第三章後編 城壁南西門防衛戦→魔族殲滅戦

 パッポー、パッポー、と、鳩時計の気の抜けた鳴き声で目が覚めた。


 起き上がると、首が痺れるように痛む。何も考えずそばにあったソファに寝転び、肘掛けに首を置いていたせいで軽く寝違えてしまったらしい。

 押しかけてきた友人と徹夜で作戦を練り、根回しのため各所に電話をかけ続けた疲れがいつの間にか襲ってきていたのだろうか。

「ペルシェーヌ……電話代金を立て替えてくれると言ってくれたけれど、すぐに返さなくては面目ありませんわね」

 立ち上がって腕を伸ばしストレッチ。タオルケット代わりにしていたマントを羽織り、そのままテラス席に出て外の様子を伺いに向かう。

 群青の空が見下ろす早朝。二日前、この街に着いた時とは違って朝霧もない澄み渡った空気だった。

 あの時一緒だったあの子は、ミックは、戦い始めた頃だろうか。


「生きて、帰ってくるのよ……」


 あの子の頑張りを無駄にしてはならない。

 あの子が わたくし を守ってくれるように、わたくし もあの子を守ってみせる。

 わたくしの、やり方で。

 最初に顔を見せるのは、あの魔族チタニアスか、それともミックか。

「シャリーナさまぁ……ジェシーがモーニングをお作りいたしますぅ……」

「……ふふっ、ジェシカ。まずは一緒に顔を洗いましょうか」

「はいぃ……」

 寝癖だらけで今も寝ているかのような様子のジェシカの手を引き、喫茶店の中に戻ってゆく。

 風が運ぶ紅茶の香りと羽織ったマントに遺る懐かしい記憶が、わたくし に生の実感を与えさせた。


 ◇ ◇ ◇


「「死ねッッッ!!!!」」


 切り抜けすれ違い、距離をつけつつ発砲。

 しかし短剣と大剣に弾かれる。

「良い反応だ、流石リージャをやっただけはある」

 下がりつつ掃射、足を狙う。

 が、地面が叩き割れ巻き上がる土煙に阻まれる。やはり大剣の急加速・叩きつけによるものだった。

 残弾数・十五、土煙に掃射を続ける。

 混ざって一発。

 咆哮の如き重く大きい銃声。

「リージャみたいにゃイかねえな……」

 狙いは外れたようだが銃声は上から。見上げると、サーフボードのように大剣に乗るチタニアスが大口径自動拳銃を構えていた。

 "砂金の鷹プレイサーホーク"、だったか。

 大口径最大級の火薬増強マグナム弾を自動拳銃で使おうというとんでもないコンセプトの拳銃、その民間ライセンス生産モデルだった、はず。

 常人でさえ軽い気持ちで扱うと肩が外れるというのに、それを片手で扱うとは。先の狙撃手ほどの精度は出せないようだが、とてもじゃないがあの火力を直撃させたくはない。

 それにしてもあの大剣、振り上げてからの自由落下にしては安定した軌道をとっているようだが……

 いや、雑念に囚われている場合ではない。

 僅かな残弾を撃ち切り弾倉マガジンをリリース。

 再装填、コッキング。

 掃射。乗った大剣を盾にしながら降下するチタニアス本体には当たらないが牽制は続けた。

 咆えるような銃声が一、二、三。

 二発はシールドが逸らしたが、一発が足を掠める。頭と胴体を守ろうとして斜めに構えてしまう悪癖を見抜かれたらしい。

 直後チタニアスの大剣が回転し急降下、投擲と踏んで前方に飛び出す。

 振り返り同方向にカービンを向けるが、大剣に乗っていたはずのチタニアスは消えていた。

 目視は間に合わないと踏み、大剣が舞っていた空中に飛び上がりつつ上空から地表へ視線を移すと地を駆けるチタニアスがすぐに見えた。

 方法や原理は分からないが、こちらの魔力スラスターに匹敵する瞬発力の高い移動魔法を持っているらしい。先程から確認できる大剣の急加速も同じものだろうか。


「「厄介だな……その機動力!」」


 落下しながらカービンを掃射するが、突撃してきているはずのチタニアスには一発も当たらない。

 この時ミックは気が付いていなかったが、狙撃手の魔族リージャに放った大車輪斬りによる三半規管への消耗が未だ残っていた。

 そのため、中距離以上の射撃精度に影響が強く出ていたのである。

 射撃精度の悪さを見抜いたチタニアスはミックの降下方向に短剣を投擲。

 同時に射撃では埒が明かないと悟ったミックもカービンを腰後ろにマウント、スラスターのリチャージ制限で軌道を変えられないためシールドを展開しつつヒートブレイドを抜刀。

 しかしシールドに直撃した短剣は想定を遥かに超える速度がついており、まともに防いでしまったミックは大きくのけぞってしまう。

 その一瞬を、チタニアスは見逃さなかった。

 両者の間に突き立てられ放置されていた大剣を手にとり、まるで撃発された銃弾のように急加速。勢いのついた大剣は主を軸に大回転、竜巻を思わせるほどの回転斬りとなって煌めく白刃を敵に剥いた。

 相対すらミックも避けきれなかったもののシールドとヒートブレイドでガード。

 大剣の振り下ろされる角度にシールドとヒートブレイドの面を合わせることで受け止める力を最小限に抑えつつ大剣を地に逸らした。

 だが逸らしてカウンターを狙おうとした先に、短剣が既に構えられていた。

 シールドで受け、ヒートブレイドを振り上げる。

 寸前にチタニアスは大剣を放し短剣を逆手抜刀。

 両者鍔迫り合い、膠着状態に入る。


「隊長! 援護します! お前は右から――」

「バカがッ!! 離れてろと言ったろ!!」


 気が逸れた瞬間にスラスターを吹かして離脱、地を滑るように走りつつヒートブレイドを投擲。

 その名の如く熱量の溜まった刃は防弾繊維など容易く溶解させ、鳩尾みぞおちを貫いた。

「この勇魔ブリングスが――ッ!?」

 スラスターを吹かしたまま左手を地に着け、慣性で文字通りのUターン。そのスピードを捉えきれないもう一人魔族傭兵は下手な鉄砲しか撃てず、気がつく間も無く胴体ごと心臓を真っ二つ。

 勢いのまま腹に剣を突き刺された魔族傭兵の前を通り過ぎつつヒートブレイドを抜き取り、チタニアスを見据えスラスターリチャージと同時に駆け出した。

「クッソ……お前ら分かっただろ!! 誰一人手を出すな!! これは命令だからな!!」

 チタニアスの悲壮を代弁するかのように、大口径拳銃が三度火を吹く。

 同時にスライドがホールドオープン――弾切れを知らせた。

 力強く手首をスナップ。

 勢いで空弾倉を捨てると同時に取り出していた予備弾倉を装填。

 スライドストップレバーを親指で弾き即座に二連射。

 一秒に迫るほどの極まった手際だった。

 無論ミックはシールドで防ぐ。今度は姿勢とバリアー展開面を工夫し頭部から脚部まで覆えるようにしつつ真っ直ぐ突撃する。

「うッ!? グ……」

 しかし一発、脇腹を穿った。

 展開範囲の末端である肩部などではなく、脇腹。

 チタニアスが大口径拳銃に魔法で細工でもしたかと邪推するが、シールド越しに彼をハッキリと視認できたことでバリアーの圧縮率が落ちていたのだと気がついた。

 恐らく実験段階の試作兵器であったこと、本来意図していない高出力ブレードモードでの運用など、様々な要因が重なり過負荷に耐えきれなくなってきたのだろう。

 このままでは切り札を一つ、失ってしまう。

 その前に必ずケリをつける。

 一か八かヒートブレイドを投擲、対応している隙に飛び込もうと画策したが――


「見飽きてんだよソレはッ!!」


 まさか、ヒートブレイド相手に手のひらで白刃取りをしていた。

 確かにヒートブレイドは刀身全体が赤熱化するのではなく、刃や切先だけが発熱する。それはパッと見で分かるようなものではあるが、だからと言って白刃取りなど正気の沙汰ではない。

 受け止めた刃から打ち上げて投擲で返される。衝撃ではあったが、もう一振りのヒートブレイドで咄嗟に弾いて目論見通り一気に距離を詰められた。

「まだまだッ!!」

 突然、彼の後ろに打ち捨てられていた大剣が飛び上がった。

 キャッチと同時に振り下ろされ、ヒートブレイドでまともに受けることになる。

 上から押しつけられるような体勢に持ち込まれ、鍔迫り合い中でも急加速する大剣により足が地に深く突き刺さるほど押しつぶされそうだった。

「絶ッてえ逃しゃしねぇ……ッ!!」

 スラスターでバックしようにも両足が地面に突き刺さって安定した体勢が維持できない。両腕は大剣を抑えるので精一杯だ。

 半分ヤケになったせいか、鞘懸架用サブアームを展開、鞘の先端をチタニアスの顔目掛けて放った。

 だが所詮は懸架用。格闘で期待できるほどの威力は期待できない。

 だとしても、現状を打開するには充分な一瞬を作り出してくれた。

 一瞬の緩みを狙いスラスターを全開。ヒートブレイドを傾け、大剣の真横スレスレを通過してチタニアスの後方に離脱する。

 後先考えずに吹かしたスラスターの勢いは凄まじく、勢いよく地面に叩きつけられたが真っ二つにされるのだけはなんとか回避できた。


「クッソ……クソが……ハッ……やるじゃねえか……俺の重力操作から逃れるなんてよ」

「重力操作……? 何を言ってる」

 自慢げに語るチタニアスに鼻で笑い返す。

「お前の魔法は、重力操作じゃない」


 大剣の急加速、空中での大剣の姿勢制御、空中から瞬く間に地に降りた方法。

 確かに重力魔法と推理することもできるが、実際それはありえない。

 何故なら重力の本質とは『引っ張る力』である――前に読んだ本にそう書いてあった――からだ。

 地面方向ならいざ知らず、遠い木々や何もない上空に重力の中心点を作れるとは思えない。

 現にその方向・角度はかなり自由に設定できている。先にやっていた大回転斬りなどがそうだ。

 更に諸々の可能性を含めると別の力によるものだと考える方が懸命だ。例えば――

「勢いや加速力などの運動エネルギーを蓄積させて一斉放出するものだろう。重力操作などと奢った言い回しをしておいて、単純なものだ」

 チタニアスの口角がニィと上がる。

「そうさ。だが六十点だな。俺の魔法は物体の激しい動きを魔力に記憶し、再現するもの。けどな、その効果範囲は何も運動エネルギーだけじゃねえ」

「ここで問題。肉眼で確認することはできないが、人間にも感知できるもう一つの物体の激しい動きとはなんだ?」

 ブレイドの刃に視線を落とし、ゆっくりとその切先を彼に向ける。

「察しがいいな。優をやりたいところだ」

「そう! ご存知、熱エネルギーさ!!」

 直後、地を巻き上げ振り上げられた大剣の軌跡から、空間が歪んだのかと錯覚させられるほどの蜃気楼――熱波がミックに襲いかかった。


 ◇ ◇ ◇


 先程から、銃声と人の叫び声が連続している。

 例の農民用南西門の方、無論ミックと魔族による決戦が行われているのだろう。

 今すぐにでも飛び出しミックに活を入れてあげたかった――むしろ加勢してやりたかった――が、そんな事をしたところで邪魔でしかないだろう。むしろ気を散らせて戦いに集中できない可能性もある。

 わたくし を秘密裏に監視している魔族もいるかもしれない。下手に動いて刺激するよりも、待ち構えて罠を仕掛ける方が最善手。それは分かっているが、何もできていないような気がしてもどかしい気持ちで心中穏やかではなかった。

「シャリーナさまっ! あの女の子、大丈夫なんでしょうか? あんなひょろひょろで弱っちそうなちびっ子、シャリーナさまの方が強そうですけど……」

「そう言わないであげなさい。確かにミックはチンチクリンだけれど、本物のサヴァ――戦士なのよ」

 女の子、と呼んだことは無視することにした。

 実際にミックは見るからに女性体型で、本人が言い張らなければ女の子と思われても仕方がない――それよりもジェシカがサヴァンナのややこしい事情を理解できるとは思えない――ことではある。

「わたくし は、出来ること思いつくことはしたわ。これでどうなろうと、もう悔いはありません」

「そんな事言っちゃダメですっ! いざとなったら、このジェシー秘蔵の戦鎚メイスで――」

「おやめなさい……魔族相手に勇者ブレイヴでもないあなたが敵うはずないでしょう。それよりも、食後のデザートを何か作ってきてくださる?」

「はいっ!! とっておきの新作があるんですよー少々お待ちくださいねー」

 こんな時でも相変わらず切り替えの早いジェシカに笑みを溢しつつ、先程から聞こえてくる杖の音の主に向き直る。

「シャリーナ……!!」

「あらどうも。男爵令息、子鹿ファオン殿」


 ◇ ◇ ◇


 熱波が飛び、元いた草むらが灰のように真っ黒に染め上げられる。

 幸が不幸か射程距離は短いようだが、あの熱量をまともに浴びてはこの灰に仲間入りすることになるだろう。範囲攻撃のため正面からシールドで受けることもできない。だが――

「ったく、思ったよりちゃんと避けやがって」

 こっちにはスラスターがある。少なくとも熱波をまともに受けることだけはない。

「じゃ、コレならどうだ!!」

 熱波――に紛れてミックの進行方向を狙った大口径拳銃による偏差射撃が三発。

 スライディングで姿勢を低くし、一発だけシールドで受けつつカービンを掃射。無論大剣で防がれるが、その隙に距離は詰める。

 再び二発の銃声。そして弾切れ。

 防ぐと同時にこちらのシールドも限界になり、基部が黒煙を上げて消滅したが充分接近できた。

 近距離でヒートブレイドを一振り投擲。

 やはり大剣でそのまま防いだ。

 旋回しつつ一気に詰め、もう一振りのヒートブレイドで斬りつける。

 短剣で咄嗟に防がれるが想定内。

 左手を離し腰後ろに隠していたコンバットナイフを素早く抜き、脇腹めがけて突き立てる。

 確かに突き刺さった――が、浅い。ギリギリで手首を掴まれ抵抗されたらしい。

 こっちが先にナイフごと手を振り払い、大きく左手を後ろに回し腰後ろにマウントされたカービンをなんとか掴んで発砲しながら再び脇腹を狙う。

 無理にでも一撃入れにいったつもりだったが、銃身を掴まれ止められる。

 なら今度は首を後ろに引き、全力で顔面めがけて頭突きにいった。

 流石に直撃したが、既に撃ち尽くしたカービンを払い除けられ左側面から背後に回られた。

 背面のサブアームで抵抗するが、脆弱な関節部を破壊され左側のサブアームを失ってしまう。

 首を掴まれるが、足を前に向けスラスターを吹かし自分ごとチタニアスを後方の地面に叩きつける。

 流石に受け身もとれずに喰らったようだが、それでもチタニアスは掴んだ首を離しはしなかった。

 右手のヒートブレイドを突き刺そうと振り上げると、右回りに地を転がされてマウントをとられる。

 カチャリ、と小さく軽快な機構音が聞こえた。

 すぐ悟り無理にでも振り払おうとしたが――動き出す前に咆哮のような銃声が響く。

 だが一瞬早くブレードアンテナが後ろを向き、ギリギリで銃口を弾いた。

 が、次の六連射は背中から心臓周辺を狙ったものだった。

 あまりの素早さに何も反応できず、背中に焼けるような痛みが走る。

「はァッ……はぁ……よし……終わったろ……」

 胸を押さえ激しい息切れに苦しみながらも、チタニアスは立ち上がって門に歩みを進めた。

 外骨格の隙間、至近距離で大口径増強弾ならアンダースーツのプロテクターでも防げないだろう。ベテラン傭兵としての正しい判断だった。

 故に、チタニアスは知らなかっただけだった。

 幾重にも合わさった絹が、銃弾を止めることがあるということを。

「ケホッ……ケホ……まだだ……僕には……まだ……!!」

 肺から空気を絞らんとするような痛みが胴を包む。それでもミックが膝を地面から上げられたのは、今命を賭して守らんとしている彼女の――シャリーナのためであった。

 自分を奴隷戦士サヴァンナと知りながら、対等に扱ってくれた、人と繋がるという幸せを思い出させてくれた彼女。

 そんな彼女から貰ったマントが、僕を凶弾から守ってくれた。

 理屈なんてどうでもいい。シャリーナ様が見守ってくれている。この事実が、疲労困憊のミックを立ち上がらせた。

「ざけんなよ……いい加減くたばりやがれッ!!」

 不意に後方から物音。

 恐らく急加速魔法で大剣が飛び上がり、仇敵を貫かんと舞い落りてきたのだ。

 咄嗟にスラスターを全力で吹かし横に投げ出されるように回避するが、これまで酷使し続けた影響か両脚部スラスターが一瞬火を吐いて黒煙を上げてしまう。

 お互いに、にじり寄り距離を詰める。

 転がっていた得物を拾い上げ、ヒートブレイド二振りと大剣を構えて睨み合う二人。

「いい加減……くたばってくんねえ……?」

 ミックも同じことを思いながら、無視した。

 息を整え、次の手を考える。

 カービンは先ほどの取っ組み合いで落としたまま。脚部スラスターもオーバーヒートし沈黙。シールドも煙を噴きパワードアーム本体も稼働不良寸前だろう。

 更には体力もかなり消耗してしまった。これ以上強敵との連戦はできない。


 故に飛び出した。


 味わったこともない激戦に悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、ヒートブレイドで切り掛かる。

 相対するチタニアスも大剣を全身で振るい、それを受け流すヒートブレイドを短剣で弾く。

 魔族であるチタニアスも体力の限界が近付き、合わせて魔力の精製量が激減していた。

 そのため、これ以降は火力ではなく技術による削り合いとなる。

 如何に相手の隙を突くか。

 如何に相手のミスを誘えるか。

 先に一撃を入れられるか。

 先に致命傷を与えられるか。

 小さな連撃でどれだけ体幹を削れるか。

 大きな一撃にどれだけ全力を込められるか。

 次の打ち合いが、どちらかの最期になる。


「「負けられるかァァアッ!!!!」」


 ヒートブレイドが頭部を狙い一突き。

 体を左に捻り回避、首を狙って短剣を振るう。

 もう一振りで弾き、二振り合わせて袈裟斬り。

 左腕と膝で大剣を持ち上げ防ぎつつ叩きつけ。

 ブレイドで大剣の軌道を曲げつつ右に避ける。

 直後。大剣の中心、隠し関節が折れ曲がった。

 ミックを挟もうとする。

 咄嗟にジャンプ。

 大剣に乗ってブレイドを振り下ろす。

 大剣から手を離し、短剣を両手で構え防ぐ。

 バランスを失って倒れる大剣。

 直前にミックがチタニアスを蹴り離脱。

 怯むことなく大剣を持ち上げるチタニアス。

 その隙に距離を詰め、ブレイドが振るわれる。

 チタニアスがバックステップ。

 合わせて大剣の関節が顎のように開いた。

 ブレイドが一振り挟まれる。

 更に蹴飛ばされ、叩き折られた。

 もう一振りで抵抗――

 その前にチタニアスが大剣の影に隠れた。

 足目掛けて短剣が振るわれる。

 しかし左脚部スラスターに阻まれた。

 ミックが両腕を大剣に叩きつける。

 地に落ちる大剣。

 現れたチタニアスは大剣の柄に手をかけていた。

 すぐに持ち上げられ関節が展開。

 切先がミックの首を狙う。

 だがミックは逆に、左腕を大剣に叩きつけた。

 大剣は関節部で叩き折れる。

 同時に過負荷で沈黙する左腕部パワードアーム。

 勢いを殺さずむしろ強まり大剣が一回転。

 チタニアスが折れた大剣をミックに振るう。

 ミックも残ったブレイドで切り抜けた。

 お互いに、背を向け合う。


 二人とも限界を迎え、地に伏せた。


 戦意を失くしたチタニアスの仲間が見守る。

 やがて、片方が立ち上がった。

 二色の髪を揺らし、折れた剣を手に立ち上がる。


「次は……誰ですか」


 ミックが、確かに、その両脚で立ち上がった。

 力強い闘志が燃ゆる眼差しを、足の竦んだ、或いは腰を抜かしたチタニアスの仲間に向けた。

 魔族の精鋭二人を単独で討ち、死闘を乗り換え、なお戦意揺るぎないミックに立ち向かう者など、最早誰もいなかった。

「……今、帰ります」

 限界を超え、震える足を前に突き出し、ミックはなおも歩いた。

 主人の元に、彼女の元に行くために。


 ◇ ◇ ◇


「何の御用かしら。子鹿ファオン風情が、レオーネ辺境伯が娘、このブランシャリーナに」

「私をその蔑称で呼ぶなッ!! 勇魔ブリングスの末裔が!!」

 大声を出したせいか、大きく咳き込む痩せ細った男性。

「私はアウレリアーノだ!! アウレリアーノ・ヴェルデューゴーだ!! げほっ、ごほっ――貴様など、所詮くたばった辺境伯の娘、この私のように、その地位の後継が約束された者とは、違うんだよ!!」

 喘息の薬を咥え、杖をつきゆっくりと立ち上がる彼を、シャリーナはカフェのテラス席から見下ろしていた。

子鹿ファオン。あなたは何か勘違いしてるようね」

「なんだと……?」

「あなたに地位などありません。いえ、これから無くなるというのが正しいかしら」

 シャリーナはゆっくりとチェアから立ち上がり、テラスの柵に手をかけて少しだけ身を出し、杖にもたれかかる子鹿のような男に言いつけた。

「あなたがわたくし達の屋敷に来たことは、すでに憲兵たちに調べていただきました。つい先ほど、あなたが愛用しているその喘息の薬のカートリッジが見つかったそうです。ついでに、わたくし を監視していたらしい傭兵たちもね」

 喘息を起こす時はいつも怒っている時ばかり。それにカートリッジを投げ捨てる姿がよく確認され、嘲笑の的にされていたこともよく覚えている。

「なんだと……そんな、バカな――」

「シャリーナさまぁー!! お待たせいたしましたー!! ジェシー特製ミルクレープで……あれ?」

「ありがとう。ジェシカ。美味しそうね……紅茶のお代わりもお願いできます?」

「もちろんです!! ジェシーにお任せください!」

 ガラス戸が壊れないのが不思議なほどの轟音を立て、ジェシカは喫茶店の奥へと消えていく。

「私は……私は男爵の一人息子だぞ!?」

「元、を付け忘れていましてよ、子鹿ファオン。本当に詰めの甘い方ですわね、私が企画した貴族交流のための登山会でもあなた準備不足が酷かったでしょう。普通登山で貴金属散りばめたアクセサリー付けたまま来る方は居ませんわ」

「黙れッ!! ゲホッ、ゲホッ、すぐに私が雇った魔族たちが来るぞ、お前を生きたまま嬲って、解剖して、剥製にしてやる!! 私には、私には――」

「アウレリアーノ様」

「ほら、来たぞ!!」

「憲兵のジェイクと申します」

 十数人規模の高貴かつ整えられた服装に身を包んだ彼らは、中央憲兵隊だった。そのうち一人がアウレリアーノの前に出る。

「レオーネ辺境伯閣下への反逆罪の疑いで、あなた様を拘束させていただきます」

「は……? なんだと……あいつらは、あの魔族どもはどうした!?」

「あなた様には複数の国家反逆級の容疑がかかっています。司法機関へご同行いただき、然るべき処分を受けていただきます」

 狼狽するアウレリアーノに手錠をかけ、素早く取り囲む。一人抵抗する彼に、誰一人として取り合うこともなかった。

「触れるなっ!! 私は……私は男爵だぞ!? 男爵の地位が約束された一人息子だぞ!! お前ら庶民とも、魔法と人殺しで成り上がった勇魔ブリングスとも違うのだ!!」

子鹿ファオン

 取り乱す彼に、テラスの柵を飛び越え近寄り、シャリーナは告げた。

「お前はブタだ」

結果ワンペアも出せないハズレだ」

「ブタはブタらしく、捨札ブタ箱に行け」

 連行間際の罵詈雑言負け犬の遠吠えなど、シャリーナの耳には届かなかった。

「さて、溶ける前にミルクレープを召し上がらなくては――」


 振り返った一瞬、視界に入った。


 ゆっくりと横に向き直し、その姿をしっかりと見つめる。

 全身傷だらけ、土まみれで、近未来的な装備はほぼ全てが破損して――シャリーナは変わる瞬間を見ていないが髪と瞳の色も元通りになって――いた。

 それでも、彼は歩いていた。

 しっかりとその両足で、こちらに向かっていた。

 こちらも彼に近寄り、お互い見つめ合う。

「こ、こほんっ」

 照れ隠しを一つ挟んで――

「帰ってきました」

「あ、えっ?」

 その風貌から、声を発することさえできないだろうと思い込んでいた故に素っ頓狂な声が漏れた。

「ただいま、帰還いたしました」

「あ……えっと、その……お、か…………ほ、褒美を、つかわしますっ」

 口にしかけた言葉をごまかし、彼の――ミックの手を、ぎゅっとにぎる。

「ジェシカ特製のミルクレープよ! きっと美味しいわ! あなたみたいなチンチクリンの舌もきっとお気に召すでしょうっ」

「えっ、ええ……? 僕、さっき戦ってきたばっかりなんですけど……」

「こ、このわたくしがせっかく褒美をつかわすと言っているのに、受け取らないおつもりっ!?」

 柄でもない、脅迫じみた威嚇を向ける。様になっていないせいか、ミックはただ小さく微笑むだけだった。

「えぇ……もう、食べますから。そう焦らないでください。僕は……僕はちゃんと、生きて帰ってきたんですから」

「う……ジェ、ジェシカはどこいったのかしらっ、お紅茶もないと! せっかくのティータイムなのですからっ」

 不思議ともどかしい、どこか逸るこの気持ちをどうにか落ち着けようとガラス戸から喫茶店の中に入る。

「……そうね。生きて、ここに居てくれるのだから」

「シャリーナさま? どうしました? なんか顔真っ赤ですけど」

「ジェっ、ジェシカっ!?」

 いつのまにか目の前に現れたジェシカに肝を冷やし、再び素っ頓狂な声を上げてしまう。

「まさかっ、風邪ですか!? 昨日あんなに電話かけまくったから!! 待っててください!! 今冷えたおしぼりを……あ。その前にお紅茶お運びしなきゃ!! 冷えちゃう!!」

 自分を置き去りに慌てふためくジェシカ。

 その見覚えの多い慌てぶりを見て不思議と気分が落ち着いたのか、立ち上がったシャリーナは再びテラスに戻った。

 自分を守ってくれた、自分を大切にしてくれる者の顔を見るために。

「さあ二人とも! 共にティータイムといきましょう! 異論など絶対に認めませんわ」

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