第2話 降り注ぐ困惑の雨音、声
騒音はまだやまない。騒音はまだ鼓膜を震わせている。騒音はまだ俺の脳を困惑させている。
もしかして、別のアーティストの曲を間違えて再生してしまったのか...?
ゆっくりと画面に映る曲名に目をやる。
『ゲオスミン』
次は、さらにゆっくり視線を少し下へとずらす。
雨靴シタ
やはり雨靴シタだった。ゲオスミンは間違いなく、雨靴シタの曲だった。ごちゃがちゃと、騒音は鳴り響く。意味がわからない。何か考察要素でもあるのか?いや、こんなめちゃくちゃな曲に意味なんて、
「...?」
耳を壊す勢いの騒音に耐えながら、シークバーに目をやる。曲は残り30秒、気のせいかもしれないが、この終盤にて、少し、曲の雰囲気が変わった気がする。俺は無意識のうちに、全意識を耳へと集中させていた。
トイレの水が流れる音、ドアの閉まるバタンという音。そして心臓の鼓動音、これは明らかに少しずつ弱まっている。それが分かるくらいには、騒音は大人しくなっていた。物寂しい雰囲気が漂う。やっと雨靴シタらしくなってきた。ただ、曲はもう終わる。あと10秒で終わる。どう終わる?
思わず唾を飲む。土砂降りの中、傘を強く握りしめ、シークバーに表示されている丸が、じわじわと右端へ押し寄せていくのを眺めながら、耳を澄ます。
-0:09
-0:08
-0:07
-0:06
もう騒音とは言えないほど、鳴る音は落ち着いている。水が流れる音は止み、ドアはこれ以上、開く気配も閉まる気配も無い。心臓の鼓動音のみが聞こえる。今にも消えそうな程に弱々しい。思わず唾を飲む。その音さえ、聞こえる。
-0:05
-0:04
-0:03
残り3秒に差し掛かった時、遂には弱々しかった心臓の鼓動音すら鳴り止む。そして、
「雨は上がった」
最後に、聞き慣れた声が聞こえる。ほんの一瞬、一言だけ発せられたその声は、確かに、雨靴シタのものだった。
儚くて、今にも押しつぶされて消えてしまいそうなその声は、一瞬にして、本当に、降り注ぐ豪雨の弾ける音に押しつぶされてしまった。
-0:02
-0:01
-0:00
曲は終わった。かつての騒音はもうどこにもない。ただ、豪雨がザーーーと声を鳴らし、ビニール傘に突撃している。その音だけが鳴り響く。そして、余韻に浸る間もなく、次の曲が流れ始める。
『ぺトリコール』
雨靴シタのデビュー曲だ。俺が初めて聴いた雨靴シタの曲でもある。そして、俺の一番好きな曲でもある。なのに、そのはずなのに、歌詞も何もかもが頭に入ってこない。まずい。
再生ボタンを急いで押す。『ぺトリコール』は止まる。再び雨音だけが聞こえ始める。ただ俺は突っ立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます