湯屋の日常

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第1話 朝礼

 ゴォ-ン……ゴォ-ン…………

 朝の鐘の音がこの温泉郷おんせんきょうに響き渡る

 鐘の音の後は――カンッ カンッ カンッ


 うちの湯屋の鐘の音が響いてくる

「時間ピッタリ……さすがおばば。」


 支度をしないと――――



仕事着の浴衣に腕を通して、髪も結い、たすきの紐を持って階段を下りる。ワイワイと仕事仲間たちが列をなして広間に入っていく。


宵依よいー!」

「みや!おはよう。」

「おはよう。今日いい天気だねぇ。」

 みやびは私と同じ役職の湯女ゆな。3ヶ月前にこの湯屋に雇われた狸の妖の女の子。私より少し背の低い彼女の後ろでふわふわの尾が揺れている。


「んもぉーお婆のあのカンカンって合図、耳が痛いわ。」

桔梗ききょう、おはよう。いつものことでしょ。」

「おはよう桔梗。昨日は遅番だったんだっけ?お疲れ様だねぇ。」


 桔梗も私たちと同じ湯女。店開きの前の掃除や食事の配膳が主な仕事の私と雅と違い、入浴中のお客に髪すきや垢擦りなどの接客が主な仕事。位としては私たちより上になる。


 3人で話しながら朝食が並べられた広間の席に着く。

「私もそろそろ位があがってもいい頃だと思うんだけどな。」

「宵依はもう1年くらい経つんだっけ?確かにそろそろだよねぇ。宵依は仕事だって丁寧で早いのに。」

「させる訳ないでしょ。……当主様が許さないよ。」

「…………。」


「当主様のおなーりー。」

 お婆の声掛けにみな姿勢を正す。広間の襖が開かれこの湯屋の当主が姿を見せる。

 腕を組み、肩にかけた白い羽織は角がのびた黒髪によく映える。彼の浅葱色の瞳はいつも少し気だるげだ。


「……今日もこの湯屋、逢来おうらいめぐみを誰1人忘るる事なく、繁盛はんじょうを」


「「「繁盛はんじょうを!!」」」


 皆で湯飲みを持ち上げ声を上げる。毎朝の朝礼みたいなものだ。


 当主は挨拶だけを済まして、広間を出ていく。湯屋の当主は別室で食事をとるから。

 襖が閉められるときほんの一瞬だけ、彼と目が合った気がする。


 今日あたり呼び出しを食らいそう――――

 


「ほんと綺麗な妖だよねぇ当主様。」

 と、雅がうっとりと閉められた襖の方を眺める。

「ほんとに。それにもの凄く強くてここら辺じゃあの御方に敵う妖怪たちはもう居ないって話。」

 桔梗がお味噌汁を啜りながら話す。

 

「……今日いつもと装いが違った。太客でも来るのかな。」

「だったら気合い入れないとね。私が髪すきの担当にならないかなー。」

「着物も素敵だったねぇ。白い羽織をバサァってひるがえして。」

 私の言葉に2人らしい返事が返ってくる

 気づけば思ったより時間が経っていたらしく――


「もうそろそろ片付けな!タラタラ食ってるやつはァ全員分の皿洗いだよ!」


 お婆の声に食事が遅れていた私たちは急いでかき込む


「じゃあまたねぇ。桔梗、宵依。」

「うん。みやも風呂掃除頑張ってね。」

「宵依!迷子になんなよ!」

「ならないよ。」


 雅は風呂掃除、桔梗は店開きまで客間の掃除の手伝い、私は買い出しに割り振られた。


 買う物を確認しながら歩いていると――――

 

「あれとこれと……わっ!!」


 突然隣の襖が開いて中に引き込まれる。この湯屋でこんな心臓に悪いことをしてくるのは1人だけだ。


「……なんの用ですか?――――ご当主様。」

「常に油断禁物だぞ、宵依。」

「お客さんもまだの湯屋で何を警戒するんですか?」


 後ろからまわされた腕を解いて振り返ると、いたずらっ子のような顔をした我らが湯屋の当主様がいた。


「今日は買い出しか?」

「はい、食材を少しと掃除用のたわしを。」

「この鄉で滅多なことは無いと思うが、十分に気をつけろよ。知らない奴について行かない、喋らない、目を潰す。」


 最後絶対なんか違う――――


 やっと解放され、湯屋を出て空を仰ぐ


 さぁ――仕事だ


 

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