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「私、この町を出ようと思う。東京に行く」

 ほうきの音が止んだ時、明日香は切り出した。

 祐哉がその言葉を聞いたのは、これで三回目だった。最初は高校二年に進級してばかりの始業式での帰り道。その次は学校で中間テストの成績表をもらった日の放課後の廊下。

「大学行くって言ってたもんな」

「うん」

 明日香はゆっくりと体を起こし、大きく伸びをした。祐哉は仰向けに寝そべったまま、明日香の背中を眺めていた。

「で、それから、あっちで就職して、ここに戻らないと思う」

「そっかぁ」

 明日香の肩がゆっくり小さく上下していることに祐哉は気づいた。

「そっかーって、……それだけ?」

 明日香は祐哉を振り返った。

「そんなこと今言われてもわかんないよ。ずっと先の話じゃん」

 祐哉は恐る恐る体を起こした。暗い社殿の中からでは、こちらを向いている明日香の表情は逆光ではっきりわからなかった。

「祐哉はどうするの。ずっと先って再来年ってすぐだよ。ここに残るの。学校とかどうするの。就職するの」

「まだ何したいかよくわかんないから……」

「周りは待ってくれないよ。それに……」

 明日香は立ち上がり、ゆっくりと三歩前に出てから振り返った。祐哉は彼女のこわばった表情に初めて気づいた。

「な、何?」

「何じゃないでしょう! これだけ言ってもまだわかんないの? 私達離ればなれになるかもってことだよ? なったらどうしたらいいの? 祐哉はそういうのどういう風に考えてるの? てゆーか考えようとしてるの? 察しろよ! 私にここまで言わせるな!」

 一気にまくし立てると、明日香は石段を駆け足で降りて行った。 祐哉は起き上がり、彼女を追いかけようとしたがやめた。追いついたところで、今彼女に言うべき言葉は見つかりそうにもなかった。

「ひゃあっ」

「あっ、すいません!」

 石段のずっと下で、掃除のおばさんと明日香の声がした。

 祐哉は再び社殿の中で仰向けになり、大きくためいきをついた。目が再び暗さに慣れ、天井の木目が浮かび上がって来た頃、ゆっくりと息を弾ませる小さな声が聞こえてきた。石段を掃除していたおばさんがようやく石段を登ってきたところだった。掃除が終わればこの社殿は閉まる。

「あんたたちがけんかするなんてめずらしいねえ」

 祐哉はおばさんの言葉には曖昧な笑顔で返事をして、石段を駆け降りて行った。

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