【SS】溢レタ世界ヲ処理スルモノ

@shidoru--

本編

 目の前に浮かんでいるのは、巨大なホッチキス。

 いや、それに目と牙がついているし、何より浮かんでいるので、十中八九化け物だろう。


「ヤァ、お前さん、俺のことが見えるのか。

 ちょうどいい。ちょいと俺様の話に付き合ってくれや。」


 そう言って、ホッチキス型の異形は、その不気味な見た目にそぐわない軽快な口調で話しかけてくる。


「話っていってもお前らの言うところの自分語り、ってやつだがな。

 引き止めちまって悪いが、まぁどうせこの世界も…、いや、そこはどうでもいいな。」


 ふと見渡すと、今までは見えていなかった筈のコイツの仲間が、そこら中にいることに気づく。

 そいつらは、その大きな顎を使って、空中に浮かぶシャボン玉のようなものを食べていた。


「もうお前も気付いたみたいだが、俺たちは普段、お前らには見えない。そして、世界を喰って生きてる。そんな生き物だ。

 世界ってなんだ?って話だよな。

 そうだな…、お前、本は読むか? そうか。いやこれは単純な俺の興味だ。気にするな。


 さて、本ってなんだと思う?

 文字が書かれてている紙をまとめたもの。なるほどな。全くもって間違っちゃいない。ただ、その紙に書かれている文字はどこからきていると思う?

 そう、そこで出てくるのが世界なんだ。もう少し噛み砕いて説明すると、人間の頭の中で構成される世界。その世界から本が生まれる。

 要は、本ってのは頭の中の世界を、時間という軸に沿って文字で書き起こしたものなのさ。

 だが、そうやって本にされた世界は、俺たちの捕食対象じゃない。その世界たちは、本という形で定着するからな。


 俺たちが食べてんのは、定着されなかった世界。

 ふわふわと空中に漂ってるソレがそうだ。

 

 奴らは、本と同じく人間の頭の中から生まれる。そこまでは一緒だ。

 お前も普段いろんなことを考えながら生きてるだろう?

 別に文学がどうのとかたいそうなことじゃねぇ。100万円あったらどうするとか、あの子と付き合いたいだとか、そんなちっぽけなものでもだ。

 そこには、どれだけふわついていようが、一つの物語が生まれる。

 お前さんそういったことを考えた後どうしてる?

 いや、そんな悩まなくてもいい。なんもしてない、それが普通だ。まぁ付け加えるならなんもせずに時間が過ぎて忘れる、ってとこだろう。


 そういった世界は、確かに表舞台からは姿を消す。そしてその消えた世界で不都合を被ることなんてないだろう。

 表舞台からは、な。

 そんな忘れられるような世界たちが辿り着くのが、俺たちがいる裏ってわけさ。

 こいつらは放っておくと、裏の世界を埋め尽くし、最悪表にまで侵食する。

 そうならないように処理してんのが俺らだ。


 処理なんて言葉を使ったが、別にこの仕事が嫌いなわけじゃねぇ。むしろ好きなくらいさ。主食だしな。

 おんなじように見える俺らだが、それぞれ好みがある。

 お前ら人間も好きになるジャンルは個体ごとに違うだろう?それと一緒さ。


 なんだかんだ言ってこっちはこっちで楽しんでたってことだ。ここまで付き合ってくれてありがとうな。


 なんか質問あるか?


 ほう、なんで今俺たちが表に出てきてるのか、か。

 ……。この話はしないつもりだったんだがな。

 まぁ、どうせ終わるんならお前らと話してみるのも悪くないと思ったからだ。




 なぁ人間。




 この世界はだと思う?

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【SS】溢レタ世界ヲ処理スルモノ @shidoru--

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ