魂の共鳴と託される想い

キョウの黄金のオーラを纏った拳は、レイの怪異が振るう青白い刀と、博士の怪異が展開する不可視のエネルギーフィールドと、何度も激しく衝突した。その度に、千年樹の麓の空間は激しく震え、通常の物質世界ならば天変地異と呼べるほどのエネルギーが迸っていた。


「見事だ、小僧! その魂の輝き、まさしく本物!」

レイの怪異は、キョウの猛攻を受けながらも、その顔には満足げな笑みが浮かんでいた。彼は、キョウの中に、かつての自分自身が追い求めていた「純粋な強さ」の片鱗を見出していたのかもしれない。戦いの中でしか生きられない鬼の血を引く者として、彼はキョウの荒ぶる魂に共感を覚えていた。

『予測を超える成長曲線……。彼の精神エネルギーは、愛する者を守りたいという強固な意志によって、物理法則すら書き換えるレベルに達している。これは、我々が追求していた『人類の可能性』の一つの答えなのかもしれない……』

博士の怪異もまた、キョウの戦いの中に、かつて自分が追い求めた知の理想の、別の形での実現を見ていた。彼は、ヒメカを愛することで人間的な感情を学んだが、その本質はどこまでも研究者だった。キョウという特異なサンプルは、彼にとってこの上ない研究対象であり、そして同時に、ある種の敬意を抱かせる存在となっていた。


しかし、キョウの力の源は、あくまで精神的な高揚による一時的なもの。二人の強力な怪異を相手に、その超人的な力も長くは持たなかった。徐々に彼の黄金のオーラは勢いを失い始め、その動きにも疲労の色が見え始めてきた。

「はぁ……はぁ……。まだだ……! まだ、終わってねぇ……!」

キョウは、満身創痍になりながらも、決して倒れようとはしなかった。その姿は、かつて私が愛した男たちが見せた、不屈の魂そのものだった。


レイの怪異が、刀を収めた。

「……そこまでだ、小僧。お前の覚悟、確かに受け取った」

博士の怪異もまた、エネルギーフィールドを解除した。

『これ以上の戦闘は、無意味だ。彼の魂の強さは、十分に証明された』

二人の怪異は、戦いを止めた。それは、キョウの力が尽きたからではなかった。彼らが、キョウという男を認めたからだった。


「……どういう……ことだ……?」

キョウは、戸惑いながらも、警戒を解かずに二人を睨みつけた。

「言ったはずだ。お前の器を試すと。そして、お前は見事にそれを証明した。ヒメカを任せるに足る男だということをな」

レイの怪異は、穏やかな目でキョウを見つめて言った。その瞳には、もはや嫉妬や敵意はなく、むしろ後進を見守るような温かさがあった。

『合理的にも、彼の存在はヒメカにとって有益であると判断する。彼の持つ純粋な愛情と、自己犠牲を厭わない精神は、ヒメカの永い孤独を癒すことができるだろう』

博士の怪異もまた、淡々とした口調ながらも、キョウを認める言葉を述べた。


「お前たち……」

キョウは、二人の言葉の意味を完全には理解できないながらも、彼らがもはや自分に敵意を持っていないことを感じ取っていた。

「俺は……俺はただ……ヒメカを守りたかっただけだ……」

「それでいい。それが、男の一番大事なことだ」

レイの怪異が、深く頷いた。


そして、二人の怪異は、私の方へと向き直った。

「ヒメカ。俺たちは、お前の中で生き続けている。そして、これからも、お前を見守っているだろう。だが、お前の今の幸せは、お前自身が掴み取るものだ。俺たちの過去に縛られる必要はない」

『我々の存在は、君の記憶の中の記録に過ぎない。君は、常に新しい未来を選択する権利を持つ。それが、最も合理的な判断だ』

レイと博士の言葉は、まるで長年の呪縛から私を解き放つかのような、優しい響きを持っていた。彼らは、もう私の過去の幻影ではない。私の未来を祝福してくれる、大切な魂の一部なのだ。


「レイ……博士……ありがとう……」

私の目から、自然と涙が溢れ出した。それは、悲しみの涙ではなく、感謝と、そして新しい一歩を踏み出すための決意の涙だった。


二人の怪異の姿が、徐々に薄れていく。彼らは、その役目を終え、再び静かな眠りにつこうとしているようだった。

「キョウ。ヒメカを……頼んだぞ……」

レイが、最後にそう言い残した。

『データの更新を期待している……』

博士もまた、彼らしい言葉を残して、光の中へと消えていった。


後に残されたのは、満身創痍のキョウと、そして涙を流す私だけだった。キョウは、ふらつきながらも私のそばに歩み寄り、ぎこちなく、しかし力強く私を抱きしめた。

「……勝ったのか……負けたのか……よく分かんねぇけど……。とりあえず……ヒメカは、俺が必ず幸せにする……」

その言葉は、どんな愛の囁きよりも、私の心に深く響いた。


この奇妙な月下の決闘は、こうして幕を閉じた。それは、過去の愛と、現在の愛、そして未来への希望が交錯した、忘れられない一夜となった。そして、私は、この戦いを通して、自分自身の心と向き合い、新たな愛を受け入れる覚悟を、ようやく持つことができたのかもしれない。


私たちの周りでは、帰還した人類と、私たち千年種との間の不協和音が、依然として鳴り響いていた。愚かな争いや、差別、そして支配欲。それらがなくなることは、おそらく永遠にないのだろう。

それでも、私は絶望しない。レイが言ったように、戦いがなくなることはないのかもしれない。でも、その戦いは、必ずしも憎しみや破壊だけを生むものではない。愛する者を守るため、己の信念を貫くため、そして、より良い未来を築くための戦いもまた、存在するのだから。


ひそやかに、今日も生きていく。愛する人と共に、そして、かつて愛した人たちの想いを胸に。それが、千年を生きた私の、ささやかな、しかし確かな誓いだった。


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