先輩

「よぉ、おつかれさん。」



そう言って、''俺"の肩を叩いた。

片目の隠れた、少し長い髪を後ろで束ねた男。


"俺"の先輩。名前は『命 空(めい そら)』だったかな。先輩、としか呼んでなかったから。その程度の事も忘れた。



「…はい。お疲れ様です。…先輩も今終わったんですか」


「…そんなとこ。お前、苦いの好きか?」


「…?はい、まぁ…」


ならやるよ、と冷たい缶コーヒーを''俺"に投げつけた。一方先輩はというと、甘いカフェラテの缶を開け、あたかも"その缶コーヒーはお前が飲まないと言ったら飲んだけどな、"という雰囲気を醸し出し、飲み始めた。



全く、間違えて買ったのかは知らないが…"俺"に投げつけないで欲しい。


そう思いつつも、先輩に投げつけられた缶コーヒーを開ける。仕事の後の缶コーヒーは格別に好きだ。





午前3時46分。先輩と一緒に帰宅をする。

"俺"に帰る家はない。だから、先輩と共に暮らしている。


勿論、先輩の家に邪魔している。



家事は全くできない為、少しでも役に立とうと勉学に取り組んではいる。



どうしてもわからない時は先輩に聞け、と言われているが…わからない事などない。空っぽの頭であるから、たくさんの情報が入ってくる。






…"俺"には両親がいない。

幼い時、失くした。

両親と言う、存在を。




…もうこの話は思い出さない。思い出したくない。両親がどうしていなくなったのか、なにも思い出せない。そんなこと、思い出したくもない。



だから、少しでも。塗り替えるように…先輩のこと、"家族"ってやつだと思ってる。




…だから、だから…家でぐらい、先輩扱いじゃなくて…






「…なぁ、そ、…空、先輩。…今日のメシ、何」










家族だと、思いたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る