手前の受け皿に流れ込む。集団アイドル歌手の音楽が店内に響く。何百何十何番のお客さんが大当たりスタートした、と店員がアナウンスする。
ガラス窓の中で弧を描く玉はガチャガチャと釘や羽根にひっかかりながらも、結局はどれもが一番下の穴に吸い込まれていく。
みんななくなった。財布に千円札はもうない。何百何十何番のお客さんが、と店員はまたアナウンスしている。実は嘘なんじゃないのか? 実際、アナウンスされた番号の台が大当たりになっているか、この目で確かめようとしたが、やめた。
台から立ち上がると右も左も人でいっぱいだ。木曜日の夜だというのに、こいつらは一体どこに金があるんだ。景気が悪いなんて実は嘘なんじゃないのか。
集団アイドル歌手の音楽がやっぱりまだ店内に響く。もし俺が早く結婚してて娘がいたら同じ位の年齢になってるってことだろうか。台に夢中になっている人たちを背に、俺は通路を通り抜ける。
出口の横にある自動販売機で缶コーヒーを買おうとしたが止めた。その横にはしわくちゃになったフリーペーパーが置いてある。無料配布のようだ。中を見ても大体は予想がつく。
時給八百円の「軽作業」。出来高制の○○セールス。配送ドライバー。清掃作業員。自動車部品工場の期間工。年齢制限がある。同業種での経験が必要。そして、募集しているのは毎号ほとんど同じ会社。
中を見なければ始まらない。わかっている。でも俺は見なかった。明日にすればいい。
自動ドアをくぐると、店内のかすかな熱気が外に吸い込まれるのがわかる。ひんやりと冷たい。もう夜だが、空の色は暗い中にもわずかな白みを帯び、厚い雲に覆われている様子がわかる。目の前には一面に、自動車が整然と並ぶ。中には軽トラなんかも混じっているが、クラウンのハイブリッドとかボルボのV60とかけっこういい車もいくつかある。どの車も真っ直ぐ一列にこちらを向いている。消灯したヘッドライトには真摯な視線すら感じられる。その目的が、一台の例外もなく、中でパチンコをしている持ち主を静かに待っているというのだから、ある意味ウケる。
俺は自分の車にたどり着き、キーを鍵穴に指す。白いナンバーでは一番小さいやつをずっと前に中古で買った。キーはボタンを押してピッと開くやつではない。それはもう電池が切れたままだ。
そういえばもうじき車検が切れる。車のエンジンをかけ駐車場から出ると、国道を県境の方に向けて走らせた。
すぐに周りからは何の光もなくなる。ヘッドライトが照らす先は、轍のようにわずかに波打ったアスファルト、時々見えるサラ金やラブホテルの立て看板、そして時々赤く光る信号ぐらいだ。
腹がキューッと鳴り出した。そういえばまだ、夕飯を食べていない。米は炊いておいた。おかずはコンビニで適当なものを買っていこうと思っていた。
遠くにコンビニの明かりが見える。減速して車を停めようと思った瞬間、自分の財布にはもう千円札が一枚もないことに気づいた。舌打ちをしてアクセルを踏み込んだ。
バックミラーの視界からコンビニの明かりが消えた瞬間、すぐに別の考えが頭に浮かんだ。小銭がいくらかあったはずだから、それで買えるものを何か買えばよかった。
もう遅いけど仕方ない。家の近くにももう一軒コンビニがあったはずだ。俺は自宅への道をさらに急いだ。
道路の勾配が少し上がり気味になり、周囲の暗さはより一層際立った。フロントガラスに水滴がパラパラと落ちる。しばらくそのままでいたが、その数は視界を遮り始めるほどの数に思えたのでワイパーのスイッチを入れた。水滴は既に粉雪になっていた。
もう一度腹が鳴った。しかし今度のは痛みを伴った。膨れる腹を腹筋で抑えつけながら体が震えた。車内の暖房を入れていないことに気づいた。息は白い。既にかなりの寒さだ。
腹筋をはねつける腹の中の何かはますます勢いを増している。俺はもう一度舌打ちをした。やっぱりさっきのコンビニに寄っておくべきだった。
今までまばらにあった対向車はますます少なくなる。そんな中、黄色と赤で塗られた真新しい店舗がスポットライトに照らされているのが遠くに見えた。俺はほっと一息ついた。
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