おないどし
午前1時56分。今日も依頼を片付ける。
最近は依頼がよく迷い込むせいで、『俺』の肩が遂に凝ってきている。こんなの初めてだ。
近頃の依頼はミチルと行動する事が多くなった。『俺』は良いと言っているのに、先輩とミチルが無理強いをしてくる。正直迷惑だ。…まあ、仕方の無いことなんだが。
「ねぇ、そう言えば」
ミチルが肉塊を処理していると思えば、ぱっと口を開いた。
「キミ、何歳なの?ええと、なんて呼べばいいんだっけ?」
「好きに呼べ、面倒くさい。」
「ええ?…ああ、でもなんか…空サンがキミのことは『葉』って呼んでやれ〜、って言ってたよね!」
「はぁ?…そんなの俺は知らない。勝手に好きなように呼べ。」
「うんうん!わかったよ、ヨウくん!…それで?何歳なの?」
手際よくミチルが肉塊を処理しつつ、『俺』に質問を攻めてくる。知るか、そんなの。と受け答えするも、「どうせ知ってるんでしょ!意地悪せずに教えて!もしかしたら同い歳かもなんだよ!?」と頑固に問いてくる。キャンキャン吠える子犬みたいだ。
「あーもう、知るか。そんなモン。だったら空先輩に聞けよ。あの人なら知ってるかもしんねぇから。」
「えっ?なんで空サン?…ああ、ヨウくんって空サンといっしょに暮らしてるんだっけ。」
そうだ。何か悪いか?と言ってやろうとした時、ミチルが少し下を向きつつ、寂しそうな声色で。
「…いいね、楽しそう。…ヨウくんもいなくなっちゃったの?…おかあさんとか、おとうさん。」
皮肉を言う気にも、正直に答えようにも、なんの気にも、なれなかった。
言葉を発せず、俺は静かに頷いた。ミチルは一言、「そっかぁ、」と応えた。
…コイツ、能天気そうで案外辛いんだな。そう、思えた。優しく背中を叩いてやろうとすると、またミチルが口を開いた。
「…燃えちゃったんだ、僕の、家族。」
言葉を、失った。…燃えた?家族が?それなら、家も燃えたのか?
…なんて、聞けるはずもなく、俺はただひたすらとミチルの話を聞く他なかった。
「…何年前かなぁ、覚えていないけれど。…僕のおとうさんはね、暴力的だったんだ。毎日のよーにおかあさん殴って蹴ってね。ぼくと弟守らなきゃって、おかあさんは毎日おとうさんのサンドバッグだった。…でもある日、皆が寝静まった丑三つ時。突然、燃えてる!燃えてる!っておかあさんが僕を起こしたんだ。…あ、聞きたくもない話かな、ごめん」
「いい、続けろ。」
「…ありがとう、…それで、おかあさんに起こされた僕たちは必死に逃げようと、床に落ちた燃えてない綺麗な服とか色々持って、走った。おかあさんと弟と、僕の3人で手を繋いで走ってたんだ。そしたら、燃えた木の板が上から落っこちてきて。僕が先走ったせいで、おかあさんと、弟は…。…その後、僕を目掛けたように中くらいの木の破片とか、色々背中に落ちてきちゃって。…でも、僕だけ生き延びちゃった。ばかな話だよね。おかあさんも、弟も助けられなかったんだからさ。」
「…、1つ、聞いてもいいか。」
「ん、ごめんね?なあに、」
「…お前の、父さんは?どうなった。」
「…わかんない。その後見つけ出されたのは、おかあさんと弟だったものと、おとうさんのスマホだけ。火災の原因も不明だったしね。」
「…そうか、すまん、こんな事聞いて。」
「いいっていいって!こんな話し出した僕も悪いし。聞いてくれてありがとう。…ヨウくんは?その、辛い昔の話とか…。あったら聞くよ。心、少しでも軽くなってほしい。」
「ンなもんない。知らないし、覚えてない。」
「…あるから、このお仕事…。してるんでしょ?」
「…知らない。…俺は、…俺のこと知ってんのは、空先輩だけ。自分の事なんて、知らない。興味も湧かない。」
そんな事、ないのに。
思い出したくなどない。
あの悲惨な状況を。
幸せが壊れる瞬間を。
俺を守るのは、俺だけなんだ。
平凡になれたら良かったのに。 花の浮き橋 @kogarashi02
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