第27章「夏祭りリハーサルの午後」
7月15日(土)午前――
潮守商店街、旧本屋前に設営された仮設ステージ。
午前十時の陽射しは容赦なく照りつけ、足元のアスファルトがじりじりと熱を帯びていた。
「……暑い、けど、いける! よし、マイクチェックお願い!」
鮎美の声が響く。
スタッフTシャツの背中には「潮守灯台修復支援 夏まつり」とプリントされている。
愛未は、カメラアプリでステージを角度を変えて撮りながら言った。
「こっちの角度なら日差しが反射してキラキラしてる。SNS用はこれでいこっか!」
「よし、じゃあ演奏のリハーサル、いきます!」
麻里奈の声で、有紀を中心としたブラスバンド有志の音合わせが始まった。
商店街の通行人が思わず立ち止まるほど、トランペットの音が空気を押し上げる。
けれど、その音の中で、有紀はどこか浮かない表情をしていた。
(暑さのせい……だけじゃない)
演奏中、目線の端に雄大の姿があった。
彼は焼きそば屋台の鉄板に向かいながらも、時折こちらを見ていた。
目が合いそうになって、有紀は慌てて視線を逸らす。
(なんでこんなに意識しちゃうの……)
七夕の夜、短冊を通じて交わした無言の想い。
あのときの“秘密”が、今も胸の奥で灯り続けている気がして、息がしづらくなる。
その頃、雄大もまた落ち着かない様子で鉄板をひっくり返していた。
「なあ雄大、焦げてるぞ。今、軽く三枚目」
郁也の軽口に、雄大はようやく我に返る。
「あっ、ごめん。考えごとしてて……」
「有紀ちゃんの音か?」
「……うん、ちょっと、だけど」
「なら、焼きながら聴けばいい。音楽と煙って相性いいからさ、なんとなく」
――そういうもんか?
雄大は曖昧に笑い、鉄板に向かい直す。
でも、耳はしっかりとステージに向いていた。
リハーサル終了後のステージ裏。
楽器を片付けながら、有紀はハンドタオルで汗を拭っていた。
「ふーっ……もう、顔面から塩ふいてる……」
木陰に移動しようとしたそのとき――
「……お疲れ。水、いる?」
雄大の声だった。
彼はペットボトルを二本持っていて、そのうちの一本を差し出していた。
「ありがとう……」
受け取りながら、有紀はどぎまぎしていた。
七夕以来、こうして二人きりで話すのは初めてだった。
「演奏、良かったよ。……途中、すこし揺れてたけど、最後の音、綺麗だった」
「え、あっ……聴いてたの?」
「うん。焼きながらだけど」
照れくさそうに言う雄大の顔が、やけにまぶしくて――
有紀は思わず目をそらしてしまった。
「……あのさ」
ふいに、雄大が真面目な声で続けた。
「七夕の夜。……あの短冊、たぶん俺のだったと思う」
有紀は、持っていた水のラベルを指でなぞった。
「やっぱり……そうかなって、思ってた」
「“もう一度だけ、灯がともりますように”って書いたの、俺なんだ。昔ね、じいちゃんが言ってたんだ。“灯台の灯は、願いを照らす”って」
「……綺麗な言葉」
「そう思った。でも、灯ってさ、ひとりじゃともせないじゃん。誰かが横で火を守ってくれたり、風を防いでくれたりして……」
雄大はうつむいたまま、言葉を探していた。
有紀はそっと、水のボトルを下に置いた。
「私、その夜ね。読んだ人の願いが叶いますように、って、本気で思ったんだよ。……たとえ、それが誰のものでも」
ふたりの間に、音も風もなかった。
ただ、商店街のざわめきの向こうで、蝉がひときわ高く鳴いた。
「じゃあ……その“誰か”の願いは、もう叶ったってことかな?」
「それは……」
有紀は笑って、首をふった。
「まだ、途中。だって“もう一度だけ”って書いてたでしょう? それって、これからの話なんだよね。過去じゃなくて」
雄大の顔に、少しだけ照れくさそうな光が灯った。
「……そうか。じゃあ、もう一度。ちゃんと、ともしに行かなきゃだな」
「うん。私も、できること、手伝う」
ほんの一言のやりとりだった。
けれど、二人の間には確かに――
また、あの日と同じ、あたたかい灯がともっていた。
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