第7話 工場見学
本木一也の本社訪問から2カ月後、トヨタ織機の自動車組立工場にキャデラクが入って行った。本木一也は今日も大阪から車だ。大草工場はトヨタ自動車から、小型車スターキャットと商用車カロッソバンを受託生産している。大草工場にキャデラックのようなアメ車が来ることは全くない。一般の来客はトヨタをおもんばかって、タクシーを含めてすべてトヨタ製の車でやってくる。だからキャデラックなどは、見たことのない車だ。本社秘書から大草工場へ事前に連絡があったので、工場守衛がキャデラックを事務棟玄関まで誘導した。運転手は一也をエントランスで降ろすと脇の駐車場に2台分のスペースを使って車をとめ、そのまま降りてこない。主人の用件が終了するまで待つつもりだ。
この日、すでに3月末の株主名簿ができていた。日本土地は650万株を保有し、2.5%を保有する第5位の大株主だ。第10位までは株主総会の招集通知に開示しなければならず、まもなく日本土地の名が大株主として公になる。
本木の工場見学に応対したのは、工場長の磯谷智紀と総務部長の谷川だ。磯谷が「本木さん、特に見学を希望する工程などありますか。」と尋ねるが、本木は特にどこを見たいか言わない。磯谷工場長が「工場内は一般的なルートでご案内すればいいでしょうか。」と念を押した。「一度も自動車工場を見たことがないので、それでかまいません。」と本木が答えた。工場見学というのにこの時も本木は白のスーツだ。磯谷が着用するようにうながした帽子はかぶっている。もちろん磯谷含めて織機の社員は皆、着帽している。工場内に入るルールだ。工場現場の作業員から見れば白のスーツでの工場見学は異様だ。本木が帰ったあと、大草工場の社員食堂では、白のスーツの見学者はいったい何処の誰だろうと憶測を呼んでいた。
見学が終わり、応接室に戻り、用意されたお茶を飲み干すと、本木は磯谷工場長に向かって「なぜ、今日は豊さんが来ていないのか?」と怒り出した。そして最後にそこにある机や椅子を指さして「これも俺のもの、あれも俺のものだ。」と怒鳴った。大株主だから会社の資産は全て自分のものだと主張するような剣幕だ。結局、工場全部俺のものだと言い放って磯谷工場長を脅した。最後には今日は社長さんが来ていないのでもう帰ると大きな声を張り上げた。そして、柳田には、「次は会計士を連れてくる。」と言い残し、キャデラックで帰って行った。会計士に何をさせるのか。柳田はすぐには気付かなかった。あとでそうか、彼は会計士に工場の資産や帳簿のチェックをさせると言いたかったのだと理解した。その時の彼の剣幕と勢いに圧倒されていた。こうして威嚇、脅しのための場見学は成功に終わった。すべて本木一也の計画通りなのだ。
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