宇宙の夜明けと千年樹の誓い
父なる破壊の瞳が浄化され、ただ静かに涙を流す巨大な水晶の球体へと姿を変えた時、荒廃しきっていた終末の玉座の世界にも、穏やかな光が差し込み始めた。それは、母なる瞳の永遠の庭園から流れ込んできた、調和のエネルギーのようだった。
二つの瞳は、もはや宇宙を脅かす存在ではなかった。母なる瞳は、過剰な愛から解放され、多様性を受け入れる真の母性へと目覚めた。父なる破壊の瞳は、無限の憎悪から解き放たれ、宇宙の悲しみを癒す涙を流し続ける存在へと変わった。彼らは、宇宙の天秤の両端で、互いを補い合い、新たなバランスを保つための礎となったのだ。
アカシャの水晶体が、私たちの前に静かに現れた。
『……見事だ、ヒメカ、サヨ、ルナ。そして、セバスチャン。お前たちは、私の計算を遥かに超える結果をもたらした。宇宙は、破滅の危機を回避したと言っていいだろう』
アカシャの声には、初めて明確な賞賛の響きが込められていた。
「でも、アカシャ。宇宙に残された歪みは、まだ完全には消えていないのでしょう?」
私が尋ねると、アカシャは頷いた。
『その通りだ。二つの瞳の暴走は止まったが、長きにわたる彼らの活動によって生じた宇宙の亀裂や、生命エネルギーの枯渇は、いまだ深刻な問題だ。それを修復するには、途方もない時間とエネルギーが必要となるだろう』
「私たちに、何かできることはあるのかしら?」
『お前たちが継承した『始まりの果実』の力……それは、まさにそのための力だ。お前たちは、新たな宇宙の調和を育み、生命を再生させる『種を蒔く者』としての役割を担うことになる』
アカシャの言葉は、私たちの新たな使命を示唆していた。
私たちは、アカシャの導きで、アビス・コアの中心、かつて原初の千年種が眠っていた、黄金のリンゴの結晶体があった場所へと戻った。そこは、今や二つの瞳の力が穏やかに交じり合い、新たな創造のエネルギーに満ち溢れた空間となっていた。
『ヒメカよ。お前は、その『天秤』の力で、宇宙の調和を維持し、新たな生命の指針となるだろう』
アカシャは、私にそう告げた。
『サヨ。お前のその尽きることのない闘争心と、嵐のような力は、宇宙に停滞をもたらす古い法則を打ち破り、新たな変化を生み出す『開拓者』の力となる』
「へへっ、なんだか照れるねぇ」
サヨは、まんざらでもない様子だ。
『ルナ。お前のその深い慈愛と、生命を育む水の力は、傷ついた星々を癒し、新たな命の種を芽吹かせる『母なる大地』の力となるだろう』
「私に……そんな大それたことができるでしょうか……」
ルナは戸惑いながらも、その瞳には強い意志の光が宿っていた。
そして、アカシャは私たちに、最後の選択を提示した。
『お前たちは、このアビス・コアに留まり、宇宙の再生を見守る守護者となる道を選ぶことができる。あるいは……お前たちが元いた宇宙へ帰還し、そこから新たな宇宙のあり方を探求する道を選ぶこともできる。どちらを選ぶも、お前たちの自由だ』
私たちは、顔を見合わせた。アビス・コアに留まることも、名誉なことかもしれない。しかし、私たちの魂は、やはりあの故郷の宇宙と、そこで出会った人々との繋がりを求めていた。
「私たちは……帰るわ。私たちの宇宙へ。そして、そこで、私たちが学んだこと、経験したことを伝えていきたい。この宇宙が、もっと素晴らしい場所になるように」
私の答えに、サヨもルナも力強く頷いた。
『……そうか。それもまた、一つの選択だろう。ならば、最後にこれを授けよう』
アカシャは、その水晶体から三つの小さな光る種を取り出し、私たちに手渡した。
『これは、『千年樹の種』。お前たちが『始まりの果実』から受け継いだ力と、このアビス・コアの創造のエネルギーが結晶化したものだ。これを、お前たちの宇宙の、最も生命力が枯渇した場所に植えるがいい。それはやがて大樹へと成長し、宇宙全体に新たな生命エネルギーを行き渡らせ、歪みを修復する助けとなるだろう。そして、その樹は、アビス・コアと他の宇宙を繋ぐ、新たなゲートともなる』
私たちは、その千年樹の種を、感謝と共に受け取った。
セバスチャンが操るノアの方舟は、アカシャによってさらに強化され、安定した次元航行能力を持つ、真の「方舟」へと生まれ変わった。
そして、私たちは、アカシャと、そして変革を始めた二つの瞳に別れを告げ、千年樹の種を携えて、故郷の宇宙へと帰還の途についた。
ザハラは、最後まで姿を見せなかったが、どこかで見守っていてくれるような気がした。エルドラのアルスたちも、きっとこの宇宙の再生を喜んでくれるだろう。
私たちの宇宙に帰還した私たちは、まず、かつて人類が滅びかけた死の星、地球へと向かった。そこは、今やロボットたちだけが静かに時を刻む場所となっていたが、千年樹の種を植えるには、最もふさわしい場所のように思えた。
地球の中心、かつて最も文明が栄えた場所に、私たちは千年樹の種を植えた。種は、大地に触れた瞬間、眩い光を放ち、瞬く間に巨大な樹へと成長し始めた。その枝は天を突き、葉は宇宙全体を覆うかのように広がり、そこから生命の息吹が宇宙の隅々へと広がっていくのが感じられた。
千年樹は、宇宙の新たなシンボルとなった。そして、その根元には、アビス・コアや、エルドラのような他の異世界へと通じる、穏やかで安定したゲートが形成された。宇宙は、もはや孤立した存在ではなく、多様な世界と繋がり、互いに影響を与え合いながら、新たな進化の道を歩み始めるだろう。
私たちの旅は、まだ終わらないのかもしれない。私たちは、この千年樹の守り手として、そして新たな宇宙の調停者として、これからも様々な世界を巡り、生命の輝きを見守り続けるのだろう。それは、時に困難で、時に孤独な旅になるかもしれない。
でも、私たちは独りではない。サヨがいる、ルナがいる、そして、かつて私たちが出会った、かけがえのない絆がある。
私は、千年樹の最も高い枝に立ち、無限に広がる星空を見上げた。
「ねぇ、レイ……。ねぇ、博士……。見ていてくれるかしら……。私たちが紡いでいく、これからの物語を」
答えは、ない。
けれど、優しい宇宙の風が、私の頬を撫でていった。それは、まるで彼らが微笑んでくれているかのような、温かい感触だった。
千年を生きた私たちの物語は、一つの終わりを迎え、そして同時に、新たな始まりを迎えたのだ。それは、この広大な宇宙の片隅で、静かに、しかし力強く紡がれていく、永遠の詩となるだろう。
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