ヴィニウス葡萄学園 〜深遠なワインの物語〜

sabamisony

第一話 未来から来たワイン①

ヴィニウス葡萄学園。


入学できるのは高校卒業後、18歳から。

 だが、学園が本当に“開く”のは、20歳の誕生日を迎えてからだ。


 ──それまでは座学と畑仕事。

 どれだけワインに憧れていようと二年間は農夫のようなものだ。

 剪定の技術、土壌の分析、日照時間の記録。

 汗と泥にまみれた2年間を越えて、ようやく生徒たちは、ほんの一口の“本物”に触れることを許される。 



そして、20歳を迎えた若者達の希望に満ちた授業が始まる。



「おはよう。今日のテーマは

“アッサンブラージュと熟成”だ。

期待していいぞ、君たちの舌にも、ちゃんと課題を出すからな」


 教壇に立ったのは、タカヒコ講師。

 ラフなジャケットに無精髭、教科書も持たず、生徒の顔を見て話す男。


 彼の講義は、毎回“余韻が残る”。

記録にも、記憶にも。


そして、その後ろに控えるように、まだ幼さの残る准教授、アルネが控えている。


 このクラスは、3年次──つまり、全員が20歳を越えている。

 グラスを傾ける資格を得た者たちだけが座る教室で、タカヒコは解説を始める。


「さて。君たちは“ブレンド”って言葉は知ってるな。だけど、今日扱うのはもう少し厳密な言葉だ」


 タカヒコは教卓に手を置き、教室を見渡す。


 「アッサンブラージュ。

フランス語で“組み合わせる”という意味の言葉だ。ワインの世界では──」


 黒板にチョークで書きながら、静かに続けた。


 「単一畑・単一品種ではなく、異なる品種や、異なる区画のワインを混ぜ合わせて、味や香りのバランスを調整する工程のことを言う。

 複雑さを生み、弱さを補い、そして“その年の顔”を整える」


 「……それってなんか、楽器の調律みたいですね」


 ぽつりと、アルネが言った。


 タカヒコは一瞬だけ彼女を見て、口の端をわずかに上げた。


 「そうだな。悪くない言い方だ」


 「今日使う一本目だ。どれだっていいってわけじゃない。アッサンブラージュは“差異”を飲むんだから」


彼が取り出したボトルのラベルを、最前列にいたアルネがちらりと見て、思わず声を上げた。


「せ、先生……? それは、さすがに……」


タカヒコは片眉を上げる。


「うん。気づいたか」


そう言って瓶をひらりと回して見せる。


L’Innommé名を持たぬもの 2026”


教室に小さなどよめきが走る。


 「そう。“ありえない”んだよ」


 そう言ってタカヒコは、瓶を教卓にそっと置いた。

 中身の赤が、光を反射して微かにゆらめいた。


 「さて問題。これは偽物フェイクか? それとも──」


 少しだけ唇の端を上げ、教室を見渡す。


 「本当に“未来”から来たワインなのか?」




──────────────────

目に留めて頂き、誠にありがとうございます。

本作は、「異世界ワイン調律師」の主要な登場人物3名によるスピンオフ学園ワインミステリとなっております。

もし気に入っていただけましたら、ぜひ前作もご覧になってみてください。

より主人公達のキャラクターが味わえます。

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