ギャルをナメないで💅✨名門学園で事件です☆

ひまりん

第1話

朝の通学路。日差しはちょっと強めだけど、風は心地いい。

明るめの金髪ショートが朝日に透けて、ふわりと光をまとっている。

南 陽葵(ひまり)は、ナチュラルメイクにふわっとした透明感。

けれどその中には、“可愛く見せる”ためのさりげない計算がちゃんと詰まっている。

両耳には控えめながらセンスの光るピアスが重ねられ、リップもトレンドカラーをひと塗り。

どれも主張しすぎないのに、ちゃんと「ひまりらしさ」がある。

ギャルだけど品がある。そんなバランス感覚が、彼女の魅力だった。

「だる〜〜〜、マジで学校とか行きたくないし……」

陽葵は日差しを遮るように手をかざしながら、ふてくされた顔でぼやく。

その隣を歩くのは、ゆるふわポニーテールの高槻 まどか。

ふんわり優しげな見た目に、ほんのり甘い香り。

誰もが「癒し系」と思うけれど――その実態は、言うべきことはビシッと言う、芯のあるタイプ。

「じゃあなんで入ったの、この学校。名門なんですけど?」

笑いながらツッコむまどかに、陽葵はスカートをひらりと揺らしてポーズ。

「え〜? 制服がめちゃかわだったからに決まってんじゃん!

 リボンの色とか絶妙だし〜? 肌にも映えるし? 入学説明会で見た瞬間、“コレだわ”ってなって受験したワケよ」

「いやいや、それで合格できる学校じゃないからね、ここ……」

まどかは半ば呆れ顔。でも、どこか本気で不思議そうでもある。

──陽葵は、ほんの一瞬だけ口をつぐんだ。

(……正直、勉強ってそこまで嫌いじゃない。てか、むしろ好きなとこもある)

(教科書見ればなんとなくわかるし、数学なんか直感で答え浮かぶときもある)

(でもさ、だからって“できる=すごい”わけじゃなくない?)

(必要なとこだけ覚えて、あとは自分流でなんとかなるっしょ、って思ってるだけ)

そんなことを考えていると――

「お、見えてきたね、校門」

まどかが前を指さす。

「げっ……マジかよ……」

名門・白鷺ヶ丘学園の、格式ある校門。

その前に仁王立ちしているのは――鋭い目つきに鬼のような形相。

風紀担当の神代 厳(かみしろ いわお)、通称「鬼代(おにしろ)」先生だ。

「くっそ……今日もアクセ全滅かよ……」

陽葵は耳に手を伸ばし、ピアスの数をチェックする。

「さっきから、どんどん減ってってるね」

まどかがくすっと笑う。

「やっべ、ピアスあと2個……! チョーカーも……ギリいける!?

 スカートもちょい下げ……あ〜もうマジで時間ないってば!」

そのとき――

「――南っ! またお前かあああああ!!」

神代先生の怒号が、朝の空気を引き裂くように響いた。

「わ〜……朝から声デカすぎ……。鼓膜が死ぬっての……」

陽葵はぶつぶつ言いながら、渋々最後のピアスを外し、シャツのボタンをしぶしぶ首元まで留めていく。

「校則違反、三日連続! 昨日注意したピアス、また増えてるじゃないかッ!」

「いや〜昨日とは違うやつですし? 一応、日替わりで楽しんでるってことで〜?」

「そういう問題じゃなああああい!!」

「は〜い、反省しま〜す(←棒)」

まどかはそのやりとりを見て、つい吹き出してしまう。

そこへ――

キーンコーンカーンコーン♪

「やばっ! チャイム鳴っちゃったじゃん! 授業始まる〜〜〜!」

「こら! 南っ、逃げ――!」

「しっつれ〜しま〜す〜〜〜!」

陽葵は神代先生の怒号を華麗にスルーして、全力疾走で校舎へ。

後ろから、まどかも笑いながら追いかけていく。

「ひまりん〜! 放課後、限定グッズ買いに行く約束、忘れないでよ〜!」

「あっ!今日だった!? ヤッバ!!」

「教室、迎えに行くからね〜!」

「了解っ! 待ってる〜!」

二人の声が、まだ春の名残を残す校舎に、軽やかに響いていく――。



放課後。

陽葵は机に突っ伏して、まるで全てを出し切ったかのような表情だった。

「ふ〜〜〜……今日も頑張ったわ、うち……。マジで全力出した……」

そんなとき、教室のドアが開いて、担任がひょっこり顔を出す。

「南さん。神代先生が言ってたよ。

 校則違反の罰として、生徒会の手伝いに行きなさいって」

「ええ〜!? マジで!? ピアス2個くらいで!?!?」

担任はそれをスルーしつつ、教室の後ろにいた男子生徒へ。

「三浦くん。南さんを生徒会室に案内してあげて」

「え、あ……はい。了解です〜」

立ち上がったのは、三浦 空(みうら そら)。

癖のある黒髪がやわらかく揺れ、黒縁メガネの奥には、物静かな眼差しが宿る。

きちんとアイロンのかけられた白シャツに、猫背ぎみの控えめな姿勢。

だけどその存在は、周囲をやわらかく包むような、不思議な空気をまとっていた。

「……なんか、災難だったね、陽葵ちゃん」

「でも、大変な作業はないと思うよ。今日は生徒会長もいるし、たぶんすぐ終わるはず」

「空っち〜〜それ、全然慰めになってないんだけど!?

 もういいわ! サクッと終わらせてサクッと帰る! 案内よろしく〜!」

陽葵は空の腕を引っ張り、勢いよく廊下に飛び出す。

「うわ、わかったってば……引っぱらないで〜」

二人が歩き出して少し経った頃。

ふと空が何かを思い出したように言う。

「あっ、そういえば……陽葵ちゃん。今日、まどかと約束してなかった?」

「……へ?」

陽葵の足がピタッと止まり、顔がサッと青ざめる。

「やばっっ!? 忘れてたあああ!! うち、教室で待ってろって言われてたああ!!」

両手で頭を抱えたまま、踵を返そうとする陽葵。けれど――

「てか空っち、なんでそれ知ってんの?」

「ああ、僕まどかの彼氏だから」

サラッと返す空。

そして、ちょっと優しく続ける。

「お昼一緒に食べながら、“放課後楽しみ〜”って話してたよ。

 だから、“帰りは陽葵と一緒に帰る”って言われてさ」

「……マジかぁ……やらかした〜〜〜」

陽葵は思わず教室の方へ戻ろうとするけれど、空がその様子を見て笑う。

「大丈夫、大丈夫。僕のほうから、まどかに連絡入れとくよ。

 “陽葵ちゃん、生徒会室に拉致られてる”って、ちゃんと伝えとくから」

「うっ……優しさに見せかけた完全なる事後報告……」

「ほら、もう観念して。どうせ逃げても神代先生に倍返しされるだけだし。

 潔くお手伝いしてから帰りなよ〜?」

「……うぅぅ、まどか〜……うちの限定グッズぅぅぅ……」

すべてを悟ったかのような顔で項垂れる陽葵。

そうして陽葵は、今度は空に引っ張られるかたちで、生徒会室へと歩き出す。

やがて二人はドアの前に立ち止まり、空が軽くノックをした。

「三浦です」

中から「どうぞ〜」という声が聞こえ、空がドアを開けた。

「失礼しまーす」

中にいたのは一人の女子生徒。まるで雑誌から抜け出してきたかのような、すらりと伸びた手足に、整った顔立ち。落ち着いた所作と、周囲の空気を一瞬で支配するような存在感。

(……この人が、噂の生徒会長……)

陽葵は思わず息を呑む。

(わ〜……こりゃ男魂抜かれるわ……てか女子のうちでもちょっと心揺れるレベル〜……)

そんな陽葵の隣で空が言う。

「今日手伝いに来た、同じクラスの南 陽葵ちゃんです」

生徒会長は穏やかな微笑みを浮かべたまま、陽葵に向き直る。

「はじめまして、南さん。生徒会長の**神楽坂 朱音(かぐらざか あかね)**です。わたし、三年生なの」

「えっ、あっ、ど、どうも〜……南 陽葵っす。よろしゅう……です」

いつものノリが少し影を潜めた陽葵。無意識に丁寧な口調になってしまった自分に、内心ツッコミを入れる。

(なに、うち、敬語とかレアじゃん……どしたん?)

陽葵の緊張も、朱音の柔らかな空気にすっと溶かされていくようだった。

「今日はわざわざありがとね。難しい作業じゃないから、気軽に手伝ってもらえたら嬉しいわ」

「は、はいっ」

「じゃあ、三人でさっそく始めましょっか」

「はーい」「了解です〜」

少しぎこちなく、それでもどこか和やかに。陽葵、空、朱音の三人で、生徒会室での作業が始まっていく――。



その頃、ひまりの教室にやってきたまどか。

スマホからLINEの通知音が鳴る。画面を見ると、空からのメッセージだった。

「陽葵ちゃん、生徒会室に拉致られ中w」

「……えっ!? なにそれ、聞いてないんだけど……」

目を丸くするまどか。そのまま足早に生徒会室へ向かう。

トントン、と軽くドアをノックして、静かに扉を開ける。

「失礼しま〜す」

中では、朱音、空、そして陽葵が静かに作業中。

まどかの姿を見つけて、朱音が顔を上げる。

「高槻さん。お久しぶりです。三浦くんのお迎えかしら?」

「こんにちは。実は今日はひまりちゃんと放課後に約束してて……」

その言葉に、陽葵が涙目でまどかを振り返る。

まるで救世主を見るような、うるうるした目。

(……めっちゃ助けてオーラ出してくるじゃん)

笑いをこらえながら、まどかは朱音に尋ねる。

「お仕事って、まだ時間かかりそうですか……?」

朱音は二人の様子を見て、小さく微笑んだ。

「ふふ、今日はもう終わりにしましょうか。残りは明日、他の生徒会の子たちに任せますね」

「ありがとうございます〜!!朱音せんぱい女神っす!!」

陽葵が勢いよく頭を下げる。

まどかもぺこりと礼をして、陽葵と一緒に生徒会室を出ていく。

空も最後に朱音へ軽く頭を下げ、静かにドアを閉めた。

生徒会室にひとり残った朱音は、再び黙々と作業を始める――

……と思いきや、数十秒もしないうちに、ドアがまた開いた。

「……?」

顔を上げると、戻ってきたのは空だった。

「三浦さん、何か忘れ物?」

「先輩が“明日他の生徒にやらせる”って言っても、本当は一人で残ってやるんだろうなって思ってたので」

朱音はふっと苦笑する。

「……あら。嘘がバレちゃいましたね」

「もう一年も見てきましたから。そろそろ見抜けますよ」

「他の生徒会の子にはバレてなかったんだけどなぁ……」

空は優しく笑って言う。

「僕も生徒会の一員ですよ。これからは、先輩ひとりで全部抱え込まないでくださいね。手伝えること、あったら言ってください」

朱音は空の言葉に微笑み、小さく頷いた。

「……じゃあ、お言葉に甘えて。ちょっとだけお願いしてもいい?」

「もちろんです」

二人は再び黙って作業に戻る。

静かな空気が流れる生徒会室。

キーボードを叩く音だけが、静かに響いていた。

朱音はふと、手を止める。

ちら、と空の横顔を見て――

また何事もなかったように、視線を戻す。

(……)

言葉にならない感情が、胸の奥に小さく揺れる。

それが何なのか、自分でもまだ、うまく言い表せなかった。



限定グッズをゲットするため、ひまりとまどかは行きつけのショップへと急ぐ。

今日は、大好きなアーティストの新作Tシャツの発売日。絶対に手に入れたいアイテム――だった、のに。

「――品切れです」

その言葉に、二人の表情が同時に固まった。

「ガーン……」

ひまりが頭を抱える。

「あ…こんな遅れてきたら、こうなるよな……。ごめんよ、まどか……」

肩を落とすひまりの横で、まどかはすぐに首を振る。

「いや、ひまりのせいじゃないって。仕方ないよ。次のやつは、絶対手に入れてみせる!」

ふたりは肩を並べて歩きながら、次こそはと闘志を燃やす。

すると、ひまりがふと立ち止まって、何かを思い出したように言った。

「そういえばさ……空っち、いないね? いつから?」

「……なに言ってるの。さっき生徒会室出たときに、“やっぱり片付け手伝う”って戻ったじゃん。覚えてないの?」

「えっ、あっ、そうだった〜……」

ひまりは舌をぺろりと出して誤魔化すと、話題を変えるように言葉をつないだ。

「話変わるけど、うちも初めてちゃんと喋ったけどさ。朱音先輩ってほんと……キレイだよね〜。でも、なんか……キレイ“だけ”じゃない気もしたけど……」

「わかる。朱音先輩ね〜、もう完璧すぎてさ。聞いた話だと、生徒会に入ってる男子のほとんどが“近くで朱音先輩を見たい”って理由らしいよ〜」

「え、それって空っち、そのまま置いておいて大丈夫かな?」

まどかは少し考える素振りを見せた後、ゆっくり首を横に振った。

「うん……なんかわかんないけど、空はそういうんじゃないって思う。っていうか、先一緒にいたでしょ? ひまりが見た感じ、どうだった?」

「うーん……確かに。なんとなく、うちもわかる気がする。空っちは、そーゆーのじゃない気がするんだよね」

「ひまりの“なんとなく”って、結構な確率で当たるんだよね〜。頼りにしてるよ、エスパーくん」

「ふむふむ〜頼りにしてくれたまえ〜。……なんちゃって」

そう言いながらも、ひまりの心の中にほんの少しだけ――朱音先輩の“完璧さ”に、うまく言えないひっかかりを感じていた。

普段なら「すご〜!」で終わるのに、今日はなぜか……違った。

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