第4話 天才は森を抜け出したい!

私は森で方角がわからず彷徨っていた。気がついたら立っていたのだ。そりゃあ方向などわかるはずがない。日を見ることが出来れば懐中時計で方角はわかるのだが、辺りは背の高い木しかなく光は殆ど望めない。そもそも光源を魔道具に頼っている時点で危険ともいえる。この魔法石がいつ効力を切らすかわからない。切らしてしまったら暗い森を方角もわからずに抜け出さないといけない。そんなのは運が良くないと不可能だ。まぁこの辺りは獣の気配がしないし、ここで身体を休めてもいいだろう。無理矢理下山して体力のないなかで魔物と出会ったら目も当てられないしな。

私は背負っていたバックを下ろし、中から簡易式組立持ち運び用テント ー 調査隊の支給品を取り出して組み立てる。1人で組むのは少し酷だが部品に色が塗られていて説明書を逐一読まずとも組み立てられるようにされているため普通の人にもわかりやすい...よね?わかりやすいはず、多分。あとはテントを立てる位置の土を掘って柔らかくしておくことで身体への負担はある程度軽減できるだろう。

全ての準備を終えて私は眠りにつく。明日は良い1日になるだろうか。まだ青メガネの裏どころかこの森からでる目処もたっていない。私は明日をきっと良い1日にするのだ。


*** ー 王国某所


「奴らは次にどんな手に出ると思う?」

「あいつらの大きな手は排除したのだ。今頃必死になって会議しているだろうな。それとそろそろあちらのスパイが動くんじゃないか?」

「それもそうだな。偽の情報を流すことであちらを混乱させようじゃないか」

「知は力なりとも言うしな」

「どこの方言だ?」

「気にしなくてもいいだろうに。我が家に古くからある伝書に登場する」

「他にはどんなものがあるんだ?」

「知りたければ今度貸すから読んでみよ」

「お願いしよう」

フードを目深に被った者たちが集まっているが正確な数はわからない。魔法で人数を多く見せているかもしれないし、もっと多くの人数が闇に紛れているのかもしれない。そもそも幻影を見させられている可能性すらある。確かなのは今夜も月は輝いていることだ。


***


私はただならぬ気配に目を覚ました。いや、気配の主に無理矢理起こされたといっても過言ではない。私はこの辺りに魔物などが居ないのを愚かにも幸運であったからだと勘違いしていた。全ての事象には道理がある。それを気配の主によって再認識させられた。あんな強い気配なら大抵の生物は逃げ出して当然。むしろなんで私が気配に気づいてなかったのか不思議なくらいだ。

私はすぐさま必需品のみ持ってテントを脱出した。もしものために荷物を分離しておいて正解だった。あんな大荷物を持ってこの気配からは逃れられないだろうから。なるべく気配から逃れようと走る。

風を切る嫌な気配を感じてその場を飛び退くと、さっきまでいた場所を魔法が通過して木が倒れる。音と切り口からして風魔法の類だろう。当たっていたら体が真っ二つ。少し嫌な想像をしてしまうがすぐに振り切る。今は目の前の魔物と対峙しなければならない。木が倒れたことにより視界が晴れて気配の大元の姿が見える。気配の主は大豚族オーク。生まれつき強い力を持ち、他の生物を喰らって生きる。ここまでは純理学の内容だが、魔法生物の分野になると厄介になる。

他の生物を喰らって生きるが、喰らった対象が魔物だとその体内にある魔石を引き継ぐという特殊な性質を持っている。故、使う魔法は放ってくるまでわからず、単にデカいのも相まって討伐は極めて困難とされている。

今視認した魔法は恐らくエア・カッター。空気を刃の形状にして発射する魔法。魔法同士のぶつかり合いでは風魔法は極めて弱いが、相殺されなければ火力と使いやすさは共に一級品。無論人間の評価に過ぎないが。

とまれ、まともに食らえば行動不能になって時間の経たないうちに殺されるだろう。殺されるだけならまだマシかもしれないという点を除けば死は回避したい。この個体はあとどれくらいの魔法を持っているのだろうか。

己の幸運を祈って逃げる。嫌な感じがしたら飛び退いてまた逃げる事を繰り返す。オークは顔こそ食用豚に似ているものの、本質はまるで異なる。文献から想像していたよりも機敏に動き、こちらの動きを封じようと躊躇なく魔法を放ってくる。ロープがなければここまで逃れてはいない。

少し開けた場所で立ち止まると、都合の良いことにオークも立ち止まってくれた。

「名もなきオークよ。私は一旦逃げるのをやめようと思う。貴公の魔法には残念ながら飽きてしまった。私の講義を受けてもらおう。さて、ここからは"純理学"の時間といこうではないか。」

オークは立ち止まったのではない。予め湧水の器によって作られた沼にハマっただけだ。

鉄板を沼の近くの木に向かって投げる。沼に入ってしまっては台無しになってしまうが上手くいった。風上を既にとっており手には拳大の石を握っている。この条件が揃っていればやる事は一つしかない。荷物に入れておいた粉状可燃物 ー 支給されて使わなかった砂糖と寝る前に粒状にしておいた金属等 をバックから出してばら撒く。それらは風に乗ってオークの周りに散布される。

「屋外であることが残念極まりないが今できる最高火力をお見舞いしよう」

石を鉄板目掛けて投げるとオークの周りで爆発が起こった。

「思いの外圧力が外に逃げなかったようだ。これは人力ファイヤーボールとでも名付けようか?あまりに準備が面倒で使う機会など滅多にないがな」

私はすぐにその場を立ち去る。露出部位には爆発の衝撃がいっただろうが沼に隠れた部分にはさほどダメージはない。そもそも粉塵爆発は屋内で引き起こすもの。なのにその効果を期待して倒したか確認しにいくのはバカの所業だ。嫌な気配は消えないのが不安ではあるがさっさと安全圏まで逃げないとせっかく作った時間が台無しになってしまう。木はすごく茂っているが太陽の位置を確認したため方向は間違えない。このまま一直線に走れば王国に着くはず...

「ストップ」

聞き覚えのない少女のような声が脳内に響くと同時に自然と体が止まる。いや、聞き覚えはある。湖で助けてくれた少女だ。でもなぜ?

「お前は既に魔法を受けていた。解除してあげるから私の思念を受け入れなさい」

了解と言おうとした時、辺りの風景が変わってオークの群れと対面する。私は言葉にしなくても少女が思考を読み取ってくれるのだろうか。あの少女は何者なんだろう。まぁあのまま走っていたらどうなっていたか、あまり想像したくない。少女に感謝しなければ。

「お前の名はアモルディア・グラキエースと言ったな。家名のとおり氷の魔法を使うといい。相性はいいはずだ」

直後、脳内に魔法を使うに必要であろう情報が流れてくる。グラキエースと氷に因果があるのだろうか。ともあれ、少女を信頼してそのまま受け止めて言葉を紡ぐ。

氷槍アイス・スピア

思い描いた通りに氷の槍が1つオークに向かって飛んでいく。ただ、あまり効果はないようで当たったオークは少し血が出ている程度で深刻なダメージとなっていない。私が現状出来ることは干渉。純粋な魔法ではダメージが期待できない。それならば。

私は少女に"冷やす"魔法を乞う。

「単に冷やすだけではどうにもならんと思うがまぁ良い。なんか策でもあるんだろうな」

情報が流れてくる。これなら行けそうだ。こっちの考えが伝わってない事を鑑みるとどうやら伝えたい事を読み取るのが少女の力なのだろうか。考察はほどほどにして私は今感じることのできている自分の魔力を操って出力を上げる。

「氷初級高次魔法展開 ー 銀世界フロスト・ノヴァ

息を吐き出しながら空気を冷やす。視界には氷の結晶が無数に現れ、ゆっくりと落下していく。数秒でオークの何体かは吐血しながら倒れる。すぐに高次展開を解除することで自分への被害を極力減らす。魔法を使ってるのに純理学で攻撃する自分には呆れるが、これくらいしか思いつかなかった。いや、魔法が使えたらやってみようと思っていたことを行動に移したに過ぎない。学問は身を守るためにあるのだからこれは修めた者の理想系ではないだろうか。これが私なりの魔法科学としようではないか。そもそも魔法科学は魔法分野で科学することから始まったはず。決して魔道具だけが魔法科学の真髄ではないのだ。そして幸いなことに、オークの群れを中心に展開したため自分への被害は最小限で済んだ。

「お前は逸材だな」

少女にお褒めをいただいた。まだ寒さで少し凍えてはいるが折角だ、温度を調整するための火と風の魔法も教えてもらおう。上手くできれば自分を考えずに魔法を展開できる。

「意外と欲しがりだな。だがダメだ。既に氷の魔法式は2つ教えた。それだけで頑張ってもらわんと均衡が崩れる可能性がある。」

ダメならしょうがない。周囲の圧力を急激に下げたことでオーク達の肺を潰す予定だったが何体か残ってしまった。でも残った奴らも臓器が傷ついてまともに動けないだろう。だからこそのこの魔法。直接は教えてもらえなかったが、少女から言語を教えてもらったことで魔法式の意味は理解できた。あとはやるしかない。脳内でイメージして言葉を紡ぐ。

「初級合成ま...ほ」

視界が暗転する。口の中が苦い。腕が最初に着いたようで肩が痛い。折れてなければ御の字だろうか。

「ったくバカな奴じゃ。自分の魔力くらい管理して使わんとダメなくらいわからんのか?少々面倒くさいが拾いにいかねばならんか」


アモルディアは敵前にして倒れたが、幸いなことに高次魔法展開で敵を戦闘不能にしていたため殺されることはなかった。


「なんかここがリスポーン地点みたいになってるんだけど」

私は最初に少女と出会った場所で目覚めた。

「お前がバカな真似をするからじゃろ?」

「まぁとにかく助かったよ。ありがとう」

「今日と明日はここから動くでない。明後日の朝には森の外まで出してやるから大人しくしておいておくれ」

「別にいいけどどうして?」

「お前の姿を見せる訳にはいかない奴が来るからじゃ」

「まぁわかったよ」

理由には気になるところがあるが、安全に森を抜けられるなら明日まで留まっても損はない。長生きしている少女の知り合いは気になるがしょうがない。私は恩を仇で返すような愚か者ではない。折角使えるようになった魔法の訓練の時間にしよう。また記憶が封じられても体が覚えていれば咄嗟に使えるかもしれない。そういえば二人称を少女にしていたのに指摘がなかった。子ども扱いをやめろと言っていた気もするがまぁ指摘があるまではこのままでもいいだろう。もしかすると若く見られているのが嬉しい類の人間かもしれないが私の管轄外だな。

翌朝、少女は軽めの朝食を作ってくれた。なんでも、そろそろ食べないとやばいらしい。私の与り知らぬところではあるが、少女はまともに栄養を摂っていないのではないか。

「なぁ私のことを少女と呼ぶのはやめてもらえんか?不愉快極まりない」

「じゃあなんて呼べばいいんですか?」

「うーん、そうだな...。心苦しくはあるが私のことは"ユミ"と呼べ」

「ではユミ姐と」

「不愉快じゃが少女よりはマシじゃな」

少女の呼び名はユミ姐となった。


昼頃、魔法の練習をしていると人?の気配を感じた。人っぽくはあるが本質は異なるような奇妙な気配。ユミ姐と会話しているようだが音が小さくてよく聞こえない。内容は気になるが大人しく魔法の練度を上げることに集中しよう。


「待て、そっちには行くな」

「何故ですか?何か問題でも?」

暫く経って言い争うような声が耳朶を叩く。ユミ姐が使っていた古い言語で話しているらしく、声の主も長寿な人なのだろう。どちらも人かどうかは怪しいけれども。

「お主があの子との約束を破ることになるかもしれんぞ」

「そんな訳ないでしょう?私が***との約束を破るはずがありません」

"あの子"を指しているだろう固有名詞は聞き取ることができなかった。しかし、私とその約束はどう関わっているのだろうか。想像がつかない。

「後悔しないのなら私は止めん。好きにするといい」

「では」

足音がするが、ここに逃げ場はない。仕方なく入り口を見るが逆光が強くてあまりよく見えない。フードを被っているのだろうか?シルエットではよくわからない。

「なんで…何故貴女はあの人とそんなにも似ているんですか...」

シルエットは膝をついて手で顔を覆っているように見える。そんなにも"あの子"やら"あの人"と私は似ているんだ?少々気になる。

「そんなに私は誰かと似ているんですか?」

「あの人は!あの方は!もう話す事すらままならないのに…なんで貴女はそう元気に、楽しそうに魔法を使っているんですか...」

怒気を孕んだかと思えば涙ぐんだ声になる。情緒不安定といえばそれまでだが、何故かこの人が可哀想で助けてあげたいと思った。

「一度落ち着かせる。お前には一旦森から出てもらう。ダメとは言わせん」

「わかったけど記憶はこのままでいいかな」

「他言しないと誓え」

「もちろん!」


目を開くと、私はグラキエース領近くの草原に立っていた。

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非凡な天才は魔法が使えない! 44-3 (よっしーさん) @yosshi_usauna

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