アズサとアヤミ
幌井 洲野
第1話「串カツ」1
山梨の大学を出たあと、東京の出版社に勤めて、書籍の編集者をしているカワズルアズサ。滋賀県大津市出身の彼女は、数年前、初めて小説の編集担当をした。アズサが担当したのは、カツベアヤミという若い女性の小説家だった。アヤミもまた、奇遇にも同じ大津市出身だった。アヤミはアズサより一つだけ年上。ほとんど同年代・同郷の二人は、出会いは仕事ながら、たちまち公私ともに仲良くなった。
アヤミは普段は地元の大津で仕事をしている。東京のアズサとは、よくリモート会議で顔は見るが、実際に会うのは、アヤミが仕事で東京に出るか、アズサが帰省で大津に帰るようなときだった。
ある秋の週末、久しぶりに大津の実家に帰ったアズサは、アヤミと市内の串カツ屋に行くことにした。夕方、地元の駅前で待ち合わせ、調べておいた串カツ屋に入る。親友以上、いや、もう姉妹と言っていいほどの仲になったアヤミと、座敷の座卓で対面して串カツを食べると本当に和む。
串カツ屋のお通しは、コンニャクの煮つけだった。少しトウガラシが効いていておいしい。それを二人で食べながら、アヤミがアズサに、ふと話題を向ける。
「ウチな、大学受けたときの入試問題、一個だけ覚えてんねん。化学の問題でな、『コンニャクと寒天では、どちらの平均分子量が大きいか、根拠をつけて述べよ』いうやつやったん。これ笑ったわ」と言う。アズサはきょとんとしたままだ。アヤミは、京都に近年開校した、超絶的に入試が難しい理工系大学にあっさり合格して、ロボット工学を専攻して卒業した。それなのに、卒業後は小説家になってしまったという、ちょっと変わった経歴の持ち主だった。
アヤミの「コンニャク」の話を聞いて、アズサは、「その問題、解けたん?」と聞く。アヤミは、「うん、解けたよ」と言って続けた。
「寒天は煮ると溶けるけど、コンニャクは煮ても溶けへんやん。つまり、お鍋であっためたぐらいで溶けてしまうんは、分子同士の結びつきが緩いゆうか、単に絡まっているだけなんよ。それにくらべて、コンニャクは煮ても溶けへんてことは、もう、コンニャク全体が分子みたいに強くつながっているに違いないんや。分子のなかの原子の結びつきなんて、煮たぐらいでは外れへんからな。だから、コンニャクは、あの塊全部が一個の分子で、寒天よりもよっぽど大きいにきまっとる」
その話を聞きながら、アズサはコンニャクのお通しを食べる。なんとなく、分子を丸ごと、歯で噛み切っているような気がして、おもしろい。
アズサは、本当にアヤミのことが好きだった。アズサにはヨウスケという三歳下の弟がいるが、自分は姉なので、いつもヨウスケに頼られる存在だった。頼られること自体は嫌ではなかったが、自分も、頼れる姉のような存在に憧れていた。仕事を通じて、アヤミを本当に「頼れる姉」のように感じるようになったアズサは、コンニャクと寒天の話も、アヤミらしいな、と感心したのはもちろん、「こんな発想で超難関大学の問題を解いてしまう」アヤミに、ますます親しさを募らせた。
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