僕の世界は君、君、君

ロッタ

1

 ドア越しに見覚えのある顔と目が合った。


 深夜のコインランドリーはがらんとしていた。狭い店内に、ドラム式の洗濯機や乾燥機がずらりと並んでいる。中央に置かれた机や椅子が、閑散とした雰囲気をいっそう強めていた。


 コインランドリーには、2・3日おきに来ていた。アルバイトに明け暮れる日々の中で、洗濯の時間を短縮できるのはかなり助かる。住んでいる安アパートから自転車で5分しかかからないのも、通う理由の1つだった。


 いつも通り、洗濯機に溜まった洗濯物を入れ、ドアを閉める。その時だ。恨めし気に自分を見つめる存在に気づいたのは。


 彼女は洗濯物の上に腰を下ろし、膝を抱えてこちらを見つめていた。青白い頬を膝につけ、首を少し傾けて僕を睨みつけている。長い髪の乱れは、彼女の心情を表しているかのようだ。真っ暗な瞳は確かな憎しみと失望を宿している。瞬きをするのも惜しいとでも言うように。


 考えるより先に手が動いた。ドアを勢いよく閉め、財布から小銭を取り出す。押し付けるように投入口へ入れると、彼女を入れたまま洗濯機は回り出した。


 洗濯物を洗う水が次第に赤く染まり、しばらくすると赤と黒を混ぜたような色になった。その変化を、僕は微動だにせずに見つめる。


 ピーッ。洗濯の終わりを告げる電子音が響く。僕は我に返って、恐る恐るドアの取っ手に手をかける。


 開けた瞬間、赤黒い液体が大量に流れだした。飛沫がズボンや靴にかかり、全身に鳥肌が立つ。生暖かい感触に生理的な嫌悪が沸き、急いでドアを閉めた。


 肩で息をしながら、もう一度ドアの中を見る。彼女はいない。ズボンや靴を確かめる。濡れた様子もない。床も血で汚れた跡はなかった。洗濯機の中には、湿った洗濯物がひっそりと鎮座している。

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