第21章「宣戦布告の朝焼け」
6月18日(日)午前五時過ぎ。
潮守灯台のてっぺん、展望台の柵にもたれて、雄大は目を細めた。
どこまでも広がる水平線。
夜明け前の空には、まだ星が微かに瞬いている。
潮風はやや強く、頬を撫でながら、昨夜の疲れを攫っていくようだった。
ギシ、と鉄の階段を上ってくる足音。
「おはよう。……早かったね」
史也が姿を見せる。
手には、温かいココアの缶が二本。
「お前、先に来てると思った」
「お前こそ……やっぱり」
二人は、ほぼ同時に笑った。
缶を受け取った雄大は、何かを悟ったように言った。
「話、あるんだろ?」
史也はうなずき、展望台の端、風の強い側へと歩いた。
背を向けたまま、ぽつりと言葉を零す。
「……俺、有紀が好きなんだ」
風が、言葉を遠くまで運んでいく。
「気づいてた?」
「……なんとなく」
「ま、そうだよな」
史也は振り向かずに続けた。
「お前と話すとき、ずっと迷ってた。
“俺は友情を守るべきか”“想いを伝えるべきか”って」
「……」
「でも、このままじゃ、自分を裏切る気がして。
だから、伝える。……ちゃんと、言う。
俺、有紀が、好きだ」
はっきりとした言葉だった。
清々しいほど、迷いのない目で。
「お前も、だろ?」
雄大は答えなかった。
けれど、その沈黙が何より雄弁だった。
二人の間に流れる沈黙は、重く、しかし濁りがなかった。
朝焼けが、東の海からゆっくりと顔を出す。
「本気で、ぶつかってくるのか?」
「ぶつかるっていうか……
比べるとか勝つとかじゃなくて、俺は“好き”って気持ちにちゃんと向き合う。
それだけ。お前も、そうしていいと思う」
史也の声は、風にも負けなかった。
「勝ち負けじゃない。
“誰かを想う”ってこと自体が、もう価値あることだって……今の俺は、そう思うんだ」
雄大はその言葉に、すぐに返せなかった。
けれど――
彼の胸に渦巻いていた感情に、形が与えられた気がした。
「……ありがとな」
雄大は、そうだけ言った。
史也は微笑んだ。
「ま、だからといって、譲るつもりはないけどな」
「知ってるよ。お前、そういうやつだもんな」
二人の視線がぶつかり、次の瞬間、同時に笑った。
朝陽が、ようやく灯台の天辺を照らし始めた。
「それにしても、俺たち、ここからどうするんだろうな」
史也がふとつぶやいた。
「どうって……?」
「このままいけば、どっちかが傷つくかもしれない。あるいは、両方とも」
雄大は、すぐに答えられなかった。
けれど、史也の横顔にある静けさは、どこかで雄大自身にも似ていた。
「怖くないのか?」
「怖いさ。……けど、それよりも怖いのは、想いを伝えないまま終わること。
自分の気持ちにウソをつくほうが、ずっと痛い」
その言葉は、まるで雄大の胸の奥にある“何か”を揺さぶった。
自分は、どうなんだろう。
この灯台のように、ただそこに立っているだけじゃ、届かないのかもしれない。
「有紀が選ぶのは、有紀だ」
史也が、やや照れたように笑った。
「だから、俺は、できることを全部やる。言葉も、行動も。ちゃんと、伝える。
……それで選ばれないなら、ちゃんと受け止めるよ。なあ、雄大」
「……ああ」
「お前も、そろそろ自分の中、見つめたほうがいい。
誰にどう思われたいか、じゃなくて――誰と、何を、見ていたいか」
その言葉に、雄大は静かにうなずいた。
海は、すっかり金色に染まっていた。
潮風が吹き抜け、灯台の柵に小さくきしむ音が残る。
ふと、史也が背伸びして、目を細めた。
「なあ、あの水平線の向こう……あれ、雨雲じゃないか?」
「……ほんとだ。天気、崩れるかもな」
「明日の作業、また調整しなきゃだな」
急に現実的な話に戻ったことが可笑しくて、雄大は吹き出した。
「なんだよ、それ。せっかく朝焼けの中でシリアスな会話してたのに」
「朝焼けと雨雲は、共存するんだよ。ロマンと現実の間で揺れるのが、青春ってやつじゃね?」
「……それっぽいけど、なんか悔しい」
二人は、また笑った。
けれどその笑いの奥には、
もう言葉では誤魔化せない、本物の感情があった。
それぞれの“想い”が、動き始めていた。
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