第43章「残高、マイナス七万円」
11月27日(月)放課後――潮守高校・生徒会室。
窓の外では風が吹きつけ、黄ばんだ落ち葉がくるくると舞っていた。
部屋の中には、重苦しい沈黙が張り詰めていた。
「……どういうこと?これ、マイナス……七万円?」
朱音が手元の帳簿を見つめ、眉をひそめた。
目の前の模造紙には、修復活動の支出一覧が貼り出されている。
集めた資金、寄付金、グッズ販売の売上、イベントの収支――それらを丁寧に積み上げてきたはずだった。
「搬入分の入金遅れと、海外送金の為替差損が原因です」
鮎美がノートパソコンを操作しながら、冷静に答えた。
「ドル建てでお願いしたフランスの支援団体からの寄付が、円換算で予定より下がってたんだ。で、印刷費の支払いが前倒しになって、資金が一時的に足りなくなった」
「……一時的? でも、帳簿には“確保済”って書いてたよね」
朱音の声が、いつもより少し鋭くなる。
「予定としては確保できていた。でも、送金タイミングがズレて……」
「確認が甘かったってこと?」
朱音の視線は厳しかったが、言い方は責めるというより“ルールを守る者”としての筋を通そうとしていた。
「……うん。私の確認ミスもある。ごめん」
鮎美は頭を下げた。
その瞬間、ドアがノックもなしに開き、大知が入ってきた。
手にはバインダーとスケジュール表。
「呼ばれてなくても来た。何か問題だろ?」
「会計、マイナス七万」
朱音が淡々と答えると、大知は一拍置いて「……マジか」と呟いた。
「その分をどこかで埋めなきゃ。次のイベントって、クリスマスマーケットだったよな?」
「12月3日。駅前広場」
朱音がすかさず答える。
「じゃあ、準備までにあと一週間。今から逆算すれば、仕入れと制作は……三日で動かないと厳しいな」
鮎美がPC画面を向け、「現在の在庫はキャンドルが52個、木工品が34点。ポスター残り22枚」と報告する。
「大知くん、出店配置図の修正できる?」
朱音が訊いた。
「任せろ。愛未にも連絡して、人通りの動線見てもらう」
「あと、マクシミリアーノとモリーには“海外支援”の再呼びかけを頼むつもり」
鮎美の口調には焦りよりも決意があった。
「おれも、郁也と雄大には声かけとく。人手がいるなら、後輩も巻き込む」
朱音は最後に帳簿をもう一度見直し、小さく溜め息をついた。
「こういうの、絶対に抜けちゃいけない部分だよ。……でも、今さら責めても意味ないよね」
「ありがとう」
鮎美が頭を下げる。
「違う、これは“リーダーとしてじゃなく、仲間として”言ってる。……信頼の問題だから」
その言葉に、鮎美は少しだけ目を伏せた。
たぶん、彼女にとって「謝らずに前を見る」ことが一番難しい。
だがその場の空気は、責めるものではなかった。
むしろ、どうしたら前に進めるかを全員が考え始めていた。
「じゃあ、まずやることをリストアップして配布しよう」
朱音が立ち上がる。
「大知は配置図、私は連絡表。鮎美は在庫チェックを紙でまとめて。それぞれ明日までに」
「了解」
三人の声が揃った。
風の音が強くなったその瞬間、窓ガラスが微かに揺れた。
「――灯台が、まだ完成してないってこと、忘れちゃだめだね」
朱音のその言葉に、誰も何も返さなかった。
けれど、その沈黙のなかには確かに、誓いのような熱が宿っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます