第10話 闇に広がる声
「このバカ。いつまで寝てるんですか。」
頭を叩かれる衝撃で伊吹は飛び起きる。頭を擦りながら緋色を見上げる彼の顔には動揺が張り付いていた。
「なんだよ…なんで叩くんだよ…痛いだろ…」
「寝すぎですよ、いい加減にしてください。声をかけても揺すっても起きなかったので最終手段に出たまでです。」
緋色は手首を回しながら深いため息を着く。
無理やり手を掴まれ乱暴に立たせられた伊吹はバラスを崩しながらも何とか立ち上がり睨みつける。
そんな伊吹の視線を鬱陶しそうに避け、彼の手に焼いた肉塊を持たせ食べるよう促す。
「寝起きから顎使うもの食わなきゃいけないなんて…」
「なら食べなくて結構ですよ。あなたのような方に食べられる肉塊も可哀想ですね。」
ブツブツ言いながらも彼はゆっくり食べ始める。
まだ完全に起きていない体を支えるように壁に寄りかかりただひたすら口をもぐもぐと動かす。
「伊吹くん…もう大丈夫なの?」
雨音の心配する声に適当に頷きあっという間に肉塊を完食する。
「ご馳走様でした」と手を合わせ、月を見る伊吹。
濁り出した月に顔をしかめ、蒼乃を見る。
「…今は夜ってこと?」
「僕の推測が正しければね。」
「ってことは俺、めちゃくちゃ寝てたんだな。あぁ、なんか嫌な夢見た気がするようなしないような……」
「覚えてないってことは見てないよ。あの寝顔はノンレム睡眠だったね。なんにも考えていない無防備な寝顔だったよ。バカみたいに口開けちゃって。」
「うるせぇな。お前といい緋色といいマジでムカつくんだけど。」
鼻で笑う蒼乃は話を聞き流しながらなにか作業していた。そっと後ろから覗き込み何をしているのか尋ねために肩を叩く。
振り返る蒼乃の手には大きな骨らしきものが握られていた。怪物から取ったものだろうか、鋭く尖った骨は凶器に見える。不思議そうに見つめる伊吹に蒼乃は得意げに見せながら言う。
「骨からナイフを作ったんだ。あいつの骨、大きくて硬いから十分ナイフの役目を果たしてくれるよ。」
器用に自分のナイフで骨を削りながら形を成形していく。額に浮かんだ汗を拭いながら動きを止め、伊吹に投げ渡す。
「君にもあげるよ。万が一のためにね。」
指で軽く先端を突いてみる。確かにこれならナイフの代わりになりそうだ。伊吹はナイフを弄びながら外で徘徊する怪物を見つめる。
「…あの…私……体洗いたいんだけど……」
雨音の躊躇した声に伊吹はパッと振り向く。
そして再び外を見ながら外を警戒する。
「そこの泉で洗えば?今なら大丈夫だろ。近くに怪物もいないしな。」
なにか言いたそうに口を閉じたり開いたりしている雨音。蓮は伊吹の背後に近づき申し訳なさそうに耳元で囁く。
「一緒に泉まで行ってあげてくれ。一人じゃ危ないだろう。」
「は?なんで俺が…」
期待に満ちた目を向ける雨音を見て舌打ちし、床に寝転がっていた琥珀を見下ろす。
「……なに。うちは行かないよ…」
「ナイフ貸すからお前が行ってくれ。女の子同士だろ。」
琥珀は不満げに伊吹の言葉に首を振り、だらだらと床に寝そべったたまま動こうとしない。伊吹はしびれを切らし琥珀に耳打ちする。すると琥珀はガバッと起き上がり雨音の手を掴んで外に飛び出していく。突然の行動に唖然とする男達。叶多は窓をみながら心配した様子だ。
「一体何を言ったの?あの琥珀があんな俊敏に動くなんて」
「お前も臭うぞって言っただけだけど?」
叶多は目を見開く。女性になんてことを言うんだと伊吹に説教しながらしきりに外の様子を伺っていた。薄暗い月のせいで辺りが完全に把握できない。2人は大丈夫なのだろうか。
「そんなに気になるならお前行ってこいよ」
伊吹の言葉に首を大きく振る。自分はナイフを持っていないと主張し、一歩も動こうとしない叶多に悪態をつきながら部屋を見渡す。どうやらみんな寝たふりをしているらしい。わざとらしくいびきをかく彼らに伊吹は怒りに震える。面倒くさい事はいつも押しつけられ、たまったもんじゃない。窓の外を横目に結局放っておけない伊吹は通りすがりにわざと蒼乃の手を踏んで外に出る。蒼乃の苦痛に満ちた悲鳴が聞こえる中、2人の元にゆっくり向かっていった伊吹は雨音の叫び声に足を止める。
「雨音!琥珀!!」
転けそうになりながら走る伊吹の足音と荒い息が暗い闇に溶けていく。
近いのに遠く感じる距離。伊吹の独り言が口から落ちる。
「…どうか…無事でいてくれ……」
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