世界の終わりとハードボイルド・アナザーワールド〜あるいは、異世界で生きる男の話〜

貴矢 渚

第1話:はじまり、あるいは死

 気が付くと、僕は白い部屋にいた。もちろん、僕はこんな部屋にドアをと開けて入った記憶はなかったし、実際ドアらしいものも見当たらなかった。部屋というより、空間そのものの中にいるような、そんな心地がした。

「すまんのぉ。」突然(どこからともなく)声がした。

「誰だ?一体ここはどこなんだ?」ようやく見つけた一筋の希望を、僕は必死に――それこそ、藁にも縋るように――引き留めようとした。

「儂は神様じゃ。」「神様。」信じられなかった。僕は信心深いほうではないが、実際この状況を飲み込むためには宗教心を飛び越えてでも彼、つまり神様(彼が神様気取りの唯の老人の可能性だって確かにあるが、この状況を説明するには彼が神様であるほうが都合が良かった)を信じるしかなかった。

「そしてここは『神の空間』じゃ。こちら側の手違いで、魂の流れが歪んでな。たまにあるんじゃ、こういうが。なんとか魂だけ留めている状態じゃ。」

「魂だけ引き留めている状態?」

「有り体に言えば、死んだということじゃよ。」

「死んだと言われたって、いまいち実感が湧かないな。僕は実際こうしてここにいるんだし、姿は見えないけれど貴方と話している。」そう、死なんていうのは基本的には自覚出来ないものだ。ビートルズのア・デイ・イン・ザ・ライフみたいに、現実から急に非現実に移ると混乱して脳がついてこられないのだ。

「まぁ、仕方ないかのぉ。急な事態には、人間は冷静になれないものじゃ。」

「それで、僕はこれからどうなるんだい?」実際この後のことを知りたかったというのもあるし、少しでも彼と話していたかった。彼との会話が途切れたら、僕自身がこの空間に溶けて混ざり合ってしまうような気がしていた。

「もうあちらの世界では死んでしまったからのぉ。例え神様でも、生き返らせることは出来ないんじゃ。産まれて、生きて、死ぬ。この流れだけは、何者にも犯すことが出来ない絶対のルールなんじゃよ。」どこかの宗教団体が演説していそうな、ありふれた理論だった。

「つまり?」「別の世界で人生をやり直してもらうことになるのぉ。」「よく分からないな。僕はこれから、心は青年のままおしめを替えてもらわなきゃいけないってことかい?」ティーン・エイジャーには、乳房を吸って栄養を得るのは刺激が強すぎる。

「そうじゃな。そういうことになる。それにしても、珍しいのぉ。今時の奴らといったら、すぐに異世界での暮らしを心待ちにしてスキルをねだってくるものじゃが。異世界転生もののライト・ノベルとか、読まんのか。」

「ライト・ノベルか。僕は小説は結構読むけれど、ライト・ノベルは読んだことがないな。」

そう、僕は小説は読むのだ。特に、村上春樹。

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