継承されし力と宇宙の天秤
原初の千年種から「始まりの果実」の力を継承した私たちは、霊界から物質宇宙へと帰還した。ノアの方舟に戻ると、セバスチャンが少し心配そうな(彼に表情があるわけではないが、雰囲気でそう感じられた)様子で私たちを迎えた。
「ヒメカ様、サヨ様、ルナ様、ご無事で何よりです。霊界での滞在時間は、こちらの宇宙時間で約三週間経過しておりました」
「三週間……。私たちには、ほんの数時間くらいにしか感じられなかったけれど……」
霊界と物質宇宙では、時間の流れ方が全く異なるようだ。
そして、私たちは自分たちの体に起こった変化に気づき始めた。以前よりも明らかに生命エネルギーが増幅され、魔力も格段に向上している。エルドラで習得した魔法も、より強力に、そして精密に扱えるようになっているのを感じた。これが、「始まりの果実」の力の一部なのか。
「なんだか……体が軽くなったみたいだねぇ。それに、力が漲ってくる感じがするよ!」
サヨは、嬉しそうに拳を握りしめている。
「私も……今まで以上に、水の精霊たちの声がはっきりと聞こえます……。まるで、私自身が水の一部になったみたい……」
ルナの瞳は、以前にも増して深い青色を湛え、その全身からは清らかな水のオーラが立ち上っている。
私自身も、体内のエネルギーが質的に変化したのを感じていた。それは、単なるパワーアップというよりも、もっと根源的な部分での覚醒に近い感覚だった。千年を生きてきた私の魂が、さらに高次の存在へと進化を遂げようとしているかのようだ。
『ヒメカ様。あなたの生体エネルギーパターンは、もはや既知の生命体のカテゴリーには収まりません。言うなれば……半神、あるいはそれに近い存在へと変容しつつあると分析されます』
セバスチャンの報告は、私の感じていた変化を裏付けるものだった。
しかし、この力は、決して手放しで喜べるものではなかった。原初の千年種が言っていたように、それは「あまりにも重すぎる宿命」を伴うものなのだ。私たちは、この宇宙のバランスを崩壊させようとする「母なる瞳」と「父なる破壊の瞳」という、二つの超巨大な脅威と対峙し、そして宇宙そのものを救うという途方もない責任を負ってしまったのだから。
「……私たちは、どうすればいいのかしら……」
私は、手にした力の大きさと、その責任の重さに、少しだけ途方に暮れた。
「ヒメカ姉御らしくないぜ、そんな弱気な顔して。やるっきゃないだろう、ここまで来ちまったんだからさ!」
サヨが、私の肩を叩いて励ます。
「そうです、ヒメカさん。私たちなら、きっとできます! 私たちが力を合わせれば!」
ルナも、力強く頷いた。彼女たちの言葉に、私は少しだけ勇気づけられた。
私たちは、まずアカシャにこの状況を報告し、今後の行動について相談することにした。
『……『始まりの果実』の力の継承……。なるほど、それは私の計算を遥かに超える事象だ。しかし、それによって、お前たちがこの宇宙の『天秤』そのものになった可能性は否定できない』
アカシャは、私たちの話を聞いた後、そう結論づけた。
「天秤……?」
『そうだ。母なる瞳は『過剰な愛』による同一化と停滞を、父なる破壊の瞳は『無限の憎悪』による破壊と混沌を、それぞれ宇宙にもたらそうとしている。どちらに傾いても、宇宙は崩壊する。お前たちは、その両極端な力に対抗しうる、唯一の『調停者』としての役割を担うことになったのかもしれん』
アカシャの言葉は、私たちの使命をより明確にした。私たちは、どちらか一方の瞳を倒すのではなく、両者の暴走を止め、宇宙に再び調和を取り戻さなければならないのだ。しかし、その方法は?
『二つの瞳は、それぞれが異なる次元、異なる法則の宇宙にその本体を置いている。だが、アビス・コアは、その両方の宇宙と接する特異点だ。お前たちが『始まりの果実』の力を完全に覚醒させることができれば、あるいは二つの瞳の本体に直接干渉し、その活動を抑制できるやもしれん』
アカシャは、一つの可能性を示唆した。それは、途方もなく困難で、そして危険な道だった。
「力を完全に覚醒させる……。それには、どうすれば?」
『お前たちの魂に宿った『始まりの果実』の種は、まだ発芽したばかりだ。それを成長させるには、強大なエネルギーと、そして……お前たち自身の強い意志が必要となるだろう。アビス・コアには、いまだ未解明のエネルギーが眠る場所がいくつも存在する。それらを巡り、試練を乗り越えることで、お前たちの力はさらに開花するはずだ』
こうして、私たちはアカシャの導きに従い、「始まりの果実」の力を完全に覚醒させるための新たな旅に出ることになった。それは、アビス・コアの最深部に存在する、未知の領域への探索だった。そこは、アカシャの観測すら及ばない、文字通り人跡未踏の地だった。
最初の目的地は、「魂の鍛冶場」と呼ばれる場所。そこでは、古代の超文明が遺したと言われる特殊なエネルギー炉が、今もなお稼働しており、あらゆる物質やエネルギーを再構築し、強化する力を持っているという。
「ここで、私たちの魂そのものを鍛え直すってことかねぇ。なんだか、熱そうだねぇ」
サヨは、少し不安そうに言った。
魂の鍛冶場は、灼熱のマグマが煮えたぎる、地獄のような場所だった。中央には、巨大なクリスタルのような炉が鎮座し、そこから放たれる熱波は、私たちの肉体だけでなく、魂そのものを焼き尽くさんばかりだった。
私たちは、そこで何日も瞑想を続け、自らの内なる力と向き合った。時には、あまりの苦しさに意識を失いそうになりながらも、互いに励まし合い、そして「始まりの果実」の種が持つ生命力を信じて耐え抜いた。
そして、ついにその時は来た。私たちの魂が、魂の鍛冶場のエネルギーと共鳴し、新たな段階へと覚醒したのだ。サヨの風の力は、嵐を呼ぶほどの破壊力を秘め、ルナの水の力は、生命を癒し、蘇らせるほどの奇跡の力を宿した。そして私の力は……全ての属性のエネルギーを統御し、調和させる、まさに「天秤」のような力へと昇華していた。
次に向かったのは、「沈黙の図書館」。そこには、この宇宙が誕生してからの全ての出来事、全ての知識が、アカシックレコードのような形で記録されていると言われている。しかし、その知識にアクセスするには、自らの心の闇と向き合い、それを克服しなければならないという試練が待っていた。
私たちは、そこで自らの最も深いトラウマや後悔と再び対峙した。エルドラでのフェンリルの精神攻撃よりも、さらに強烈で、そして巧妙な幻惑。しかし、私たちは一度それを乗り越えている。そして、今の私たちには、それを乗り越えるだけの強さが備わっていた。
そして、最後の試練の地は、「星の生まれる泉」。そこは、新たな星々が誕生する、宇宙の創造のエネルギーに満ち溢れた場所だった。私たちは、その泉に身を浸し、宇宙の根源的な生命力と一体となることで、「始まりの果実」の力を完全に開花させることに成功した。
私たちの体からは、後光のようなオーラが立ち上り、その瞳は、宇宙の真理を見通すかのような深い輝きを湛えていた。もはや、私たちはただの千年種ではない。宇宙の意志を代行する、調停者としての力を得たのだ。
力を完全に覚醒させた私たちは、アカシャの元へと戻った。
『……素晴らしい。お前たちは、私の予測を遥かに超えて成長した。これならば、あるいは……』
アカシャの声には、初めて感情のようなもの――期待、あるいは驚嘆のような響きが感じられた。
「アカシャ、私たちは準備ができたわ。二つの瞳を止めるために、何をすればいいの?」
『母なる瞳の本体は、『永遠の庭園』と呼ばれる、愛と調和(歪んだそれだが)に満ちた異次元に。父なる破壊の瞳の本体は、『終末の玉座』と呼ばれる、憎悪と混沌が渦巻く虚無の異次元に存在する。お前たちは、それぞれの次元へと赴き、瞳の本体に直接干渉し、その暴走を鎮めなければならない。ただし、それは、お前たちの存在そのものを賭けた戦いとなるだろう』
ついに、最終決戦の時が来た。私たちは、ノアの方舟に乗り込み、アカシャが示した座標へと向かった。最初の目標は、「母なる瞳」の本体が存在する、「永遠の庭園」。
「サヨ、ルナ、準備はいい?」
「おうよ、いつでも来いってんだ!」
「はい、ヒメカさんと一緒なら、何も怖くありません!」
私たちは、互いの手を取り合い、固い決意を胸に、異次元へのゲートをくぐった。そこには、想像を絶する戦いと、そして宇宙の未来が待っているのだ。
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