第4話 異変が発生する回
二学期の二日目。
平常時の
「おはよう、ブルー!」
昨日と同じ挨拶を繰り出した文月の頭からは、立派なオオカミの耳がピンと立っている。なお、この耳はオトナには見えない。この教室にたどり着くまでに教師とすれ違ってはいるが、指摘されていない。高校二年生はまだ子どもと判定されているようで、他のクラスの女子生徒が二度見した程度である。わざわざ話しかけてくる生徒はいない。
「まっ!」
この耳が意味するところを知っている
青嵐は、長者番付の常連にして、この世界に存在する財界で五本の指に入る男・尾崎
もし、ここが教室でなければ「あなたが『ブルー』と呼ばないでくださいまし!」と言ってしまっていただろう。
もふもふさんと青嵐は、どうにもウマが合わない。が、姿は文月のものであるから、人前で食い違うような発言はできなかった。クラスメイトに入れ替わりの件はナイショだ。
「わたしの席は、どこ?」
昨日の文月は席替え前に保健室へと移動してしまい、ベッドで放課後まで熟睡してしまっていた。だから、席替え後の自分の席を知らない。文月が知らないのであれば、登校していないもふもふさんも知る由がなく、
「ここよ。前後入れ代わっただけね」
青嵐は話を合わせるように、前の席を指差す。教卓の目の前だ。
「そんで、ウワサの転校生は?」
机にスクールバッグを置いて、文月はイスにまたがるようにして座り、青嵐と向かい合う。隣の席はまだ登校していないようだ。何も置かれていない。
「文月さんの隣の席よ」
「なるほどなるほど。ここに『侵略者討伐部』のメンバーが固まっているんすね」
文月は、もはや決定事項であるかのように、同好会の名前を出した。青嵐は眉をひそめる。部長として、ウワサの転校生こと
「文月さんは、魁くんが入部してもいいのかしら?」
青嵐は文月の名前を強調した。もふもふさんの意見ではなく、文月の意見を聞きたい。昨日の放課後、一周年記念パーティーで、青嵐が同様の質問をしたときには、文月は「どうだろう?」と答えを濁している。
「生徒会に部活動として認められるためには、最低限、三人以上の部員が必要なんすよね?」
これは昨年度さんざん揉めた要件だ。青嵐が『侵略部討伐部』を立ち上げたかった真意は、文月と過ごす時間を増やすため。文月以外のメンバーは欲していない。だが、規則としては三人以上の部員の所属が必須となっている。ここで、天助高校の規則を守らせたい生徒会と衝突したのだった。
「あと、顧問よ」
「そうかそうか。顧問もか。まあ、顧問ぐらいなんとかなるだろう」
「魁くんを入部させて、三人にして、顧問を探し、改めて『部活動』にしてもらえるように、生徒会へ申請したい――のが、文月さんの提案?」
もふもふさんの意見ではないだろうか。青嵐は、念入りに、文月の意見であるかを確認する。
「オレとしては、十二月二十一日の決戦までに、戦えるメンバーを増やしておきたいすね」
一人称が変わった。もふもふさんは、文月として振る舞う際には『わたし』で通す。あえて『オレ』と言っているのは、これがもふもふさんの意見だからだ。
文月がもふもふさんと入れ代わっている間の声は、文月の声である。肉体は文月のものなので、成人男性のもふもふさんの声にはならない。
「青嵐と文月だけでは、侵略者から地球を守れない」
――また、その話か。
青嵐はため息をついた。魁泰斗といい、もふもふさんといい、男はどうしてこの話を信じているのだろう。過酷な宇宙空間で、地球以外に生命体がいるとして、わざわざ他の星を侵略しようと考えるだろうか。人類ですら、衛星を打ち上げて喜んでいるレベルだというのに。地球に到達できるような技術力を持つ宇宙人が本気なら、すでに地球は制圧されていそうなものだ。
文月に侵略者の話をすると「そうなんだあ」と返ってくる。
すなわち、きっと、文月はこのくだらない話を心の底から信じているわけではないのだ。こんな与太話は、青嵐がふとした瞬間にひらめいた空想の産物でしかない。宇宙人も、侵略者もいない。文月は優しいから、青嵐の妄想に付き合ってくれている。鏡文月という女の子は、青嵐目線では、そういう女の子だ。
「そう、かしら」
「オレがこの目と鼻で、ウワサの転校生が『侵略者討伐部』にふさわしい逸材かどうかを判断してやる」
「心強いわね……」
ピアスやネックレスといったアクセサリー類の着用は校則で禁止されているが、オオカミの耳が禁止とは書いていない。クラスメイトが文月のオオカミの耳に注意してきたとしたら、生徒手帳の校則を見せればいい。
日頃はおとなしくて控えめな鏡文月さんが
「にしても、ずいぶんと重役出勤ですこと」
青嵐は、教室の壁掛け時計の時刻を見た。じきに担任の黄道が教室に入ってくる。朝のホームルームが始まるまでに自分の席についていれば問題はないとはいえ、今日は新学期が始まって二日目だ。
「
「どちら様?」
「ブルーは『仮面バトラーフォワード』を見ていないんすよね」
「ああ、……役名のほう、ですわね。魁泰斗が演じていた主人公の名前が、望月勝利」
「そうそう。ブルーもフォワードを見ればいいのにい。わたしが録画したビデオを貸そうか?」
映像は見ていないが、画像はいくつも見た。亡くなった俳優の名前を名乗る瓜二つの男子高校生と、その、不慮の事故で亡くなった俳優。ふたりの接点はまだ判明していない。
「フォワードは、有名な作品ですの?」
「有名ではあるんじゃないすかね。仮面バトラーシリーズは、毎年新しいのが製作されていて、今年も続いているんで」
「みなさんも見ていらっしゃったのかしら?」
ここでの『みなさん』とは『クラスのみなさん』を意味する。昨日、魁泰斗が教室に入ってきたタイミングで、体調不良を起こしたのは文月だけだった。有名な作品であれば、他にも反応する生徒がいるだろう。
「どうだろう。見ていない人が大半かもしれない」
「何故ですの?」
「仮面バトラーのような特撮作品って、イメージとしては『子ども向け』なんすよね。未就学児の、男の子が見るような番組。フォワードの放送当時は小学五年生だから、見ていない人が多いんじゃないすか?」
「……理解しました。見ていた文月さんだけが、混乱なされたと」
フォワードは対象年齢ではなかったにせよ、フォワードの後に出演していた作品や番組で、その姿を見たことはあっただろう。文月だけが『魁泰斗』に気付いたのは、他の『みなさん』の記憶には残っていなかったからか。
「寂しいな」
もふもふさんは、文月の心境を代弁するようにつぶやいた。文月は文月なりに、俳優の『魁泰斗』のことを応援していたように見えたからだ。世間の認知度の低さに直面してしまい、もふもふさんですら寂しく感じる。
このつぶやきに被さるようにして、チャイムが鳴った。
「黄道、来てなくね?」
佐久間の声は、チャイムの音に負けない。一学期から夏休みを挟んで二学期の初日まで、黄道はチャイムより早く教室に現れていた。
「魁くんも来ていないわ」
文月の隣は空席のままだ。クラスメイトたちがざわつき始める。
「職員室に行ってくる!」
「いいんじゃないの?」
「なんかあったのかな……」
担任が欠席の場合は、副担任が教室に来るはずだ。職員室に向かおうとする者、それを止める者、黄道と魁を心配する者。異変に対しての反応は人それぞれだ。
「ごめんごめん!」
しばらくして、黄道が教室に入ってきた。一瞬で教室が静まりかえる。これまでの黄道では想像がつかないほどのフランクさが、口調だけでなく、服装にも現れていた。
「どうしたんですか!」
二重の意味で驚く。トレードマークと言っても過言ではない、生徒からは『それしか持っていないんじゃないか』と揶揄されるグレーのスーツではなく、アロハシャツにハーフパンツとサンダル。
「イメージチェンジというものだよ」
生徒の問いに端的に答える姿は今まで通り。イスに座り直して前を向いた文月は、鼻をひくつかせている。
(女のニオイがする)
文月の席は教卓の前。黄道の現在位置からはもっとも近い。黄道に関しては、文月から「新しい担任の先生、怖そうな数学のおじさん先生なんだあ」としか聞いていない。
また、天助高校にもふもふさんが登校するのは今回が初めてだ。聞いていた話と、実物に出会っての印象が異なる。その『イメージチェンジ』とやらのせいか。
「そうだそうだ! 魁くんは、オーディションに参加するために、三時間目から来るらしい! だから、みんな、心配しないでくれたまえ! 出席を取るぞー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます