第15話

 離れの裏には小規模な幾つかの建物が並んでいた。そのうちの一つの前に、ネッドと共に乗って来た荷馬車が置かれている。

 恐らくあれが納屋で、荷物を下ろしているのだろう。

 ジャックが嫌々案内したのはその隣の建物で、巣箱から採取した蜂蜜を分離して瓶詰めにする作業場だった。

「おお!」

 黄金色に輝く蜂蜜が詰められた瓶が棚に並んでいる。美味しそう!と口にしかけたのをすんでのところで止めて、「すごいですね」と感想を伝える。

「これは販売するのですか?」

「そうですけど…。なんで突然、興味を持たれたんですかい?」

 ジャックが疑問に思うのも無理はない。

 何か…適当な言い訳はないかと考え、思いついたのはレイヴンズクロフト家の借金問題だった。

 コホンと軽く咳払いをして、真面目な表情を作る。

「あなたも知っているかと思いますが…正直、我が家の家計は楽ではありません」

「家計…?ああ…借金とかですか」

「ええ。なので、解決策はないか探しているのです」

 蜂蜜がそのきっかけにならないかと話す私に、ジャックは呆れた顔で肩を竦めた。

「今更何を仰ってるんですか。向こう何年か分の蜂蜜はとっくに売っちまってるんでしょう?」

「……」

 え?そうなの?

 そこまで追い詰められるの?この家。

「そ…うですけど…」

 まずい言い訳をしてしまったようだ。

 不審そうに見て来るジャックに、他の言い訳…を必死に考えながら作業場内を見渡すと。

「……」

 奥の方に蜂蜜とは違う瓶が並んでいるのに気づいた。

 あれは…昨夜飲んだワインや一昨日飲んだ蜂蜜酒が入っていたのと同じ瓶だ。

 ということは。

「もしかして…あれはお酒ですか?」

「…!!」

 奥を指さして聞いた途端、ジャックは飛び上がった。しまったと舌打ちし、慌てて奥へ走って行く。

 急いで布で覆い、それらを隠したのだが、焦った表情と行動が怪しすぎる。

 もしや。

 蜂蜜酒を作っているんじゃないのか?

「ち、違いますよ!これは…蜂蜜です。蜂蜜を入れてるんです」

 いいや。怪しい。

 目を細めて疑う私に、ジャックが違うと言い張ろうとした時だ。

「ジャック!」

 作業場のドアが開き、ジャックを呼ぶ声が響く。声の主はテオドアで、ジャックと一緒に私がいるのに気づくと、さっと顔を顰めた。

「何を…してるんですか?」

「見学です」

 というのは言い訳で、ここまで来たのだからついでに蜂蜜を貰って帰ろうとしていたところ、思いがけないものを見つけ、ジャックを問い詰めようとしていた。

 作業場の奥では蜂蜜酒と思しきものを隠したジャックが、テオドアに目顔で必死に訴えている。察するに、さっさと私を追い出してくれと言ってそうだ。

 ふん。そうはいくものか。

「この作業場はあなたが管理しているのですか?」

「……」

「ジャックが隠しているのは蜂蜜酒でしょう?ここで造っているのですか?」

 ストレートに聞いた私に対し、テオドアは冷静な口調で否定した。

「違います」

「あれは蜂蜜酒の入った瓶でした」

 見間違えるはずがない。自信満々で言い、ジャックの元へ歩み寄る。彼が隠してたものを見ようと布をはずそうして掴む。

「見せなさいってば!」

「やめて下さいよ!」

 ジャックと小競り合いを繰り広げていると、テオドアが近付いて来た。わざとらしい大きな溜め息を吐き、「ジャック!」と苛ついた声で私との争いをやめさせる。

 ジャックが手を引いたのを見て、布を捲る。そこには陶器製の瓶が三十本ほど並んでいた。

「ほら!これは蜂蜜酒でしょう?」

「そうですよ」

「やっぱり」

「ですが、造っているわけではありません。これはジャックが飲む為に保管しているものです。そうだな?ジャック」

「…っ…そうです!俺が飲むんですよ!」

 テオドアに念を押されたジャックは、慌てて同意するけど、いかにもとってつけたみたいな理由だ。

「こんなに?」

「ジャックは酒飲みなんです。それにここへは頻繁に物資が運ばれて来るわけではないので、多めに保管しているんです。そうだな?ジャック」

「そうです!」

 えー。益々怪しいんだけど?

 尚も怪しみを込めた目で見ていると、テオドアはふんと鼻先で小さく笑った。

「ここには酒を製造出来るような設備なんかないと分かりませんか?」

「……」

 とっておきの決め文句みたいにテオドアが口にした内容は突っ込みようのないものだった。

 確かに…お酒を造るには色んな道具が必要だろう。お酒ってどうやって造るのか、よく分かってないけど、寝かせたりもしなきゃいけないんじゃなかったっけ。そうすると、保存用の樽とか瓶とか、そういうのも必要っぽい。

 作業場を見渡してみると。蜂蜜を加工する為の道具はあるけど、あれでお酒が造れるとは思えない。

 うーん。だったら、やっぱりジャックが飲む為のお酒なのか。

 納得いかないけど、言い張ることも出来なくて、「そうですか」と渋々頷いた。

「ジャック。ネッドを呼んで来てくれ」

 とにかく私を帰したいらしいテオドアは、本家へ送らせる為にネッドを呼びに行かせる。

 そんなに邪険にしなくても。

 ベアトリス、嫌われてるんだな。

 色々苦労してるみたいなのに。

 可哀想に。

「……」

 長男だとか、跡取りだとか、テオドアはうんざりしているのかもしれないけど、もっとベアトリスのことを考えてあげた方がいい。

 血は繋がってなくてもお母さんなんだし、お母さんとして、ベアトリスはテオドアの心配をしてきたはずだ。

 エレノアより年上ってことは、いい大人だ。

 エレノアは立派に働いているのに、何もせずに離れに引きこもっているのもどうなんだ。

 だんだんテオドアにむかついて来て、つい説教を向けていた。

「あなたはいつまでこんなことを続けるつもりなんですか?」

「こんなこと…?」

「レイヴンズクロフト家が借金を抱えて大変な状況にあるのを知らないんですか?知ってますよね?あなたは長男であることを面倒に思っているのかもしれませんが、離れに引きこもっていられるような状況じゃないんですよ。いい年して甘えてて、恥ずかしくないんですか。エレノアみたいに働きに行くのは無理だとしても、家の為に出来ることはないか、考えてみたらどうですか」

 話しながらも、ベアトリスはこんなこと言わないのかもなあと思っていた。

 でも、私は笑子だし。

 言わなきゃ気が済まないよ。

 私にまくし立てられたテオドアは眉を顰め、苛立った表情を浮かべる。両手をぎゅっと握って、迷うような素振りを見せた後、我慢ならないといった風に口を開いた。

「だったら、言わせて貰うけどな?この家の借金ってのは、あんたの頭が緩いせいで膨らんだんじゃないのか?ちまちま節約したところで、どうにもならないだろう?それをなんとかしようと思って、あれこれ苦労してるこっちの身にもなれよ?そもそも侯爵家がどうなろうがどうでもいいんだ。とにかく、元の世界に戻れたら…」

 そこではっとしたテオドアは咄嗟に口を閉じた。

 ごまかすように大きな溜め息を吐いて、「だからっ」と言って頭をかきむしる。

「……」

 今さ。

 なんて言った?

 元の世界って、言わなかった?

 言ったよね?

 聞き間違い…じゃないよね?

 衝撃を受けて硬直していた私が「元の世界?」と呟くと、テオドアは慌ててなんでもないのだと否定した。

「気のせい、聞き間違い、なんでもないから!」

「……」

 エレノアは突然性格が変わってしまったテオドアも、私と同じように記憶をなくしたのだろうかと言ってた。

 私は記憶をなくしたことにして、ごまかしたけど、テオドアは引きこもったのではないか。

 だとしたら…。

 テオドアも私と同じように、中身が入れ替わっているのだとしたら…。

 どうやって話したらいいか悩んだけど、うまい言い方なんて思いつくはずもなくて、叫ぶように伝えていた。

「私!二〇二五年の東京から来た両角笑子なんだけど!?」

「!?」

 唐突な告白に、テオドアはびくりと身体を震わせた。目を見開き、私を凝視して、口をぱくぱくさせている。

 この反応は。

 間違いない。

 通じている。

 私の言った意味、通じてる!

「もしかして、そっちも?」

 確認する私に、テオドアはかくかく頭を縦に振りながら、自分も同じなのだと答えた。

「僕はっ…佐野、佐野治朗さのじろうです!二〇二四年の東京から来ました!」

 なんてこと!

 なんてことだ!

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