鬼の起源 著:高田隆三 月明堂 2011年


…妖怪は星の数ほど存在するが、知名度、歴史、恐怖のどれをとっても鬼の右に出るものはいない。

(中略)

以上のように鬼とは中国由来の言葉であり人に害をもたらす幽霊、つまり怨霊を指していたことがわかる。

しかし鬼の容姿の由来は語源に比べ遥かに謎が多い。そもそも鬼は中国では目に見えないものとされ日本の伝来当初も同様だったと考えられるからだ。オニという読みは隠(オン)由来だという説、つまり隠れていて見えないという性質が鬼の名前の由来になった、という説があることもそのような考えを補強している。鬼の特徴的な姿の由来として最も有名なものは十二支の牛と虎だろう。鬼門の方向、つまり北西の事だが古来より

(中略)

他にも我々が今日、目にする鬼の姿は本来鬼ではなく別の存在の姿だったという説もある。しかしこの説について詳しく解説する前に、その前にはまずは山口健司氏の論考を紹介する必要があるだろう。氏によるとオニという読みの由来は隠(オン)ではなく「逐疫祭祀「ついな」で追いはらわれる瘟鬼の瘟(オン)」だという。

ついなとは追儺ついな大儺おおやらいとも呼ばれ、中国から7世紀頃日本に伝わったとされる魔除けの儀式で中国では現在も民間を中心に行われている他、節分や鬼ごっこの由来でもあるなど古くから現在に至るまで広範に行われている大晦日や節分の年中行事である。

儀式の内容は、方相氏という神という魔除けの神に扮した者が黒い衣服を着た子供を連れ疫病を引き起こす怨霊、瘟鬼おんきを追い出すというものである。そしてこの方相氏こそが今広く知られる鬼の姿であったという。

これは一見奇妙な話である。この説が主張するのはつまり追う方=方相氏が追われる方=瘟鬼に変わるという逆転現象が起きた、ということだからだ。しかし実際に室町時代の書物で方相氏が鬼と表現されているなどの例があり、また今でも兵庫県の一部地域では追儺において善鬼が悪霊を追い払うという行事が行われている。また現代に伝わる方相氏の外見は赤毛で黒い熊の毛皮を纏い、四つの眼を持ち武具をもった恐ろしい姿であることや追儺の儀式の際は方相氏だけでなく鐘馗やそれと同一視される牛頭天王も怨霊を追い払ったとされることもこの説を補強している。鐘馗、牛頭天王いずれもその容姿の異形性が強調される神で鐘馗は赤い皮膚に突き出た眼、牛頭天王は頭部が牛のそれである。鬼の赤顔、突出した眼、角などはこれらの神由来ではないかと考えられる。

そしてこの二柱によりなぜこのような逆転が起きたのかという理由が解明できるかもしれない。鐘馗、牛頭天王ともに方相氏と同じく魔除けの神、つまり破邪神なのだが、なぜこの二柱が怨霊を追い払えるのかと言えばそれは彼らが冥界の王であり死者だからだ。つまり彼ら自身も鬼であり根本的には追い払われる存在と同一なのである。ただ彼らは鬼の中でもとりわけ強力で鬼たちを統率する存在なので彼らを祀ることで鬼を追い払ってもらえる、という理屈なのだ。

それを踏まえればなぜ姿を持たない鬼が方相氏を初めとする異形の破邪神の姿になったのかがわかるだろう。鬼はもともと形がなかったがあえて容姿を決めようとするならばそれらに最も近いであろう存在、つまり鬼を従える破邪神の容姿であると考えるのは自然な発想だ。

なぜ日本においては鬼に姿が与えられたのかは不明だが想像するに儀式において都合がよかったからではないか。中国の追儺では鬼は形を持たないとされていたため方相氏は虚空に向かって叫び追い立てていた。日本では追われる者を可視化することで怨霊が払われている様子をより鮮明にわかりやすく描写しようとしたのではないか。…




中国の行事 著:渋谷勇作 青柳書房 1993年


追儺ついなは年の末に行われた怨霊を追い払うための儀式である。四つの目が描かれた仮面と赤い衣、そしてクマの毛皮を纏い武具を持って方相氏に扮した者が多数の子供を引き連れ魍魎を追い払うという。一説によるとこの四ツ目とは四方世界全てを見通すという意味であるようだ。追い払う対象は怨霊、魍魎もうりょう、蛇など様々である。魍魎もうりょうが何を指すのかはわかっていないが水に住む龍に似た生物とされている。かなり古くから伝わっている怪異で孔子が地下に埋まっている魍魎について説明する、中国最初の王朝、夏の創始者である禹が九つの鼎という古い中国の容器にその姿を彫らせた、などの逸話がある

(中略)

追儺の神、方相氏の起源は伝説によると無惨に殺された二人の兄妹だという。この兄妹は人類の始祖、おそらくは中国神話における女媧と伏羲であったが理不尽な理由で首を切られ殺された。その首は川に投げ込まれたが腐らず新鮮なままだった。それを牛飼いが洞窟に祀って疫病を治めたのが追儺の始まりだという。

この伝承から推察するに疫病を引き起こしていたのは無惨に殺された二人の兄妹でありそれを祀ることで疫病が収まったと考えられる。また印欧祖語神話との関連性も考えられる。

印欧祖語神話とはヨーロッパやインドの神話の源流として考えられている神話だ。印欧祖語神話でも人類最初の双子が存在し、殺された片割れが死者の王や冥界の王となった、という伝承がある。また興味深いことに殺された片割れは生贄として牛を求めたという神話や殺された片割れから牛を奪い返すことで川の流れが正常に戻ったなど、追儺の起源とはストーリー自体はかなり異なるものの近似した要素が見られる。

(中略)

追儺の起源は中国南部に位置する湖南省梅山地区だと考えられており実際に梅山地区の大雄山には200を超える追儺に関する祭壇が存在するほか、漢時代に執筆された「楚辞章句」にも追儺を指す思われる伝承が梅山地区で行われていたことが記述されている。梅山地区は少数民族の独自文化、梅山文化で有名な場所で追儺も梅山文化に由来すると考えられている。梅山地区では追儺を始めたのは蚩尤しゆうという少数民族の始祖だとされており、方相氏の原型であると考えられている。…




世界の巡り方 湖南省 著:世界の巡り方編集室 ルビー社 2019年


…梅山竜宮は湖南省梅山地区に存在する巨大な洞窟です。入り口は山腹に存在し長さは約3km。中は地下河川が流れているほど巨大です。伝説によると九頭の龍が住んでいたため竜宮という名がついたそうです。…

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