第17章「タックルと友情、言葉より強く」

 6月4日、日曜日。朝の潮守高校グラウンドは、いつもとは少し違った空気に包まれていた。

 ラインが引き直された芝生、即席で組まれたラグビーポール。

 今日行われるのは――「国際交流・友好ラグビー試合」。

 地元の高校生たちと、留学生チームとの混成試合。

 そして、潮守灯台保存プロジェクトの一環として企画されたイベントの目玉でもあった。

「よーし! 今日は本気出しちゃうぞー!」

 声の主は郁也。

 ユニフォームの背中には、赤いテープで貼られた“IKUYA”の文字。

「おい、それ反則にならないのか?」

「名前がないと寂しいだろ? 雰囲気だよ、雰囲気」

 隣で準備体操をしていたマクシミリアーノが、無言で肩をすくめる。

 普段は流暢な日本語を操る彼だが、試合前になると表情が変わる。静かで、真剣で、まるで別人のよう。

「マクシミリアーノ、ちょっと緊張してる?」

「No. I'm focused. Rugby is not about smile. It's about trust.」

「かっけぇなぁおい……お前、映画のセリフかよ」

 そんな軽口を叩きながら、郁也はぐっと握りこぶしをつくる。

 対するマクシミリアーノも、片眉を上げて、拳をぶつけた。

「いくぞ、アルゼンチンの鉄砲玉!」

「準備万端だ、日本のスピードスター」

 笑い声があがる中、笛の音がグラウンドに響いた。

 試合開始――郁也とマクシミリアーノの、ぶつかり合いが始まった。




 ボールが宙を舞う。

 白い楕円球が、青空の下を切り裂いていく。

 郁也は、全力で走った。

 陽射しの下、汗が瞬く間に額を伝う。

 相手のパスを読んで、コースに入り――タックル。

「うおおおおっ!」

 低く鋭い声とともに、相手の腰にしがみつくように倒れ込んだ。

 土が舞い、体が軋み、でも――痛みの中に高揚がある。

 次の瞬間、背後からマクシミリアーノが飛び込む。

 絶妙なタイミングでボールを奪い、走り出した。

「Vamos!!」

 グラウンドの周囲から拍手と歓声。

 ラグビーというスポーツの“意思の受け渡し”が、観る者の心を掴んで離さない。

 その後も幾度もタックルとパスが繰り返され、

 郁也とマクシミリアーノの連携は徐々に研ぎ澄まされていった。

 前半終了間際、マクシミリアーノが倒れた。

 鋭いステップを切った直後、足がもつれ、体が横倒しに沈んだのだ。

「おいっ!」

 真っ先に駆け寄ったのは郁也だった。

「大丈夫か? 足、ひねったか?」

「……ノープロブレム。ちょっと焦っただけ」

「焦る必要ねーよ、俺が横にいたろ」

 郁也は、ためらいなく手を差し出した。

 マクシミリアーノがそれを取る。土まみれの手のひらが、力強くつながれた。

「You’re not just fast, Ikuyakun. You read people. That’s strong.」

「は? お前、なんかのポエム始めたのか?」

「違う。君は信頼できる。タックルよりも、心が強い」

 一拍の間。

 郁也はぽりぽりと頭をかいた。

「……あー、なんか、照れるな」

 その日、試合は引き分けに終わった。

 だが、勝ち負け以上に、グラウンドの中央に立ったふたりの間に、生まれたものがあった。

 言葉ではうまく伝えきれないもの。

 拳よりも、肩よりも、タックルよりも、深く響くもの。

 信頼。

 それは、心と心がぶつかった、その先に残るものだった。

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