第30話 月より輝く

琥珀の横に座り、雨音はにっこり笑う。

その笑顔を見ても琥珀は無感情だった。

しかし雨音は気にせず、同じように月を見上げながら琥珀に寄り添う。


「この月、いつ見ても綺麗だね。」


「………さっき伊吹も言ってた。」


「へ?そうなの…?」


ちらっと伊吹に視線を向けると伊吹は苦笑いしながら首を振る。気を取り直して再び話しかけるが琥珀はぼんやりしたまま視線すら合わせてくれない。

流れる風の音だけがはっきり聞こえる空間で雨音は困ったように眉を下げる。

しかし伊吹の力になりたい。その一心で琥珀の腕に抱きつく。突然の雨音の行動に琥珀は放心状態だ。


「ふとしたときに寂しさを感じてるなら私が琥珀ちゃんのそばにいるよ。だから元気だして。」


雨音の優しい口調に琥珀はそっと雨音の肩に寄りかかる。しかしそれは甘えではなく、雨音に聞こえやすいように、雨音だけに聞こえるように耳元に寄っただけだ。しばらくそのままの姿勢だったが琥珀がゆっくりと口を開く。


「……他人事ね……あなたは何も失っていないからそう言えるのよ…」


雨音の顔色が悪くなり、ゆっくりと俯く。雨音の目からは悲しみと哀れみの涙がポタリと地面に落ちては弾ける。琥珀はそんな雨音を見つめ、皮肉そうに言う。


「あんた…あいつのこと好きなんでしょ。」


琥珀の言葉に雨音は顔を上げ琥珀の視線を辿る。

何を考えているのかわからない、だらしなくぽかんと口を開けながら虚無を見つめている伊吹が目に入る。無言でしばらく見つめた後、雨音は全力で否定する。伊吹はその視線に話の内容などわからないくせに能天気にヘラヘラ笑っていた。

琥珀は溜息をつき、再び雨音を見てぽつりと呟く。


「…お互いにこの気持ちはわからない。…大切な人を失っていないあなたと失ったうち。あなたが大切な人を失ったとき…あなたと同じ言葉をうちが言ったらあなたはどう感じる…? "うちがそばにいるから"って言われても、求めてるのはあなたじゃないってならない?」


「……そ、それは…でも私は嬉しいよ…誰かが辛い時に寄り添ってくれるなんて幸せだと思うから…」


「…嬉しいのはうちもそうだよ。…あなたには感謝してる…うちの事…一番気にしてくれたから。あなたと話すのも楽しい…でも違うの…なんて言ったらいいかわからないけど…虚しくなってくる…あなたが嫌いなわけじゃない…ただ見てると…どうしてうちだけ…ってとても腹が立ってくる…こんなのただの八つ当たりだってわかって…」


言葉の途中で琥珀を雨音がぎゅっと包む。

「もう何も言わなくていい」そう言われているような抱擁に琥珀は小さな嗚咽をあげる。


「それでもいい。八つ当たりでも何でもしていいから…私は琥珀ちゃんを支えたい。」


琥珀にとって叶多はとても大きな存在だったんだと思うと雨音までつられ泣きしてしまう。

抱き合って嗚咽する二人を見ながら伊吹はギョッとする。俺がぼんやりしているうちに一体なにが…そう思いながら慌てて二人に近づく。


「お…おい、大丈夫か…?」


オロオロしながらぎこちなく二人の背中をさする伊吹に雨音と琥珀はピタリと泣き止む。

顔を見合わせ、照れくさそうに笑う二人に伊吹はさらに困惑する。


「…何があったんだ?」


「ううん、何もないよ。ね、琥珀ちゃん。」


軽く微笑みながら頷く琥珀を再び抱きしめ、「もう大丈夫」と言うように背中をさする。

伊吹は首を傾げながらも琥珀の微笑んだ顔を見て胸を撫で下ろす。


「言っただろ、叶多もお前の笑顔見て嬉しそうだったって。叶多だけじゃない。俺もそうだ。だからその笑顔、叶多にもっと見せてやれよ。あいつ鼻の下伸ばして喜ぶぞ。ほら、笑え笑え。ついでにもっと喋れ。」


冗談ぽく言う伊吹に雨音もクスッと笑う。


「私も好きだよ。琥珀ちゃんの笑顔。見てたらすごく元気出るから。」


「……見世物じゃない…」



そういいながらもつられて笑う琥珀の笑顔は月よりも優しく、そして美しく輝いていた。

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