白き林檎の種が示す道と霊界の残響

キョウとの穏やかな日々が続く中、私は時折、あの鬼の末裔から託された「白き林檎の種」のことを思い出していた。原初の千年種の力によって、ルービリックの魂は浄化され、鬼の一族の呪われた宿命は一つの終わりを迎えたはずだった。しかし、私の手元に残されたこの黒曜石のような種は、依然として微かな、そしてどこか物悲しいエネルギーを放ち続けていた。


「この種は……一体、何を訴えかけているのかしら……」

私は、千年樹の根元に座り、その種をじっと見つめた。すると、種の表面に、ぼんやりとした映像のようなものが浮かび上がり始めた。それは、アビス・コアのさらに深淵、父なる破壊の瞳が浄化された、あの荒廃した世界の光景だった。そして、その中心には、静かに涙を流し続ける巨大な水晶の球体……父なる瞳の成れの果てが映し出されていた。


(まさか……父なる瞳が、私に何かを伝えようとしているの……?)


その時、セバスチャンが静かに近づいてきた。

『ヒメカ様。その『白き林檎の種』のエネルギーパターンを再分析した結果、微弱ながらも、父なる破壊の瞳が変化した水晶球体と、何らかの共鳴を起こしていることが確認されました。そして……その水晶球体の内部から、新たな『生命の息吹』のようなものが感知されます』

「新たな生命の息吹……? あの憎悪の塊から……?」

私は信じられない思いだった。父なる破壊の瞳は、宇宙の全ての負の感情が集積した存在だったはずだ。


『憎しみと愛は、表裏一体なのかもしれません。あるいは、浄化された憎悪のエネルギーが、新たな創造の力へと転化したのか……。いずれにせよ、あそこでは、何か新しい奇跡が起ころうとしているのかもしれません』

セバスチャンの言葉に、私は再びアビス・コアの深淵へと赴く決意をした。キョウも、黙って私に同行してくれた。


黒きバラの鍵を使い、私たちは再び霊界への扉を開いた。そして、そこから、父なる破壊の瞳が存在する「終末の玉座」の跡地へと向かう。そこは、以前のような荒廃した風景ではなく、水晶球体から流れ落ちる清らかな涙によって、少しずつではあるが、大地に緑が芽生え始めていた。そして、水晶球体の内部には、確かに、か細いながらも力強い、新たな生命の鼓動が感じられた。


『……よく……来てくれた……。ヒメカ……』

水晶球体から、直接私の精神に語り掛けてくる声があった。それは、かつての父なる破壊の瞳の雷鳴のような声ではなく、もっと穏やかで、そしてどこか弱々しい声だった。

「あなたは……本当に、生まれ変わろうとしているの……?」

『……憎しみは……消え去ってはいない……。だが……お前が教えてくれた……憎しみだけでは……何も生まれないということを……。そして……この小さな生命が……私に……新たな希望を……見せてくれている……』

水晶球体の中心で、小さな光の胎児のようなものが、確かに脈動していた。それは、父なる破壊の瞳の憎悪のエネルギーが、浄化され、転生した、新たな「宇宙の心臓」とでも言うべき存在だったのかもしれない。


『だが……この子の誕生には……まだ……大きな力が必要だ……。そして……それを妨げようとする……古い怨念も……この霊界には……まだ漂っている……』

父なる瞳の言葉通り、私たちの周囲に、冥府の底から這い上がってきたかのような、おぞましい姿の亡霊たちが現れ始めた。それらは、かつて父なる瞳の憎悪に共鳴し、その僕となっていた者たちの残滓であり、新たな生命の誕生を阻止しようと襲いかかってくる。

「こいつら……まだ懲りてなかったのか!」

キョウが、戦闘態勢に入る。


しかし、その亡霊たちは、私たちの敵ではなかった。「白き林檎の種」が、再び血のような赤いオーラを放ち始めたのだ。そして、そのオーラに触れた亡霊たちは、苦しみながらも、その怨念が浄化されていくかのように、次々と光の粒子となって消えていく。

「これは……鬼の末裔が言っていた……ルービリックの……」

そう、この種は、鬼の一族の呪いを終わらせるだけでなく、この霊界に漂う古い怨念を浄化し、新たな生命の誕生を助けるための「触媒」としての役割も持っていたのだ。


そして、全ての怨念が浄化された時、「白き林檎の種」は完全にその役目を終え、美しい白い花を咲かせ、そして静かに散っていった。その花びらが舞い落ちた場所から、父なる瞳の水晶球体へと、清らかなエネルギーが流れ込み、中心の光の胎児は、さらに力強く脈動を始めた。

『……ありがとう……。ヒメカ……。そして……名も知らぬ鬼の魂よ……。これで……この子も……無事に……生まれることができるだろう……』

父なる瞳の声は、安堵に満ちていた。


新たな宇宙の心臓の誕生。それは、母なる瞳と父なる破壊の瞳という、二つの対極的な存在が、真の意味で和解し、新たな宇宙の調和を築き始めた証なのかもしれない。

私たちの旅は、思いがけない形で、さらなる奇跡を目撃することになった。そして、それは、この宇宙が、絶望の中にも常に希望を宿していることを、改めて教えてくれているようだった。

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