時と猥褻なスティングレイ
江呂川蘭子
時と猥褻なスティングレイ
はじまりの章
ゴミの隙間に場違いなほどに可憐に咲く一輪の花の様に、それは眩しいまでに輝きを放っていた。
じめじめと湿った廃屋の隅で、積み重なった瓦礫の中に眠る少女がいた。ちょうど崩れ落ちた壁から陽の光が差し込み。その光がスポットライトのように色白な美しい顔を照らし出していた。少年は綺麗だとひとり呟いた。幼い頃に母親から、この廃屋には近づくなと何度も言われていたのだが、高校の帰り道に懐かしい場所の前を通り掛かって、数年ぶりに廃屋の中に忍び込んでみたくなった。すこし罪悪感を感じながらも奥まで入った。そこで彼は神秘的とも思える格別な気品を漂わせた眠れる美少女を見つけたのだった。この場所は、少年が幼い頃に頻繁に独りで忍び込んでいた秘密の遊び場だった。彼は当時この廃墟を自分だけの地下迷宮のように思って、この場所を楽しんでいた。当時は廃材も山のように置かれて、それらが崩れれば幼い子供など簡単に下敷きになってしまうような危険な場所だった。そういう場所だったので、ある日少年が忍び込んだところを近所の大人たちに見つかり口煩く咎められた事があった。そのときに母親からもひどく叱られたことを少年は今でもハッキリと覚えていた。滅多なことで声を荒げない母親が怒鳴る様子を見て、自分は余程心配をかけてしまったのだと思い、幼いながらも気まずさを感じ、それからは長いあいだこの廃墟に足を踏み入れていなかったのだった。
すこし前のこと。今日と同じように高校から帰る途中だった。かなり大きなトラックに廃材が積み込まれていて道が塞がれていた。すこし戻れば迂回路は在るのだが、少年はしばらくの間トラックに廃材などが積み込まれていく様子をぼんやり眺めていた。トラックが行ってしまうと廃墟は随分とスッキリとした有り様で、自分の遊び場にしていた場所がどのように変化したのだろうと、その日いらい地下迷宮のことが気になって仕方がなかったのだった。
少年は今年で十六歳になる。名は
兎姫山は世界でも他に例を見ない頂上に巨大な湖をもつ山で、近年は海外からの観光客も後をたたず街は栄えていた。湖のほんとうの名は沙奈湖というのだが、十年程前に兎姫山を舞台にしたアニメーション映画が世界中で人気になってからは、劇中で使われていた天空湖の愛称で親しまれるようになった。
映画は沙奈湖に伝わる、沙奈姫伝説を元に作られたのだが、内容があまりにも違い過ぎると、地元有識者や老人たちの評判は芳しくなく、街の映画館で上映するなと言う者までいたぐらいだった。しかし上映されるや否や世界的な大ヒットとなり海外から大勢の観光客が来るようになると、皆が掌を返したように映画を褒め称えグッズ販売に勤しんだ。それでも一部の者は、劇中に出て来る沙奈姫に色気があり過ぎる、まるで淫売のようだと散々だった。それでも観光客にグッズは売れに売れ、湖の氾濫で濁流被害の多かった街も随分と活性化され、沙奈姫の加護だと皆が浮かれだし、映画のことを悪く言うものも居なくなった。劇中で沙奈姫が妖精として描かれているので、当初は沙奈姫饅頭として売られていたものも、いつしか妖精饅頭と名を変えアニメーションのキャラクターがパッケージに印刷されるようになり、そして映画タイトルの『妖精と龍神』が目立つように書かれるようになる。本当の沙奈姫伝説には龍神という存在が居りもしなかったのだが、今や、そんな話をすることすらタブーになってしまうほどの影響力だった。
ホタルは、旧式の小さな四輪駆動車を自宅の駐車場に入れると、布製のバッグに詰め込んだ夕飯の材料を持って玄関の扉を開けようとするのだが珍しく鍵がかかっている。仕事が長引いてしまい夜の十時前だというのに息子の深海が帰っていないようだ。いれば必ず鍵が開いているのでホタルは訝しみながら鍵を開けて家にはいる。やはり家の中は真っ暗で人の気配がしない。
「シンちゃん」と呼んでみるが返事はなかった。高校が終われば寄り道もせずに真っ直ぐに帰って来る息子がいない。なにかあったのだろうか。家中の灯りをつけてまわり、ひとり息子の深海を探すホタル。十六歳にもなったのだから心配し過ぎだと自分に言い聞かせるのだが、いままでにこんな事は一度もなかったし、誰かに居所を訊ねようにも、ホタルは深海の友達すら知らなかった。帰れば必ず自分の部屋でテレビをぼんやり見ている。それが今までのホタルの常識であった。それが突然変わった事が自分をこんなにも動揺させていることもショックだった。ポケットからスマートフォンを取り出して着信履歴を見るが連絡は入っていない。SNSのメッセージにも連絡はないので、ホタルからメッセージを送る。深海には父親がいなかった。もちろんホタルは父親が誰なのかをわかっているのだが、深海にも自分の両親にも頑として深海の父親が誰なのかを教えなかった。その両親も昨年の夏に兎姫山へ出かけたとき、急な豪雨による湖の氾濫で濁流にのまれ命を失った。ホタルは不安に襲われ家を飛び出して、山の向こうから息子が帰って来はしないかと、暗い夜道に目を凝らす。そんな時に自転車に乗った男がホタルに声をかけた。
「稲垣さん、こんばんは」近所の歯科医師の矢木が自転車で帰宅するところだった。日によく焼けたハンサムな歯科医師はホタルを見つけて挨拶をしてきたのだった。ホタルは不安な面持ちで、
「矢木先生、ウチのシンちゃん見ませんでした」ホタルの気持ちなど知る由もない矢木は、そうだね深海くんには長い間会ってない。さぞかし大きくなったろうねと見当はずれの答えを返し、不安な気持ちのホタルを苛立たせて去って行った。ホタルはもうすぐ四十五歳になろうとしているが、なにも知らない者が見れば二十代後半でも充分とおるほど彼女は若々しく綺麗だった。
ポケットでスマートフォンのバイブレーションが震えた。着信表示に稲垣深海と最愛の息子の名前が出ている。ホタルは慌てて電話に出る。
「シンカイ。いまどこにいるの」ただならぬ様子で話す母の問いかけに、息子はバツの悪そうな小さな笑い声を返したあとで、
「母殿に頼みがある」と、いつもの落ち着いた低い声で話す。
「頼みってなに」息子の声を聞き少し落ち着いたホタル。
「車で迎えに来てほしい」
「あんた、遠くにいるの」
「いや近いけど来てもらいたい」
「ケガでもしたの」
「いいえ、ケガはしてないよ。で来てくれるの」あいも変わらず淡々と話す息子に呆れながら、
「わかった。どこに行けばいいの」
「母殿は、僕が幼い頃に地下迷宮と呼んでいた廃墟のことを覚えているかな」
「よく、覚えてますよ深海さん。あそこに行けばいいの」
「そう。来てもらえる」
「五分でいく」
「いや、そんなに急がなくていいよ」と言って通話はプツリと切られた。安心すると無性に腹が立ってくるホタルであったが、ガレージから真っ黄色の小型四駆を出して目的地へと向かう。最近、載せ替えたカーステレオからホタルの好きなジャズアレンジされたピアノ曲の『いつか王子様が』が流れる。
その廃屋は国が保有する施設の跡地で、敷地面積はちいさな野球場よりも大きかった。ホタルは黄色の小型四駆を道の端に止めると、破れたフェンスを潜ってそこから廃屋の中に入る。懐中電灯で照らしながら、雑草がぼうぼうに生い茂り、足もとのよく見えない元々は中庭であったと思われる場所の草を踏み分けて奥へと進んでいく。
「シンちゃん」と小声で呼んでみる。建物の中からひょろ長い影が現れる。
「母殿、ありがとう助かりましたよ」見ると横に知らない少女を連れていた。暗くてあまりよく見えなかったが、その少女は随分と身体に合わない小さなサイズの白いワンピースを着ており、普通の状況ではない事はひと目でわかった。
「誰、その子」と不機嫌にホタルが聞く。
「この子が誰かは知らないんだけど、なんだか悪いことに巻き込まれているような気がする」ホタルは二人の側に行き少女の顔を懐中電灯で照らす。見たところ十四、五歳に見えた。服装ときたら、身体に合わない薄汚れた子供用の小さなワンピースを着ているだけで下着一枚つけていなかった。だがその容姿は信じられないほど美しく神の創り出した最高級の芸術品にさえ思われホタルの心さえも魅了した。
「深海あんた、この娘に変なことしてないでしょうね」と厳しい視線で息子を睨む。
「母殿は、僕がこんないたいけない少女に悪戯をするとでも思っているのかな。もし、そんな風に思われているのなら、けっこう心外ですよ」深海の顔は周りが暗くて、あまり見えなかったが、いつものように表情ひとつ変えずに言っているのだろうなと思い、すこし呆れるホタルだった。
「行こう。車は外にあるから」車の前まで行くと、深海がこの車は2ドアなので、三人だと乗りにくいと不平を言うので、後部のタイヤがぶら下がったドアも開くから3ドアだとホタルが言い返すと、そんな問題ではない乗りにくいと言っているのだと返され、それ以上言葉もなく車を走らせるホタルだった。カーステレオは2曲目の『枯れ葉』に戻っていた。車の助手席に乗せると少女は少し臭かったが、その姿はこの世のものと思えぬほど美しかった。
「あんた、名前は」とホタルが聞いてみるが、返事はなかった。後部座席の深海が、
「この、お嬢さんは喋ることができないみたいなんだよ。言葉はわかってるみたいだけどね」と言うと少女はコクリと頷いて見せた。
「僕が思うには、この娘は兎姫山の妖精さんに違いないよ。ねえ、母殿ウチで飼ってもいいかな」と深海がとんでもないことを言い出した。それを聞いて少女は可笑しそうにしていた。言葉を失うホタルに、
「散歩も連れて行くし、トイレの世話もするから飼おうよ」と淡々と話す深海に、
「この娘は人間だし、トイレの世話ってアンタ。そんなイヤらしい……」
「母殿、今のは冗談だから。でもね、女の子を家で飼おうというのを本気で考える、母殿の思考自体に問題があると僕は思うんですが、どうでしょうか」と息子に言われ、暗い車の中で顔を真っ赤にするホタルだった。
自宅に戻ると少女に風呂に入るように言うが、ボーっと突っ立っているので少女の服を剥ぎ取り一緒に風呂に入るホタルだった。白い肌に細く長い手脚、発育途中の淡いピンク色の乳首。陰毛はなくツルりとした股間は見た目よりも幼く見えた。シャワーで少女の全身を流してから、ボディソープを泡立てるホタル
「あんた字は書ける」と尋ねると、ホタルを見つめながら頷いた。利発そうで強い意思を感じたので、少し安心して泡のついたスポンジを渡し、自分の身体をささっとシャワーで流すとホタルは風呂場をでて
「お風呂から出たら棚にあるバスタオル使ってね」と言いながら自分の身体を拭くと、裸のまま台所に行き、いつものようにエプロンだけで夕食を作りはじめた。形の良い尻にスラリと伸びた美脚を惜し気もなく飼い猫のピッピに見せつける。ピッピは三歳の茶猫で落ち着きはないが、賑やかで愛嬌のある男の子で悪戯ばかりする。そのため家中の至る所の壁が惨たらしく掻き毟られていたが、
「もうピッピちゃんは悪い子ね」と言うだけで、それ以上は咎める様子もなく笑っているのが常だった。
ホタルがフライパンで焼き飯を作りだすとピッピが、オニョニョニョニョニョと鳴きながらテーブルやソファーの上を乱暴に飛び跳ねる。
「シンカーイ、ピッピちゃんにカリカリあげて」お腹が減ると行われるピッピの毎度のパフォーマンスなので、ホタルは深海にエサやりを頼み食事の支度をすすめる。
料理を皿に盛り付けて振り返ると、深海が猫のエサ袋を台所にある所定の位置に戻して、そそくさと自分の部屋に戻って行った。なんだか様子が変だなぁと思いながら、料理をテーブルに並べようとテーブルを振り向くと、少女が全裸のまま椅子に腰掛けていた。裸エプロンの美しい母と、全裸の美少女は思春期の少年には酷なシチュエーションだろうと、笑いが込み上げてくるホタルだった。そして息子もいつまでも子供ではないのだなぁと思うと少し寂しくもあった。
少女に自分のジャージを貸し与え、自分も部屋着に着替えてから、食事が出来たと深海を台所に呼ぶ。台所に来るとホタルの顔をジロジロ見て、
「家の中で服を着ることあるんですね」と言ってささっと夕食をたいらげると、自分の食器を洗って片付けた。少女はよほどお腹が空いていたようでガツガツとよく食べるので、ホタルの分の焼き飯も食べさせた。少女の食事が終わるのをみて、深海はペンと紙を少女に渡して
「名前は、なんて言うの」少女は綺麗な文字で、ヰタと書いた。
「キタ?」と尋ねると、イタと読みますと書いた。
「それが名前?それとも苗字」と聞く深海。
名前がヰタです。苗字は思い出せません。詳しい事は、あまり答えられない気がします。
「シンちゃん、この娘と筆談するの初めてなの」不思議そうに聞くホタル。
「そう。どうして」深海も疑問符を並べる。
「だって、夜のあんな時間まで、あんなところで何をしてたのか不思議に思うのが普通じゃない」母親の強い視線にふむふむと頷き、
「たしかに母殿の言う通りかもしれない。でも、僕は眠っているこの娘を見てただけなんだ。最初は、死んでいるのかと思って触ると暖かくて、眠っているだけだとわかったから、目が覚めるまで側にいたんだよ」淡々と話す息子に、
「でこの娘が起きて、様子が変なのでアタシを呼んだってとこかしら」うんと頷く深海。
「お嬢さんはどうするつもりなの」ヰタに話しかけ、彼女の右手が文字を書きあげて行くのをジッと見つめるホタル。
私は天空湖の中で暮らして居ったのですが、悪い妖精達に人間の姿に変えられ湖を追い出されたとき、私は濁流に飲まれて流されてしまい死にかけていたところ、そちらの男性に救いだして頂きました。
「え!なに言ってんの。ひょっとすると、あんた三日月ホテルに泊まってて濁流に巻き込まれたんじゃないの。大惨事だってニュースで言ってたから。濁流で三百人以上死んだなんてアタシが生まれてからはじめてだよ。ひどい事故だもんねえ。あんたショックで記憶がどうかなってるんじゃないの。しばらくウチにいなよ」ヰタは安心した様子でまたペンをはしらせる。
助かります。本当にありがとうございます。この御恩はかならず御返しいたします。
「できれば身内の人に連絡しなきゃね、電話番号は覚えているかな」ホタルが優しく言う。丁寧な文字で、
私達、妖精には電話番号はございません。しばらくの間、この場所で休ませて頂ければ妖精の国に帰れる力を取り戻せるでしょう。迷惑はかけません。真の力を取り戻したら、すぐに出て行くつもりです。
ホタルは、濁流に飲まれ奇跡的に生き延びたと思われる、おかしな少女に興味を持っていた。ホタルの悪い癖がむくむくと目を覚まし出していた。
「深海、この娘ほんとうに様子が変だよ。でも一文無しじゃ生きていけないし、働くにしても、身元も分からない女の子を誰も雇っちゃくれないだろ。記憶がハッキリするまでウチに置いておこう」ホタルはヰタの美しい顔に見惚れていた。深海は母がしきりとヰタに、ウチに居ろと誘っていると思うが、何も言わず静かに眺めていた。ヰタは目を閉じて少し俯き考えているようだ。そして黒目がちな瞳を開くと力強い文字で、
ありがとうございます。私がおぼえていることは全部話します。これから私が話すことはとても信じられないような話なのですが、どうか信じていただければと思います。私は天空湖に永らく生きる妖精なのです。私の美しさに惚れこみ、求愛する身の程知らずな容姿をした龍神の妻になる事を断った為に、あの者たちの怒りと妖精仲間の嫉みを買い、見窄らしい姿で人間界に送られた妖精の皇女でございます。本来の力を取り戻すまで御力を貸してください。
深海は、それは映画『妖精と龍神』のストーリーじゃないのと驚き、母の言う通りショックでおかしくなっているのだと思う。
「深海、物置き部屋を片付けて、お姫様の部屋にするよ。ヰタ、冷蔵庫のものは好きに食べるといい。気がすむまでウチに居なよ」ヰタをキッチンに残し、二人は物置き部屋の片付けに行く。片付けが終わる頃には、朝日が昇り始めていた。土日が休日のホタルは、金曜日の夜でよかったと思いながら、キッチンに戻りインスタントコーヒーを入れた。ヰタはすやすやとソファーで眠っていた。ほんとうに美しい顔をしていた。深海が時間も忘れて見惚れていたのがわかる気がした。
「母殿、僕は学校があるから、ちょっと寝ます」と自分の部屋に戻って行ったので、ホタルは深海の弁当を作るために冷蔵庫を開けると卵が全部なくなっていた。ゴミ箱にストローの刺さった卵の殻が捨ててあった。深海の好きな玉子焼きが作れないと思うが仕方がないので、冷凍食品とソーセージで弁当を作り出来上がると深海の部屋に行き、枕もとに弁当箱を置いておいた。
ホタルはキッチンに戻ると、しばらくの間ヰタの寝顔に見惚れていたが眠ってしまう。ホタルが目を覚ましてもヰタは眠ったままだった。時計を見てほんの数分しか経っていないことに気づく。ヰタを見ると暑くなったのか、ジャージを脱ぎ捨てて、そのままソファーのうえで素っ裸で寝ていた。窓から入る陽の光に照らされ抜けんばかりの白い肌が眩しかった。ホタルはそっと近づきヰタの美しい身体を眺める。そしてヰタに魅入られてしまった自分に気づく。数時間前に風呂に入れた時は、なんとも思わなかったのにと思いながら、あの時見たヰタの身体の細部を思い出して、変な気持ちになる。ホタルには以前から女色の癖があり深海にバレないように隠していた。もう、これ以上近づいてはいけないと思いながらも、眠るヰタの小さなピンク色の乳首に手を伸ばす。自分はなにをしているのだ。すぐ横の部屋に息子が眠っているというのに、また悪い癖が出てしまう。いけないと思いながら、指先でヰタの未発育な部分を愛撫していた。ヰタの息が少し荒くなりホタルは、もう片方の手でヰタの尻を撫でる。理性の箍が外れてゆく自分を止められない。ヰタが目を開く。驚いた様子で自分は何をされているのかと愛くるしい目でホタルに問う。そしてソファーに座りあどけない表情でニコリと笑った。ホタルはそんなヰタの手を握り自分の股間に招き入れる。そこは熱く濡れてヰタの指を飲み込んで行く。驚くヰタをよそに恍惚の表情を浮かべるホタル。そしてその蕾のような唇を乱暴に貪る。自分も衣服を脱ぎ捨てると激しく抱きしめる。ホタルはヰタの首筋をチュウチュウと吸いながら、指でまだ目覚めていない女芯を愛撫する。性的な経験のない少女が、ホタルの指でなすがままにされる。ヰタは怯えながらソファーで脚を大きく開かされる。ホタルは悩ましい目つきでヰタの顔を見る。そしてそのまま少女の股間に顔を埋め舌先で責める、戸惑いながらも、はじめて与えられる性的な快感に我を失い昇天するヰタ。二人はそのまま抱きあったままソファーで眠ってしまう。
ヰタは目を覚ますとホタルが部屋着で、テーブルの側にある椅子に座って裸のヰタを見つめていた。さきほどの信じられない突然の破廉恥な行為を思い出したヰタが、今にも泣き出しそうな顔でメモ用紙に、
なにをしたのですか、なぜ私はあのような恥ずかしめを受けなければいけなかったのですか。こんな屈辱を与えられるのも龍神の裁きなのでしょうか。いえホタルさん貴女は龍神なのでしょう。私を追って人になりすまして私に辱しめを与え、この私に忘れられないような快感を与えるなんて、まさに悪鬼の所行です。
ホタルは意味深な顔でヰタを見つめて
「これからアタシが部屋においでって言ったら、深海に見つからないようにアタシの部屋に来るんだよ」ヰタはホタルにされた行為に激しい嫌悪感を抱きつつも、それによって目覚めてしまった歪んだ性の悦びに、頭を抱えてまたソファーに座りこんでしまう。ホタルが楽しそうにヰタの横に座り、その美しい顔を覗き込み唇を重ねてくる。ヰタの胸は早鐘のように高鳴る。
メモ用紙に、私は何か悪いことをしたのでしょうか?わからないんです教えてくださいと書かれてあった。ホタルは自分の悪い病気だと思いながら、いまにも泣きそうに脅えるヰタを凌辱することがやめられない。今またヰタに対してサディスティックな欲求を抑えられずに、美少女を弄ぶ自分をどうする事もできなかった。
「ヰタは悪くないよ、悪いのはアタシなのゴメンね。ヰタの部屋を作ったから、そこでゆっくり休むといい」ホタルはヰタのために片付けた部屋に案内した。そして慌てて部屋から追い出そうとする、ヰタの手を握り、
「はじめての部屋は落ち着かないでしょ。添い寝してあげるよ」と言いながらホタルは頰を赤らめて、ヰタの頰の上から顎関節を押さえ無理矢理に口を開かせると、ヰタの汚れのない口内に自分の唾液を流し込み苦痛と恐怖に染まる顔を見つめていた。
深海は昼休みにいつものように、ひとりで弁当を食べていると、周りから三日月ホテルの話題が聞こえて来た。野球部の誰かの家も濁流に飲まれ一家全員が死亡したようだ。この地域では時々起こる事なのだが、今回のような規模の大きなものは、何百年に一度あるかというぐらい珍しいものだった。三日月ホテルは、旧三日月村という小さな村落をどこかの金持ちが買い取って数年前に作られた新しいホテルだった。あの場所に濁流が流れて来たのは二百年ぶりのことだったという。犠牲になった殆どの者が他県や海外から来た観光客だったため、ネットやテレビのニュースで、うるさいほど流れている。深海は祖父母が濁流に巻き込まれて命を落としたときは、誰の話題にも上らなかったことを思い出して少し苛立たしく感じ、弁当を掻き込む。
「稲垣くんは、いつも一人食べてるのかい」と突然、大柄でアスリートのように体格のいい女子生徒が声をかけて来た。深海は相手をあまり見もせず、
「うん」とだけ答える。毎度の事ながら深海は、名前が思い出せなかったが、別にたいした問題ではないと思い、それ以上は何も言わなかった。女子生徒はニヤッと笑うと、
「じゃあまた来るね」と言い教室から出てどこかに行ってしまった。去りぎわの顔をチラッと見た深海は、このクラスの生徒じゃない気がしたが、彼はクラスメイトの大半の顔すらもハッキリとは覚えていないので、クラスメイトかどうか、それすらあまりわかっていないのだ。そんなときに、すぐ隣の席に座っている櫻田Q太郎が声をかけて来た。
「稲垣、おまえあの娘と知り合い?」いつも横柄な、もの言いをする櫻田Q太郎にしては随分と低姿勢だなと思いながら、
「いいや知らないけど、あんな子クラスにいたっけ」と珍しく深海から尋ねると、
「ウチのクラスじゃないよ。最近転校して来た上級生の
「誰、それ?」
「知らねえの、テレビにもたまに出ている有名な美少女格闘家だよ。今日オレが朝、駅から学校に来るときにさぁ、霧島さんに突然声を掛けられてな、なにかと思ったら稲垣深海という生徒を知らないかって聞かれたから、同じクラスですって言ったんだよ。そしたら早速、昼休みに霧島さんがあらわれたんでビックリしたよ。稲垣さぁ、霧島さんのことでオレになにか隠してるんだろ。誰にも言わないから教えてくれよ」と櫻田Q太郎は熱心に聞いてくるのだが、深海にはまったく心当たりもなくQ太郎と会話することの方が面倒になり、
「かなり古い前世の知り合いだよ。僕がアノマロカリスだった頃、あの子はハルキゲニアだったよ」と適当な事を言う。驚いたことに櫻田Q太郎はそれを真に受けたようで、わかった誰にも言わないと真面目な顔で頷きながら自分の席に戻って行った。櫻田Q太郎は机に座って何度もハルキゲニベエ、アノマロポリスと呟いていた。深海は冗談なのか本気なのかを少し詮索したくなったがやめた。
学校が終わり家にもどる深海。ホタルが出迎える。
「母殿、どうしたの?出かけるの」と思わず聞いてしまうほど、バシッと化粧を決めてミニ丈のワンピースで、妙な色気を放っている母親がいた。深海は久しぶりにホタルに彼氏でも出来たのかなと思い苦笑いを浮かべる。夕食の時間が来ても出掛ける様子もなく、いつもより豪華な夕飯に釈然と出来なかった。おまけに、ヰタにベタベタと身体をよせ、自分の箸でヰタに食べさせるまでは、なんとなく許せたのだが、肉が硬いからと言ってホタルが噛み、口移しでヰタに食べさせる光景を見て気分が悪くなる。何よりも一番腹が立ったのは、ヰタが頰を赤くして恥じらいながらも、嬉しそうにしているように見えたことだった。母に対して憤りを感じ自分の皿に乗ったステーキをナイフとフォークも使わずにそそくさと食べ終わると、乱暴に立ちあがりホタルを睨みつけ、
「気持ち悪いよ」いつになく大きな声をだし自分の部屋に戻って行った。ベッドに入ると全てを遮断するかのように布団を頭からかぶり身体に巻きつける。しばらくして誰かが深海の部屋に入って来たが布団を頭から被ったまま出なかった。ホタルの足音とは違う気がした。ヰタなのかも知れないという自分でもよく分からない期待が膨らむ。また少し時間が過ぎて、深海はそのまま眠ってしまった。
ホタルは、今朝から時間を開けてはヰタの身体を弄び続けているのであった。ヰタが今にも泣きそうな顔で歯を食いしばりメモ用紙に、
もう許してください。この国では、女性が女性に淫な行為を強制することを認めているのでしょうか、私は殿方はもちろん誰からも、こんな辱しめを受けた事はありません。お願いです。もうやめてください。
「わかったわヰタ。じゃあ本当にこれで最後にしてあげるわ」と意地悪に笑いながらヰタの可愛らしいピンクの乳首を抓る。ヰタはヒーッとうめき、悲しげな表情でペンを走らせる、
嫌です、痛い事も恥ずかしい事も嫌いです。なぜ私がこんな目にあわされるのですか、股間が痛いんです許してくださいと書いた。それを見たホタルはハアハアと身悶え、
「いい娘だ。脚を開いて恥ずかしいポーズをしな」と言いながらヰタに抱きつく。ヰタは、この女は龍神が変化した淫欲の悪魔だわ決して心を許してはいけない。そう思いながらも身体がいうことをきかない。短時間で苦痛と性感の悦びを植え付けられ、異常な欲望に目覚めさせられてしまったヰタ。自分の下腹部がおぞましい程に濡れている。その蜜壺を弄り倒されて自分から腰を振っているふしだらな自分に気付くが、それを止めれない自分こそが最低なのだと己を責めるヰタ。そしてまた部屋に連れられ堕とされて行く。
深海が夜中に目を覚ますとヰタの部屋から、淫らな喘ぎ声がする。キッチンに行き冷蔵庫から冷たい水を出して飲む。グラスを投げつけたい衝動に駆られるが、気を落ち着けて部屋に戻る。眠る前に部屋に誰かが入って来たことを思い出し、机になにか紙片が置いてあることに気づく。灯りをつけると一枚のメモが置いてあり、それを手にとってみるとヰタの字で、助けてください。と書いてあった。深海は、母親がサディスティックな同性愛者と認めたくなかった。ヰタの部屋から漏れ聞こえる声が全てを語っているというのに、何も知らないし想像もしていない。なんのことかもわからない頭の悪い息子を演じようとしていた。そして自分が連れかえって来た美少女ヰタを独り占めされている事に憤りを感じている事もすべて無い事にしたかった。まあ母殿の収入で生活しているのだから仕方ないと自分に言い聞かせてメモをポケットに入れて現実に目を瞑り眠った。
深海は、ムチュムチュという小鳥のさえずりで目が覚める。背中に温もりを感じ振り返るとヰタがピタリと身体をくっつけていた。わっと跳ね起きる深海。その拍子に布団が捲れ上がる。ヰタは一糸纏わぬ姿で泣いている。驚きを隠しきれない深海。慌てて掛け布団をヰタにかぶせる。そしてメモに書いていた助けてくださいの意味を考える。
「ヰタ、どうしたのなにかあったのかい」と珍しく動揺する深海。ヰタは随分と泣いていたようで目を真っ赤に腫らしていたが、それでもその顔はとても美しく深海の心を魅了する。ヰタはメモ用紙に文字を書いた。
私はこの家に連れて来られてから、いままで想像すらした事もないような辱しめを受けています。でも他に何も出来ることも無く、あなたたち親子に頼るしかありません。さぞかし下卑た女だと思われているのでしょうね。
「母殿がなにをしたの」深海は何も知らない少年を演じずにはいられなかった。ヰタはまたボロボロと泣きだし俯く。深海がティッシュで涙を拭ってやるが、涙はとめどなく溢れてくるのでティッシュを箱ごとヰタに渡す。ヰタは、しばらくすると落ち着いたようで、おずおずとペンを走らせる。
何をされたなんて、そんな残酷なことを聞かないでください。私は恥ずかし過ぎて書けません。深海様は私を助けてくれた命の恩人です。あなたが濁流の中から私を救いだしてくれたからこそ私はこうして生きていられるのです。もう少しのあいだ深海様の横で眠らせてください。
深海はヰタの記憶に障害が起こっているようだと思い
「僕が君を濁流から助けなければ君は死んでいただろう。嫌なことも有るだろうけど、きっとヰタなら大丈夫だよ。何も考えずにゆっくりとした方がいいよ」とヰタが自分を好きになるように偽の記憶を本当だと思い込ませようとする。そんな時にヰタを呼ぶホタルの声が聞こえた。ヰタはメモ用紙に、
隠れてください。ホタルさんに深海様と二人っきりでいるところを見られたら、もっと酷い事をされるに決まっています。
「わかったよ」と深海は起き上がり押し入れに隠れた。押し入れのフスマは、猫のピッピが自分の出入り口を作ったり、爪研ぎに使ったりで、穴だらけになってしまったせいで押し入れの中にいても部屋全体がよく見える。
「こんなところにいたのね。深海はいないの、日曜日なのに珍しいわね。まあ丁度いいか、ここで待ってて」そう言うと、また部屋を出て行くホタル。ヰタが押し入れの中にいる深海を不安そうに探す。部屋からはフスマに穴が開いていても中が暗くてよく見えないのだ。しばらくしてホタルは赤いボストンバックをもって戻って来た。そして裸のヰタを抱きしめ自分も衣服を脱ぎ捨てて行く。ハアハアと息を荒げヰタの白い肌に貪りつき、未発育な乳首に舌を這わせて行く。ゆっくりと全身を味わっているかのようだ。股間部分は特に熱心に舐めている。ジュルジュルと音を立てて吸う。ヰタは嫌悪感と快感の入りまじった表情で震えていた。次にホタルはヰタの美しい顔に跨がり自分の淫部を舐めるように厳しく言った。従順にペチャペチャと舐める音が、ホタルの喘ぎ声の間から聞こえる。ヰタもこの惨めな行為に快感を感じ始めていた。こんなはしたない姿を深海に見せている自分こそ変質者ではないのか、私はどうしてしまったのだろう。このようなおぞましい行為に快感すら感じ始めているではないか。そう思えば思う程にヰタの女陰は熱く濡れて行き、頭の中が真っ白になっていく。ホタルはヰタの脚を無理矢理開かせて淫部を指で弄くりだした。
「このお薬塗ると、もっと気持ちよくなるのよ」媚薬のようなものを赤いバックから取り出すと、ヰタの未発育な淫部とわずかな膨らみのある乳首に塗りこんだ。すぐにヰタが
「おおおおおぉお」と悩ましげな声をあげはじめる。深海は押し入れから見ている景色が信じられなかった。ホタルは変わった形状のバイブレーターを取り出すとヰタの女陰へ一気に突っ込む。ヰタは、そのひとつきで昇天させられていた。
『やめて、いやああああ。私こんなことを気持ちよく思っている。嫌なのに感じているなんて。深海様に見られているのに、ごめんなさい、こんな淫らなことはダメ、ダメです。ひいいいいいい』ヰタは心の中で叫びながらオゴオゴと唸り、白目を剥いてヒクヒクと痙攣していた。ホタルはヰタを素晴らしいオモチャだと悦ぶ。身体を海老反らせ快感に奮えるヰタ。グイグイと押しこんだバイブレーターを引き抜く。その刺激でまた激しい絶頂を向かえて、獣のような咆哮をあげるヰタの白く艶やかな肌を愛おしそうにホタルは舐めている。ヰタは白目を剥いたままで全身を痙攣させウオゥウオゥと小さく唸り続けていた。こんどは自分の淫部にそのバイブレーターを挿入するホタル。
「あああイグうううイクイク」絶頂に達するホタル。しばらくしてホタルはヰタを抱き起こし、
「よかったわ、ヰタは最高よ」と言って浴室に行ったようだ。浴室からシャワーの音が聞こえるのを待ってから、深海は押し入れから飛び出して、白目を剥いて喘ぐヰタを残して逃げ出すように玄関から出て行った。
外に出たものの行くあてがあるでもなく、なんとなく山に向かって歩く。久しぶりに湖でも見ようかと、そのまま山道を歩いて行くと、この間の濁流の影響で通行止めになっていた。そうか、ここは三日月ホテルに向かう道だったと思うが、引き返さずに荒れた道を登って行く。しばらくすると林道に出る。土蜘蛛出没中のため立ち入り禁止と書かれた貼り紙が必要以上に存在を誇示しているようにみえたのだが、そんなものは無視して、そのまま林道を歩き沙奈湖を目指した。そのまま進んで行くと山の方からガサガサと動くものがあった。かなりの速度で近寄って来る。まさか、ほんとうに土蜘蛛なのかと思ったが、今年はまだ兎姫山に土蜘蛛が出るような季節ではないと思うのだ。深海は土蜘蛛を絵や動画でしか見た事がなかった。あの立ち入り禁止の貼り紙は害獣狩りが使うものだと思い出す。突然ガガガガガガガッと爆音が響き硝煙が臭う。それと同時に巨大な真っ黒い蜘蛛が頭を吹き飛ばされ、長く大きな足を硬直させ死んでいた。土蜘蛛だ。深海は実物の土蜘蛛をはじめて見た。
山の上から大柄な男が巨大な銃を抱えて降りて来た。その銃は複数の銃身が自動で回転し弾を連射するタイプの連射銃だった。深海は男が、山向こうに住む密猟者ではないかと警戒する。
「立入禁止の看板は見えなかったのか」男は静かに言った。近寄ると遠目に見た時よりもいっそう大きく、その身長は2メートル以上あると思えた。
「今日、お前が見た事は誰にも言うな。約束すれば安全な所まで送ろう。断ればお前を土蜘蛛のエサにする」やはりコイツは山向こうの密猟者だと確信する。沙奈湖を挟んだ山の向こう側には、いくつかの集落があり、その中に土蜘蛛衆という山賊のような連中が居て、そいつらは金のためなら、なんだってやるようなクズだと、死んだ祖父から聞いたことを思いだす。
「なんで隠すのかな」深海の問いに、
「ここに俺達がいるとわかれば、色々と都合が悪い。とにかく土蜘蛛狩りの事は誰にも言うな。いいな」深海は納得してはいなかったが、この男は話すだけ無駄だと判断して、
「わかった約束するよ。ねぇ土蜘蛛衆の人って、みんなそんなに大きなマシンガンを持ってるの」と言う深海の質問に大男が不思議そうな顔をして、
「いや、少ないと思うぞ。なんせこんな連射銃は違法だからな。誰からそんな話を聞いたんだ」と言われ、爺ちゃんだっけ?と考えるが、ホタルだ。母が深海が幼い頃の枕語りに巨大な土蜘蛛をマシンガンで狩る土蜘蛛衆の話をたまに聞かせてくれたことを思いだす。だが母の話の最後はいつも悪い土蜘蛛衆が蜘蛛に喰われて終わっていた。母がなぜそんな話をしていたかは、分からなかったが深海が幼い頃、よく聞いた話だった。そう話の最後はいつだって同じだった。
「小さな時に聞いた話だから、はっきりとは思い出せないけど話し手は母だったと思う。それと僕は土蜘蛛を狩る密猟者はみんな土蜘蛛衆だと思ってたよ」深海がそう思っていたというのはほんとうの事だった。
「いま街では、そういう風に思われているのか…」大男は太々しく笑いながら、土蜘蛛の死骸をバラして林檎ぐらいの丸い玉を取り出して鞄に詰め込んでいた。土蜘蛛は優に2メートル以上あった。
「僕、はじめて土蜘蛛を見たよ。ずいぶん大きいんだね」
「最近じゃあ、これでも大きい方だな。俺の若い頃は、5メートル超の奴もけっこういたんだがな」
「5メートルって、ホントなの」深海は目を輝かせて大男に聞く。
「怖いだろう」
「怖いというより5メートルの土蜘蛛を見てみたいな」深海の言葉に気をよくしたのか、大男は少し笑ったように思えた。
「下まで連れて行ってやる。ついて来い」男の後ろを歩いて行く。背中に担いだ大きなマシンガンは相当な重量があるように見えるのだが、大男は軽々持ち歩いていた。
「ここから下には土蜘蛛は出ない。俺は街の奴らに見られたくないから、ここからは一人で帰れ、おまえは何という名前だ」深海には、この大男が悪い人間には思えなかった。
「稲垣深海です」と答えた。大男はわかったと言うように頷いた。
「おじさんの名前は?」と深海が言うと、
「仲間にはドリル
深海はヰタのこともホタルのことも、もうどうでもよくなり家に帰り風呂に入った。
家に戻ると、ヰタもホタルも何もなかったような顔をしていたので気にせず、泥まみれのスニーカーを風呂場に持って行き洗っていた。
風呂に入るとき彼女たちの前をとおると、ヰタは深海に笑いかける母の横で、深海の顔を悲しげに見つめていたが、ヰタから何か言ってくるまでは放っておこうと思った。深海が風呂場で身体を洗ってからスニーカーの泥を落としていると、キッチンからバタンバタンと騒がしい音がして、母の喚く声が聞こえてきた。
「ヰタ、もっといいことをしたげるからね。逃げたりしたら許さないからね」と言って二階の部屋に駆け上がって行ったような足音が聞こえた。
深海が風呂から上がりバスタオルを腰に巻き、キッチンに冷たい水を飲みに行くと、ヰタがひとりソファーに座っており、深海に悲しげな視線を向けた。何度見てもヰタは美しかった。
「なんでそんな顔するの、僕は押し入れに隠れてたから何も見てないよ」と深海は何食わぬ顔でヰタの横に座る。ヰタのほうから深海の手を握って少し笑った。ホタルの趣味であろう薄い色の口紅が塗られヰタの美しさは際立つ。ヰタはメモ帳に文字を書きだす。
深海様、あなたのおっしゃる通り、私はまだ錯乱し本当の記憶をとりもだしていないようです。そのうえ私はホタルさんに性奴のように扱われている事を受け入れてしまいそうな自分が怖いのです。深海様は破廉恥な私を見て見ぬふりをしてくれるのですね、本当はさぞ軽蔑された事と思いますが、深海様は本当にお優しい方なのですね。
深海は、また純心なヰタを騙しているような気持ちになり、逃げ出すように自分の部屋に戻る。深海が部屋に戻ると、ヰタのメモ用紙が置いてあった。
ひと言だけ、ごめんなさいと書かれ文字が涙で滲んでいた。これはあの時のヰタの涙なのだろうと思うが、母の裏の顔を見たショックでまた気分が悪くなる。気分転換でもと思い、スマートフォンで動画配信サイトにアクセスして、最近お気に入りの、オーケストラを率いた昔のロックバンドが演奏するギルティーという、ディスコ調の曲をヘッドフォンで聴く。曲が盛り上がり少し気分がウキウキとしてきたが、ヰタのことが不憫になりへッドフォンを外し台所に戻る。
ヰタはメモ帳に絵を描いていた。深海が知らない花の絵だった。
「綺麗な花だね」と後ろから声をかけると、ヰタは振り返り嬉しそうに笑った。
「僕の部屋で眠るといいよ。母殿も来ないと思うよ」とヰタの手にそっと触れる。ヰタは立ち上がると嬉しそうに深海に抱きついた。深海はヰタをベッドに寝かせると
「僕は床で眠るから君はそこで寝なよ。ヰタにお願いがあるんだ。その花の絵を僕に貰えないかな」深海の言葉にヰタの表情は和らぎ、メモ用紙にペンを走らせる。
深海様ありがとう。私は毎日あなたのために絵を描きます。なんだか希望が湧いてきましたと書いた。深海は、そのメモと花の絵を受け取ると
「ありがとう、おやすみ」と言って部屋の灯りを消した。するとピッピが部屋に入ってきてミョミョミョミョーと鳴くとヰタの布団に潜り込む。ヰタはその茶色い猫を抱きしめると首筋の匂いを嗅ぎ、お日様の匂いがするわと思い、深海の優しさに胸を熱くする。
深海は幼い子供に戻った夢をみた。夢の中では幼い身体なのに、自分よりも大きい蜘蛛狩り用のマシンガンを持って、山の中を駆けまわり土蜘蛛を退治していた。とても巨大な土蜘蛛が現れるが難無く倒すことが出来た。そして足がちぎれた土蜘蛛の死体を見ると、その胴体の真ん中に真っ白なドレスを着た女の子が眠っている。
「ヰタこんなところで寝ちゃ駄目だよ」と声をかけるのだが、ホタルが来て、あの子はアタシのものだからダメよ言われる。突然ヰタは全裸になり、パックリと女陰をひろげる。白い肌に艶めかしいピンクの肉ヒダが濡れており、太腿に鮮血が流れていた。
「シンちゃんはココに入ってなさい」とホタルに言われると、何故かプールの飛び込み台のうえに立っていた。それを使って、ジャンプすると、下にはヰタの女陰が大きく広がっていて深海はその中にダイブする。
「深海さんお帰りなさい。ヰタずっと良い子にして待っていました。毎日可愛がってください」と言った。
「ヰタ喋れるようになったんだね」深海がそう言うと、ヰタは悪鬼のような形相になり、
「深海さんは私の奴隷なのですよ。もう二度と、この場所からだしません」周りを見ると土蜘蛛の群れに囲まれていて逃げ場がない。ヰタは自由自在に土蜘蛛の群れを操り、深海は蜘蛛の糸に巻かれて行く。横を見るとドリル
「あれは母殿ですか」とドリル男に聞いてみる。
「違う。あれは土蜘蛛衆の長で、お前の親父だ」深海は蜘蛛の糸で巻かれ何も見えなくなる。うわああああああ!悲鳴をあげて目が覚める。
深海のうえにヰタが抱きついて眠っている。時計を見るとまだ昼の三時だった。ホタルがヰタを呼ぶ声がした。ホタルの声に反応するようにヰタはビクリと目を覚ます。
「僕が一緒に行ってあげるよ」深海はヰタの手を引きホタルの声のするキッチンに行く。まるで何もなかったかのように振る舞うホタルに苛立ちを感じる深海だった。
「二人で仲良く眠ってたのにゴメンね。今日はヰタの洋服を買いに行く約束をしてたもんだから、シンちゃんは留守番しててね」といつものホタルの顔で笑う。外でヰタが酷い目にあわされないか心配だが、洋服と聞いてニコニコと笑うヰタを見て、
「うん、わかった家で待ってるよ」と言って深海はヰタに微笑みかけ部屋に戻って行った。特に予定もないのでベッドの上でゴロンとなると、そのまま眠ってしまった。
気付くと日は落ち夜の八時になっていた。キッチンからホタルの声が聞こえるので、二人は戻って来ているようだと思い、キッチンに行くとテーブルのうえに餃子が置いてあった。ホタルはヰタと買って来た洋服でファッションショーをしていた。
「母殿こんなに、たくさん洋服を買って大丈夫なの」深海がみても、あきらかに高価な服がたくさんあった。ヰタだけでなくホタルの服も山ほど買っていた。
「大丈夫よ。自分のお金を使ったのはキングダムの餃子とヰタの下着ぐらいだもの」ピッピちゃんがヰタに擦り寄る。ヰタは猫の顎をさすっていた。ホタルは黒いゴシック調のドレスを出して、こんどはコレを着てと言ってから、深海の茶碗にご飯をよそってキングダムも餃子の横に置く。
「ヰタの下着を買ってから公園でアイスクリームを食べてたのよ。そしたらヰタの横にオートバイが突っ込んできてね。ぶつかりはしなかったけど、ヰタったら驚いてお漏らししちゃったのよ」深海が仔犬かよと思いながら、ヰタの顔をみると恥ずかしそうに頰を赤らめていた。その仕草がたまらなく可愛らしい。ホタルは話を続けた。
「その様子を偶然カメラで写していた芸術家のお婆ちゃんがいて、スゴい写真が撮れたので作品として公開してもいいかとヰタに聞きに来たのよ。バイクのお兄さん横で死んでるのによ」ヰタが悲しげな顔をした。またヰタへの愛おしさが膨らむ深海。ホタルは興奮して話を続ける。
「ヰタったら、なんにも言わずにボケっとしてるから、アタシがいいですよって言ってから。そのかわりに、この服を買ってもらっていいって、ヰタの書いた欲しい服リストのメモを見せたらさあ。お婆さんが、自分はブティックをしているから来いって言うのよ。それでお婆さんの店に行くと、この服を全部くれたのよ。おまけにスゴい立派なお店だったのよ。ねえヰタ」とホタルは笑った。
深海がテレビのリモコンを押すと画面にニュース番組が映る。三日月ホテル生存者なしと出ていた。ホタルは食事にしましょうと言い。芸術家のお婆さんから、もらったという洋服をヰタの部屋と自分の部屋に置いてくると言いキッチンから出て行った。
テレビでアナウンサーが楼蘭王国の皇女が、お忍びで三日月ホテルに来ていたという話をしだした。捜索は続いているが生存は絶望的だと締め括り、楼蘭王国皇女 ヰタ・ファヴリティウスと写真が映される。驚きのあまり餃子と箸を落とす深海。サッとリモコンを取りテレビを消すヰタ。そして、
「このことはホタルさんには言わないでください」と小さな声で言った。茶碗を床に落としてしまう深海。茶碗の落ちた音に、
「どうしたの」ホタルがキッチンに戻って来た。落とした食器を拾い、床の食べものを片付ける深海。
「ホタルさん、あなたのお陰で声が戻りました。でも私を奴隷のように扱うのは、もうやめてもらえないでしょうか」あたふたと慌てるホタル、いまは深海に見られているのでヰタを辱しめれない。
「なにを言ってるの、ヰタちゃんたら。喋れるようになって良かったね」かなり動揺しているホタル。
「じゃあ、これからはホタルさんのベッドで、色々な命令をきかなくていいんですね」と真っ直ぐに見つめるヰタ。
「そんなこと、アタシがするわけないじゃないの」それ以上喋るなと言うようにホタルはヰタの頬をパシッと叩く。
「どうしてそんな理不尽なことをされるのですか」と悲しげな声で訴える。瞳を潤ませ下唇を噛む。深海は急に眠気に襲われる。
「なんか変だ。クラクラして来た」ホタルの顔を見ると意地悪くニヤリと笑っていた。さっきの餃子に睡眠薬をもられた事に気づく。そのまま意識が遠のいて行く深海。
「さあ、ヰタさっきはよくもやってくれたわね、これからは家にいる時は首輪だけを付けて全裸で暮らすのよ。寝る時は深海のベッドの下で眠るようにするのよ。なんせお前は深海に拾われたメス犬なんだから」ホタルはあきらかに自分の言葉に興奮して感じているようだ。着ている衣服を剥ぎ取られて行くヰタ。ホタルはヰタのショーツがグッショリと濡れていることに気づき、股間の汚した部分を広げてテーブルのうえに置くのであった。
「ヰタは犬なので、家のトイレも禁止だからね。そのかわりに毎日お散歩に連れて行ってあげるよ。深海が起きたら、この淫乱なヰタを親子で虐めてくださいって自分から言うんだよ」ホタルは残酷な笑みを浮かべて、ヰタの尻をペシペシと叩く。このままではホタルの思う壺だとおもい。
「イヤです。そんな事できません」深海が目覚めれば、ホタルを
「ご勘弁を。お願いですお許しください」 ホタルを正気に戻すには散々弄ばれ、彼女が絶頂を味わい尽くす迄待つしかないのだ。
ホタルは深海の茶碗が落ちてご飯がテーブルの下に落ちたままなのを見つけて、ヰタに掃除させようと思いつく。ホタルは昼間ペットショップで購入した犬の首輪をヰタにつけさせる。ヰタが選ばされた物だった。何故猫の物ではなく犬用の物を買うのか不思議だったが、こういうことだったのかと観念する。自分が一国の皇女だという記憶が甦り尚且つ一介の庶民の性奴にされる屈辱はヰタの歪んだ悦びになろうとしていた。首輪をつけられただけで頭が真っ白になりヘナヘナと跪く始末だった。
「ヰタいま、イッたでしょ」とホタルが見下して笑う。ヰタは顔を真っ赤にして、違う違うと嘘をつくのだが、自分の太腿に淫液が滴り落ちるのを指摘されて返す言葉をなくす。
「二日でこんなに目覚めて、スゴい娘だ。おまえはきっと生まれつきの淫乱なんだよ」
「違います、嬉しくなどありません。もうおやめください」とホタルを睨む。
「そうね、この床に落ちた御飯を全部食べたらやめてあげてもいいよ」と言う。
「そんな、事でやめていただけるのなら食べましょう」言葉に反して自分の身体に疼きをおぼえるヰタであった。
「犬のようにワンと言いながら手を使わずに食べるんだよ」ホタルは眠らせた深海の横に座り美しいヰタの裸身を舐めるように見つめる
「ワン」と言い、ホタルに尻を向けてガツガツと床に落ちた御飯を貪り食うヰタ。こんな犬のように扱われるなんて恥ずかしい。でもどうしてか下半身が熱くなる。本当に私はこの女の言う通り生まれつきの淫乱なのかもしれない。そんなヰタの女芯を指で抓るホタル。
「はああああああああああ」突然の刺激に耐えきれず大きな喘ぎ声を上げて腰をくねらせるヰタだった。
「あんたビチャビチャよ、こんなところからヨダレが溢れているじゃない。よっぽどの好きものだね」そう言いながらヰタの勃起した女芯を執拗に責める。
「あああ、イヤです。やめてください」と言いながらホタルの指の動きに合わせて腰をふりまた絶頂に達してしまう。
「なにがヤメてくださいよ。自分で腰を降ってイッてるじゃない」ヰタの頭の中は快感と屈辱で一杯になっていた。こんな女のオモチャにされて、こんなに悔しいのに身体がそれに快感を感じている。いま深海様が目を覚ましたらどうしよう。こんな姿を見られるなんて耐えられない。そう思うとまた女淫が疼きはじめる。私はどうしてしまったのだろう。この女が私をおかしくしてしまったのだ。決して私は淫乱などではありません。そう考えている間もホタルの指責めは続き、よがりながら腰を振り続ける自分を止められないヰタであった。突然ホタルの責めが終わる。
「立ちなさいよ淫乱娘」もう、そう言われても否定することの出来ないヰタであった。内心はホタルの指責めを続けて欲しいとまで思っていたが、
「もう二度と、こんなことはやめてください」と強がる。そんなヰタに、
「あんた、お股から。そんなにたくさんイヤらしいお汁垂れ流してよく言うわ。何回イッたか言いなさいよ」ヰタは自分の太腿に流れる淫汁が床をビチャビチャに汚しているのを見て赤面し両手で顔を覆い隠す。
「本当に仕方のない娘だね」と言いながらティッシュで股間と太腿の淫液を拭きとるホタル。
「御飯食べれなかったから、あんたの大好きな罰を与えてあげようね」首輪に紐をつけられて立っちゃダメよ犬なんだから四つ足で歩きなさいと言われて自分の部屋に連れて行かれる。いつの間に置かれていたのか、ヰタの部屋にパソコンとモニターが二台設置されてあった。ヰタは脚を開いて自分の手で股間を隠す格好で縛られ椅子に固定される。椅子の横にテーブルがありコップが置かれてあった。両手は手錠をされたように前で縛られているがテーブルのものを取るには困らなかった。
「なにをするのですか」ヰタは、これ以上に女として人としての尊厳を壊されていけば、自分はどうなるか分からないと思い恐怖した。ホタルの責めを待ち詫びる自分が目覚めてきた事が一番恐ろしいのであった。
「楽しいことよ」とホタルは笑いながらパソコンを起動していく複数の動画チャンネルを起動させて次々に再生させていく。十以上の動画が同時に再生された。どれも無修正のアダルト動画ばかり、男性の勃起した性器が延々続くチャンネルも有れば、激しく責め合うレズビアン動画、女性の自慰動画、男性の自慰動画、この世のありとあらゆる猥褻動画が再生される。
「汚らわしい。こんな酷いものを見せてどうするつもりですか」ヰタは、キッとホタルを睨む。ホタルは気にも止めずテーブルの上に複数のバイブレーターを置いていく。
「このコップに入ってるのはローションよお尻の穴を穿りたくなったら使うのよ」と言いながらヰタにキスをする。
「絶対にそんなことはしません。ホタルさん貴女はどうかしています」
「そうかしら」と言ってチューブ入りの軟膏を取り出すとヰタの小さなピンク色の乳首に塗り込む。その途端背筋に電気が走るような感覚とともに、
「痒い、何ですかその軟膏は」ヰタは我慢しきれず自分の乳首を掻く、一瞬痒みが収まるがジンジンと乳首が疼きだす。しばらくするとまた猛烈な痒みに襲われ掻けば収まるが疼きは大きくなっていく。なにこれダメおかしくなるわと不安になるヰタ。
「これは強力な媚薬なの、どんなにお堅いお嬢様も淫乱にしてしまうのよ。あんたみたいな生まれつきの淫乱はどうなるのかしらね」そう言うと軟膏をヰタの女芯に丁寧に塗り込む、皮を剥きピンク色の剥き出しのクリトリスに何度も何度も塗り込み、次に膣内にも念入りに塗り込んだ。
「やめて、イヤ。いやーあああああああ」絶叫するヰタ。
「最後の仕上げよ」軟膏をチューブごとヰタの小さなアナルに突っ込み力任せにチューブを握るホタル。
「お願い、やめてください。イヤです。痒い痒い痒いです」ホタルは付け根が犬の尻尾のようになったアナルバイブをだすと先端が数珠状になった三十センチはあるディルド部分をコップのローションに浸してから、ヰタのアナルにズブズブと根元まで突っ込んだ。
「いやああああああああ」叫び声は虚しく響く
「ほーらワンちゃん。こーやって尻尾を出し入れしたら痒みが収まるでしょ。ヰタってお尻の穴までピンク色で綺麗なのね。汚し甲斐があるわ」と言ってアナルバイブを出し入れさせる。尻の穴に異物を入れられるなど考えた事すらなかったヰタなのに、いきなり直腸を責められ悶絶させられる。
「ほーら、いい顔になってきた。私は明日仕事だから寝るわね。アソコも痒いんでしょ。バイブをいっぱい置いてあるから、ひとりで好きなだけ遊んでていいのよ。パソコンからヰタの好きな映像探して楽しみなさい。それじゃあおやすみ」と言ってホタルは出て行ってしまう。
誰もいない部屋で縛られパソコンに映し出される卑猥な映像。痒い。アソコも痒いクリトリスを少し掻いただけで、どんどんイヤらしい気分になってしまう。卑猥な動画の音声がよけいにヰタを刺激する。ダメこんな卑猥なモノを入れたら私は本当にダメになってしまう。そう思っているとアナルに痒みが走り、自らアナルバイブを出し入れしてしまう。これは痒みを止めているだけで自慰行為を楽しんでいるのではないのです。と、自分に言い聞かせる。胸の痒みはだいぶと収まり快感で疼き続ける。我慢できず乳首を揉みだすヰタ。あああ、ダメこんなことをしちゃと手を放す。もうちょっとでイッてしまうところだった。アソコが痒くて我慢できない。そうだ指を入れようズブリと右手の中指を入れて膣壁を擦る痒みは収まるが、快感が激しくヰタを襲う。あああダメです我慢ができません。神様こんなふしだらな罰をヰタにお与えになるなんて、あああああああと声を上げてイッてしまった。いったん箍が外れてしまったヰタは、自らバイブレーターを取り、淫部に挿入しアナルバイブとあわせて激しく動かし狂ったように自慰に耽るのであった。
「ああああ、もっとおおおおお、もっとしてえええ」と白目を剥き口からもダラダラ涎を垂らし喘ぎ続ける。
どれほど自慰に狂っていたのだろうか、媚薬の効き目も薄らいだのか、イキ過ぎて麻痺してしまったのか、異常な欲望は治まりヰタは正気を取り戻す。縛られていたロープが少し緩んでいたので、これ幸いとロープを解き股間のバイブレーターを憎々しげに投げすてる。肛門に深々と入ったアナルバイブも引き抜く、その時ヒーッというほどの快感が走りヰタはまた絶頂に喘ぐ。こんな部分を性感帯にされるなんてと屈辱と悦楽の狭間で震える。犬の首輪だけをつけた全裸の自分に羞恥心と淫欲を同時に感じて、こんなはしたない自分を深海に見られたら、どうしようと思っただけでまた女陰が疼きだす。それと同時に猛烈な便意に襲われる。トイレに飛び込もうとするが鍵がかかつておりガチャガチャとノブをまわすと、
「ちょっと待って、すぐに出るから」と深海の声が聞こえた。こんな格好を深海様に見せれない。そう思うものの便意はピークに達していた。水洗トイレの流れる音と鍵がガチャリと解放される音がした。ヰタは玄関扉を開けて外に飛び出す。一瞬、庭で排便しようと思うが、
「ヰタかい。トイレなら使うといい」と後ろから深海の声が聞こえたので、自分の惨めな姿をみられたくない一心で、全裸に首輪だけの姿のまま表に飛びだす。深海は開いたままの扉から全裸で外に走って行くヰタをみて驚き慌てふためく。靴を履き追いかける。ヰタは、近所の金城さんの家の横にある電柱の前で四つん這いで震えていた。
「ヰタなにをやってるんだ」駆け寄る深海を見て両の手で顔を覆い隠すヰタ。
「私を見ないで……」あああダメ漏れる。いやあああ、心の中で叫ぶヰタ。ちょろちょろと小水を漏らしはじめる。ダメよ深海様の目の前でこんな恥ずかしいこと、だが堰を切ったように勢いよく小水は噴き出す。両手で顔を隠した為に、しゃがんでいる格好になってしまい外灯に照らされ淫部が丸出しになっている。淫部を深海に見られてしまったのではと思い両手を下ろす。深海のスニーカーの爪先にジャアジャアと小水を浴びせていた。深海の顔を見ると、そんなヰタを茫然と見つめていた。死にたいとヰタは思うのだが、便意はもう限界だった。しゃがむ格好になった為に尻の穴が刺激され先程までアナルバイブを入れられていたので締まりが効かない。
「ヰタ、家に帰ろう」と深海がヰタの手を取り立たせようとする。
「らめ、らめ、いやれすうう」目も口も大きく開きブルブルと震えるヰタ。そのままの格好で太い大便をニュルニュルと排泄する。あああダメお尻に入れられた媚薬のせいで気持ちいい、
「あああ、イクウウ」と声に出し排便しながら何度も絶頂するヰタ。大便は一度も切れずに五十センチ程の長く太いモノであった。それが金城家の前に転がり悪臭を放っていた。
私ったら、他人様の家の前で排便をしながらイッちゃうなんて、しかも深海様の手を握りながら、そう思いながらもヰタは、
「あううううう」と白眼を剥き唸っているので、深海は手を引き急いで家に連れ帰り、尿で汚れた足の裏をタオルで拭いてから、大丈夫と聞いてみたが、ヰタは俯き深海を見ようともしないで、
「ごめんなさい、ごめんなさい」とうわ言のように詫びて泣いている。どうしてこんな事になってしまったのか状況が飲み込めない深海は、
「とにかくお風呂に入って服を着なよ」と言って優しく微笑みかけ部屋に戻ろうとしたが、いつまで経っても動こうとしないヰタを見て、自分のシャツを脱いで着せる。
「ヰタのような綺麗な女の子が裸だと、僕のほうが恥ずかしくなるじゃない。ねえヰタはいつから喋れるようになってたの。それとも最初から僕たちを騙してたの」少し照れながら尋ねる。
「バイクの事故を見た時から叙々に言葉が戻ってきたんです。深海様に拾われたときは、ほんとうに喋れませんでした。あのときは現実の意識と妄想が混濁しており自分自身でも よくわからないような状態でした。結果的に騙してしまった事は本当に申し訳ないと思っています。国に戻ったら必ずお礼はするので、もうしばらくだけ、ここに置いてもらえないでしょうか」と泣き声で震えながらそう言った。
「僕は、ヰタが居てくれると嬉しいよ。だってこんな綺麗なお姫様と間近で話せるなんて、これから先もないと思うんだ。だって僕ってカッコ良くもなければ、勉強も出来るとはいえないしねえ。楼蘭王国皇女 ヰタ・ファヴリティウスの側で話せるだけで嬉しいよ」深海の言葉を聞いて鼻をすすりながら泣き出すヰタ。
「なんとお優しい。路端で糞尿を漏らすような汚らしい、私のようなものを皇女と呼んでくださるなんて」ヰタは今このホタルの性奴のような状況で楼蘭王国皇女 ヰタ・ファヴリティウスと呼ばれることじたいが屈辱でしかなく、その屈辱が自分の女陰をまた熱くさせ、深海の優しい言葉を聞きながら、パソコンの動画に映し出されていた大きくそそり立った男根の事ばかり考えている女なのですと詫びたかった。そう思っていると涙も止まり深海の男根のことしか考えられなくなっている自分に気付く。
「ありがとうございます。お言葉に甘えてお風呂に入らさせてもらいます」ヰタは立ち上がりそそくさと浴室に行く。深海のシャツから漂う男性ホルモンで、また淫らな欲望が膨らむ。そんな自分に呆れながらも、コレはホタルの媚薬のせいで一時的なモノに違いない、だから浴室でひとり思う存分慰めれば収まるに違いないと自慰行為じたいを正当化していくのであった。ヰタは深海のシャツを脱ぎ、犬の首輪をしている事を見つからなくて良かったと慌てて外し、浴室に入りシャワーを浴びる。胸にシャワーを浴びせただけで恐ろしいほどの快感に襲われる。やはりコレは媚薬の効力なのだと思い、その快感を心ゆくまで楽しもうと思う。鏡に映ったイヤらしい目をした自分を動画で見た破廉恥な行為をみせる女にすり替え、ふしだらな妄想で頭の中が壊れそうになる。動画とはいえ、生まれてはじめて見た勃起したペニス、女性器と交わりドロドロとした性液を射精する映像が頭からはなれない。
「深海様あああ、ありがとうございます。私はこんなイヤらしい女でございます。お許しください。はううううう」と小さな声で言いながら自分で女芯を激しく刺激してふるえている。ヰタは深海と交わる妄想で絶頂に達した。その時浴室の外から、
「ヰタ、着替えに僕のジャージ置いてあるから着てね。お風呂から出たら三人で話そうよ。母殿も起こしてくるから」と深海の声がしたので、ハッとして我にかえるが、まともに返事が出来ず。
「ひふゃいーん」と情けない声を出しまた自己嫌悪になる。
「はは、変な返事だね」と笑う深海だった。大丈夫気づかれていなかったと胸を撫でおろすヰタ。
深海はホタルの寝室に行く。部屋に入ると、ホタルは下半身丸出しで電気マッサージ機を股に押し当てたままの姿で眠っていた。深海は苦笑しながら母の上着を電気マッサージ機のうえにかけてやる。それからホタルを起こす。
「うん、なにどしたの」寝ぼけまなこの母に
「母殿スマホ出してください」と言うと、あちこち探した末に電気マッサージ機を持ち上げるホタル。露わになった母の股間から目を背ける深海は、
「じゃなくてスマホ、枕の右」と背中を向ける。
「スマホじゃないわよ。勝手にお母さんの部屋に入って来ないでよ」やり場のない怒りを深海にむける。
「ごめんなさい、でも緊急事態なんだよ。スマホ開いたら、楼蘭王国皇女で検索して」と言われるが先に下着とパンツを履いてから、深海の言う通りに検索をかけるホタル。
「えええ!ヰタ」検索で出た写真に驚愕するホタルであった。
「でも、なんでこんな家に、しばらく居させてくれなんて言うのかしら」あの娘が皇女、どうりで綺麗なはずだ。アタシかなりヤバい立場じゃない死刑にされたりしないかしらと不安になるホタル。きっと復讐される。どうしよう、まあいいや開き直るしかない。
「あんた、皇女様に変なことしてないだろうね」なぜかホタルに八つ当たりされる深海。
「何言ってんの、母殿じゃあるまいし。僕が何も知らないとでも思ってるの」とやり返す深海に、ホタルは返す言葉もない。
「とにかくヰタをキッチンで待たせてあるから、一緒に来てよ」はいはいと深海に連れられ階段を降りるホタル。台所に座る美少女が楼蘭王国皇女 ヰタ・ファヴリティウスとわかると、なぜか威厳に満ち神々しく感じるホタルであった。
「深海様、ホタルさんに言ってしまったのですね仕方ありません。お話をする前に、ひとりづつに言っておきたい事があります。ホタルさんお呼びするまで、深海様のお部屋でお待ち頂けませんでしょうか」そう言われて、なんで深海の敬称が様で、アタシがさんなのよと思いながら、
「いいわよ」と深海の部屋に行くホタル。ホタルが居なくなると、内密な話しがありますと言い、身体をピタリとくっつけて小声で話しはじめるヰタ。
「先ほど、私が野外で糞尿を漏らしたことはホタルさんにも言わないでいただけますか」と真っ赤な顔をして言う。
「もちろん誰にも言わないよ。素朴な疑問なんだけど、どうして裸だったの」と大真面目に聞く深海。
「宮廷では、いつも裸でおりますので…」と嘘をつき
「あの電柱が宮廷のトイレに余りにも似ていたもので……あと少し寝ぼけていました…記憶障害の後遺症かも知れません」と嘘を重ねる。深海はそれ以上聞かないことにした。どうせ母殿と何かしていたに違いないが、綺麗なお姫様だから許せる。いやむしろ可愛いと思うほどだった。深海にピタリと身体をよせていると、また変な気分になってしまうと思い、
「深海様への話は、それだけです。ホタルさんを呼んで来てもらえますか、深海様はそのまま御自分の部屋で待っていてください」と言われ自分の部屋に戻る深海。
ホタルはキッチンに来るとソファーにでんと座り、
「あんた皇女様だったとはねえ。アタシに仕返しするかい。まあ、仕方ないわ」とヰタを睨みつける。
「まあ怖い、私はそんな事をするつもりなどこれっぽっちもありません。コレを機会に一般庶民の暮らしというものを体験させて頂ければと思っております」と言いながらニコりと笑う。
「あっ!あんたアタシに虐めてほしいんでしょ」意地悪く笑うホタルに、
「ちっ違います…あんな酷いことは…やめてください」と動揺する。それを聞いて、
「あんたの部屋に置いてあげたパソコンはいるかしら」ハッとするヰタ。
「パソコン…は調べものに使うので…貸していただけると嬉しいです」
「あのパソコンさあバイブレーターとセットになってるから、いっしょに預かってもらってもいいなら貸したげるよ」ヰタの表情を楽しむホタル。
「そそ…それなら預かるしかないです…ね」少しうろたえているヰタ
「あと深海様には、私が猥褻な動画をみながら、あの恥ずかしい器具で痒みを和らげていたことは、内緒にしていただけないでしょうか」と続けていう。
「言っても大丈夫じゃない。だって恥ずかしい事はしてないんでしょ。ひょっとして気持ちよくなったりしたの?それなら秘密にしなきゃいけないけどね」ホタルの目がギラギラ光る。
「それが…ちょっとだけ気持ち…よくなってしまったのです」
「ちょっとなら、大丈夫よイヤらしい動画見ながら、ズッとイキまくってたのなら隠さないとダメだけどねぇ」ヰタの目がとろ〜んとしてくる。少し黙って考えてから、意を決したように、
「実は…私は…ズッとイッて…ました。あの動画を見ながら……はううう」今にもイキそうな顔のヰタ、ホタルは嬉しそうにククッと笑い、
「秘密にしてあげてもいいけどさ、条件があるの」
「ホタルさんの言う通りにしますから、言わないでください」
「じゃあ、今日買ってあげた犬の首輪を巻いたままウチで暮らすのよ。楼蘭王国に帰るまで外しちゃダメよ約束できる」ヰタは立ち上がると浴室の脱衣籠に置いた首輪をさがす。籠の横に落ちていた首輪を見つけると、それを持ってキッチンに戻り、ホタルの前で自分の首に巻きつけた。
「これでいいでしょうか」首輪って気持ちいいですと心の中で震える。
「ヰタ、今日からお前はウチの飼い犬よ。わかった」いい娘を手に入れちゃったと歓喜するホタル。
「はい、ホタルさんの気のすむようにしてください」と言って頭を下げた。コレはあくまで庶民の生活を実体験するまたとない機会を活かすための行動ですからと、自分の欲望を否定する。
「ヰタそのテーブルの上にある、汚れた下着って誰のだっけ」ホタルは意地悪く染みになった部分を指差す。ひいい、こんなところに置きっぱなしに、深海様に見られていないかしら、そう考えると恥ずかしくて顔が真っ赤になる。
「履いたほうがいいよ。庶民はコレぐらいの汚れは我慢するよ。そろそろシンちゃんも呼んで来ようか」そう言われ慌ててジャージを脱ぎ汚れたショーツを履こうとして、自分の下半身が糸をひく程にビチョビチョになっていることに気づく。ホタルに気づかれたら何と言われるか、わかったものではない。そのまま拭きもせずに履く淫汁が乾いてガサガサして気持ち悪く淫部を刺激する。
「なんで、そんなに濡らしてるの、おかしいんじゃない」ホタルは見逃さない。自分が媚薬を塗り込んでおいて酷い事を言うなんて、またショーツを激しく汚していると自覚できるほど淫汁が溢れている。
「ヰタ、明日は私も仕事で深海も学校なの、あなたはひとりで思う存分オナニー出来るのよ。嬉しいでしょ」
「そんなことしません」見透かされている。だが、コレは媚薬の効力が切れるまでの対処法なだけです。この状態をなんとかしなければ楼蘭に帰れない。でなければ、いつ国民たちの前で痴態を晒してしまうかも知れない。ヰタのそんな態度を見て、この娘はなにか今すぐに、自分の国に帰れない事情があるに違いない、試してやろうと思うホタル、
「反抗的ね。いまから私がいう事をメモ帳に書くことができれば、この家に置いてあげても良いよ、イヤなら明日の朝にでも、ここから出て行ってもらえるかな」まさかの言葉に絶句する
「なにを書けばいいのですか」
「言うよペンとメモ持ってよ」否応もなくヰタがペンを持つのを見ると、
「じゃあ今から言う通り書くのよ。私ヰタ・ファヴリティウスはパソコンで恥ずかしい動画を見ながら、イヤらしいバイブで何度もオナニーをしました。とても気持ちよくてもうやめれません。今日は念願のアナルバイブを使いアナルまで開発しちゃいました。ケツマンコ最高です。早く男のチンポが欲しいです。深海様、貴方のチンポで私を狂わせてください。マンコもケツマンコもガバガナになるまで犯してください。って書きなさい。イヤなら出て行くのよ」ヰタは今にも泣きだしそうな顔で震えながらも、ホタルの言う通りに書いた。やはりコイツは訳アリだな、これでアタシの思う壺だ。そう思いながらヰタの書いたメモを取り上げる。
「コレは誓約書替りにもらっとくわ。あんたが国にかえってから仕返し出来ない為にね」ヰタは今の文章を書きながらイッてしまっていたのでホタルの言葉はほとんど耳に入っていなかった。その事についてはホタルを騙せおおせたようだと変に安心するヰタだった。全部媚薬のせいよ。私は薬で狂わされているだけです。そう言い聞かせるヰタ・ファブリティウス皇女であった。
「それではヰタ・ファブリティウス皇女様、こんな荒屋で良ければ、気が済むまでお泊まりください」と丁寧に頭を下げるホタルだった。
「まるでコーマの休日じゃない。アタシ明日、ススメバチ号を買って来ようかしら」唐突に言いだすホタル。
「それはどういう事ですか」と理解に苦しむヰタ。
「コーマの休日って映画を知らないの、あとでパソコンで調べるといいよ。そうだ、これからはメス犬のアンと呼んであげるね」と嬉しそうなホタル。そしてキッチンから大きな声で深海を呼ぶと、ヰタは当分の間、召使いとして家におくのでチヤホヤしなくていいと言った後はコーマの休日の話をして、二人はあの映画のようだという話を続け、満足すると自分は明日は仕事なので、みんなも寝ようと、身勝手に話を終わらせるホタルであった。ジャージの上まで股間のシミが広がり始めたヰタも慌てて自分の部屋に戻って行った。
深夜も三時になり、また部屋に戻る深海。スマホでコーマの休日を検索すると、あらすじが書いてあった。コーマという架空の都市に訪問に来たアン皇女と新聞記者の恋愛ストーリーで、主人公の新聞記者がスズメバチ号というスクーターに乗っていたらしい。深海は、なんだか大きく違うがアン王女よりもヰタの方がずうっと綺麗だと思った。
朝はやく起きて、ホタルは朝ごはんと深海の弁当を作ると、出来るだけ早く帰ると言って車で仕事に出かけた。深海も学校があるので出かけなくなくてはならない。
「ヰタ、今日は帰ってから可愛い洋服を着ているところを見せてもらっていいかな、それと外に出ちゃダメだよ。皇女様がこの家に隠れているとわかったら大変なことになるからね。じゃあ僕は学校に行くね」と出かけようとすると、ヰタは昨夜眠れなかったのか、眠そうな顔で、深海にぴったり身体を押し当て
「いってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしております」気のせいか一晩で妙な色香が出て来たような気がした。深海はいつもなら、もうとっくに家を出ている時間を過ぎている事に気づき出かけた。
金城さんの家の前を通ると、主婦達が何人か集まってプンプン怒っていた。立派な一本糞は片付けられていた。金城さんが、
「画鋲をいっぱい巻いてやろうかしら」と言うのを聞いて、ヰタの足に画鋲が刺さったらどうしようと心配になり、家に駆けもどるとヰタは全裸で首輪をつけたままの姿で床の上をゴロゴロしていた。ヒーっと慌てジャージで身体を隠すヰタ
「深海様どうしたのですか…いま自分の洋服を洗濯をしていた…なので」と顔をひきつらせながら皇女は笑う。
「本当に外に出ちゃダメだよ。恐いおばさん達が怒って道に画鋲を巻くって言ってるからね」ポツリと言う。
「私のことを心配して帰って来てくれたのですね」とヰタが嬉しそうに笑い、
「それでは私にキスをしてください。そうしていただけたなら絶対、外にはでません」深海は照れ臭そうに頰に口づけをし、真っ赤な顔をしてまた家を出て行く。ヰタは嬉しかった。あまりに嬉しいので深海のベッドに潜り込み枕に顔を埋めてゴロゴロと回った。
深海は満員電車に揺られながら、いま自分は夢の中にいるのではないかと考えていた。でもヰタは、いつか自分の元から消えてしまう。お姫様の気まぐれに付き合わされいるだけでもいいや、ヰタの考えは理解出来ないけれど、とても綺麗で可愛いくて僕の部屋に居る。まるで未来からきた猫型ロボットのようだなどと思っていたら、急に涙が溢れた。ヰタがまた居なくなってしまうと思うと、胸が締めつけられて悲しくて涙が止め処なく溢れて来るのだった。電車を降りてとぼとぼと歩く、制服の袖で涙を拭きながら自分は何を泣いているのだろう。いま考えるのは、そんなことでは無い。先ほどヰタが言った、それでは私にキスしてくださいという言葉が、深海の頭の中でオートリバースを繰り返し、色んな表情のヰタが走馬燈のように駆け巡る。
「稲垣深海くん、どうしたの泣いているの」と大柄な女生徒が話しかけてきた。
「このあいだは、いきなり教室に行ったりしてゴメンね。ボクの名前は霧島彩葉っていうの、イロハって呼んでね」イロハは、170センチの深海よりも背は高く骨格も大柄だが、格闘家というより外国のポルノスターを連想させた。
「電車の中からずっと泣いてたでしょ。誰かに虐めらてるの。もし、そうならボクがやっつけてやろうか」黒髪に茶のブレザーの制服、スカートも膝丈で女子生徒の平均からすれば長い目だ。深海はずっと見られていたことに驚き、
「別に虐められてないから、放っておいて」という。
「じゃあ、なんで泣いてたの」と詰め寄るイロハ。なにも答えずやり過ごそうとする深海。校舎の門を潜り校舎に入る。
「ひとつだけ教えて、君のお母さんの名前はホタルさんでしょ」
「なんで知ってるの」母の知人の娘さんなのだろうかと考えていると、
「じゃあ、君はボクと結婚しなきゃいけないね」
「ダメだよ僕には」ヰタがいるからと言ってしまいそうになり黙ってしまう。
「はっはぁあん、それで泣いてたんだね。ボクにはライバルがいるってことだね。ボクは鬼蜘蛛の蛍の名前を受け継ぎたいから諦めないよ。ボクはしつこいから覚悟してね」というと行ってしまった。
「稲垣先生、俺を弟子にしてください」横で一部始終を見ていた櫻田Q太郎が、深海を羨望の眼差しで見つめていた。
「櫻田君、勘違いだから」説明する気もないのでさっさと教室に入るが、櫻田は横の席なので逃げられない。櫻田Q太郎のせいで、噂はあっという間に学校中に広まり、いままで目立たなかった深海は時の人となる。
昼休みに校庭を歩いていると、いままでになく皆の視線を感じ。アイツだアイツだとあちらこちらから声が聞こえ、目立ちたくない深海にとっては迷惑以外のなにものでもなかった。
長い学校での一日も終わりいつもの電車で帰宅する。電車内でいきなり知らない上級生に絡まれ困っているとイロハが来て、
「ボクに鬼蜘蛛の力を見せてよ」と言って眺めているので、上級生達は格闘家の霧島彩葉が認めるような拳法の達人かと思い、そそくさと逃げて行った。それを見て大笑いするイロハ、
「ありがとう、助かったよ。でも僕は喧嘩も格闘も出来ないよ」と頭を掻く深海。
「わかってるよ、でもボクがああ言って逃げるぐらいの奴なら、深海くんでも勝てたかもよ」イロハも仲々に性格の悪いヤツだなと思った。
「でも、ボクとつき合えば、ずっと守ってあげるよ。ボクをフったりしたら、ボクが君を虐めるかも知れないよ」と言ってニヤッと笑ったので、深海は頭に来てしまい
「殴りたければ殴ればいいじゃないか、僕は女の子からそんな言い方をされるのは嫌いだ。だから君とは絶対つき合わない」と言ってしまう。霧島彩葉はなにも言わず俯いたままひとことも話さなかった。
深海が家に戻ると、ヰタが深海のベッドからマットをのけてシーツを外し、部屋の日が入るところにマットを干して、洗えるものは洗濯機で洗いベランダに干してくれていた。深海はひと息入れようとキッチンの椅子に座り冷たい水を飲む。ヰタが薄目を開けて深海の顔をじっと見ているのに気づく。
「ヰタ、日も暮れるし散歩に行かないか、今日の服は随分可愛いね。昨日買った服なんだね」ヰタが目を開け深海を見つめる。
「深海様、少し話してもいいですか」
「いいよ、でも母殿のことなら僕は力になれないよ。あの人は、ああいう人だから」
「はい、私の身の上話を聞いていただきたいのです」深海はうんと頷く。
「私は皇女であったときも隣国の戦争も止めれなければ、飢えた人々を救うことも出来ず。そんな自分から逃げるために幼い頃から自分の殻にこもっておりました。このたび三日月ホテルでは偶然にも生き長らえてしまい。もう皇女として生きてなど行けません。これからはこの家の召使いとして、死ぬまでこの家で雇ってはてはもらえないでしょうか」また言ってる事が変わった。深海はヰタの真意はどこにあるのだろうと思い、
「昨日は、しばらくの間って言ってたよね。それから国に帰って礼金を支払うって言ってたよね。僕はお金なんて要らないけど、僕の気持ちも考えてよ。僕ねヰタはしばらくすれば居なくなるんだって、思ったら悲しくって満員電車の中でボロボロ泣いちゃったんだからね」深海はまた泣き出した。こんどはもう涙が止まらなくなり嗚咽しながら泣き続けた。それを見たヰタも胸を打たれ泣き出す。嬉しいそんなに思ってもらえるとは思いもしなかった、とても幸せだと号泣する。いつの間にか二人は堅く抱きしめ合い大声で泣き続けた。まるで行き場をなくした二つの清らかな魂が共鳴しているかのように。
ホタルはそんな時に帰って来たが、なにかあったのだな、そっとしておいてやろうと思い自分の部屋でくつろぐ。たまにはとオルガン奏者のジャズを聴くことにした。赤い背景に黒猫というジャケットのレコードを聴いていたが、片面が終わってもまだ泣き声が続いている。ホタルはキッチンに行くと、
「うるさい」と二人の前で怒鳴る。スイッチを押したようにピタッと泣きやんだ。二人とも涙と鼻水でスゴい顔をしていた。こんどはその顔を見て笑いあう二人だった。ホタルは夕飯を作る。ホタルの作った夕飯を食べながら、キュウリをはじめて食べたと喜んだヰタに対して、それは嫌味かアタシをバカにしているのかと言って絡み出すホタル。
「お前はこの家じゃお姫様じゃないの、この変態牝犬のアンが生意気な口を聞くんじゃないわよ」と言うと首輪を引っ張りヰタを虐めようとする。。
「母殿、やめてよこんなこと。変態は母殿じゃないですか、ヰタは悪気なく言っただけじゃないか。そんな言い方酷いよ。母殿からヰタに謝ってよ。ヰタはこの家にずっと住みたいと言ってくれたんだよ。僕も学校なんかやめて働くよヰタのことは僕が一生食べさせていくよ」ヰタのことで熱くなる深海。ヰタは深海の言葉に目を輝かすが、更に怒るホタルを困ったように見る。テーブルを両手でバンと叩くホタル、すっくと立ち上がり階段を登っていった。
「ヰタ、母殿を本気で怒らせちゃったみたいだ。でも気にしなくて良いよ、もし母殿がどうしても出ていけと言うのなら、二人で暮らそう。僕が何とかするよ」
「深海様ありがとうございます。ヰタは幸せものです」と言って涙を流し深海に抱きつき、唇に吸いついてヰタからのしかかっていく。そこへホタルが降りてきた。古い大きな革製の鞄を持っている。
「ヰタ、あんた本気でウチに嫁ぐ気なの。名前も捨てて深海に身も心も捧げるってのも、どうせ口から出任せじゃないの、あんたは自分の責任から逃げたいだけじゃないのかい、ただの庶民など後でどうにでもなると思ってるんじゃないのかい。あんたじゃなきゃ今更こんな名前だすつもりもなかったけど、これでもウチは鬼蜘蛛衆と呼ばれた家系でね。おっと、深海は聞かなくてもいい話だから、自分の部屋で寝てなさい。話しによっちゃ、この姫様すぐにでも叩き出す」深海を部屋から追い出すとキッチンのドアは閉ざされた。
せっかくヰタと心が通じあえたのに、ホタルを怒らせてしまうなんて、なんでだよ。母殿も勝手だよ。部屋に戻ると怒りが込み上げてきた。心なしかマットから陽の匂いがした。マットをベッドに戻しカバーのない枕に顔を埋める。ヰタの唾液の匂いがして心地よかった。先ほど母殿は鬼蜘蛛衆と言ってたなぁ。霧島彩葉も鬼蜘蛛衆を知っているようだった。深海はスマートフォンで鬼蜘蛛衆と検索してみると、漫画家ワイルド猫澤の処女作『鬼蜘蛛の蛍』の主人公・稲垣蛍の属する秘密忍者組織とだけ書いてあった。古いアダルトコミックのようで中古でも随分と高値がついており深海の手がでるような代物ではなかった。表紙の写真だけは見つけれた。母殿を卑猥な漫画にすればこうなるだろうなと思ったが、それ以上の情報はなく。土蜘蛛衆となにか関係あるのだろうかと思い、土蜘蛛衆を検索すると株式会社・土蜘蛛社のホームページが出て来た。当社は五百年の歴史を持つ害獣駆除業者です。土蜘蛛から鬼スズメバチや巨大ムカデなど山や平地の害獣駆除はお任せください。スタッフ一同のところに、殺虫スプレーを持ったドリル男の写真が載っていたのが可笑しかったが直接関係はないようだ。次にワイルド猫澤で検索をかけて見る。見覚えのある顔だったヒョロっとした細面のニヤけた男だった。幼稚園の頃、何度か母の変わりと言ってバイクで迎えに来てくれてはオモチャを買ってくれた人だ。ある日ホタルに見つかり男は殴り倒されバイクまで破壊されていた気がする。ワイルド猫澤と母殿は知り合いなのだ。あの時はじめて母殿は恐い人だと思ったのを思い出す。なんせアレはトラウマレベルの出来事だったので忘れようがなかった。ワイルド猫澤は今も漫画を描いているようなのだが、アダルトコミックしか描いていないので手が出し難い。母殿があそこまで怒ったのを見たのはアレから一度もない。そう考えるとヰタに対しては、そんなに怒っていないのかも知れないと深海はなんだか安心した。
扉が開きヰタが入って来た。
「明日から私が炊事洗濯をする事になりました。土日は一日中トレーニングです。私が鬼蜘蛛衆を再興させれば、深海様の妻と認めていただけるとホタル様は言われました。では明日は朝早いので眠ります。深海様おやすみなさい」だから鬼蜘蛛衆って何?と思う深海だった。ヰタは自分の部屋に行ってしまった。ホタルの車がガレージから出る音がした。キッチンには茶猫のピッピだけがいて、深海の顔を見てニョニョーオと鳴きながら尻尾をピピッと跳ねさせてカリカリをねだる。深海はピッピのトイレを掃除して、カツオ味のカリカリをピッピの皿に入れてやる。ピッピは嬉しそうに腹を見せて転げ回る。
「ピッピは可愛いなと」腹を撫でていると背後に気配を感じ振り返るとヰタがいた。寝たんじゃないのと言おうとすると、ピッピの横にゴロンと寝転がり
「ヰタもお腹を撫で撫でしてください」深海が笑いながらヰタの腹を撫でると、もっと可愛がってくださいとゴロゴロ転げ回る。そんなときにホタルの車が帰ってきた音がした。すると脱兎の如く走り去って行くヰタであった。ピッピは最近ヰタに奪われていたソファーを取り戻し嬉しそうにしている。
ホタルが玄関から戻ってきた。なんとなく嬉しそうに見えた。
「母殿、どこに行ってたの」深海が聞くとホタルはワインのボトルを持ち上げて見せた。ホタルがワインを買って来たのを見るのは祖父母が亡くなって依頼、始めてのことのように思えた。昔はひとりでよく飲んでいて祖父に叱られていたことが、深海の脳裏に昨日の事のように甦える。
「あれコルクじゃないんだ」と独り言をいうホタル。金属のキャップを開けて耐熱性の分厚いガラスコップに赤ワインをそそぐ。ひと口飲んで、美味いと言ってから青カビのチーズを皿に乗せてツマミに並べた。この臭いチーズの匂いも久しぶりに嗅いだ。
「母殿がお酒を飲むなんて久しぶりですね」
「父さん達が死んで以来飲んでなかっから、一年振りぐらいかなぁ」ワインを飲みながら口もとに笑みのこぼれるホタルなど、本当に珍しいと深海は母を眺めていた。
「シンちゃんも飲む」
「未成年なのでけっこうです。それより母殿に聞きたいことがあります」と言ってホタルを見つめる
「鬼蜘蛛衆のことだろ、アタシもあんたに話そうと思ってたんだ」頷く深海。
「最近この辺じゃ害獣狩りをやってるのは土蜘蛛衆ぐらいだからね。我が家は代々害獣狩りを生業としてきた家系で鬼蜘蛛衆という。歴史は土蜘蛛衆よりも古いんだよ。父さんと母さんが死んだのも雨の日に害獣狩りに出かけて、濁流に巻き込まれたんだ」
「なんで今まで隠してたんですか」
「父さんも母さんも、鬼蜘蛛衆はホタルで終わりにしようと言ってたからね。アタシだって、あんたが産まれてからは今の仕事が休みの日に時々手伝ってたぐらいだから、なんせたいして儲からないのよ。おまけに危険だしね」と言って笑った。
「母殿、じゃあどうしてヰタに、そんな危険なことをさせるんですか」ホタルを睨みつける深海。
「さっきヰタをテストした。あれ以上の適任者はいない。爺ちゃんが生きてたら凄く喜んだと思うよ。それにお姫様が名前も身分も捨てて仕事もないんじゃ、どうやって生きて行くのよ」とワインをグビリと飲む。
「僕もテストしてください」深海が言うと、ホタルが古い革鞄を指差し、
「開けてみな」と言った。開けると子供の頃に、よく祖父に渡された金属製のパズルや何に使うかよくわからない物の数々だった。深海はあっと驚く。
「僕だって方法さえ教えてもらえれば出来ますよ」とむきになるが、
「それじゃあテストにならない。そのために先祖代々このテストをやらせている。害獣狩りは団体競技だと思いな、これが出来ないヤツはすぐに死んじまうか、仲間を殺しちまうんだって鬼蜘蛛衆では語り継がれている。だからダメだよ。ヰタは鞄を開けてものの数分で全部クリアーした反射神経もスゴい。あとは体力をつけて慣れさえすれば、ひとりで仕事ができる」
「母殿、害獣狩りは団体競技だって言ったじゃないですか、ひとりで仕事が出来るってのはおかしくないですか」深海は食い下がる。
「まあ、お前のその直線的な思考がこのテストをパス出来ない理由だよ。山に居る害獣狩りは自分たちだけと思うな。中には違法な機関銃を持ち歩く奴もいれば、他人の狩った獲物ばかり狙う奴らもいる。気配を感じれなければ必ず死ぬ。害獣と誤って人間を殺める。そんな奴は鬼蜘蛛衆には要らない。わかったら、お前は普通の仕事をしてヰタを養え」
「それじゃあヰタは働かなくていいじゃないですか、僕はヰタが心配なんです」まだ諦めない深海。
「お前はヰタと出逢って、たった数日しか経っていない。十年もすればヰタより若い女の子に夢中になるかも知れないし、病気で死ぬかも知れないよ。アタシはこのテストに合格出来なければヰタを追い出すつもりだった。まだわからないよ。余りに体力が無ければ追い出して楼蘭に帰ってもらう。最終の判断は二カ月後だ」またワインをグイッと飲む。
「他にも教えて欲しいことがあるんです。『鬼蜘蛛の蛍』って漫画のモデルは母殿ですよね」グラスを落としそうになるホタル
「まさか読んだんじゃないでしょうね」と狼狽える。
「まだ読んでませんよ。その様子じゃ余程、僕に見られたくないようですね」ホタルはコップのワインを飲み干すと、
「そこまで言われたら、しょうがないわね楽しい話じゃないけど、あんたがアタシを挑発したんだからね。最後まで聞きなさいよ」そう言うと深海を見つめる。深海は頷き、
「話してよ。じゃあワイルド猫澤のことも教えてもらえますか」と言った。苦笑するホタル。
「ワイルド猫澤が深海の父親だよ。認知すらしなかった癖に、あんたが幼稚園の頃、勝手にオートバイで連れ回したことがあってね。あんまり頭に来たんで半殺しにして、バイクは燃やしてやったわ。こんど深海に近づいたら自殺に見せかけて殺すって言ってから来なくなったのよ。つまんないヤツよ」やはりあの記憶は間違っていなかったのだ。そして母殿は自分が考えていたよりも、そうとうに危険な人間だったことに今更ながら気づいた。
「あと、なんだっけ。ああ鬼蜘蛛の蛍ね。あの漫画にはアタシのあらゆる性癖が、書かれてるのよ。アタシが綺麗な女の子が好きなことはアンタもだいたいわかってるでしょ。でもアタシの性癖はそれだけじゃない。大袈裟に言うとコレが変態って奴なのかと嘔吐するか、アタシの虜になるぐらいにスゴい奇書と呼ばれる類いの本よ。いま一冊五万円ぐらいじゃない。でも、アタシの部屋には、まだ二百冊はあるから読みたきゃ読めばいい。ネットで売ってるのはアタシ本人なんだから、あの本が出版された時に、アタシはほんとうに腹がたったんで出版社の倉庫からあらかた盗み出してやった。原稿も頂いてあるの。商品の発送は海外経由で発送されるから足もつかないのよ。アタシの熱烈な信者が海外にもたくさんいるからできる技よ。因みに鬼蜘蛛の蛍には、鬼蜘蛛衆の事など描かれていないのよ。鬼蜘蛛の蛍という名のボンデージクイーンが想像を絶する変態プレイで世界中のマゾ達を満足させて行くというくだらない漫画よ。でもほんとうのアタシは稲垣ホタルとして普通に知り合った人達とだけ関係を持つ。ある時は酒場で知り合った男、ある時は息子が拾って来た綺麗なお姫様」深海は部屋を出て行こうとする。ホタルはそんな深海を捕まえ捻じ伏せる。
「なにを逃げてるのよ。最後まで聞く約束だったじゃない。あと十秒で話は終わったのにねえ。ヰタはアタシのオモチャなんだから駄目よ、アタシあの娘のこと気に入ったの、もっとイヤな話ししたげようね。あんた童貞でしょ。ヰタとヤレるチャンスあったよね。ヰタから誘ってたんじゃないの。でも、そんなに欲情しなかったのよね。なんでか母さんは知ってるわよ。あんたが一番やりたいのはアタシだからでしょ。アタシが部屋でオナニーしてるの覗き見してオカズにしてるんじゃないの。さすが変態の子は変態だね。お母さんのお尻の穴で童貞卒業させてあげようか」と言ってから、
「これで話は終わりよ。ちゃんと話したいんなら、それなりの覚悟しなさい。アタシはひとりで飲んでるわ。ヰタは多分部屋で待ってるよ、あんたのことをさあ」深海がなにも言わず自分の部屋に戻るのを見て、
「この根性なし」と罵声を浴びせる。
一ヶ月が経ちヰタは別人のように成長した。急な性への目醒めのせいか、目に見えて胸は大きく膨らみ、驚くほど色気が漂い出した。蜘蛛狩りに関しても、土日だけの修行にも拘らず、ホタルも舌を巻くほどの成長ぶりだった。
「ヰタ今日は、本当の土蜘蛛を狩りに行くよ」そう言うと鬼蜘蛛衆が昔から使っていた糸切り刀を渡す。ホタルが久々に仕事を受けて来た。阿波国村に最近出没する土蜘蛛を追い払う仕事だ。阿波国村は山向こうの集落だが鬼蜘蛛衆とは古くからの付き合いで、現在の村長は
「ホタルちゃん随分と久しぶりだね。その綺麗な娘さんは誰だい」と酒倉はヰタをみて言う。
「新弟子のヰタです。この娘は千年にひとりの逸材かもしれないの」とホタルは笑った。ペコリと頭を下げるヰタ。
「壱崑さん、どうして村から近い土蜘蛛衆に頼まなかったの」ホタルは自分の疑問を口にする。
「阿波国村も随分と近代化しただろ」と笑ってから壱崑は話を続ける
「土蜘蛛衆のヤツらは会社になってから変わってしまったよ。あいつらが山に入ると土蜘蛛たちの死骸だらけにしやがる、あいつら土蜘蛛の魂球が欲しいだけだからな。山を荒らされるのはゴメンだ。あんたらなら最低限の土蜘蛛しか殺さんだろうと思ってな」
「ヰタは鬼蜘蛛衆の
「式鬼は存在します。私は使う自信があります」静かに力強く話すヰタ。そしてホタルから壱崑に、
「場所は艦滝の近くでしたね。陽も落ちそうなので、さっそく行って来るわ」と告げると、ホタルとヰタは足早に山に向かいはじめた。ヰタ達が身につけている鬼蜘蛛衆の装束は、昔から伝わる布製のものではなく、近代的なラバースーツで身体にピタリと張り付いたボンデージ風の物だった。ホタルの趣味と土蜘蛛の溶解液を避ける実用性が混在した色気のあり過ぎる過激な装束だった。歩くほどに道はどんどん険しくなり、登って行くにつれ陽が沈んでいった。滝の音が聞こえる。この滝は沙奈湖から溢れ出た水が滝になったもので、時々濁流を引き起こす厄介な場所でもあった。
「ヰタそろそろ、土蜘蛛が出るかも知れない気をつけるのよ」糸切り刀の鍔に指をかけるホタル。
「ホタルさん刀は使わないでください。もう蜘蛛たちは私達の四方を囲んでいますよ」ヰタは、そう言うと犬や猫でも呼ぶように舌を鳴らしだす。ホタルはヰタを信じて何もせずに様子を見ることにした。暫くすると四メートル近い大蜘蛛がヰタの前にゆっくりと静かに現れた。
「おいで、おいで、どうしたの」とヰタはまるで大蜘蛛と話しているかのように見えた。
「そうなの、それは大変ね私が話してあげましょう」いやヰタは本当に土蜘蛛と心を通わせているのだ。
「これが式鬼です。ホタルさん私と一緒にこの子の背中に乗ってください」ヰタは大蜘蛛の背中に跨がりホタルもこっちに来いと言う。ホタルがヰタにつかまり蜘蛛の背中に乗ると大蜘蛛はゆっくりと歩きはじめる。雲の隙間から満月の光が差し込むとホタルは信じられない光景を目にする。自分たちの周りには何百という数の土蜘蛛がおり、群れを成し規則正しく並んでいた。そしてその大群はゆっくりと行進している。その指示を出したているのは他ならぬヰタなのであった。ヰタは国を捨て大自然の皇女となるために、深海の前に現れたに違いないと、ホタルは月に照らされたヰタの神々しい姿に、まるで大自然の皇女であるかのような威厳を感じた。やがて山深い場所にある洞窟の入り口に辿り着く、そして蜘蛛たちはその場所から動こうとしなくなった。
「ここね」というとヰタは大蜘蛛の背中からひょいと飛び降りると洞窟に向かってどんどん歩いて行く。ホタルは洞窟から漂うただならぬ気配で一歩も前に踏み出せない。この大蜘蛛ですら踏み留まり動けないのだ。風が吹き雲が流されヰタは月に明るく照らし出された。突然、洞窟から信じられないぐらいに巨大な
「怒らないで、私はあなたと話しにきたの」怯えた様子もなく、まるで仔犬にでも話しかけるように優しく言った。ヰタのその声で大蜈蚣はピタリ止まった。
「ここに来る途中であなたを怒らせた人達を連れて来ました」土蜘蛛たちが、大人の男ほどの大きさをしたマユのような物を十数個、大蜈蚣のまえに並べていく。ホタルはマユの先から人の顔が出ているのが見えた。あれは土蜘蛛たちの糸に絡めとられた人間だった。ヰタは糸切り刀をサッと抜きマユを斬る。そのマユの中から土蜘蛛衆の装束を着た人相の悪い男が這い出して来た。男は蜘蛛の糸に絡まったマシンガンで大蜈蚣を撃とうと必死になって銃から蜘蛛の糸を引き千切っている。
「あなたたち、滝のところから私たち二人を狙っていましたね。それに毒ガスまでお持ちのようですが、そんな事をしたら山も川も死んでしまうのですよ」とヰタは強い口調で言った。
「コレは仕事なんだよ。子供の遊びじゃねえんだ。なに様のつもりだ」と野盗のごとく吠える男に、
「私は、元ある国の皇女様でしたが、それとこれとは別の話ですよ。あなたたちの毒ガスは土蜘蛛たちに処分させました。皆さん反省すらされていないようですね。仕方ありません」ヰタは刀を鞘に収めると自分よりもはるかに大きな男を蹴り飛ばす。男は、まるでボールのように数メートルもまい上がり、そのまま大蜈蚣の腹にぶつかり地面に落下する。そして、
「お口にあうかは存じませんが
「行きましょう人間とは愚かなものですね」と言いながら月に照らされた山道を歩いていく。大蜈蚣からはなれるにつれて男たちの悲鳴は少しづつ小さくなって行き、やがて艦滝の流れる水音だけが山の夜道に響いていた。
阿波国村からの帰りの車中、ヰタから話しだす。
「深海様の事なんですけど、お話を聞いてもらってもいいでしょうか」ホタルは、今回のヰタの働きに神を見た気持ちになっていたものだから、深海の名前で一気に現実に引き戻される。
「ああ、いいよ。何かあったの」助手席に座るヰタは、やはり美しく、何故あの冴えない息子を深海様と呼び、恭しく扱うのか理解に苦しむホタルであった。
「あの人、最近浮気してるみたいなんです。先週は、ただの一度も抱いてもらえなかったんです」と涙ぐむ。
「ええ、アイツが浮気!そんな相手いるわけないよ。それに先週って、たったの一週間じゃない」ホタルは更にヰタがわからなくなる。
「それまでは毎日、何回も抱いてくださいました。それに他の女の匂いがしました。時々ひとりでニヤニヤしてるから、どうしたんですか?いい事でもあったのですかと聞いたら、ハッとして、なんでもないとか言うんです」
「ええええ!ないだろう」顎が外れそうになるホタル。
「先日、寝言でイロハと愛おしげに呼ばれて居られたもので、ハイと応えてやりましたら抱きついてこられたものですから、おもいッきり引っぱたいて、私はヰタでございますと言ってやりましたの、そしたら深海様ったら、驚いて目をまん丸にした癖に、すぐに目を閉じて寝たふりするんです。だから顔中、引っ掻いてやりましたの」と地団駄を踏み、悔しい悔しいと泣き喚き出した。ホタルは返す言葉もなく、カーステレオの再生ボタンを押した。ホセの歌うライト・マイ・ファイヤーが鳴り始めた。ホタルは内心、さすがアタシの息子と思い笑いそうになった。笑いを堪えている事で頭の中で可笑しさは増幅しループしはじめる。そして堪えきれなくなりホタルはついに爆笑してしまう。その笑い声を聞いたヰタは突然黙り恐ろしい眼で睨みだす。ホタルもしまったと思い口を噤む。
「いま笑いましたよね」いつもの弱々しいヰタではなかった。一種殺気じみた禍々しい気を放っている。ホタルは路肩に車を止めて、ゆっくり話すことにした。
「なにが可笑しいのですか…」この娘はこんなに強い気を持っていたなんて、土蜘蛛衆を大蜈蚣に食わせたことを思い出して背筋に悪寒が走る。
「ヰタ、ゴメンね。そんなつもりじゃなかったの」ヰタの目を見る。静かにメラメラと嫉妬の炎を燃やし、やり場のない怒りをホタルに向けている。
「ゴメンね?それが人にたいして謝まる態度ですか。あああ成る程。申し訳ございません。私は牝犬でございました。それでこんな仕打ちをされるのですね。イロハとは誰ですか、ホタルさんが仕組んだのではないでしょうね。貴女の知り合いですか。多頭飼いしたくなったのですか白状しなさい。お前は飼い犬に手を噛まれるって言葉を聞いたことがありますか」ヰタが狭い車中で、語気を荒げながら少しづつ詰めよって来る。
「ヰタさん、ごめんなさい。本当に申し訳ない」この娘、本当に怖いよと思い謝りなおす。
「何に対して、謝っておられるのですか。私が怒っているので、なだめようと謝るフリをしているだけでしょう。だいたい貴女がそんな具合だから、深海様が浮気などされるのですよ。全部、貴女の教育がなってないから、こんな事が起こったのですよ。いいですか、戻ったら真先に深海様を叱ってください。そして金輪際、浮気などせぬと誓わせてください」だんだん声が大きくなり今にも泣き出しそうになるヰタ、いきなり後部座席から糸切り刀を引っ張り出し、
「そうしてもらえないのなら、この刀で自分の喉元を掻っ切って、死んでやる。死んでやる死んでやるうううう うわああああん深海様あああ深海様あああああ」駄々っ子のように泣きだす。しばらくすると泣きやんで、取り乱して申し訳なかったが、本当に叱ってくれ、それまでは深海の部屋では寝てやらないと言って欲しい。それまで自分の部屋にいるので深海に詫びに来るようにさせてくれと言うと、何も喋らずシクシクと泣き続けた。
ホタルは内心、面倒臭えと思いながら車を走らせる。苛々するのでホセ・フェリシアーノをカーステレオから取り出して、マシンヘッドをかけたつもりだったが、深紫伝説が鳴りだした。大差ないのでそのままにして、黄色い小型四駆で夜明け近い国道を飛ばした。
家に帰るとヰタが、わざとらしく大声で、
「いま帰りました。お部屋にどなたか居られるといけないので、自分の部屋で眠ります」と言って、靴も脱がずにドカドカと大きな足音を鳴らして糸切り刀を持って部屋に入って行った。
仕方なく深海の部屋に入るホタルだった。深海の両頬に、惨たらしい引っ掻き傷があるのを見て苦笑する。
「お前、本当に浮気してるの」と切り出すホタル。
「母殿まで、そんなこと言う。するわけないでしょ」もう、うんざりという顔をした。
「じゃあさあ、イロハって誰」ホタルの質問にドキッとした様子だったが、はあと溜め息をついて、
「ウチの学校の変な先輩。最近見かけないけど」
「なにが変なの」
「母殿のこと知ってるみたいでね、イロハさんは鬼蜘蛛の蛍の二代目になりたいから、僕に結婚しろって前に言って来た人なんです。意味がわからないんで、イヤだって言ってから見てません」その瞬間部屋の前でガシャンと大きな物音がする。見るとヰタが床に糸切り刀を落としていた。
「あんた、盗み聞きしてたでしょ」ホタルが言うと、その事には応えず、
「そんな迷惑な女は、斬り殺した方がいいのではないですか、深海様が斬れとおっしゃってくだされば」とヰタが言う。
「ヰタ物騒な事言わないでくれよ。相手は普通の女子高生なんだから」と言いヰタから糸切り刀を取り上げる深海。深海にぴったりとより添い伏せ目がちに、
「それでは、どうして私を抱いていただけないのですか、それに寝言で呼ぶなんておかしくないですか」ヰタが言う。
「僕は、まだ高校生なんだよ。毎日あんなことするのおかしいと思ってね。コレは母殿が悪いんだからね。ヰタに嫌らしい事ばっかり教え込んでさあ。僕疲れて授業中に居眠りばかりしてしまうんだからね。浮気なんかしてないから、害獣狩り以外で刀も出さないで」糸切り刀を床に置くと、ベッドに寝転がり二人に背を向ける深海であった。
「深海様、本当に申し訳ございません。ヰタにお詫びをさせてください」と言いながらベッドに寝転び、ホタルに向かって目で出て行くように合図するヰタ。
「はーい」面倒くさそうに返事し部屋を出て行くホタル。あのメス犬ったら最近本当に態度がデカいんだから、と首輪は気に入った様子でどんな時もつけているヰタに苛立つホタル。
ホタルはヰタの部屋に行くとパソコンから猥褻動画を全部削除して、バイブレーターやディルドを片付けて持ち去る。深海の部屋からヰタの喜びに満ちた喘ぎ声が家中に響きわたるのが無性に腹立たしい。ヰタに手をだすと深海が怒るので、別のオモチャを探さないとストレスがたまって仕方がないと自身の衝動を正当化していく。平日の事務仕事ではホタル好みの可愛い少女との出会いがあるはずもなく、ここ数年、男性への興味が薄らぎ女性ばかり漁るようになっている。そんな自分を忌まわしく思う時もあったのだが、ヰタを見た瞬間にそんな嫌悪感など吹き飛び、くだらない貞操観念など、どうでもいいと開き直り極上の玩具と喜んでいたのも束の間、最愛の息子にヰタという最高の玩具を取り上げられてしまい手が出せない。あの時、自分に跪いて欲望に震えていたヰタの顔を思い出すたびに、深海様と嬉しそうにし、ホタルを軽視する最近の姿が疎ましくなる。
家にいてもムカムカとムラムラが収まりそうもないので出掛ける事にした。玄関の横に深海の部屋があるので、ヰタの悦びの声を聞きながらヒールを履き表にでる。時計をみると未だ朝の九時だった。阿波国村の仕事はヰタのお陰で土曜日中に片付いて、日曜の早朝に帰って来れた。土曜の早朝から一睡もしていないのだが、どう言う訳かまったく眠くもなかった。ホタルはタイト過ぎるグレーのスーツを着て電車に乗るミニ過ぎるタイトスカートがホタルの美脚を強調する。おまけに今日は9センチのヒールを履いているので163センチのホタルもかなりの長身に見えた。電車の中はガラガラに空いていたが、敢えて仲の良さそうな若いカップルと迎えあった席に座る。ホタルの短かすぎるスカートは、膝上にバックでも置かないと下着が見える。そんなことは承知の上で座りバックを移動したり足を組み換えたりしてスマートフォンのカメラで、男の視線と不快そうな彼女らしき女の表情を楽しむ。目的の駅に到着する頃には乗客も増え、あちこちから男たちの熱い視線を感じる。電車を降りるとエスカレーターは使わず、急な階段を選んで改札に向かう。タイトスカートなのでかなり短い丈だがギリギリ下着は見えないのだが、立ち止まって爪先のゴミをはらっているかのように屈み、しばし露出の快感に酔いしれる。改札を出たところで外国人旅行者から道を尋ねられる。耳馴染みのない言語で、なにを言っているのかもわからないので、手を振って街にでる。この駅が、近辺では一番大きな街だ。ホタルはまず新しい下着を数枚、上下セットで買ってから洋服を見てまわる。それ以外にはなにも買わずブラブラと歩いていると、ティーンズが多く集まるショッピングモールにたどり着いた。たまには若い娘が着るような服でも見ようとショップに入る。アレンジすれば自分が来ても問題なさそうだとホタルは数点試着するのだが、コレという決め手にかけるので購入はやめて店を出ようとした時に、若い女性とぶつかった。その弾みでホタルのバックの金具が女性のカーディガンに引っかかって小さな穴を空けてしまった。ホタルは済まないと詫びると、相手は感じよく自分の不注意なので気にしないでくださいと言い店の中に入って行った。顔も悪くない髪型は今一だなぁと思いながら全体像を眺める。スタイルはとてもよくホタルの琴線に触れた。ホタルはカーディガンの女性を追いかけて行き、急いで居ないなら、お詫びに食事でもどうかと声をかけたところ、自分は十八歳なのだが、こういう若い人達のファッションが、よくわからないので、自分に似合う服装を見立てくれないかと言った。もともと彼女が着ていた洋服とは正反対の、派手で露出度が高いものを見繕って着せてみる。ホタルは心の中でストライクと叫んだ。おとなしい服装に反して随分と過激な下着を身につけているなと観察していると、女の内腿に薄っすらと縄の形が残っているのを見つけ、ニヤリほくそ笑む。
ホタルは女を連れて、安価なイタリア料理店にはいる。ホタルが選んだ洋服を着て先ほどとは別人のようになった女は、こんな露出度の高い服を着るのは、はじめてで少し恥ずかしいと頰を赤らめていた。
「でも縄が好きなんじゃないの」とホタルは少し意地悪そうに笑う。女はホタルの眼を見つめてコクリと頷き、自縛が趣味なのだがはじめて他人に話したと言った。そこからは、もうホタルの思うままに事は運んでゆく。
すっかり日も落ち時計をみると夜の七時をまわっていた。ホタルは女にモウモウちゃんという名前をつけてやった。モウモウちゃんは屈辱的な名前をつけられて、とても嬉しい。あなた専用の牝牛としてこれからも可愛がってくださいと言うので、ホルスタインという苗字もつけてやる。モウモウ・ホルスタインは、貴女様専用の乳牛でございますと声を上げて悶絶した。二人でホテルを出るとモウモウちゃんは自分の連絡先をホタルに渡して雑踏の中へと走り去った。
ホタルが家に戻ると、ヰタと深海が仲むつまじく笑いあっているので、声もかけずにキッチンで独りワインをのむ。アテにオムレツでも作ろうと思い、冷蔵庫から卵を取り出すと妙に軽い、よく見ると小さな穴が空いている。ヰタだアイツがマイストローで冷蔵庫の卵を全部飲んだのだ。ホタルが何度叱っても、申し訳ございませんと詫びるのだが、しばらく経つと冷蔵庫の卵を全部飲んでしまう。最近は殻を捨てずに冷蔵庫に残しておくようになり、ホタルも腹に据えかねていた。
「ヰタ!また卵を全部飲んだね。飲んだらゴミ箱に捨てろって、何回言ったらわかるの」怒鳴るホタル。ヰタも最近このやりとりを面白がっているようで、ホタルが怒鳴ると、まったく似ていない蛇の物真似をしながらキッチンにやって来る。
「ニョロニョロニョロニョロ」少しニヤケながら両掌を合わせて蛇の動きを真似るヰタ。
「ヰタ、面白くないし」ホタルは、吐き捨てるように不機嫌に言う。
「私は卵が好きなのです。だからゴミ箱に打ち捨てられる卵は見るに堪えないのです。あれを見ると私のは心が傷むのです」コイツとうとう開き直りやがった。ホタルは、いつも定位置にあるヰタのマイストローを取ると、バキバキに折り曲げてゴミ箱に捨てる。ヰタが無言で泣き出す。何も言わずに深海の部屋に戻ると大声で泣き出した。
「母殿、またヰタのストロー捨てたでしょ。やめてよね!ストロー捨てると朝まで泣くんだよ。僕、大変なんだからね」
「あいつが冷蔵庫の卵を全部飲むから悪いんだよ。ちゃんと卵全部飲まないように言ってよ。飲んだ殻はゴミ箱に捨てさせろ」ホタルが怒鳴ると深海の部屋からの泣き声が大きくなる。
ストロー捨てたあああああああ。あの変態の鬼ババアが、ストロー捨てたあああああうわああああああああああああん。
稲垣家の夜は更けていく。
結局ヰタは、朝の五時まで泣き喚くので、深海は、ふらふらしながら学校に向かう。ホタルは前日眠っていなかったので、ワインの助けもありよく眠れた。小型四駆で会社に向かう。ヰタは深海のベッドでよく眠っていた。
数ヶ月が経ち、ヰタはひとりで仕事をするようになり、鬼蜘蛛のヰタの名声は響きわたった。ヰタが山に入るたびに土蜘蛛衆の者が行方不明になる事が度重なり、さすがに怪しいと土蜘蛛衆はヰタをマークし始めた。
「おいドリル男、あんな小娘ひとりに俺達十人は多過ぎないか」
「三太悟郎よ、社長が言うんだ。黙って従おうや」土蜘蛛衆は、架空の依頼人をでっちあげ、ヰタを山深い峡谷に誘き寄せ始末するつもりだった。ヰタは八方を囲まれてマシンガンで狙われている。
「さっさと片付けて帰ろうや」ドリル男が引き金を弾こうとするが、その場所にヰタはいなかった。
「随分と卑怯な事をなさるのですね」ヰタはドリル男の真横にいた。
「いったいどうやって」青褪めるドリル男。
「生き残ってるのは、貴方たち二人だけですよ。帰って社長と言う者に、これ以上、山を荒らすのは止めるように伝えなさい。これが最後の警告です」三太悟郎が至近距離で45口径の自動拳銃をヰタの顔めがけ発砲する。自動拳銃が爆発し三太悟郎の腕が吹き飛び悲鳴を上げて転げ回る。
「蟻たちで銃身が詰まっていたのに」とヰタは顔色ひとつ変えない。そして足下から恐ろしい数の蟻たちが三太悟郎に這い上がり、全身を喰らい尽くし悲鳴も出せなくなり、次の瞬間には骨となっていた。
「お前が虫を操っているのか…」とドリル男が言ったとき既にヰタの姿はそこにはなかった。ドリル男は武器を全部捨て、狂ったように笑いながら、ゆっくりと山を降りて行った。その顔には精気はなく髪は一瞬にして真っ白になっていた。
ヰタは腰に、糸切り刀を刺して山を降りながら、虫達からの情報を整理していた。土蜘蛛衆の背後には、巨額の富で世界を意のままに操るモノたちの存在が浮き出し、きな臭い気配がした。
ほぼ毎夜おこなわれるヰタの度が過ぎたサービスに疲れた深海は、昼休みにゆっくりと眠っていた。そんなところをけたたましく櫻田Q太郎にたたき起こされる。
「イロハさんが食堂に来いってさ」というQ太郎に勘弁してくれよと思いながら、そういえば最近はあの女の子を見なかったなあと思いながら、仕方なく食堂に行くがイロハらしき生徒がいないので帰ろうとすると、
「無視しないでよ。ボクだよ」茶髪でパーマを軽くあて、階段なら下着が丸見えになるほどのミニスカートを履いていたポルノ女優さながらのギャルがいた。毎夜ヰタに精気を吸われている深海でも下半身が疼くほど色気をプンプン放っていた。
「どうだい、ボク変わったでしょ」と言ってテーブルの上に座って脚を広げると、白いシースルーの下着から性器が透けて見えた。
「霧島さん捕まりますよ」深海が言うがお構いなしに抱きついて来た。これは、ほぼ別人だ。わかるわけがないと思いながら、眠気まなこを擦りながらなすがままにされる深海だったが、背中に殺気じみた恐ろしい気配を感じ、妙な胸騒ぎに後ろを振り向くと、そこには静かに怒り、瞳の奥に業火を宿したヰタがたっていた。
「仕事帰りに、学校によって見れば貴方というお方は、こんな牝牛のような女とイチャついて」そう言うと糸切り刀の鍔に親指をかけ、
「私は鬼蜘蛛のヰタという者だが、人の亭主にそんな格好で言い寄るとは、それなりの覚悟はできているのだろうな」深海はヰタが刀を抜かないかヒヤヒヤしていた。
「キミが鬼蜘蛛のヰタなんだ。ボクも鬼蜘蛛の名前が欲しいんだ。キミを倒して鬼蜘蛛の名前をいただくよ」ヰタは深海に糸切り刀を渡すと、目にも止まらぬ速さで霧島彩葉を抑えつけると、下半身の破廉恥な下着を毟り取り、股を開かせてテーブルにあった醤油とタバスコをこれでもかと塗り込んでから、何もなかったかのように深海のもとに来た。
ひいいいいいいいいと下半身を押さえてのたうち回る美少女格闘家、
「ふん口程にもない。深海様お昼は、このメス牛のすき焼きでも召し上がってください」と言いながら糸切り刀を深海から不機嫌に取り上げて鍔に指をかける。その様子を見て危険を感じた深海はヰタに抱きつき、
「ごめんなさい僕が悪かったから、この娘を斬るのはやめてよ。明日は学校を休んで僕がヰタにサービスするから」と言うと、
「深海様、それは本当ですか」と言うとストローの刺さった卵の殻をどこからともなく取り出して深海に渡し、
「じゃあお風呂に入って綺麗にしてますね」と言ってニコニコしながら帰って行った。櫻田Q太郎が、
「きみ奥さんがいたんだだね」と言う。
「うん」と深海
「奥さん刀持ってるんだね」
「うん」
「綺麗な人だね」
「うん」
「恐ろしい人だね」
「そうなんだよ」
恥も外聞もなく校庭の水道で股間を水洗いする霧島彩葉が、
「熱いよ、痒いよ、痛いよ」と泣き叫んでいた。
ホタルはランチを済まして、会社の近くにある公園の野良猫と遊んでいると、モウモウちゃんから電話あった。彼女はすごい落ち込みようで、もう死にたいもう二度と学校にも行けない。全ての自信をなくした。今夜はこの汚い牝牛を無茶苦茶にしてください。あまりにも酷い落ち込みようなので、ホタルは仕事を早退して逢いに行った。話しを聞くと、高校の後輩の妻という刀を振り回す女にひと前で陵辱された。自分は格闘家で国の大きな大会でも良い成績を残しているにもかかわらず。華奢な色白の少女に指一本動かす事も出来ず。ひと前で、女陰や肛門に醤油やタバスコを流し込まれたと言い泣き出した。私は鬼蜘蛛の蛍と言う漫画に憧れて格闘家を目指したが、私を酷い目にあわしたのは鬼蜘蛛のヰタという鬼のような女だ。鬼蜘蛛衆が憎いと泣き出した。ホタルは鬼蜘蛛の蛍のどこに格闘シーンがあったか思い出すまでに非常に時間がかかった。ほんの2ページぐらいエロい格闘シーンがあった。それで設定上の蛍は拳で岩石も容易く砕く忍者だったなぁと思いだした。
仕方なくホタルは自分が、鬼蜘蛛の蛍だと話し。お前に酷いことをした鬼畜のような女はウチの嫁だと話す。モウモウちゃんは自分の本名は霧島彩葉といいワイルド猫澤という漫画家の娘だと言いだした。
「え!あんた十八歳だよね。お母さんが再婚したとか?」深海を身籠る前、自分は猫澤を独身と思い付き合っていたので計算が合わないと思い聞いてみる。
「いいえボクの父さんは、アダルトコミックしか描かないけど意外と真面目な人でね。母さんひとすじだった。五年前に母さんは亡くなったけどね」アタシは深海を産んだ時、騙されていたのだ。あの野郎!怒りで震えるホタル。この女を我が家に連れ帰りヰタにいびり殺すように仕向けようかと考えるが、せっかく手に入れた自分のオモチャをヰタに取られては身も蓋もないと公園のベンチでイロハの淫部を弄び、
「ダメだよ。ホタルさんに公園で、こんな風にされたら。ボクどうにかなっちゃう」
「お前は、いつでもどこでも気持ちよくなる変態なのよ」とホタルは公園のベンチでイロハに股を広げさせて、さらに続けていると、そこに婦人警官がピピピーと笛を吹きながらやって来て、あなた達こんなところで何をやっているのですかと叱られて公園を追い出されてしまう。どうも子連れの主婦たちに通報されたようだ。仕方なく欲望に火のついた二人は、ホテルですこし休憩することにした。
株式会社・土蜘蛛衆の社長室に、スワンと呼ばれる女がやって来た。社長の日浦信満は次々と行方不明になった土蜘蛛衆の家族達から安否を尋ねられるわ、人手不足で仕事も回らないわで、頭を抱えていた。
「あの半狂乱になった男の言うことが本当なら、あの鬼蜘蛛のヰタという女は我々のプロジェクトの大きな妨げになりますね」とスワンが事務的に話す。
「でもねえスワンさん、俺たちはそんな化け物みたいなヤツに太刀打ち出来ねえよ」日に焼けシワっぽい顔立ち、ギョロっとした大きな目に少し白髪が目立ち始めた髪。日浦は白くなった耳のうえを仕切りと掻きながら苛立たしげに言った。スワンは金髪碧眼で白い肌に真っ白なタイトスーツに縁無しの眼鏡をかけていた。
「日浦社長この写真見てください。似過ぎてると思いませんか」スワンは二枚の写真をとり出した。
「一枚目は鬼蜘蛛のヰタ。二枚目は楼蘭王国皇女ヰタ・ファヴリティウス」日浦は、この件から手を引きたがっている。私の話もどれだか聞いているものやらとスワンは感じているのだった。
「スワンさん、それがどうしたって言うんだ。俺はアイドルなんかの写真に興味ねえんだよ。この鬼蜘蛛の化け物をなんとかして欲しいだけなんだよ」日浦は写真もろくに見ずに、落ち着きなく言う。
「鬼蜘蛛のヰタとヰタ・ファヴリティウスは同一人物です。ヰタ・ファヴリティウスが楼蘭王国に強制送還されれば、私たちの悩みは解決するのですよ」スワンは日浦に疑念を抱いているが、そんな様子は、おくびにも出さずに話す。
「そんな簡単に動いてくれるのかねえ」日浦は鼻で笑う。
「私は楼蘭王国に、この情報を流しております。おそらく今頃は楼蘭から使者が向かっている頃です。そして日浦社長には、もうひとつプレゼントがあります。我が国の特殊部隊の者を三十名ほどお貸ししましょう。土蜘蛛衆としてお使いください」
「わかったよスワン。俺が兎姫山を手に入れたら採掘権は君の国に差し上げよう」もうこの国もこの街も、コイツらのものになるだろう俺はとんでもない事をしたのかも知れない。二機の軍用ヘリコプターが土蜘蛛衆の敷地に舞い降り屈強な男たちがスワンに敬礼をする。
隊長格の男がスワンの車に乗り込むと車は街のほうに走りだす。
「スワン。俺たちの情報が第十七共和国に漏れているぞ」彫像のような風貌をした隊長格の男が話す。
「やはりね、そろそろ日浦も用済みね」スワンは冷たく笑う。
「やはり、あの男か」土蜘蛛衆もそろそろ、お払い箱だと男は考えた。
「ヰタと言う娘は、そんなに危険なのか」
「実際のところ、よくわからないけど、処分しておいた方が良い。楼蘭は動いてくれたかしらね」
「今朝、王室の小型ジェット機が、こっちに向かったと聞いた」ニヤリと笑うスワン。
「面白くなってきたわね。パンツイー私たちも急ぎましょう」スワンはアクセルを踏み込み加速させる。パンツイーと呼ばれる男はホルスターから自動小銃を取り出しマガジンをガシャと装填する。
ヰタは、山に不審なヘリコプターが着陸したのを察知し土蜘蛛衆の集落に向かう。三十分とかからず山を走り抜ける。
目的地に到着すると、距離を開けて土蜘蛛衆の敷地内を観察する。ヘリコプターにはポリトーン連邦の国旗が入っていた。やはり、この山は他国から狙われていたと確信する。ヰタは軍服姿の男たちが装備を解くのを待つのだが、全員隙がなく警戒しているのか装備を解かない。この地形では蟻を放って数人を蟻に食わせたとしてもても、この男たちなら火炎放射で仲間ごと蟻を焼き殺すだろう。やはり山におびき寄せるしかないとヰタは判断し。体長五十センチ程の、鬼スズメバチを五匹ほど放って、上空を旋回させて様子を見ることにした。数人がヰタの気配を察知し忍びよる。男たちは対人レーダーでヰタを追っているようだ。それに気付いたヰタは、山深い場所に男たちを誘い込む。
「撤退しろ、それ以上奥に行くな」と一番後ろの男が号令をかける。なかなか頭のいいヤツだ。面倒なのでこの男から片付けようと、ヰタは鬼スズメバチに襲わせる。ヰタの指示で、そいつは数十引の鬼スズメバチに刺され全身を喰いちぎられる。残りの男達は全員で一番後ろの男ごと、鬼スズメバチを撃ち殺して行くが、その背後から土蜘蛛の糸に絡み取られ、動けなくなったところを生きたまま蟻に食われ骨になって行く。まだ二十人以上いると思いながら、気配を消し次の作戦を練っていると、空からいきなり男が降ってきて、ヰタを羽交い締めにした。鬼スズメバチを呼び背後の男を攻撃させるが、男は易々と蜂の攻撃を交わしヰタの正面に現れた。
「姫、ちょっと会わない間に、とんでもない人になったな」ドレッドヘアーで、細いが引き締まった身体、黒いサングラス。
「ザザ。なぜお前がここに」ザザは楼蘭王国に雇われたヰタのお気に入りの傭兵だ。ヰタの体術はザザから身につけたものだ。はじめからホタルをねじ伏せる事など容易く出来たのだが、性的な快楽に溺れてしまい、ホタルに身を任せていただけであった。
「姫を連れ戻せと言われてきた」
「ザザ、私は嫁ぎました。なので帰りません。この地で骨を埋めることにしました。そんな事より、どうやって私を見つけたのですか」
「あんたの専用機で、この国に来たら山の中から、あんたの気を感じたので飛び降りた」飛行機からパラシュートもつけづに飛び降りたと言うザザに、
「はあぁ、あなたはロボットなのですか、それとも神なのですか」と呆れるヰタ。
二人はポリトーン連邦の兵隊たちの気を感じた。いきなり腰から拳銃を抜くと弾倉が空になるまで撃って山奥に走るザザ、ヰタはザザの前に走り出て道を案内する。
「五人は仕留めた。困ったら俺を呼べ。虫よりも役にたつ」ヰタはザザに道を案内し、主のいる洞窟へと誘う。そして洞窟の大蜈蚣をザザに紹介するヰタ。ザザはサングラスを外し、姫の婿はコイツなのかと目を丸くする。ふざけているのではなく、この男は本気で言っていると分かっているヰタは、大蜈蚣は山の主で一緒に自然を守っているのだと説明した。その後で深海のことを素敵な男性だと熱心に話すと、そうか、まったく興味がないとまで言われる。
「あんたが楼蘭に帰らないのなら、俺もかえれない。部屋のサボテンが気になる」と言いながら、ヰタの持っている糸切り刀を触りはじめる。とにかくポリトーン連邦の軍人を全員片付けて来るので待っていろというと、ザザは糸切り刀だけを持って洞窟を出て行った。ヰタの横にザザの銃が置いてあった。ヰタは随分と子供扱いするのねと、独りほくそ笑むのだった。
ホタルがイロハに五回目の絶頂を与えている最中に、深海から電話が入る。ヰタが、しばらく山に籠ると書き置きをして出て言ったという。手紙には、これが今生の別れになるやも知れぬが浮気はするなと書いてあるという。
ホタルはイロハを黄色い小型四駆に乗せて家に帰る。深海を驚かしてやろうとイロハを先に行かせるが、イロハが凍りついたように動かない。イロハの視線の先には真っ白なタイトスーツを着た金髪碧眼の女が深海に銃を突きつけて座っていた。
「スワン。余計なのがひとり混ざってるが、どうするいま処分するか」とパンツイーが銃口をイロハに向ける。
「雑魚だし連れて行こう。部隊の性処理便器がひとつほしかったのよ」と冷たい顔でスワンは言う。ホタルは逆らわなかった。
「モウモウちゃん、コイツらに向かって行くんじゃないよ。一瞬で殺されるから」
「賢明な判断だ」とパンツイーが言う。三人はスワンの車の後部座席に乗せられる。スワンの運転する黒い大型車は山に向かい走り出す。
「ヰタをどうした」深海が怒鳴り声をあげる。
「さてねえ、あんたらは万が一の時のための人質さ。お姫様が死んでくれてたら、すぐにあんたらも殺してあげるわ」スワンは、さも当然の事のように言った。
小一時間かけて土蜘蛛衆の敷地に戻ったが、表には誰もおらず静かすぎる。警戒するスワンとパンツイー。
「スワン。コイツらの見張りを頼む」と言ってパンツイーは車を降りて建物に入る。血の臭いがすると思い対人レーダーを見るが一回の大広間に生体反応はなかった。パンツイーは静かにドアを開けて部屋に入る。そして、その凄惨な光景に息を飲む。部屋中が真っ赤に血で染まり、人も銃も冷凍食品のように斬り刻まれ断面が恐ろしい程綺麗だった。階段を駆け上がり社長室に入る。もともとの土蜘蛛衆の男たちが、五人ほどブルブルと震えて座っていた。
「何があった」パンツイーの問いかけに、日浦社長が口を開いた。
「ドレッドヘヤーのサングラスの男が来て、ポリトーン連邦の兵隊だけを刀一本で斬り刻んで出て行った。それも一瞬でだ。まるで食べ物を刻むみたいにだぞ。レーザーナイフだってあんなに綺麗に斬れるわけがない、鬼蜘蛛のヰタといい、ドレッドの男といい、一体何なんだ。俺はもう、あんたらとは関わりあいになるのはゴメンだ」と言うと俯いた。パンツイーは、
「承知した」と言って銃を抜き、その部屋にいた全員を射殺した。表で車が急発進する音が聞こえた。窓から外を覗くとスワンの車の上にドレッドヘヤーの男が立っていた。建物の下に車が近づいた時に、パンツイーは四階の窓ガラスを叩き割り飛び降りて、ドレッドの男に襲いかかる。スワンは車を止めるとヘリコプターに向かって走り出す。
「パンツイー。そいつの相手はするな逃げるんだよ」パンツイーはスワンを無視して、ドレッドの男に有りったけの銃弾を撃つが、男の周りの重力が歪んでいるかのように、弾は外れてしまう。スワンは、あの時と同じだと思いヘリコプターのエンジンを始動する。パンツイーは助からないだろうとヘリコプターを操縦し逃げ去った。
ザザは物凄いスピードで糸切り刀を左右上下に降ると、パンツイーは一瞬にしてキャベツの千切りのようにきざまれ、見事な肉塊と成り果てた。そのようすを真面に見たイロハが車の中で嘔吐した。深海はヰタの糸切り刀を見て、
「ヰタをどうした」という。ザザは刀を鞘に収めると、おまえが姫の婿か、ついて来いと歩きだす。ホタルも深海のあとに続く。イロハがいつまでもゲーゲーと吐くので、モウモウ・ホルスタインではなく。ゲーゲー・ゲロスタインに改名するぞとホタルが怒鳴る。
スワンは海上のポリトーン連邦の航空母艦マニーに帰投する。上官のウオッチャーに不死身のザザが現れたと報告する。
「そんな都市伝説みたいな話で自分の失敗を誤魔化すとはガッカリだ。君の後任は決まっている。さっさと国に帰るがいい」スワンは、馬鹿にするがいいザザと、やりあうぐらいならクビにされた方がマシだと思い、何も言わず部屋を後にする。
スワンが幼い頃、彼女の暮らす村は戦火に焼かれた後も、強盗まがいの連中から荒らされ続けているような地域だった。幼い身で食うや喰わずでスワンは生き延びた。ある日そんな瀕死の村を舞台に、ポリトーン連邦と第十七共和国が、まるでゲームのように戦車戦を繰り広げたのだった。僅かに残っていた家も踏み躙られ数少ない村人達は逃げまどった。幼いスワンにも全てが敵だった。戦っている者すら何が正義かもわからぬ混沌の中、スワンは塹壕に生き埋めにされてしまった。スワンは楽になれるなら、恐怖が消えるならと、このまま天に召されるように祈った。そのときスワンは塹壕から救いだされた。目の前にドレッドヘヤーのサングラスをかけた男がいた。スワンはその男に手を引かれ爆音轟く中を歩いた。あの時もそうだった機関銃の弾だけでなく、戦車も炎もザザの前でねじ曲がりはじかれていくのだ。そしてザザは道に落ちている木切れを持つと、目の前の戦車隊をまるで紙屑のように斬り刻み、両軍を全滅させると何処かへ消えて行った。スワンはそれからも、あちこちでザザの伝説を耳にしたが、余りにも荒唐無稽な話しばかりなので、集団幻覚やホラ話として、片付けられていた。スワンも今まで自分の記憶を信じれずにいた。恐怖心が生んだ幻覚だと思っていたのだ。だが数十年の歳月を経て老もせず。目の前で奇跡を行なう男を見た。スワンは国へ帰るヘリコプターの中で、もう一度ザザに会えるような気がした。
深海が山奥の洞窟に行くと、ヰタは、はじめて出会ったときのように眠っていた。
姫は大蜈蚣と山を守ると言っているので、自分もこの土地に残るとザザが言い出した。ホタルはザザに、あんたは何者だと聞くとザザは、自分でもわからないと答えた。狐につままれたようにポカンとしているホタルにはお構いなしで、この山の地下にヰタと共鳴する強い力を感じる。ポリトーン連邦は、その地下深く眠る力を手に入れるためにまたやって来る。こんどはもっと大群で来るだろうと話した。深海がヰタの美しい寝顔をぼんやり眺めていると、ヰタが目覚めた。深海と二人きりで話したいと言い。二人は皆とはなれるために森の中を歩いた。淡く月の光が差す中でヰタは深海に抱きつき泣き始める。
この次は、本当に恐ろしい事が起こる。その時、私はこの世に残る事は出来ないだろう。そのために私の力の種を深海に受けとって欲しいと言い、自分の胸から光球を取り出して深海に渡した。それは蛍が光るような小さなひかりで深海の胸の中へすーっと吸い込まれていく。私が居なくなったら素敵な女の子を探して幸せになって欲しいと言って笑い。私はあなたの中に根を伸ばし生き続けるであろうから悲しむことはない。そう言うと木の根に腰掛け月を見た。そして、おそらくこの山が消し飛んでしまうような事が起こるから覚悟せよ。その時は私にかわり大地を守って欲しい必ずザザが助けてくれるからと言い。深海が聞いた事もないような不思議な歌を唄いだした。
ホタルとイロハは、深海を残して家に戻って猫のトイレを片付けたり食事をさせたりした。イロハが眠ってしまったので、ホタルはなんとなく本棚を片付けていた。古いアルバムを見つけて引っ張り出してみると、幼い深海やまだ若い父母の顔があった。我々、鬼蜘蛛衆も土蜘蛛衆も本来は、山と人を守り虫達と共存させる為の使いだったのだ。時が経ち、文明と金銭に惑わされ、知らず知らず強欲になって行った我々を見限り、山がヰタを呼び寄せたに違いない。ヰタと深海が真の使命を果たすことを見届けよう。いま自分に出来ることは、それだけなのだ。だから今日はモウモウちゃんでも可愛がるとしようと思い。好色なホタルは眠る霧島彩葉に悪戯をはじめた。
スワンは、ポリトーン連邦に戻るが特に住む家もなく、中央情報局からの次の任務も当分の間もらえそうもなかった。最悪の場合、自分は消されるだろうと思い。小さな町に小さな家を購入した。乗り物が無いと食料品の買い出しにも不便なので、自動車を購入しようと出掛けた中古自動車販売店でサイドカー付きのオートバイを見つけ購入した。店員は雨の日はズブ濡れになるし荷物もたいして乗らないから、お勧めはしないと言うが、一人暮らしなので横の座席を荷物置きにすれば問題ないし、なんといっても昔から水平対向二気筒のサイドカーに憧れていたので、別に構わないと言い、そのまま乗って新居に向かう、オートバイの調子は予想以上に良く店員が売りたくなかったのかも知れない。コレは良い買い物をしたと、ヘルメットも被らず店でもらったゴーグルだけで国道をかなりのスピードで飛ばした。警察に停められる事もなく新居にたどり着く。小さな庭にサイドカーを停めると、赤い屋根の白い二階建ての家を眺める。はじめて入る小さな家の扉の鍵をまわす、スワンは、思いがけず手に入れた我が家に入る。家具付と聞いていたが、キッチンのテーブルも棚も、自分が思っていたよりも随分しっかりとしており、趣味も悪くないカントリー調のもので揃えられていた。食器は揃えないとなぁと思い。食器棚を開けると四人家族分の食器まであった。そして一階と二階の別にある三部屋も見たが、それぞれ綺麗なものであった。かなり安い買い物だったので、この家は何かあると思い最後に地下室を見に行く。ジメジメと湿気の多い地下室は物置に使われていたようで、工具入れもそのまま残されていた。床と壁にどす黒い染みがあった。スワンはなるほどと納得した。この様子だとおびただしい量の血が流れたに違いない。事によると一家は惨殺されたのかもなと思い、家の価格に納得する。キッチンで前住民の残したものと思われるインスタントコーヒーを飲む。たまには不味いコーヒーも悪くないとスワンは思う。
暇つぶしに散歩でもしようと思い、サイドカーで来る時に見かけた小さなスーパーマーケットまで歩く。思ったよりも便利そうな場所に思えた。パンとソーセージとウヰスキーを買い物カゴに入れてレジに行く。長いカウンターに、レジは二つあったが今はどちらにも人がいない。スワンがカゴをレジに置くと、気の弱そうな、ひょろりとした栗毛で大きな黒縁メガネの小さな男が、カウンターの下から慌てて立ち上がってきた。男は驚いたようにかん高い声で、いらっしゃいませという。スワンはヒョイとカウンターを乗り越えてレジの向こうに行ってしゃがみ込む。女性の局部ばかり拡大した写真集があった。
「お楽しみ中の邪魔をしてゴメンなさい」と言いながら男の股間を握る。まだ少し硬い、男は慌てふためくが、スワンはお構いなしで、男の股間から手をはなすとカウンターの下を物色する。そこは本棚になっており、猥褻な雑誌が山積みされていた。きょとんとする男に、
「この店の、ご主人ですか」と聞き立ち上がるスワン。ぎくりとする男。
「そうだよ、でも税金は納めてるし法に触れることは、なにひとつしてないぞ」この男はなにか隠しているとスワンは直感で感じる。
「女性トイレの」と言って言葉を切るスワン。みるみる男の顔から血の気が引いていく。この手の個人店の女性トイレに、隠しカメラを仕掛けている輩がどれだけ多いかを知っているスワンが、ちょっとカマをかけただけだった。
「あなた奥さんは居る?」高圧的に男に質問をする。
「居ないよ」この男は怯えている。スワンは気分がよくなってきた。スワンはまたカウンターを飛び越えて
「お勘定してもらえるかしら」と言いニコリ微笑む。何も言わずレジを叩き商品を紙袋に入れる男。支払いを済ますと、
「私の名前はスワン。今日この街に越してきたの。今夜、あなたの時間が空いてたらバーに連れて行ってくれない」と艶っぽく言ってレジ横のペンとメモを取り、電話番号と住所を書いた。男の顔が真っ赤になって動揺している。スワンはまた気分がよくなった。そのまま店を出ると後ろから男が駆け寄って来てスワンの手を握り、
「スワン絶対に電話するよ。九時頃に電話するよ。店は八時には閉めるんだけど、今日は片付けものが沢山あってね。でもスワンが早い時間がいいなら合わせる事もできるし絶対に電話するから」と言い。店に戻ったと思うとまた出て来て、
「僕の名前はビニー。ビニー・カッツォだ。絶対に電話するよ」この街のことは夜にビニーに、聞けばいいと思いながら簡単に散策を済ませ家に帰る。ビニーに手を握られてからスワンの女芯が疼きはじめ欲望が抑えられない。そのまま怪し気な地下室に入り扉を閉めると、衣服を脱ぎすてる。この監禁部屋のような汚れた小さなコンクリートの密室が、歪んだスワンの性欲を駆り立てるのだった。スワンは、この部屋に木製の椅子を置こうと考える。その椅子にあの男を縛りつけて、いたぶり絶対服従を誓わせてやろう。褒美に私の裸体を見せてやろう。椅子に縛りつけられ暴行をうけて泣きじゃくるビニーが目の前に居る。スワンは、そんな妄想をしていた。
「ほら、あんたの大好きな女の性器だよ。今から、このぶっといソーセージを出し入れするから、よーく見なさい」と言いながら、自分の陰部に挿入する。虚ろな目で別のソーセージを取り出すと、ベロベロと舐める。
「ここの、穴にも入るのよ」と言いながら、自分の尻穴にズブズブと射し込んで悶え狂う。ご褒美にこの二本のソーセージをビニーに食わせてやるのだ。あの男は私の糞尿で汚れたソーセージを喜んで食べるだろう。喜ばなければ、喜ぶようになるまで痛めつけてやればいい。痛めつけた後で無理矢理射精させてやろう。そして、この床を汚した精液をあの男は自ら喜んで舐めるのだ。そんな妄想をしながら女芯を激しく擦り大声で悶え狂う。
スワンはシャワーを浴びながら、なかなかこの家は気に入ったと思う。あの地下室に色々な道具を揃えようと考え、最初の玩具はビニーにしようと決める。七時ごろにビニーから電話が鳴り、はやく終われたので、車で迎えに行くという。食事でもしないかと言われるので、好き嫌いはないので任せると言い電話を切ると、ほんの十分ほどで家の前に車が停まりインターフォンが鳴る。スワンは少し入るように言うと、ビニーは表玄関から入り応接間兼キッチンで少しおどおどしながら、はにかんだ笑いを見せる。木製テーブルとセットになった木の椅子に腰掛けさせ、不味いコーヒーを出す。ビニーはひと口飲んで渋い顔をした。その困ったような表情がスワンの欲望に火をつけた。ビニーの背後に周り左手で喉を締め上げて、右手で男性器をズボンの上から弄る。思った通りビニーのペニスはカチカチに勃起していた。
「私は、少しサディスティックな性癖があるのだが、あんたとは合いそうな気がする」スワンがそう言うと、
「僕は君のような女性をずっと探していたんです」それではとスワンはビニーの喉から腕を離し、皿のうえにのせた二本の汚れたソーセージを出した。
「私は、君の店で買ったソーセージを使って自慰行為を楽しんでいたのよ。白いドレッシングのようなのは膣内の淫液でもう一本は尻の穴に入れて楽しんでいたものよ」それを聞くなりビニーはソーセージにかぶりついた。ハアハアと息を荒げ、獣のようにガツガツと貪り食い、あっという間に完食して見せた。スワンはそんな男に欲情し目をギラつかせるのだった。
ふた月ほどの時間が過ぎ、スワンはビニーの家にいることが多くなった。やはりスワンの買った家の地下室は残虐な殺人事件があった。先住民のノイローゼ気味の狂った父親が、妻と自分の子供たちを銃で撃ち殺してから、自分の頭を撃ち抜いて死んだらしいのだ。やはり、その犯行現場は例の地下室だったので、ビニーはあまりスワンの家に来たがらなかった。スワンは少しでも嫌なことがあったり機嫌が悪い時は、ビニーを地下室に監禁して楽しんだ。その時の怯えようは相当なもので、本当に精神が崩壊するのではと思えるほどだった。スワンは用済みになったら本当に狂わせて、ビニーの財産を奪うつもりでいた。ビニーはちょっとした副業をもっており、自分の趣味を活かしてラバースーツやディルドなどのアダルトグッズを販売していたのだ。意外と結構な儲けになっていたので、先月からスワンがモデルになりラバースーツを身に付けた写真や動画を載せると、それが功を奏し売り上げが倍増しだした。これでもスワンには生まれてはじめての人間らしい生活だった。彼女は彼女なりの充実した生活をしているのだと思い、そんな暮らしに、ささやかな喜びさえ感じていた。
そんな悦びに満ちた時間が続いたある日ビニーは友人からもらったという遊園地とホテルが一緒になったテーマパークと言うものチケットだと嬉しそうにスワンにみせ、
「スワン、デバッガーランドの招待状をもらったんだけど行かないか、四泊五日で食事つきだよ」そのテーマパークはポリトーン連邦中央情報局とつながりが深いところなのでスワンとしては乗り気ではなかったが、ビニーがあまりにも熱心に誘うので、スワンも根負けしてしまい行くことにした。
ビニーの運転する旧式のさえない4ドアセダンで空港まで行くことになったのだが、エアコンが壊れていて乗り心地は最悪。そのうえエンジンは止まり何度もボンネットを開けては調整しながら車を走らせるビニーだった。空港に着く頃には二人とも汗だくで、まったく酷い有り様だった。ドリンクバーで飲んだサイダーが最高なので、このまま何処にも行きたくないと怒るスワンに必死でご機嫌をとるビニーだった。
飛行機に乗ってからは、あっという間に目的地に着いた。作り物の馬車や本物のような宮殿。デバッガー自慢のキャラクター着ぐるみ達。グッズを握りしめて、はしゃぐ楽しそうな人々の群れ。はじめて触れる娯楽施設に馴染めず鼻で笑っていたスワンだった。子どもの頃から戦争に巻き込まれ、人間らしい生活をする事もなく中央情報局に拾われ、今まで生きて来たスワンだった。そんな自分にも今はじめて安らぎが訪れた気がしていた。
嫌々乗ったジェットコースターから降りて、ビニーがアイスクリームを買ってきた時、突然スワンの眼から止め処なく涙が溢れ出し、そんな自分が可笑しくて笑いも止まらなくなりビニーを驚かせる。
「どうしたんだいスワン。大丈夫かい」
「ありがとうビニー。これが幸せというものなのね」二人は夜になると群衆にまじり、パレードを彩る鮮やかな花火に浮かれた。少し贅沢なディナーを楽しみベッドに入った。
「ビニー、あなたって本当に最悪だけど、楽しいわ」といつになく嬉々と笑うスワン。
真夜中にビニーの電話が鳴り響く、ビニーが珍しく難しい顔で話している。
「どうしたの」スワンは嫌な予感がした。
「スワン新しい指令だ。もう一度、兎姫山に行ってくれ。その前に本部で訓練がある」ビニーの口から信じられない言葉が出た。
「なにを言ってるの」スワンの表情が強張る。
「僕も局員だ。スワン、君を監視するのが僕の仕事だったんだよ。もうすぐヘリコプターが迎えに来る。ボクも次の任務につく。少しの間だったけど楽しかったよ。僕たちはこうやって生きるしか無いんだよ」とスワンに銃を渡す。
「できれば僕を撃ち殺してくれないか」ビニーは背中を向けた。
「馬鹿馬鹿しい弾の無駄よ。さっさと消えちまえ」スワンは少しでも期待した自分が馬鹿だったと自分を嘲笑う。
「キミのサイドカーもらってもいいかい?」ビニーの表情が見えない。
「いいわ。キーはキッチンの壁にかかっているから」ビニーは部屋を出て行く。スワンは銃の下に真っ白なボンデージスーツがあるのを見つけニヤリと笑う。
兎姫山でザザに稽古をつけてもらっている深海は、自分の上達の遅さに苛立っていた。
「これじゃ僕は、みんなの足でまといでしかない」深刻な面持ちの深海。
「気にするな、お前は姫に選ばれた人間だ」とザザがいう。山中の訓練でも目に見えるような成果も出ず大蜈蚣の洞窟に戻る深海。そこには、数週間ぶりにホタルが来ていた。
「母殿どうしたんですか」深海が手を振る。
「ヰタの好物の卵を持ってきてやった」横でヰタが卵にストローを突っ込んでチューチューと吸っている。
「コレは深海が食いな」と五つほど卵をわたされる。
「母殿どうして、ヰタは飲まないんですですか」不思議そうに首を傾げる深海。
「うん、茹で卵にしたら吸えないから要らないんだってさ」と不愉快そうにホタルがいう。
「最近、山は平和そうだね」ホタルが深海に笑いかける。
「土蜘蛛衆がみんな殺されましたからね」
「危うくアタシたち鬼蜘蛛のせいにされる所だったよ。ポリトーン連邦のヘリコプターや兵士の死体があったから助かったわ」深海とホタルが話していると、にょーろにょろと言いながらヰタが横に割り込んで来た。
「なに?あんた気持ち悪いねえ」とホタルが言うまで、にょーろにょろと言うのを止めないヰタであった。
「卵、ご馳走様でした。来週に恐ろしいことが起きます。ホタルさん大事な人がいれば一緒に山の上まで逃げてください」と言いながら卵の殻をホタルの上着のポケットに入れてから、悪戯っ子のように笑いながら洞窟の外に走って行くヰタ。ホタルにはヰタが場を和まそうと無理をして道化を演じているように見えた。
ビニーは街に帰り自分の部屋に戻ると、ポリトーン連邦の局員たちに囲まれた。
「君が第十七共和国の二重スパイだったとはな。よりによってデバッガーランドで、ポリトーン連邦のヘリコプターに偽装させて、スワンを拉致したのは失敗だったな。あんな女が欲しかったのなら、そんなことをしなくてもくれてやったものを」そう言うと、局の上司は笑いながらビニーに銃を向ける。だがビニー身体に銃と腕が入ってしまった。腕を引くと、また銃と自分の手がでてくる。
「よくできたホログラフだよ。本当に僕が側にいるように見えるだろ。甘く見過ぎたようだね。ワザと目立つようにやったんだ。第十七共和国からの宣戦布告と受け取ってくれてもいいよ。いまの君たちの国力だとどうかな」スピーカーからビニーの声は聞こえていた。部屋にガスが充満しはじめる。扉もロックされたようで開かない。
離れた場所でビニーは、楽しそうに起爆スイッチを押す。部屋は大爆発を起こし町は火の海となる。
スワンのサイドカーを走らせ第十七共和国の潜水艦へ向かう。やはり、スワンとザザの間には何かがある。ボクはザザという有り得ない戦闘兵器を追いかけていた。ザザの出没情報とスワンが危険な任務についていた時の時間が何故か一致する。場所はまったく別の場所であるが何かが引っかかる。そしてスワンが安全な内勤をしていた間は、ザザが楼蘭王国でヰタ・ファヴリティウスに体術などを教えていた。ただの偶然には思えないと無理矢理にでも自分の直感に可能性を紐付けするビニーだった。
第十七共和国地下基地の深層部に全裸にされベッドに縛りつけられたスワンがいた。
「ビニー教えて、どういうことなの」第十七共和国の軍服に身を包んだビニーが横に立っていた。
「何度も騙して申し訳ない。僕の本当の名前はヴァイマル・カッツェ。特殊部隊長官で、今や第十七共和国の影の支配者だ。こんどは第十七共和国から僕と一緒に兎姫山に行ってもらうよ。そしてザザと戦ってもらう。その間に僕は山に眠る、僕がペペポンと名付けた謎の力をいただく」とビニーは言った。
「できるわけないわ。私がザザと渡り合えるなんて無理よ」ビニーがリモコンで拘束を外しスワンを自由にする。ありがとうと言いながら、スワンはビニーに襲いかかるが、いとも簡単に避けられる。ビニーは容易く片手一本だけでスワンを後ろから押さえ込んで女陰を弄び笑っていた。
「今まで騙してたのね。なんて力なの」ビニーはスワンを放してやる。第十七共和国では人工的に超人を作れるのだと言う。
「数百人の人間を犠牲に産まれた超人化技術は僕が独り占めさせてもらっている。今なら殆どの人間を超人にすることもできるんだけけど、それはやらない。だって僕だけが世界で唯一の超人でなきゃダメなんだよ。でもねスワンになら、そのスゴい力を与えても良いと思っているのさ。なんせ僕達は変態パートナーだからね」黒縁メガネの奥でシャイな笑いを浮かべて言う。コレも芝居なのかしらと思うが、数ヶ月の間であらゆる変態プレイを試した男の欲望だけは本当であろうと一瞬思ったのだが、いや待て、地下室で泣き喚いていたのも芝居に違いない。などと考えるのだが、いまのスワンには選択肢すらないのだ。どちらにしても惜しい命でもない。スワンはフンと笑うと、
「好きにしなさいよ。どうせ改造するのなら爆乳にしてよ」
「その、つもりだよスワン。いまから三日もあればキミも僕と同じ超人になる」コイツも巨根にすればいいのにと思うスワンだった。
ホタルは阿波国村に危険を知らせに行くが、壱崑さえ微笑うだけで誰一人として本気にもしない。仕方なく危なくなれば山に登り沙奈湖の周辺に来てくれと言い残しイロハと共に街に帰る。イロハは父親のワイルド猫澤に話してみたが、この国は大丈夫だ。ポリトーン連邦と第十七共和国がいま一触即発の状態だが、いつもメディアを通して世界情勢を見ているので今の我が国は安全だと言って笑った。そしてヰタたちと合流するべく黄色い小型四駆を山の麓に置き、二人で大蜈蚣の洞窟に向かって歩いて行った。到着すると少し様子がおかしい。ザザが調子が悪いと言って眠ってから、もうまる二日間も眠ったままだと言う。ヰタも今まで、こんなザザを見た事がないのでわからないがザザを信じましょうと言う。そういうヰタが何をしているのかと覗き込むと、崖から落ちて死んだばかりの大きな猪を捌いているのだと言う。その血に塗れたヰタを見て、イロハが吐き気を催し、へたり込んでしまったので、ホタルがこの気の小さいゲロスタインめと詰った。
俺たちは元々人間ですらなかった。お前は何億何千もの人の憎しみや悲しみと苦痛が人の形をとり、この世に生まれた。俺はお前の絶望と、生きたいと願う強い気持ちが人の形となり、この世に生まれたのだ。
俺を産み出したのはお前なのだ。俺とお前は、常に人の心の表と裏なのだ。どちらかが消えれば両方とも消えるかもしれない。
愛というものと虚無というものがあるようだ。だが俺には、どちらがいい事なのか悪い事なのかもわからない。秩序ではなく混沌それこそが本来あった形なのかも知れない。だから何もない無こそが始まりだとは、俺には思えない。心こそが何よりも尊く偉大なものだと思えないだろうか。それを人は愛と呼んでいるのかも知れない。その答えを知りたいとは思わないか。
スワンが目覚めると両の乳房がとんでもなく大きくなっていた。乳首も自分の親指ほどもありとてつもなく卑猥だ。だが立ち上がってみると恐ろしく身体が軽い。今まで感じた事もないほどの敏捷さで動ける。これならビニーなど容易く倒せると思い。近づいて来たビニーの腕をつかむ。急に身体の力が抜け胸と性器が熱くなり快感に震えて動けない。
「スワン。僕はキミを良く知っている事を忘れちゃダメだよ。コレからキミが虐められる番だよ。ボクの手で触るとキミの性的快感は何百倍にも増幅されるんだ。そんな僕の手でキミの一番気持ちいい部分に指を入れたらどうなるかなぁ」と言いながら軽く乳首の先に指を置かれた。
「いやあああああああ死んじゃううう」恐ろしいほどの快感で全身を震わせ失禁するスワン。
「いいかい、僕の言うことを聞かないと酷いことをしちゃうよ」ビニーは愉快そうに笑う。
深海とホタルが、猪鍋を美味い美味いと食べていると、ザザが突然目覚めた。よくわからないが酷い夢を見たと言ってから、猪鍋を食べだす。イロハは青い顔をして何も食べない。ヰタは白いワンピースでイノシシをさばいていたので、血に染まり殺人鬼のように真っ赤になっていた。
「ザザ、明日に襲撃があります」ヰタは血に塗れた白いワンピースを脱ぎ捨てると、その下に、深海と同じ黒い身体にぴったりとした鬼蜘蛛衆の装束を来ていた。
「ヤツらは空から来る。それも相当な数だ。こんな人数では、おそらくどうにもならないだろう」ザザはポツリと言う。
「あなたには頼んでいません。私が必ず守ってみせます。たとえこの命を失くしたとしても、絶対です」ヰタの決意は堅く、夕焼けの雲を睨み据えていた。
早朝、第十七共和国の潜水艦から、ドローンのような形状の小型輸送機が兎姫山を目指して飛び立つ。中には一台の掘削ロボットと二台の人型装甲車が詰まれていた。人型装甲車は全高が三メートル程の機体で同型のものだった。山腹のなだらかな斜面に着陸すると、輸送機の後部からハッチが開き人型装甲車が二機飛び出す。先頭を走り出した機体をスワンが操縦する。
「ザザは私が仕留める」と言いながらガソリンタンクを転がし右腕に着いた速射砲で撃ち抜き山に火を放つ。
燃えさかる山中に駆けつけるヰタ。
「なんてことを」蟻を放ち人型の機関部を破壊する後続の人型が止まるとヰタは操縦士に留めを刺そうとハッチを開く。しまった無人機だ。毒ガスが溢れ出しヰタはまともに吸ってしまう。一瞬よろめくヰタ。先頭の人型も機関部を蟻に喰われて止まった。ハッチが開きコクピットから真っ白なボンデージスーツを着たスワンが飛び出て来る。ヰタを目掛けて自動小銃を連射する一発がヰタの右肩をかすめる。ヰタは鬼スズメバチの大群を呼びよせる。蜂の羽音を聴き、素早く逃げ去るスワン。その後を追いかけるヰタ。
深海とザザが山中に潜り出した掘削ロボットを見つける。ザザが破壊する前に、ロボットは完全に土の中に潜ってしまう。
「クソ。姫と合流しよう」二人はヰタの気配のする方に走る。大蜈蚣の洞窟に向かっているようなので、二人も洞窟へ急ぐ。
ヰタが洞窟に辿り着くとホタルとイロハが身構えていた。
「湖に逃げて、火がまわってくるわ」そう言うヰタをいつの間にか後ろから付けていたスワンが銃を撃つ。狙われていたのはイロハだった。ホタルが咄嗟にイロハを突き飛ばしイロハは助かったが、弾丸はホタルの左腕を貫通した。ヰタは糸切り刀を抜きスワンに斬りかかる。ホタル達にはヰタの動きは見えないほど早かったが、スワンは刃を避けただけでなく、ヰタの手から糸切り刀を奪い腹を蹴り飛ばし、太刀をふるってきた。ヰタは間一髪交わし跳びずさりながら、洞窟に転がるホタルの糸切り刀をとり、スワンの二度目の太刀を鞘で受ける。ヰタの後ろから大蜈蚣がスワンに襲いかかる。
「早く逃げてください」ヰタがイロハとホタルに叫ぶ。スワンは十メートルもある大蜈蚣の頭の上に跳び乗ると、勢いよく太刀を振るう。驚いたことに、大蜈蚣は顎から真っ二つに斬られ、巨体を激しくのたうち回らせ助かりそうもない様子だ。
「主様」とヰタは大蜈蚣の身を案じながら、スワンに斬りかかるが簡単に交わされてしまう。ジワジワと毒ガスが身体に周りだすヰタ。
「フン、コレでおしまい」スワンがヰタに斬りかかろうと構えた時に、ザザが現れ深海の糸切り刀を取りスワンに斬りかかるが、スワンは刀で受けた。
「ほんとだ。ビニーの言う通り私を切り刻めないみたいだ」ニヤリと笑うスワン。
「スワン随分と悪趣味な胸だな」ザザが言う。
「大きなお世話よ」スワンが構え直す。
「深海。コイツは俺に任せて姫とみんなを湖に連れて行くんだ」
ビニーは掘削ロボットで地底の奥深い目的地に近づきつつあった。
兎姫山の火事はどんどん燃え広がっていく。
深海達四人は、山頂の沙奈湖の辺りにある神社の中に隠れていた。ヰタは死に向かっていこうとする山の意識を受け取る。
「深海様、これでお別れのようです。後のことはお願いします。お元気で」そう言うと衣服を全て脱ぎ捨て湖へと走りだす。
「追いかけなくていいの」ホタルが言う。
「ヰタは、僕に残れと言いました」ホタルにしがみつくイロハ。湖の水が舞いあがり山に大雨のように降り注ぎ火事を消していく。その時ヰタは、湖に飛び込み底に向かい深く潜っていた。山の神が私を呼んでいる。そして水の強い流れがヰタを湖の底に吸いこんでいった。
「消えた。ペペポンの反応が消えた」慌てるビニー。目的の場所までたどり着いたが、そこは巨大な地下空洞になっていた。
「この場所にさっきまで反応があったのに。なんて事だ」諦めたビニーは掘削ロボットを動かし山の上を目指す。
ザザと互角に闘うスワン。だが、どちらの攻撃も擦りはするものの致命傷には、ほど遠いものだった。
「俺たちは、どちらも倒せはしない」ザザの声に、
「そのようね。でも時間が稼げれば、それで充分だから」その時、ビニーからの通信が入る。
「スワン撤退する急げ僕は輸送機にいる」スワンはザザから離れると、洞窟から飛び出しビニーの元へ走る。ザザも洞窟を出てヰタの気配を探すが、既にヰタの気はどこにも無かった。
ガラガラと音をたてて崩れ落ちる大蜈蚣の洞窟。
土蜘蛛の大群が山の上に駆け上がって行く。ザザも土蜘蛛の後に続き沙奈湖を目指す。そして深海の気を辿って、ホタルとイロハもいる神社にたどり着く。土蜘蛛達は次々と湖に飛び込み消えてしまった。
「姫はどうした」と言い、深海の中にわずかではあるがヰタの気を感じるザザだった。
「沙奈湖の中に消えたよ。どうやら僕は本当にヰタの力を引き継いだようだ。ザザならわかるでしょ。何百機という爆撃機が兎姫山に向かって来ているって。僕はさっき鬼スズメバチをみんな爆撃機に向かわせたけど、全機落とすなんて到底できない。何か方法はないかな」深海はザザに問いかける。
「姫を信じろ。皇女はそのために身体を捨てたのかも知れない」ザザも彼方から迫る爆撃機を深海の意識を通して、鬼スズメバチの複眼の映像を見た。第十七共和国の機体ではない。ポリトーン連邦の国旗をつけた爆撃機がぎっしりと空を覆っていた。ヤツらはこの小さな島国を壊滅させる気だ。この山にそこまで危険を感じているというのか。その時グラグラと大地が揺れた。下から突き上げるような大きな地震だった。地震はすぐにおさまる。
「こんな大きな地震、久しぶりね」と止血したホタルが言う。
「人工地震だ。第十七共和国の起こした人工地震だ」ザザが答える。深海は、もう数十匹にまで減った鬼スズメバチ達に戻るように命令する。
「でも、どうして人工地震なんて起こさせたんだい」イロハが不思議そうに聞く。
「津波だね」驚いて深海が言った。
「そうだ。震源地はかなり離れている。この国全土と、近くに停泊しているポリトーン連邦の数十隻の航空母艦が狙いだ」ザザの答えに、
「ピッピは」と深海は顔色を変える。
「ボクのリュックの中で眠っているよ」イロハがニコリと笑う。
四人は神社を出ると、山から鹿や兎にカラス、狸や猪に野良猫、蛇に蟻、つちのこやチュパカブラ、フライフィッシュなど、色んな動物や鳥達も集まって来た。
「山の上は安全ってことなんだね」ホタルが言う。
「母殿、そうでもないようですよ」
「どういうこと」とホタルは深海を見る。
「僕の中のヰタが言うんです」深海は沙奈湖に向かって右手をかざす。しばらくすると湖の底から、全長が3キロメートルはありそうな金属のかたまりが、ざぶんと浮かび上がって来た。
「あれはなんだ」とザザが聞いた。
「方舟のようです。みんな乗ってください」方舟は岸まで近付くと、大きな扉が開いた。鳥や動物たちは方舟に入って行く。
方舟の中は森になっており、水や食べ物にも困らなそうだった。イロハとホタルは先に中へと入って行った。
「僕たちも入りましょう」深海とザザも方舟に入る。空には何百機という爆撃機。海からは大津波が迫っていた。方舟の扉が閉まりはじめる。閉じ切るギリギリで鬼スズメバチたちは帰って来た。どういう構造なのか中からは外の様子が地上と同じように見えた。数十キロ先の空が爆撃機の群れで真っ黒になっている。ヰタ任せたよと深海が心で念じた瞬間に、沙奈湖はまるで太陽のように眩く輝き光の束が空に向かって行く。光は空で形を成して行き、あっという間に背中に翼を持った巨大な白い兎になった。
「デカいデカすぎる」ザザが苦笑いする。
「ウサちゃん?」とホタルがザザに話しかける。
「そうだ。全長が50キロメートルの翼を持った兎だぞ」一同が声を揃えて、
「そんなにデカイの」と言っているうちに、兎は物凄いスピードで爆撃に突進した。巨大兎が近づくと、機械という機械が全て光の粒となって行き、一瞬にして消え去る爆撃機の群れ。機体が消えてパイロットだけが空中に取り残され、彼らは皆海面に向かい落下していく。この高度から海に落ちては到底助かりはしないだろう。
「ビニー何が起こってるの」スワンは目をまん丸にしていた。
「クソ!きっとあれがペペポンの力なんだよ。僕のモノになるはずだったのに。畜生め」と口惜しがるヴァイマル・カッツェ。
「ビニーあなた、ペペポンで何が出来るかを知らなかったの」
「誰も知らないさ。それが有れば世界を意のままに変えれるという話しと、ポリトーン連邦から盗んだペペポン探査機の設計図があるだけさ」ビニーの目が狂気を帯び、
「楼蘭の皇女め許さないぞ。そうだ次いでにポリトーンにも罰を与えてやろう」そう言うと甲高い声で気味悪く笑いながら輸送機の端末を操作してエンターボタンを押し、
「終わりだよ」と言って笑い転げる。
大兎は津波を止めようとしているかのように海に飛び込み、沖に向かって背中の羽根をバサバサと羽ばたかせ風を起こす。
「ビニー何をやったの」
「楼蘭王国とポリトーン連邦に、有りったけの大陸間弾道弾を落としてやったよ。核の雨だよ」愕然とするスワン。
「なんてことを」西の空が少し光った。両手で顔を覆い泣き崩れるスワン。
巨大兎の動きが止まった。そして西の空に向かってキューッキューッと悲しむように泣き、そのまま津波に飲まれ光となって消えていく。巨大兎が消えた次の瞬間に世界中の海から光の柱が何千本と天に昇り、雨雲となり、星を覆い世界中の至るところに雨が降り始めるのだった。やがて雨は勢いを増し、激しく降り注ぎ嵐となって行く。
「ザザどうしたの」西の空を凝視しているザザに深海が声をかける。
「楼蘭王国が消えた……」
嵐はますます酷くなり、海面の水位はどんどん上昇して行くやがて、兎姫山の頂上も超えてしまい方舟は嵐の海を彷徨い始めた。
深海はヰタの悲しみの叫びを感じた。
「ヰタ、やめるんだ」深海は喉が張り裂けるばかりに叫んだ。もうヰタには深海の声さえも届かなかった。雨はいつまでも激しく降り続き、百日目にようやく止んだ。大陸も山も全て水に飲み込まれ、大地のない海だけの星に変わり果てた。
ザザの章
俺は方舟の中に動力装置らしきものがあるのを見つけた。おあつらえ向きの部屋が十個ほどあったので、ホタルに教えてやった。どうやら今の文明とは別のモノのようだった。部屋の前にある廊下を進んで行くと、食糧の貯蔵庫があり野菜や穀物が大量に保管されていた。不思議なことに野菜達は瑞々しいまま何千年ものあいだ、ここに保管されているようだった。試しに猪鍋の残りをこの部屋に置くと三週間経っても温度までそのまま保管出来た。更に奥に進んで行くと頑丈そうな扉があった。扉に触れると何かが、俺の脳に聞いた事もない言語で話しかけて来た。だが、ほんの数秒で俺の思考から言葉を習得したのか、単に波長が合わず違う言語に感じただけなのかは判然としない。
方舟の意識とおもわれるヤツは、
「どうぞ」と言って扉を開けてくれた。その中に入ると大型艦の操舵室のようになっていた。俺は方舟に、お前は何で何処から来たのかと聞いてみた。ヤツは、自分は君たちが呼ぶ方舟そのもので、この世界の時間で三十億年後の別の空間からやって来たと言った。俺は乗組員の行方を聞いて見ると、この船を出たまま帰らないと言った。最後に姫は何処に消えたと聞くと、大いなる者は消えてはいない。いまは物質の存在しない異空間で眠っているだけだと言った。方舟は大いなる者に呼び起こされ三十億年後の未来からやってきたと言った。俺は他の三人には、操舵室のことも、方舟が意識を持っている事もしばらくの間は隠しておきたかった。もし俺が方舟から消えるような事があったら、深海という少年に、この操舵室と方舟の意識の存在を伝える様に頼んで部屋を出たのだが、後で方舟の中の何処にいても、ヤツと話せることがわかった。
百日が過ぎ雨は止んだのだが、水位がひくことはなく、地上の存在しない水の星となってしまったようだ。いくらなんでも、こんなに水位が上昇するのはおかしい。この星の内部に水があって表面に出て来たのだろうか、俺がひとり考えていると、頼んでもいないのに方舟が解答を教えてくれた。この水は大いなる者が、さまざまな異空間から呼び寄せたものなので、彼女がこの水をもとの世界に戻そうとしない限り地上が甦ることはないのだと教えてくれた。楼蘭は核の雨が降りそそいだあと大雨で沈んでしまったのだ。
俺のサボテンはどうなったのだろうか、あの洪水は姫様の涙なのだろうと、物思いにふけっていたところ、方舟のヤツがキミのサボテンを探してやることも出来るし、消えたとしても私が復元する事もできるが、どうだ試しに再生してやろうかと人の心にズカズカと入ってくるので、
「けっこうだ」と皆で食事をしている時に口に出して言ってしまい、イロハをまた怯えさせてしまった。どうも俺はこの娘が苦手だ。深海の中に入った元々の姫の力は彼と同化して、もう姫の気は殆ど感じられなくなってしまった。深海は姫がもう一度戻って来ると信じているようだ。たとえこの世界から姫の気が消えてしまったとわかっていても尚、その気持ちは揺らいでいない。だがそう言う俺も、もう一度ヰタ・ファヴリティウス皇女と、現世で再会できる気がしてならなかった。深海はいつの間にか、方舟から外に出れる小さなハッチを見つけて海と方舟を行き来している。姫が虫たちを操ったように海の生き物たちを意のままに操る術を身につけていた。時々深海はひと月近くも帰らないことがあった。そんなことが増え、深海と顔を合わすことも少なくなって行った。そんな頃、久しぶりに方舟の森で、四人が顔を合わせて食事をしていた。深海は、見違えるように陽に焼けてたくましくなっていた。
「やあザザ、あとで相談があるんだけどいいかな」と珍しいことを言ってきた。ホタルも深海が戻って来たのが嬉しいようで、なかなかに、はなしてもらえず困っていた。俺は俺でイロハが色目を使うので、迷惑だからやめろと何度も言っているにもかかわらず。
「ホントはボクのことが気になってるんでしょ」なんて、まったく理解に苦しむことを言いベタベタと肌をよせてくるので、俺はその場から逃げ出して、深夜に深海の寝室に行った。珍しく深海はよく喋った。彼が海に出て行くのは、船で海上生活をしている生き残った人たちに、水や食べ物を届けているからと聞き驚く。深海の頼みと言うのは、先日帰る途中で漂流している大型豪華客船に遭遇し、そのときに何か困り事はないかと深海から船に入って行ったところ、海水から飲料水を真水に変える機械が壊れて困っていると聞いたが、機械物は苦手なので、工具や部品はあっても、どうする事も出来なかったので俺についてきて欲しいと言う。俺も直せるかどうか分からないが行ってみようと言う。
早速夜が明けると深海が呼び寄せたシャチの背に跨がり豪華客船に向かう。船が見える頃にはすっかり日が昇り、見覚えのある船体に懐かしい紋章が描かれていることに。驚いていると
「ザザ今までありがとう。王様はあの時、船でヰタのもとへ向かっていたので助かったそうだ。王様にはザザが必要だから帰ってあげなよ。ヰタが戻ったら必ず連れて挨拶に行くから。これをあげるよ」深海が俺の心に直接話しかけると、糸切り刀をポンと投げた。俺は刀を受け取る。そして俺が楼蘭王国船の甲板に立つのを見届けると、深海はそのまま背を向けて戻って行った。
「粋なことをしますね」と楼蘭船の甲板で昔なじみのロンが言う。彼は、前に深海がこの船に訪れた時に、楼蘭王は元気がないと聞き、とても心配してしていたと言い。深海の背中をみて見上げた男だと笑っていた。
俺は王のもとへ行くと、姫を連れ戻せなかったことを詫びた。王はそれよりヰタは本当に生きていたのかと聞いたので、洪水の前までは一緒にいたが、この世界を守るために姫は消えたと伝えた。だが俺と深海は姫は必ず戻ってくると信じているという言葉を聞いて、それならば良いと言い。あの深海という少年は誰だと聞いた。
「ヰタ姫の最愛の男だ。姫が戻ったら二人で挨拶に来ると言っていた」俺の言葉に王は、
「そうか、すこし生きる希望が出てきた。ありがとうザザ、部屋はたくさんある。好きなだけ居てくれ」と言い。王のとっておきのブランデーを飲ませてくれた。
深海たちと別れて一年という歳月はあっという間に過ぎた。俺はステンレス製の糸切り刀を手入れしていた。楼蘭王国船は原子力で動いているのでまだ十年ほどは問題なく動きそうだった。俺としては王の命の長さだけ動いてくれれば、それでいいと思っていた。その頃には楼蘭船の周りに様々な海上生活者が集まり、俺達が水を配給するたびに海の幸をもらい物々交換で暮らしは成り立っていた。皆、水と食べ物に困らず暮らせていたが、国をなくした一部の軍人たちが、彼方此方で暴れまわっているらしく、そんな海賊まがいの輩から逃げのびた者たちも楼蘭船の周りに集まりはじめていた。徐々に水上に小さな楼蘭王国が出来上がろうとしていた。
そこからまた一年が過ぎ、船舶の数は増えて水の配給はままならぬようになった頃、巨大な潜水艦のような、深海の方舟が水中に隠れたまま、こっそりと船団に加わり、深海とホタルも方舟から水を配ってくれるようになり水不足はある程度は解消して行った。二年ぶりに会った深海は背も一回り大きくなっていた。髪も髭も伸び放題でシャチの上で立ったまま水を配っている姿は、まるで仙人のようだった。俺が久しぶりに方舟に入ると三人で出迎えてくれたのだが、元々おかしいイロハの様子が更におかしいので、何かあったのかと聞いてみると、最近夜になると森の兎を殺すらしく、普段は部屋に閉じ込めて居るらしい。俺が出て行ってから深海への求愛行動が酷くなるが、ヰタが帰ってくるからと言い、断り続ける深海が原因だろうとホタルから聞いて呆れる。イロハは兎をヰタの身代わりに殺しているに違いないという。
俺は船に戻って、ロンにイロハのことを相談してみたところ、自分のような親父でもよければ、一度会ってみたいと言った。それではとイロハを楼蘭船に連れてきたところ、二人は意気投合して、イロハはもう方舟に帰りたくないと言い出し、素敵なロンと今すぐにでも結婚してほしいというのだった。イロハは、自分をかまってくれる男なら誰でも良かったに違いない。それでもイロハもロンも二人共が幸せなら、それはそれで良いことだと俺は思った。王もそのめでたい話をを聞きつけて、せっかくなので船上パーティを催そうと申し出てくれた。
王にはこれを期に船上生活者の絆を強固にしようという気持ちもあるようだった。
パーティーの日、深海と俺は慣れないスーツを着てパーティーに参加することになった。伸び放題の髪を後ろに束ねて、二十センチはありそうな長い髭の深海と、ドレッドヘアーに黒いサングラスの俺は、黒いスーツを着ると、誰がどう見ても怪しい輩にしか見えない。俺と深海は鏡に映るお互いの姿を見て、ため息を漏らし苦笑いをして慰めあった。かたや久しぶりに、ドレスを着て嬉しそうなホタルだった。そのとき深海が言った。
「イロハがおかしくなった原因は、母殿がイロハに飽きて相手をしなくなって、彼女は寂しくて母殿にかまってもらいたくて、気が触れたフリをしてただけだよ。兎を殺していると言ったのもイロハが、自分で言ってただけで誰も死体すら見たことがないんだよ。あの気の小さいイロハが、動物を殺せると思う?だから僕もザザも悪くないよ」と言って王室の女性を物色しているホタルを見て顔をしかめる深海。
そんな時だった俺と深海は不穏な動きを東の海から察知する。海賊船がこちらに近づいている。このパーティーを打ち壊しにはできないと仙人のような深海が笑った。
「ザザ行こう」深海が海に飛び込む。俺も部屋から糸切り刀を取ると海に飛び込んだ。深海のシャチが俺たちを背中に乗せて、東の海に向かっていく。俺たちの行く先に邪悪な気を感じる。その海域に到着すると巡洋艦が座礁しているように見えた。何もない海の真ん中で座礁とはおかしな話だと思いながらも近づくと、巡洋艦は巨大なタコに巻きつかれ動きを封じられていた。俺と深海は大タコに捕らえられた巡洋艦の甲板に飛び乗る。
「この大タコは深海が操っているのか」と聞くと彼はコクリと頷いた。無防備に踏み込んだ俺たちを軍人崩れの海賊たちが見つけて、四方を取り囲んでいた。奴らは至近距離で俺たちににマシンガンを撃ってきた。鉛の弾丸の花束プレゼントなどお断りだ。いつもの事だが俺の身体からは弾が逸れて行く。深海を見ると身体の手前で弾が止まって甲板に落ちている。
「身体に時間の壁を作れるようになってね。それを発動すると僕の肌の手前1センチは永遠に一秒前に送り返されて行くから、やがて弾は勢いをなくし重力で下に落ちるんだよ」と笑い。深海は空間を掴むような動作をすると、海賊たちが急にのたうち周り苦しみだした。
「空間の酸素を消すこともできるんだ」窒息した男たちを海に投げ捨てる深海。その光景を見て、敵わないと判断した残りの海賊達が次々と海に飛び込んで逃げていく。しばらくすると海が真っ赤に染まった。ホオジロザメが海に逃げた海賊を食い散らかしていた。深海は海にいる全ての生き物も時間や全ての元素まで自由に使えるようだ。今や姫の能力を遥かに凌いでいた。
俺と深海は巡洋艦の中を調べた。慰みものにされていたと思われる女が五人ほどいたので、独身男性の多い船上生活者のために、巡洋艦といっしょに連れて帰ることにした。巡洋艦は飾りで置いておくだけでも楼蘭の脅威を示すカカシの役目を果たして海賊共も手出しが。しにくくなるだろうという深海の提案だった。
実際に女たちを連れ戻ると、イロハの結婚パーティーの効果も手伝い、たて続けに十組みもの、結婚パーティーがとり行われ人々は華やいだ気持ちになっていった。
そして二年ほどの歳月が過ぎ、突然水位が下がり始めた。
深海の章
僕はイロハが二人目の子供を産んだと聞いてお祝いを兼ねて楼蘭船に遊びに行った。母殿は王室の女性を彼女にしたので、あまり部屋から出て来ないし、イロハの事など忘れてしまったかのように振る舞っているので放っておいた。まったく困った人だ。
イロハは、歳の離れたロンと幸せそうに暮らしている。僕の顔を見るたびに、
「ボクみたいな、いい女もったいないことをしたって思ってるでしょ」と言って彼女は笑う。
「ホントだね」と僕も笑う。でも本当はイロハは僕にとって腹違いの姉だと知っていたからなんだよ。僕の父も母もどうして、こんなに身勝手な人達なんだろう。
「ザザだって、もったいないことをしたって思ってるよね」と生まれた女の子に乳をやりながらイロハがまた笑った。
「きっと、そうだよ」と僕は笑う。ザザは人間じゃないから歳もとらないし子供も作れないから、イロハを受け入れなかったんだよ。僕はザザの半分を元に戻すつもりでいる。ザザはそれまで死ぬ事も出来ないから。でもザザの半分を戻したところで、ザザが変われるかどうか、本当のところは知らない。
でも僕がザザに出来ることは、それぐらいしかないからね。ヰタが消えたあと彼は黙って僕の側にいてくれた。ザザがそうしてくれたように僕は何かしたいだけなんだ。
「深海ったら久しぶり髪を切って、髭も剃ったんだ。ボクに会うためなんでしょ。そうしてると高校で、はじめて出会った時と変わらないね」と嬉しそうに言うので、
「あれから五年か。でも、たったの五年なんだよね、また来るよ。ロンによろしく」僕はこの世が水の世界に変わった日を一秒たりとも忘れたことはない。ヰタが消えたあの日から僕の時間はそこで止まったままだったから。
僕は方舟にもどると、いつものように操舵室の椅子に腰掛ける。全長三キロメートルもある船の艦長になった気分になれるのが心地いいからだ。母殿は新しい彼女と淫な声を上げて楽しんでいる。ヰタの帰ってこない僕に多少の配慮をしてもらいたいものだ。時々ドアを蹴り飛ばしてやりたい気にもなるが、そんな事をすれば、
「お前覗いてただろう」とか「そんなにアタシとやりたいのかい。ど変態だね」とか「三人でやろうか」などと揶揄されて終わりなので、蹴るだけバカバカしいと思いやめた。
「方舟、本当に沙奈湖から異世界に水が吸い出されているんだね」ザザが楼蘭船に帰った日に方舟は、突然僕に話しかけてきた。母殿とイロハには聞こえないようで、僕が一人で喋っているように見えたようで。ヰタのことで、とうとう頭がおかしくなったと思われていた。別段、僕はおかしくなっていなかったし、むしろ頭が狂ってるのは、あなたたち二人でしょうといつも思っていたので反論もしなかったし、方舟が僕の意見に激しく同意してくれるので、親友ができたような気分にさえなっていた。
「間違いない。来週には兎姫山の頂上が顔を出すでしょう。いまでも標高の高い山が陸地として出てきています」方舟の解答に心がワクワクする。もうすぐヰタに会える気がした。腰まで伸びた髪を切り、髭も綺麗に剃った。ヰタが僕のことを忘れてしまっていたら、原人と思われて怖がらせたら大変だからね。なんて考えていると、
「その方が清潔感があって、とても良いですよ」と方舟が言うので、
「尋ねてないことには答えなくていい」と言ってやった。コレを言うと方舟は拗ねて、しばらくの間は口数が減るのでちょうどいい。
方舟は楼蘭船と比べても桁違いに大きな船なので、海底に潜らせて海上にホログラムの船を置いて誤魔化している。なんせ全長三キロメートル超えの船なんか方舟意外に見たこともない。まあ方舟自身から空間を飛ぶ宇宙船のようなモノだと聞いて納得は出来た。
「じゃあ、そろそろ沙奈湖に出発しよう」方舟は無言で動き出した。少しエンジンの振動で方舟が揺れた。僕が森に戻ろうとすると母殿と、メモルという彼女が裸で飛び出して来た。少しヰタを思い出すような美人だ。楼蘭の女性は綺麗な人が大いのだなあと見ていたら。
「なにをジロジロ見ているの」と挑戦的な態度でメモルが言う。母殿もいい女だろお前には触らしてやらんからな、視姦でもしてろという態度がガンガン伝わって来たが、ヰタに比べたら、なんともないぜと強がってみるが、二十歳の青年には、よだれが垂れそうな身体だった。ああヰタが戻ってきたなら、おもいっきり抱きしめよう。
黙って船団を離れて来たが、飲み水の生成装置は、方舟に十台ほど造らせたものを楼蘭船に置いてあるので、後はザザが何とかしてくれるだろう。母殿とメモルにも何の説明もしていない。できれば二人を楼蘭船において行きたかったのだが、どうせ部屋の中で飽きもせず痴態を繰り返しているだろうし、説明することの方が面倒なので、そのまま行くことにした。二人は方舟が動いている事に気づいても、なにを聞くでもなく部屋に戻って行って、しばらくするとメモルの悩ましい喘ぎ声がドア越しに漏れ聞こえた。よくも飽きもせずに、そんな事だけに夢中になれるものだと思い。イロハが洪水の前にピッピと一緒にして持って来てくれた『鬼蜘蛛の蛍』というアダルトコミックの内容を思いだして、あのコミックの中の行為を実際にしているのであれば狂気としか思えないのだが、以前に母殿から聞いたときに、あの中のプレイは実際におこなったモノだと豪語していたので、あのひとの好色さは中年男性をも凌駕しているのだろう。しかもこの本の作者は僕とイロハの父になるワイルド猫澤なのだ。ヰタが戻って来て楼蘭王に挨拶に行く事を考えると、少し不安になった。まあ、父のことは母殿が喋らない限り誰にもわからないが、あの人は時々信じられないような意地悪をするので安心はできないし、いまだって王室の女性を勝手に方舟に連れて来て、痴態に耽っているだけの人なのだから、少し頭がクラクラして来たので母殿のことは考えない事にした。
僕は森の中にある、お気に入りの場所で寝転がっていると、木の上からバサリと猫のピッピが飛び降りてきた。僕の顔を見て嬉しそうに腹を見せてゴロゴロと転げまわる。
「やあ、ピッピちゃん久しぶりだね」と言いながら腹や顎を撫でてやる。ピッピはこの森が気に入ったようで、小鳥など小動物を捕食している。すっかり野生化してしまい僕たちの部屋には滅多に来なくなった。それでも僕が森に来るとこうやって遊びにでてくる。
「深海、沙奈湖の近くに来ました水の流れが激しくなっています。空中で待機することをお勧めします」方舟が言うので、そうして来れと答える。空中へ浮上した船の揺れに驚いたのか、ピッピはいつの間にかどこかへ隠れてしまった。方舟が浮上すると急激に水位が下がりはじめるが、沙奈湖の頂上が見えだすとピタリと水の流れは止まった。そして空が金色に光はじめ、空から光の柱が降り注ぐ。
「また水位が下がり出しました。光の柱が異界へ水を吸い出しています」方舟が教えた。沙奈湖に着水する方舟。はじめて現れた時のように大きな扉を開き、眠っていた多くの動物達が目覚め兎姫山に帰って行く。海中に四年以上も沈んでいた樹々が何事もなかったかのように生き生きとしている。沙奈湖から黒い塊が次々と水面に浮き上がって来た。よく見るとその黒い塊は土蜘蛛の群れだった。ヰタを追いかけて沙奈湖に飛び込んで行った土蜘蛛たちだった。そして土蜘蛛も湖から山に帰っていった。
「方舟、キミも元の場所に戻るのなら母殿達を放り出そうか」と僕は聞くと意外な答えが返ってきた。
「私は、深海と共に大いなる者を待ちます。そして私は貴方達の家になりましょう」僕は方舟に、ありがとうと言いながらヰタの気を探した。すごく小さいがヰタの気を感じる。兎姫山のだいぶと下の方だ。
「方舟、僕はヰタを探して来るよ。母殿を頼むね」僕は久しぶりに鬼蜘蛛の装束を着ようとしたが、背も伸び胸板も厚くなり着れなかったので、いつものように半ズボンだけで出かけた。ヰタは僕を憶えているだろうか。僕の事を憶えていたとして、成長した僕が誰かわかるだろうか。ヰタは昔のままなのだろうか、老婆のように老いさらばえていないだろうか。人間の姿のままなのだろうか。色んな不安が過ぎるなか、ヰタの気がする方へ歩いて行った。兎姫山の裾野の平地が浜辺のようになっていた。ヰタの気が、だんだんと近づく草むらから一匹の白い兎が飛び出して来て。僕をジーッと見ている。
「ヰタなの」僕が声にだして聞くと、兎は何も答えず草むらの中に消えて行った。僕は兎がヰタではなかったので少しホッとした。少し歩いて行くと、浜辺のような場所に大きな黒い塊があった。ヰタの気はその中から感じられた。僕は近づいてみると、それは数十匹の土蜘蛛の死骸だった。そーっと土蜘蛛の骸に触れると、黒い霧となり飛散してどんどん小さくなっていった。やがて土蜘蛛達の骸がなくなると二メートルほどもある水晶球が出て来た。その中に閉じ込められたようにヰタは裸のまま丸まって、死んだように眠っていた。僕が水晶球に触ると、それはフワリと浮き上がり、僕に運べと言っているように思えたので押しながら山を登って行くと、急に水晶球はピクリとも動かなくなった。周りを見回すと崩れた大蜈蚣の洞窟があった。
「あそこに行きたいんだね」そう言って水晶球を崩れた洞窟の方向に押すと軽々と動いた。崩れた洞窟の前まで来ると水晶球はブルブルと震えながらひと回り小さくなった。しばらくすると、瓦礫の中から大蜈蚣が現れた。スワンに殺された山の主が生き返った。大蜈蚣はヰタが閉じ込められた水晶球を大きな顎で挟むと水晶は全て溶けてヰタだけが残った。僕がヰタを抱いていると大蜈蚣が、真っ白なワンピースを持ってきてくれたので、眠ったままのヰタに着せた。すると一匹の土蜘蛛が出て来てヰタを自分の背中に乗せろというので、大蜈蚣に礼を言ってから、目覚めないヰタを土蜘蛛の背中に乗せて方舟に戻った。母殿とメモルに見られたくなかったので、そそくさと眠っているヰタを僕のベッドに寝かせた。森の前で土蜘蛛に礼をしているとメモルが部屋から出て来て土蜘蛛を目撃して、化け物だと恐れ慄き、また部屋へと逃げ返っていった。
土蜘蛛と聞いて、母殿が部屋から出てきたので、いま兎姫山に戻って来ていることを教えると喜んで、外に飛び出して行く。僕も母殿について、もう一度出てみると、そこには山が海に沈む前にあった兎姫神社がそのまま残っていた。中に入るとヰタの鬼蜘蛛の装束と下着が、まるで数分前に脱ぎ捨てられたように水に濡れた様子もなく転がっていた。僕はヰタの脱ぎ捨てたものを拾い集めると、床に置かれていた二本の糸切り刀と一緒にして、ヰタの眠る自分の部屋に戻り、その寝顔に見入っていた。部屋の扉が開きメモルが僕の部屋にズカズカと押し入り、
「ホタル様を見ませんでしたか」と言ってきた。僕は母殿が山に出かけたことに安心して部屋にロックをかけていなかったのだ。メモルは僕のベッドに眠っているヰタを見て、
「姫様」と大声を出した。それでもヰタは眠り続けている。僕はメモルに五年前のヰタとの出会いから話さなくなってしまった。母殿はメモルにヰタのことは何も話していなかったようで、彼女はたいそう驚き僕を見直したのか、前々から機会を狙っていたのか、いきなり艶めかしい態度で僕に迫ってきた。何年ものあいだ女性の身体に飢えていたモノだから、たまったモノではない。そのときカチンと金属音が鳴った。音の鳴った方を振り返ると糸切り刀の刃が、鞘から少し見える状態になっていたが、僕が見ているとまたカチンと音を鳴らし勝手に鞘に収まる。次にメモルが悲鳴をあげた。メモルは床を見て固まっている。その視線の先に数百匹の蟻が集まって『殺』という文字を描いていた。メモルが驚いて部屋を飛び出すと、僕の部屋のロックが勝手にかかった。こんなことができるのは一人しかいない。僕は恐る恐るヰタを見ると、眠ったままなのだが明らかに怒りの表情を浮かべていた。僕は眠っているヰタの唇に口づけをした。そうするとヰタは目を開きむくりと起き上がり、物凄い作り笑いを浮かべて、
「ここは、どこですか?ひょっとして貴方は深海様ですか?」と言ったが、怒りの感情がひしひしと伝わってきた。ヰタは水晶球から解放された時点で意識も戻っていたに違いない。
「ヰタ。さっきから意識あったでしょ」と言う僕の問いに動揺を隠せないヰタ。その様子を見て、
「僕が、どれだけヰタのことを待ってたと思ってるんだ」と怒鳴ってしまった。そんな僕にたいしてヰタも感情的になり、怒りを剥き出しにして、
「数年ぶりに再開した妻の横に、女を連れ込むとはどういう神経をしているのですか、キスで長い眠りから目覚めるというロマンティックな演出にしただけじゃないですか。私がいない間に貴方はいったい何人の女と浮気をしたのですか。言ってください。怒りませんから」既にに怒っているではないかとは言わず。
「浮気なんか一回もしてないよ」と言う。
「深海様は平気で嘘をつかれるようになられてしまったのですか、先ほどあの女を抱きしめてイヤらしい顔をしておいででした。あれは間違いなく浮気です。私がわからないとでも思っておられるのですか、本当だと言うのでしたら、浮気をしていない証拠を見せなさい。深海様の愛を見せてください。迸るほどに熱い愛をください」と無茶なことを言いだす。これはただ怒っているのではないと気付く、以前も僕が抱いてくれないと母殿に文句を言ってたときもこんなだった。
「ヰタ、僕が誤解させるような事をして悪かったよ。ヰタの気がすむようにしていいよ」と言ったら、上目遣いでもじもじしながら、
「深海様がそこまで仰るのなら、私はすべてをゆるしましょう。私も、深海様の気も知らずに随分と勝手なことを申し上げてしまいました。これはもう私が、淫売のように責めらるしか…いえ、無茶苦茶に責めてくださいませ。そうして欲しいとかではなく、それは私が深海様に生意気な口を聞いたので……当然与えられる罰だから、なので…」と言うので僕はヰタの上に被さる。ヰタは五年前のままなので随分と小さく感じる。
「深海様、随分とたくましくなられたのですね。ヰタは、もうおかしくなってしまいそうです」と言って、首輪を巻いて犬のように扱って欲しいと悶えだした。ヰタも母殿に仕込まれてすっかり変態化していたことを思い出し、僕たちは久しぶりの行為に時間も忘れて夢中になった。ヰタの振る舞いに僕は少し違和感感じた。以前にはない。なにか邪なものを感じたのだった。
数年ぶりの再開に食糧庫にある異星人のドリンクで乾杯をした。ヰタがこれはなんの味だと聞くので、僕も少し気になり、こっそりと方舟に聞いてみると、この星には存在しない生物の糞から作られているので説明のしようがないと言われるが、糞などと言ったらヰタが怒り出しそうなので、異星の果物から作られたお茶だと言っておいた。僕はこのドリンクを気に入っていたので、糞から作られた飲み物と聞いて複雑な気分になるが、美味しいのでまあいいかと忘れることにした。そして僕はヰタに大切な話をした。楼蘭王が生きていた事だ。王様は楼蘭王国に核ミサイルの雨が降り注いだとき船でヰタのもとへ向かっていたので助かったと教えると、喜びながら僕の肩に強く噛みつきながら、おいおいと泣いていた。ヰタの感情表現は理解に苦しむものがあるものの、感動して激しく喜んでいることはわかった。おかげで僕の肩は傷だらけにされてしまった。ヰタは下着とワンピースを着けなおすと楼蘭船に行きたいと言うので、方舟を離陸させて空から向かうことにした。方舟もそれが一番早く着くと言った。
ヰタと二人で森の中にある、僕のお気に入りの場所に座っていると、猫のピッピもやって来た。僕の膝に頭を擦りつけて甘えた。ヰタが、お久しぶりと挨拶をしてピッピの背中を撫ぜると、ヰタのことは忘れたようで、なんだお前はと言うような顔をして何処かに行ってしまった。ちょっと不機嫌になるヰタ。僕はこっちの世界では五年もの時間が流れた事を説明する。ヰタには数時間前の事でしかないのにと言ってから深海様はとても素敵になって嬉しいと笑った。そのあとヰタは表情を曇らせ、まだこの世界には楼蘭王国に核ミサイルを落とした人間が生きていて、ヰタはそいつの気を何処にいても見つけられると言い怒りに肩を振るわし、母上と楼蘭国民たちの仇は必ず取る。もっとも残酷な方法で罪を償わせてやる。私はそのために戻って来たのだと言った。ヰタには以前はなかった禍々しい鬼神の片鱗を覗かせていた。これが彼女が再びこの世界に戻った代償なのかも知れない。もしもそうならば、僕はヰタを止める為に、いやヰタから世界を守るために闘わなければならないのだろうかと、悲しい考えになってしまう。だがヰタのいない世界に何の意味があるだろう。僕はヰタが世界を滅ぼす鬼神になって甦ったのなら、僕も鬼になろうと決めた。それに彼女は怒りにまかせて洪水を起こし、一度世界を滅ぼしている。たくさんの生命を奪っているのだ。その代償に鬼になったって何の不思議もないじゃないか、皮肉なことに僕たちは鬼蜘蛛衆の末裔で、楼蘭王国皇女ヰタ・ファヴリティウスのまたの名を鬼蜘蛛のヰタと言う。僕はたとえ地獄の果てであろうともヰタと共に歩いて行こうと決めた。
そんなところに母殿とメモルがやって来た。
「ヰタおかえり」母殿の言葉に少し機嫌を良くしたヰタだったが、一瞬凄く意地の悪い目でメモル見ていたのを僕は見逃さなかった。ヰタの怖いところは僕よりも母殿のほうが、よくわかっているようで、ヰタのメモルを見る視線ですぐに勘付いた様子だ。母殿は絶対に勝てないとわかっている相手には、たとえ相手が誰だろうといとも簡単に尻尾を振り、恋人など平気で裏切る女だということを僕は知っている。
「楼蘭皇女に挨拶しなさい」とメモルをヰタに差し出し、僕に話があるので部屋に来いと言って、僕を二人から引き離した。イロハでもあれだけのことをやられたのだからと、五年前にヰタが学校に来た時にイロハが受けた辱しめを思い出した。今回は父親である楼蘭王を裏切って母殿と暮らしている自分の家来なのだ。それにいまのヰタは禍々しい鬼神の気を持ってこの世界に返って来たのだから、なにをするかわかったものではない。メモルは母殿に見捨てられたのだなぁと思ったが、僕も残酷なヰタを見たくないので、メモルには悪いが母殿の部屋に逃げることにした。母殿の部屋で何するでもなく、糞から作られたドリンクを飲んでいると、泥々になったメモルがヰタに連れられて帰ってきた。
「ホタルさん、メモルは正式に貴女に差し上げます。最後まで責任を持って飼うのですよ」メモルのあり様とその怯えきった表情、そしてヰタの目があまりにも恐ろしかったので、母殿は石のようにコチコチに固まって、
「はい、皇女様」と言うだけだった。
「深海様、父の船にはまだつかないのですか、退屈なので部屋にいきましょう」と悩ましい顔で僕を見てから、ベッドで待ってると言って母殿の部屋から出て行った。ヰタがいなくなった途端にメモルはトイレに駆け込み、酷く餌付いて何回も嘔吐しているようだった。それから歯ブラシを持ってシャワー室に飛び込んで行った。シャワー室からメモルの悲鳴のような叫びが漏れ聞こえてきた。姫様申し訳ございませんメモルが愚かでございました。お許しをお許しおおおおおと、泣いているのか悲鳴なのかわからない声だった。
「メモルは何をされたのかしら」すっかり怖気付いた母殿が真顔でポツリと言った。
「知りませんよ。知りたくもないし、だいたい母殿がヰタに変なことばかり教えたからでしょ」と僕もベッドでヰタが待ち構えていると考えると少し憂鬱だったが、僕はヰタと何処まででも一緒に行くと決めたのだから……席を立ち部屋に戻った。何処から見つけて来たのか犬の首輪をつけてヰタが待っていた。不思議なことにヰタの邪気が先ほどより随分弱まった感じがした。
ヴァイマル・カッツェの章
僕の過ちが引き金となり世界が亡びてから、五年もの歳月が流れていた。僕とスワンが占拠したポリトーン連邦の原子力航空母艦マニーの甲板の上で、雲ひとつない青空を見ていた。僕の身体はすっかり衰弱してしまい今では車椅子なしで動くことすら出来ないような有り様だ。この大きな船の乗組員は僕とスワンの二人しかいない。それも、この目の前の小さな女の子が本当にスワンであればの話だが。この女の子が僕の幻覚なのか実際に存在しているのかも、いまの僕にはわからなかった。彼女は優しく僕に触れてくれるし、僕も震える手でスワンに触れるのだが、その感覚にすら自信がないのだ。ここ数年、僕は彼女の助けで生きながらえている。
僕が核ミサイルの雨を降らした日から、スワンは話すことをしなくなった。僕はまるで玩具を壊すように二つの国を灰にしたのだ。そしてヰタ・ファヴリティウスの呪いが、世界を海の底に沈めたのだと話してくれたのが、スワンの最後の言葉だった。そのあと彼女は言葉を使うことをやめてしまった。彼女がそうなってしまったことを僕は居住区にしていた、潜水艦内の環境が悪いせいにしてスワンの気持ちなど考えすらしなかった。それは自分の非を認めたくなかったのだ。あのころは僕が世界の王となり、この世界の全ての者を跪かせ神のような存在に成ろうとしていた。世界も多くの人々も海に沈んだというのに。スワンは、そんな僕を悲しそうな瞳で静かに見ていた。そして、日増しに調子を崩していく彼女を見て、こんどは部下である乗組員たちのせいにして、彼らを罵倒したり暴力を振るう事で権力者を演じ、ちっぽけなプライドを満たしていた。たった二十人の上に立つ哀れな暴君はわがまま放題だった。
少し経ったころに、また僕は取り返しのつかない事を起こしてしまう。なんという事をしてしまったのだろう。何を言っても言い訳にしかならないのだが、それは楼蘭皇女が見せた悪夢のせいでもあった。僕は自分の部下たちまでも、この手で殺めてしてしまったのだ。その少しまえから、僕は毎夜毎夜、真っ白なワンピースを着た美しい少女の夢を見ていた。その少女は突然豹変して鬼のような形相で襲いかかって来るのだ。そんな夢から始まったのだ。夢に出てくる少女があまりにも恐ろしくて、だんだんと僕は眠れなくなっていった。次第に僕は心を病んで行った。ふとした瞬間に乗組員が白いワンピースを着た少女に見えたりした。その毎夜夢に現れた少女は、まぎれもなく楼蘭王国皇女ヰタ・ファヴリティウスであった。次第に艦内に楼蘭皇女が隠れているような錯覚に襲われるようになった。やがて僕は恐怖に取り憑かれ怒りの発作を起こすようになり、狂ったように暴れだすまでになってしまった。気が付けば、ひとりまたひとりと僕が部下である乗組員たちを次々と殺害していた。乗組員をすべて殺めてしまい潜水艦の中でスワンと二人っきりになってしまった頃には、彼女は寝たきりになっていて、ベッドの上で意識もなく眠り続けていた。なのに僕は、寝たきりになったスワンさえも、悪鬼のようなヰタ・ファヴリティウスの亡霊に見えて発狂してしまう。刃の長いナイフを振り翳し、病床で横たわるスワンの首に突き刺したのだ。いや突き刺した筈だった。僕は、そのときナイフが彼女の首に突き刺さる瞬間を見た。スワンは目をカッと見開き白い肌から真っ赤な鮮血を吹き出し痙攣していたことをハッキリと覚えている。だが僕は。そのまま気絶してしまった。目を覚ますとスワンの亡骸はどこにもなく、ベッドにナイフが突き刺さっているだけだった。周りを見回すと五歳ぐらいの金髪碧眼の少女がいて、ニコニコと笑っていた。僕はこの時点で、完全に狂ってしまったのかもしれない。そう思っていた。そんな僕に彼女は、
「ビニーかくれんぼして遊ぼうよ」と言って抱きついて来たのだった。僕はその少女が愛おしくなり、抱きしめて名前を聞いた。僕の期待どおり、彼女は自分の名をスワンと名乗った。不思議なことに。それからは楼蘭皇女の幻覚も夢も見なくなった。それからしばらく月日が経ち、潜水艦は面白くないから上にあるお船に乗ろうとスワンが言うので、潜水艦を浮上させると、驚いたことにポリトーン連邦の原子力航空母艦マニーが、そこに漂っていた。僕とスワンは小型輸送機に潜水艦にあった食料と水を全部積んで原子力空母マニーの甲板に着艦した。それが、嵐でこの星から地表が消えて二年ぐらい経った頃だったと記憶している。原子力航空母艦マニーの中は、驚いたことにひとっこひとりいなかった。なのに艦内は散りひとつなく、食料も戦闘機も綺麗な状態で置いてあった。空母の乗組員たちは艦内で死んでいるのではないかと思って、すべての部屋を虱潰しに調べたが誰もいないし、死体もなかった。
航空母艦の環境にも慣れ、スワンは広いお船が楽しいといつも駆け回るようになった。このスワンが僕の妄想だとしても心温まる光景だった。それからしばらくして僕の体調が激変する。おそらく無理な超人化の負荷が今頃になって出て来たのだろうと思いながらも、僕はまだ身体が動くうちに電動の車椅子を作り用意しておいた。そのお陰でいまでも、なんとか移動は出来ている。ただ下の世話を小さなスワンに頼まなければならないのが心苦しい。自分で出来ないことをスワンが介助してくれている。それはスワンが実在するという証拠なのではと思いはじめる。他にも悪いことが起こる。それは体調が悪くなってから、鬼女ヰタ・ファヴリティウスの亡霊が、昼間でも現れるようになったことだ。鬼皇女は呪いの言葉を投げつけて僕を殺そうとする。その度にスワンが、
「ビニーは、おバカなだけなんだから虐めちゃダメよ」勇敢に鬼女ヰタ・ファヴリティウスの亡霊に立ち向かってくれるのだ。スワンが僕の側にいると鬼皇女は近寄れないようで、頭に生えた二本の角を振り回し、耳まで裂けた口から涎を垂らしながらヰタ・ファヴリティウスの亡霊は、
「覚えておれ、お前には誰よりも惨たらしい死を与えてやる」といつも怨みの言葉をのこして去って行くのだった。そんなやり取りを二年以上にも及び繰り返していたのだが、最近突然に鬼皇女ヰタ・ファヴリティウスの亡霊が現れなくなった。スワンは、
「怖いヤツ来なくなってよかったね」と笑ってくれるので、僕はもう充分に動かせない手を震わせながらスワンを撫でて、
「ありがとうスワン」と言う。この小さなスワンが何であれ実体として存在すると思いだしてから不安に襲われる事がひとつだけあるのだ。もう僕の生命は、そんなに長くは持たないように思う。もし僕が死んでしまったら、この小さなスワンが独りぼっちになってしまう。こんな僕でもいなくなれば寂しがるのではないだろうか。僕は世界を滅すような大変な過ちを犯してしまったのだから、もし地獄なんてものがあるのなら、きっと、そこが僕の行き着くに相応わしい場所だと思う。それが自業自得というものだろう。だから、そんな僕が願いごとをするなどと言うのは、随分とおこがましいことだとは思うのだ。それでも、この小さなスワンを誰かにあずけなければ、この子を独りぼっちになどさせたくないのだ。この小さなスワンを誰かに託す事それが僕の唯一の願いだ。
僕はその夜、流れ星に願いをかけた。
ヰタの章
私は、深海様に別れを告げ、毒の回った体で兎姫山の意識に向かって天空湖こと沙奈湖の奥深く潜って行くと、私を追いかけるように土蜘蛛たちがやってまいりました。湖の中で力尽きようとしていた私を、土蜘蛛たちが目的の場所迄運んでくれたのでした。そこからは自分の肉体を感じなくなり、まるでモニターを眺めているようでした。だけども深海様やザザだけでなく、世界中のヒトの意識を身近に感じられるようになりました。と同時にそのヒトという生き物の身勝手さとあさましさに茫然とし、大変失望してしまいました。それでもと私は数百機の爆撃機を消し去り、大津波を止めようとしました。そんなときに故郷の楼蘭が一瞬で消え去る姿を見てしまい。それを嬉しそうに笑う男の姿を感じた瞬間に私の人々を守る気持ちは、粉々になって消え去りヒトという生き物に対しての憎しみと嫌悪感が嵐のように吹き荒れたのです。そのときの私には、深海様のことさえ意識から消え去るほどでございました。その中で私の心にヒトの悪意が渦巻いて入り込んでまいりました。その次に意識が戻った時には、私は既に鬼になっておりました。目はつり上がり口は耳まで裂けて、獣のように牙を剥き出し楼蘭を消した男を呪い殺す事だけしか考えられなくなっていたのです。しかし鬼となった私には実体もなく遠く離れたヴァイマル・カッツェという男に、別次元から呪念を送り続けるしか方法がなかったので、男をジワジワと弱らせていくしか術はありませんでした。しかもその事に多大な力を使うものですから、元の世界に戻れることも出来ないでおりました。そんな折、男に呪念を送っておりましたら目の前に眩い光が現れたのです。それは姿こそ幼い少女ではありましたが、あのザザと互角に戦っていたスワンでございました。それを見た私の中に巣食うヒトの悪意は怖気付き、そのおかげで、私はしばらく眠りにつくことができました。またしばらくして意識が戻った瞬間、自分の肉体を感じることが出来たのですが、相変わらずヒトの悪意は私の中に渦巻いたままで、いつ鬼になってしまうか解らぬ不安定な状態でおりました。私は悪意を忘れさせる程の欲望を思い出しました。肉体を取り戻した私には性欲で淫蕩に耽ることで、心に巣食ったヒトの悪意から逃げる事が出来ました。このことで、いつも深海様を思い続けることができましたから、あのお方の気を求めて、すこしづつ元の世界へと戻って行くことができるようになりました。私はヒトの悪意に呑み込まれたときに、世界を水の下に沈めてしまったことに気づき、地上を蘇らせる為に力を使わなければなりませんでした。そのときにヒトの悪意もすこしではあるけれど、水と共に異世界に流す事ができました。それでも鬼にならない為に常に猥褻な妄想を続けなければならないという、なんとも破廉恥な自分に酔いしれてしまい。自分の中に淫猥のループが生まれました。ああ深海様にはやく慰めてもらいたい。その欲望だけに支配され、巣食うヒトの悪意を眠らせることができました。このときばかりはホタルさんに感謝しました。あの恥ずかしく忌まわしい行為の数々を思い出し、心から改めて、あれらの行為で私を辱しめて欲しいと、ひとり悶々としながら土蜘蛛たちの力で、元の世界へ引き戻してもらっておりました。そんな具合でいましたものですから、もし元の世界に戻って目の前に、いきなり深海様のお姿を見てしまったなら、私は深海様に抱きついて、いきなり淫乱な姿を見せてしまうでしょう。もし、ほんとうにそんな事してしまったらどうしよう。それは耐えきれぬほど恥ずかしいのですが、そんな自分を見られたいという淫な私がいるのです。電柱の前で排便をしてしまった、あの夜のように。
そんな心の葛藤の末、羞恥心が勝ったのです。そこで、元の世界に戻る前に自分の身体を水晶球の中に封じ込めて動けなくしておけば、痴態を晒さずに済むという結論にたどり着いたのです。この考えはスゴいではないですか。私、アッタマいい。さすがは鬼蜘蛛のヰタと自画自賛しました。元の世界に帰ったら卵とストローはあるだろうかと考えていたところに、山の主であった大蜈蚣の魂が異空間の隙間に彷徨っておられるのを見つけたので、私の身体と一緒に水晶球に封じ込めることにしました。そして私は大蜈蚣である兎姫山の主様の魂に、ヒトの悪意に取り憑かれてからというもの、私は鬼化してしまうようになり大変弱っていることを相談すると、主様は私に取り憑いたヒトの悪意を。私の腹部、ちょうど腸のあたりに下ろし、それを便の姿に変えてくれたのです。そして、こう言われました。
「深海に隠れて野で排便し、山の野鼠にでも食わせるがよい」と術を施してくださいました。私は主様に礼を言うのだが、自分自身でも不思議なほど心ここにあらずで、深海様との行為や、その他の猥褻なことしか考えられなくなっている心底淫乱になってしまった自分に気づき愕然となりました。
私は水晶球に包まれて元の世界に戻れたのですが、頭の中は性に目覚めたての男子というよりも、さかりのついた野獣のようになっており、深海様に見つけていただいた瞬間。もし水晶がなければ、彼の身体に襲いかかっていたやも知れません。水晶球から出された瞬間も深海様に触れられただけで絶頂に達してしまい、ヘタに喋ると淫な声を上げてしまいそうなので、意識のないふりをして土蜘蛛に指示しなければなりませんでした。深海様の部屋に運ばれたときですら、メモルが現れてくれなければ私は深海様の股間にいきなり、むしゃぶりつくようなはしたない真似をしていたでしょう。メモルのお陰で嫉妬から来る怒りが、ヒトの悪意を呼び起こし、鬼になる寸前でメモルが出ていき。深海様が私の身体を求めてくださり悦楽に溺れ、悪意を追い払えたので鬼化せずに済んだのですが、早く排便して亀か野鼠にでも、排泄物を食わしその邪気を喰らった動物を異世界に送らねばと思いながらも、深海様と方舟の森を歩いていた所に、またメモルが現れ、私の嫉妬からくる怒りで、鬼になりその醜い姿を深海様に晒してしまいそうでした。あの姿を見られるぐらいなら、淫乱になってしまったと思われる方が、どれだけマシか。この時も都合よくホタルさんが深海様を連れて行ってくださったので助かりました。もう鬼化する寸前だったので、私はたいそう恐ろしい顔をしていたにちがいありません。このあと私はメモルの前で半分ぐらい鬼化してしまい。口が裂けて額からは二本の角を伸ばした私の姿に彼女は腰を抜かしてしまいました。メモルは母方の従姉妹にあたり同い年なのですが、五年間も私が異空間にいたので、実質彼女は五歳年上になったようで、深海様を惑わす腰のくびれや胸の膨らみに激しく嫉妬してしまったのです。そして鬼化した私は、またもやとんでもないことをしてしまいました。まず私は父を裏切りホタルさんと淫なことを繰り返していることを責め立て、今から言う私の命令に従わなければ、私は皇女としてメモルの親兄妹の首をはねると脅したうえで、今から私の排便をすべて食べろと命令したのです。無理ですと泣くので私はメモルの全身を蹴り倒し、そして何度も何度も親兄妹の首が飛んでもいいのかと脅し、ついにはメモルから私の肛門に唇をあてチュウチュウと吸い出したので、私は、ぶりゅっと大便の形をしたヒトの悪意の固まりをメモルの口に出していく、昔に電柱の横で深海様に見られながら大便を漏らしたことを思い出して。大きな喘ぎ声を出して激しく絶頂してしまったのです。メモルは泣きながら大便を完食して、私の尻の穴まで綺麗に舐めてくれました。こんな快感が、世の中にはあるものなのだと思いホタルさんの気持ちが少しわかった気がしました。深海様には秘密にしてこんな快感を時々は味わいたいと思ってしまったのです。私の身体から人の悪意は出て行き鬼化する事はなくなったのですが、私の心にほんとうの鬼が生まれました。
私は絶望して涙を堪えるメモルを美しいと思いなんども蹴ったり踏んづけたりしました。それは人を守ろうとして、人の文明を滅ぼした自分自身を傷めつけるようで、私は自分を止めることができなくなっていました。私はメモルの首に犬の首輪が巻かれているのに気付いていました。ホタルさんの新しい愛玩動物だと思うと傷めつけるのがほんとうに楽しかった。私と同じで卑猥な妄想ばかりしているのだろうと思うと、私は軽く絶頂をくりかえした。蹴ったり踏んだりはするが、さほど力は入れない。もし私が本気で蹴ればメモルは即死するだろう。軽く蹴りながら罵声を浴びせ何度も謝らせて、家族の命乞いをさせる。もしほんとうに私がメモルの家族を殺したらメモルはどんな顔をするのだろうか?そう考えてしまった自分に恐怖をおぼえて、メモルに謝まろうと思ったのだが、彼女の惨じめったらしい姿を見ると無性に怒りが込み上げて来て、なんども手のひらでメモルの頰を打って、今日この場所で私にされたことは誰にも言うな。そのあと家族の命をチラつかせてやりました。
ボロボロのメモルを連れて帰ったときの、ホタルさんの顔が面白かった。こんど深海様の目を盗んで、メモルとホタルの二匹を虐めてやろう。そして深海様の前では優しくて美しく貞淑な妻であろう。私の悦びはどんどんと歪んで行く。それもこれも、この私に調教などをしたホタルが悪いのだ。コイツの自業自得なのだ。私は怯えるホタルを見て笑いが込み上げて来た。ここで笑って本性を深海様に見せるわけにはいかないので、先に深海様のお部屋にもどり、メモルから奪いとった首輪を自分に巻き、堪えていた笑いをはきだした。その笑い声の冷たさに我ながらヒヤリとさせられ、鏡に映る自分の目の奥の光は悪魔が宿ったように思えました。この本性を隠して可愛い妻を演じてやろうと考えるだけで、私はまた絶頂に達してしまうのです。その絶頂に喘ぐ時の私の顔だけが真実です。もう父のことも楼蘭のことも、どうでもよかった。それよりも私は深海様の前で、どんなに傷めつけても叱られないヒールの存在を思い出していました。
その男の名はヴァイマル・カッツェ。世界を滅ぼした大罪人です。あの男を気がすむまで痛めつけてなぶり殺しにしたら、あの小さな少女は泣き叫ぶだろうか、そう思うだけでゾクゾクして来るのです。また鏡に映る自分を見ると、私はとても悪い顔をしている。これこそが人間の本性を露わにした私なのだ。この顔を隠して、深海様のよこで優しい顔をつくり生きて行くのです。私の心は醜いのです深海様。と、心で詫びながら彼を騙し続けよう。そんな私の本性に彼が気付いてしまったなら、きっと私は嫌われてしまうでしょう。もし深海様が私を嫌うようになられたなら。そのときは深海様の命を奪い、私も自ら命を経ちましょう。
そして二人だけの天国に行くのです。そんなことを考えておりましたら、深海様がお部屋に戻られたので、私は満面の笑みを作り彼をベッドに招き入れた。
翌日、深海様と共に、父である楼蘭王に会いにいくと、王は大変喜び私を抱きしめた。私は別段嬉しくもないのだが、深海様のてまえ感動している皇女の芝居を演じ、涙で瞳を濡らしてみたりしながら、父はこんな男だったのだなぁなどと考える程度のことなのです。そんな事より早く深海様に抱いてもらいたくて仕方がなかったのです。深海様が私を大衆の目の前で辱しめてくださったなら、どんなに幸せな気分になれるだろうか。などと、また淫な妄想を膨らませてしまいました。
「どうしたのヰタ、気分でも悪いの」深海様の声で我に返り取り繕う。さぞかしみっともない顔をしていたに違いない。私は王様にこれからは楼蘭王国皇女ヰタ・ファヴリティウスではなく、鬼蜘蛛のヰタとして生きていくと伝えた。王はもう国も無いのだから、好きにするがいいと快諾してくれた。私は思った。そうではなく怒り嘆き悲しむ王の顔が見たかったのだ。快く笑顔で受け入れるなど面白くもないと。出された食事も王国にいたときと大違いな質素なものを食べて、それでも幸せそうな王も気にいらなかった。苛々した顔を見られたくないので、体調が優れないと言って方舟に一人で戻らせてもらう事にした。深海様はザザに話があるとおっしゃって、そのまま楼蘭船に残られた。方舟に戻るとホタルとメモルがいたのだが、私が一人なのに気付くと、二人は恐怖にひきつった顔で、自分たちの部屋に走って逃げこんで行った。私も走って追いかけるが間一髪でドアは閉められ、私が猫なで声で呼んでも返事一つなかった。あの二人を辱しめ怯えた顔で謝罪をさせる、またとないチャンスなのに。私はドアをどんどんと叩き怒鳴っていた。あの二人を縛り上げて無理矢理と、考えただけで震えるほど興奮していた。ドアをたたき壊そうと思ったのですが、そんな事をすれば深海様にわかってしまうので、それはできなかった。私は諦めてピッピちゃんに悪戯でもしようかと思い、ドアに背を向けたとき、後ろで勢いよくドアが開き、私に突進して来るものがいた。ホタルめ私を倒せるとでも思ったのかと身を捻りかわす。思った以上に動きが速かったので少し驚きました。草地に飛び出したそいつの顔を顔を見て、納得が出来ました。それはホタルではなく鬼化したメモルでした。そうだ異世界に流すのを忘れておりました。慌てて部屋から出て来たホタルが、
「ヰタ、どうなってるの」と怯えているので、私は軽くホタルを蹴り飛ばし、
「深海様に、言いつけたら殺しますよ」と言ってやりました。私はさぞかし意地悪な顔をしていたでしょう。コレが本当のヰタでございます。鬼と化したメモルは中々の手ごたえがあり時間をかけてジワジワ痛めつけてやりました。メモルは、もうよろよろになっても鬼の力を使い私に牙を剥くので、地面に押さえつけていたのですが、トドメをさしてやろうと思い、糸切り刀を部屋から取り出す為にはなしてやりました。そしてメモルの前に戻ると生意気にホタルが私の前を遮り、
「やめて、なんでこんな事になったのかは知らないけど、この子はメモルなのよ。それに、そんな事に鬼蜘蛛衆の糸切り刀は使わせない。絶対に」なんて言うので、一緒に斬り殺して異空間の棄てれば深海様にもわからないと思い、刀の鍔に指をかけた瞬間。私の肩をつかんで、
「もうやめろ」と悲しげな声が聞こえました。私に気付かれずに後ろを取るなんて、その声を聞いて私はすべてを理解しました。私が振り向くと、そこには愛おしいお方の意気消沈した顔がありました。
「深海様は、ずっとご存知だったのですね」私がそう言うと彼は小さく頷き、
「僕はヰタが、別の空間に閉じ込められている間に、すべての人の心を読めるようになったんだよ」とポツリと話されました。
「私を憐んでおられたのですか。もしもそうなら、随分と屈辱的なことをなされるのですね」私はこの時、深海様を斬って死のうと決めていました。
「いいよ斬りなよ」深海様も覚悟を決めておられるようでした。糸切り刀を鞘から抜きかまえようとしたとき、私は顔面を思いっきり殴られて数メートルも吹っ飛ばされました。待っていましたよザザ、このまま私を殺しておくれ。深海様に醜い私の心をズッと覗かれていたなんて、もう生きていたくなどありません。
「姫、俺はお前を殺すほど優しくはない。そのまま深海と二人生きていくがいい。それが、今のおまえに一番辛い事ならば、そうするがいい」ザザはそう言うと、もう虫の息になったメモルの側に行き、メモルの耳まで裂けた口に手を突っ込み黒く光る禍々しい球を取り出し、
「方舟、コレを時間の狭間に棄ててくれ」と言い投げると、空間が歪み黒い球体を呑み込んでいった。私はその場を飛び退くと、
「ザザ覚えておれ、いま私を生かして置いた事を必ずや後悔させてくれよう。そうさなあ、おまえの片割れの命を貰うとしよう。深海様、私はその後で貴方の御命をいただきに参りますので暫しお待ち下さいませ。そして死して二人だけの楽園で暮らしましょう」深海様が、
「待てヰタ。おまえがヴァイマル・カッツェとスワンを殺めるというのなら、その前に僕が君を裁こう。そして二人で地獄を巡ろう」どこまでも真面目なお方ですこと。
「私は地獄めぐりなど、まっぴら御免でございます。私があなたの命をもらって楽園に招待いたします」そして私は方舟をとびだし土蜘蛛たちを呼びよせると海に出た。まずはヴァイマル・カッツェとスワンの命をいただくとしましょう。
ザザめ、私の美しい顔を殴るとは許しがたい。彼奴の片割れのスワンを思う存分苦しめてやる。きっと深海様と二人で追ってくるだろう。深海様は私の醜い心をずっと眺めていらっしゃったとは、そう考えただけでも熱く燃えるように疼くのです。どちらにしても深海様も私も死ぬのです。要はどちらが先に命を奪うかだけの事です。コレが私に残されたたったひとつの尊厳のように思えて、たとえ深海様でも譲れません。私の意思であなたを殺して私も死ぬのです。あなたの意思で殺されあなたが死ぬなど許せるもんですか。土蜘蛛たちは私に日影を作りながら海のうえを走って行く。前から大きな魚影が私に向かって来るのを感じました。ホオジロザメ!これは深海様が放たれた刺客でございますね。貴方の力は元々は私のモノなのですよ。私は襲いかかって来るホオジロザメに命令を与えました。後ろからシャチに乗って追いかけて来る二人の男を襲えと。
あなた達が原子力航空母艦マニーたどり着く頃には、血塗れで息絶えた二つの惨たらしい屍を見て怒りながら、私に命を奪われるのです。そうすることで、やっと私と深海様はひとつになれるのです。
日が沈みはじめた頃やっと空母マニーが見えてきました。土蜘蛛たちは私の日傘になって数匹死んでしまいましたが、強い日差しもやっと消えてくれそうです。私はバッグから昔にホタルさんがくれた鬼蜘蛛衆の装束を取り出し身に纏いました。私は空母マニーの甲板で深海様とともに鬼蜘蛛のヰタとして死んでいくのです。
私が土蜘蛛と共に航空母艦の甲板に上がると車椅子に乗ったいまにも死んでしまいそうな男と金髪の幼い女の子が待っていました。車椅子の男が震える声で、
「待っていたよ。ヰタ・ファヴリティウス」まるでいま私が来るのを知っていたかのようだった。ヴァイマル・カッツェは何か嬉しそうに笑いながら、
「スワンのことは任せたよ」そう言って目を閉じた。それからは、ひとことも口を聞かなかった。私が怒鳴ってもピクリともしない。ヴァイマル・カッツェは呼吸すらしていなかった。私にスワンを預けて死んでしまったのだ。この男が私を呼び寄せたと言うのか。
私に預けたのなら、この子の命を奪おうがどうしようが、私の勝手だ。刀で斬り刻んでやろう。
「お姉ちゃん、ビニーが動かないのどうかしたの」コレがあのスワンなのでしょうか。いったい何がどうなれば、こんな事になるのか想像もつかない。
「きっとビニーは眠っているのよ。お部屋に連れて行きましょう」私はそう言って車椅子を押した。人が乗っていないように軽かった。ヴァイマル・カッツェは痩せこけて、骨と皮だけになっていた。彼は私の呪いのせいで、こんなになってしまったのか。だが、この男は罪を償って死んだのだ。だから私にあんな清々しいまでの笑いを見せて死んで行ったのですね。
なのに私は世界が海に沈んだ事さえ、この男に罪を被せて殺そうとしていたのです。私はなんという卑劣な女なのだろう。いつも誰かのせいにして、いつも何かのせいにして生きていたのです。そう思うと私こそ何かしなければならないという思いが、心の奥底からじわじわと沸いてまいりました。そうだ罪滅ぼしに、この小さなスワンを育てよう。それがヴァイマル・カッツェのただ一つの希望だったのだから。死ぬのはその後でも遅くない。深海様に詫びよう。ホタルさんにもちゃんと謝ろう。死ぬ迄に少しでも罪を償いましょう。
「深海!やめろ」ザザの大きな怒鳴り声が響き、その次にスワンの悲鳴。そして背中から突き抜かれ、私の心臓を串刺しに胸を貫いた糸切り刀を見ました。深海様が私の急所をひと突きにしてくださったのだ。私を苦しめない為の優しさなのですね。ヰタは気づくのがほんの少し遅かったようです。それでも深海様に裁かれたのなら本望でございます。
私が最後に見たものは、涙と鼻水で顔をグシャグシャにした深海様でした。短い人生でしたがヰタは幸福でした。深海様は私など追わず。いつまでも皆を守って上げてください。ザザ、深海様とスワンを頼みましたよ。
私は死んで独り地獄を彷徨い罪を償うことにしましょう。迷惑ばかりかける馬鹿な皇女でした。父にも先立つ不幸を詫びなければ………もう、その時間はなさそうです。
また私は目覚めた。ここが地獄なのだろうか、いや違う見覚えのある景色だ。そうだここは方舟の中の深海様の部屋だった。私はあの時、深海様に糸切り刀で心臓を貫かれて死んだ筈だ。起き上がって見ると鬼蜘蛛衆の装束を着ていた。装束には血の乾いたものがこびりついているのですが、痛みはありません。私は装束を脱いで、自分の身体を見たのですが傷ひとつありません。でも装束を見るとちょうど刀で刺されたように前後に穴が空いているのです。私は白いワンピースを着ると、部屋の外に出て見ました。まずホタルさんの部屋に行ってみましたが誰もいません。深海様の気を感じる方向へ歩いて行くと、そこは彼のお気に入りの場所でした。深海様が茶トラの猫と金髪の子供と遊んでいました。彼は私を幽霊でも見るように見つめていました。そしてボロボロと涙を流し、
「ヰタ」と一言だけいうとまた泣き出すのでした。
「ね、お姉ちゃんは死んでないって言ったでしょ」スワンが笑いながら私の側までやってくると、手を引き深海様のところまで連れて行ってくれたのです。深海様も落ち着くとあの後の事を話してくれました。
あの時、私は間違いなく死んでしまったようでした。私を突き刺した刀で自分の首を斬ろうとした深海様をザザが殴りつけ方舟の力を借りてやり直せると、彼は言うと私の亡骸のうえに被さり溶けるように消えてしまったと言うのです。そのあとザザの声が深海様の頭の中に響き、
「俺は元々命を持たぬものだ。俺を作りあげたのがスワンなのだ。彼女が皇女を生かしてくれと泣いている。だから俺は皇女とひとつになろう。俺の意識は消えてしまうがいつも皇女の中から、見守っている」とだけ言い残して消えてしまったのだと言われました。そしてこの方舟には意思があり、深海様は会話をされていること教えてくださいました。そんな馬鹿なと私が言うと方舟から私にも話しかけて来たのです。そのあと私はまた悲しい話を聞きました。深海様が船団に戻ると其処は火の海になっていたそうです。ホタルさんもメモルも殺されていたそうです。一番辛かったのはイロハさんと彼女の幼い子供達まで無残に殺されていたそうです。楼蘭王は老いた身体で最後まで戦ったと生き残った方たちから聞いたそうです。でも王も海賊たちに殺されてしまったそうです。そして深海様は海賊たちのあとを追いかけて、残忍に殺戮してしまったと泣き出しました。海賊船の中から父親を深海様に殺された子供達が銃を発泡して来たので、その子供たちまで殺めてしまったとひどく落ち込んでいました。ピッピちゃんがニョーと頭を深海様の膝に擦りつけて、心配そうにしていました。そんな中に方舟から話しかけて来たのでした。
「みなさんは、この小さな楽園で死ぬまで暮らすのと、あの狂った世界を巻き戻してやり直すのとどちらが、よろしいですか」それを聞いた深海様が、
「もう一度、母殿やイロハたちの生きている世界をやり直せると言うのか」と目を輝かせた。
「可能です。但し別の世界になるのでシチュエーションが色々と異なり性格も若干変わる可能性は強いです」私もその話に興味を持ち、
「どうやってそんな世界に行けるのですか」と尋ねて見た。
「お二人のイマジネーションと私が知るあらゆる世界から、空いた空間に私が新しい時間軸を作り上げるのです」まるでバーチャルだわ。と考えた私の心をよんだのか方舟は、
「あなたたちの知る現実世界はすべてバーチャルと言っていいでしょう。次の世界も酷いものなら、またやり直すことも出来ますが、満足の行く世界を創りだす自信があります」深海様は私の目を見つめ、
「いいよね」と言われました。私も彼の目を見つめて、
「もちろんです。もう一度やり直しましょう。この世界を壊したのは私なのですから」私の返事を聞くと、
「方舟、すぐにやってくれ。スワンも連れて行けるか」とおっしゃいました。
「ザザ様以外は復活可能です。彼はヰタ様の中に存在しているので蘇らせる事は不可能です」それを聞いた私も、
「それでもかまいません。新しい世界をお願いします」私は深海様の手を強く握り眠ってしまった。
気がつくと瓦礫の真ん中に寝転がっておりました。じっと私を見つめている少年の顔を見ると五年前のはじめて出会ったときの深海様でした。
「深海様、私が誰かわかりますか」と不安になりたずねると、
「え!キミは誰だい」と言ってからニヤリと笑い、
「まだ方舟と話せるよ。随分と華奢な身体に戻ってしまって驚いたよ」と言った。そしてここは、はじめて深海様とお会いした廃墟でした。ミョミョンミョミョーと猫の泣き声がしたところを見るとピッピちゃんでした。私の膝に擦りよってきてくれました。二人で破れたフェンスの隙間から表に出ました。太陽の位置から時間はまだ昼前のようでした。この平坦な坂を下りると深海様の暮らしていた稲垣家があるはず。ゆっくりと見覚えのある懐かしい坂道を二人で歩いていきました。
深海様とホタルさんの住まわれていた家が見えてまいりますと、ピッピちゃんは私の腕の中から飛び出して家の中に入って行きました。私と深海様も続いて行きますと、玄関の横にホタルさんの黄色い車が置いてあります。玄関を開けて家の中に入ると、キッチンにホタルさんとイロハさんがいて、何やらお菓子食べていました。
「ただいま」と深海様が言うと二人は驚いたように私を見て、
「その綺麗なお嬢さん誰なの」と口を揃えて言うので、
「私は、ヰタと申します。深海様の妻でございます」と申し上げると、
「そんな冗談面白くもないわ」とホタルが偉そうに言うので、いつもの棚からストローを取り、冷蔵庫の卵を取りだしてチュウチュウと吸ってやりました。
「深海、何この子」イロハが生意気な口調でいうのも、感に触るので卵の殻を手渡してから、二個目の卵にストローを突き刺しました。深海様は笑いを堪えながら、
「母殿もイロハも元気そうでよかった」と言われました。なのにイロハときたら、
「深海、何度言ったらわかるの、イロハって呼ぶのやめてって言ってるでしょ。ちゃんとボクのことをお姉ちゃん呼んでよね」なんて憎たらしい言い方をするので、卵の殻を投げつけてやりましたら、イロハの奴が私に怒鳴りだしたので、もうひとつ冷蔵庫から卵を取ってストローを突き刺すと、ホタルまで私に怒鳴り出しました。すごくと殴り倒してやりたい気持ちになりましたが、卵をチュウチュウと吸いながら我慢していると、
「なんだ、騒がしいな」と言いながら見知らぬ男が二階から降りて来たのです。
「あ!ワイルド猫澤」深海様がポツリと言われました。それを聞いて、
「いい加減、お父さんのことペンネームで呼ぶのやめてくれよ」と言ったのを聞いて、この世界では、稲垣家は四人家族でイロハが深海様の実姉だと気付きました。深海様も感づかれたご様子で、私の顔を見てふむふむと頷かれました。ワイルド猫澤が私を舐め回すような視線でジロジロと見るので、ガミガミとうるさいホタルの口に卵の殻を突っ込んでやりました。ホタルはウゴウゴと少し静かになったのですが、イロハが益々声を張りあげて怒鳴るので、私は仕方なく冷蔵庫から、また卵を取り出さなければなりませんでした。そんな私を見てワイルド猫澤は、慌ててテレビの電源を入れて、ニュースチャンネルを表示すると、我が国を訪問中のヰタ・ファヴリティウス皇女という特集が流れていた。
「どうして皇女様が……」とイロハが静かになったので私は卵にまたストローを突き刺してチュウチュウと飲みました。ホタルが口の中に突っ込まれた卵の殻を取り出し、右手に持ったまま私を見ているので、
「礼には及びません」と言ってみましたが、なんの反応もありません。ただ三人はテレビの私と実物を見比べて、ホントだとか一緒だとか当たり前のことをバカのように言い続けていたので、
「私は楼蘭王国をすてて深海様の妻になりますので、よろしくお願い致します」と頭を下げてから深海様の手を引っ張って、彼の部屋に行きベッドで欲望を満たすことにしました。
私が目覚めると、深海様はまだ眠っておられました。日は落ちて窓から外灯の明かりが薄っすらと入っていました。深海様が幼く成られたのとは逆に、方舟は私を彼と同じ年齢にしてくれたようで胸の膨らみにボリュームがあり、私は大変満足しました。できれば衣服など身に付けずに、この美しい身体を世界中に見せつけたいほどです。深海様もいまの私の身体にたいそう魅入られておられたのが何よりも嬉しゅうございました。それ故に疲れ果てグッスリと眠り続けておられる。
私はこの世界に来てから小さなショルダーバックを持っていた事を思い出し部屋の灯りをつけてバックを探しました。床に散らかった私の下着と深海様の服を拾いベッドに並べて行くと、バックは、その下から出てまいりました。私は何を方舟から与えらたのかと思いながら、バックの中を見ると、犬の首輪に布切れとスマートフォンが入っていました。私はスマートフォンを取り出して父に電話を架けました。
私はもう国に帰らないと言うと、楼蘭王はわかっていたかのように、
「お前も十六歳になった。楼蘭王国では立派な成人女性だ。好きにするがいい。楼蘭王国はメモルに任せるが構わないか」言われました。メモルというのが少し気に入りませんが王の気が変わると面倒なので、
「構いません。むしろメモルの方がうまくやってくれるでしょう。お父様、勝手ばかり申し上げますが、異国の男性と添い遂げることになりましたので、この放蕩娘に幾らか支度金をください」と自分の要求を伝えたところ、渡しているクレジットカードを王が生きている限り使うがよいと言ってくれたので、私は電話をさっさと済ませて、バックの中のクレジットカードを探しました。バックの中を全部出した次いでに布切れが何なのかを手に取って見ると、それは下着の役目を果たさないほど小さくて破廉恥な、真っ白なブラとショーツでした。私はワンピースを脱ぎ、そのはしたない下着を身につけ、犬の首輪を自分の首に巻きました。私はこの世界では変態ドスケベ皇女として生きれるようです。
もう我慢が出来ずに深海様を起こすと、
「ヰタ、もう今日は許してよ」と寝ぼけていましたが、私の全裸よりも卑猥な格好を見て気が変わったようで、いきり勃った男性器にゴムを付けてくれました。私は、さすがは方舟と思いました。深海様のベッドの下に大量に未使用のコンドームが用意されていたからです。そして深海様は、
「もう十回目だよ」と言いながら、乱暴に私を可愛がってくれるのでした。
ひと月ほどの時間が過ぎ、この新しい世界は色々と異なる事がハッキリとしてまいりました。まず土蜘蛛たちが伝説上の妖怪の類いに分類されており、現実には存在しないとされていました。でも、私は自由に土蜘蛛たちを操れるので、いつの日にか街で暴れさせてやろうと思っています。愚民たちの慌てふためく姿は、さぞかし愉快なものでしょう。想像しただけで笑いが込み上げて来ます。そんな意地の悪いことばかり考えているので、最近は深海様が時々冷たいのです。彼のテレパスが健在のようで私は思考が彼に筒抜けになっていることを忘れて、ホタルとイロハに意地悪なことばかりしていました。しかも度が過ぎるような陰湿なやり方で……
それまで深海様はテレパシー能力がなくなったようなフリをされていたものでしたから、私はすっかり安心しきって、新たな嫌がらせを考えていたところ、突然、深海様に怒鳴られたのです。今まで我慢していたが余りにも酷いと叱られ、今までずっと私の思考を読んでいた事を告げられて呆然となりました。だって私は意地悪なことか猥褻なことしか考えていないのですから。それ以来深海様は私を抱いてくれません。言葉でもテレパシーでも何度も抱いて欲しいとお願いするのですが、
「駄目。お仕置き。もっとまともな事を考えられるようになるまで、おあずけ」と言われるので、ひとりになる度に自分で慰める辛い日々です。
この世界には土蜘蛛衆がいない変わりに、駅前にスーパーツチグモという名の、スーパーマーケットがあり、前の世界で私が惨殺してやった男たちが働いていたので、蟻を呼ぼうかと意地悪なことを考えていたら、深海様に頬を打たれました。そして、打たれた事に快感をおぼえている事が深海様に露見してしまい。酷く冷たい目で見られました。どんどん深海様に嫌われていく気がして、とても辛いのです。でも、明日から深海様と同じ高校に通う事になりました。良い子にしてたら、きっと深海様は以前のように私を可愛がってくれるに違いありません。楼蘭王国からマスコミに圧力をかけたので、私が元楼蘭皇女と騒がれる事も無いはずです。その事に関しても深海様は不愉快な様で、
「君は、なにかあると力で人や組織を押さえつけるんだね」なんて言われました。もう泣きそうです。でも私は稲垣ヰタとして正式に深海様の妻になりました。本当に心底嫌われたなら私は深海様を殺して、あの家族もみんな蟻に喰わして死んでやろうと夜中に悶々としていたら、本当に危険を感じたようで、
「明日は、はじめての学校だからリラックスしなきゃね」と言って抱いてくれました。私は満足しながらこの手があったかと考えていたら、しまった!と言う深海様の思考が流れて来たので、私はまた殺意をおぼえました。が、この深海の野郎は寝たフリをして一回しか愛してくれないのです。仕方ないので、こっそり自分で慰めて眠りました。
学校に行くと深海様とは、違うクラスなのでガッカリしました。それよりも驚いたのは私の担任がスワンだった事です。彼女は白鳥スワンというふざけた名前の数字教師で、方舟が私の御目付役として置いたに違いありません。深海様は知っていた筈なのに、どうして教えてくれなかったのでしょう。何か企んでいるに違いないです。あのクソ夫め!
退屈な授業も四限目が終わり、お昼休みという庶民どものエサの時間がきましたので、深海様と一緒にお昼を食べようと、ホタルの作った粗末な弁当を持ち深海様の教室に行くと、あの野郎いませんでした。絶対に私から逃げたに違いありません。クソ亭主のクラスメイトと思しき櫻田Q太郎という頭の悪そうな下民が、
「稲垣だったら、授業終わるなり珍しく弁当箱を持って走っていったけど。キミだあれ」と馴れ馴れしい口をきくので、
「私は、稲垣深海の妻で稲垣ヰタと申します。不束者ですがお見知り置き下さい」と周りに聞こえるようにハッキリと大きな声で言ってやりました。周りからどよめきが起り、皆の者が私の美しい姿を一目見ようとひと騒動起こっていました。クソ亭主は昼になってからいきなり気を消したので、私から隠れたに違いありません。もしや浮気をしているのでは。私の嫉妬の青い炎がメラメラと燃えだしました。
私は、来い鬼スズメバチと心の中で呼びました。まもなく五十センチほどの鬼スズメバチが現れて学校は大騒ぎになりました。この世界では鬼スズメバチも都市伝説の類いのようで、窓から見える校庭で慌てふためく下民どもの様子が可笑しいので、私と同じクラスの馴れ馴れしく近寄って来た三人組が校庭にいたので、鬼スズメバチに襲わせてみました。愚民など死んでしまえばいい。
悲鳴を上げる三人組。しかし鬼スズメバチはバラバラになって地面に転がってしまいました。その横には糸切り刀を持った深海様が私を睨んでいました。あ!怒っておられる。本気で怒っておられましたので、慌てて自分の気を消してトイレに逃げ込みました。また殺されたら、どうしようと考えたら悲しくなりました。そして少しでも善行をつもうと、この世界でやりなおそうと思いたった事を改めて思い出し、己の底意地の悪さが嫌になり泣いていましたが、個室の外から男子の声がするので、自分が男子トイレにいる事に気づきました。凄く背徳的な気分になり、私は男子トイレの個室で制服を脱いで下着だけになりました。そのまま男子生徒の談笑する声を聞きながら、下着の上から硬く膨らんだ女芯に指を当てて刺激してみました。いきなりビクンと軽く絶頂に達してしまい。そこからは頭が真っ白になってしまい自慰に狂い声を殺して満足するまで慰めました。もうコレは癖になりそうです。学校も悪いものではないなぁなどと思い制服を着て、男子生徒が授業のベルで教室に戻ったのを見計らい個室を出ると、そこには深海様とスワンが呆れ果てた様子で立っていました。
「ヰタ、ちゃんと手を洗いなよ。君の声聞こえてたから」私は顔から火が出そうなほど真っ赤になっていたに違いありません。
「取り敢えず保健室に行きましょ」とスワンが言うので深海様と一緒について行きました。スワンの姿は子供の姿ではなく大蜈蚣を斬り殺したときの、妖艶な大人の女の姿でした。私はスワンの後ろ姿を眺めながら、全裸にした姿や、私と女同士で乱れる姿などを思い浮かべていたら、深海様とスワンの二人から殴る蹴るの暴行を受けてしまいました。二人は肩で息をしながら、少しは気が済んだようでしたが、私が暴行された事で女陰をビチャビチャに濡らしているとわかると、
「スワンどうしたらいいんだろ。この爆弾みたいなゴミ」と深海様が私を指差して言うのです。私がゴミ!そんな酷い言葉を投げられて更に股間を濡らす自分に困惑していましたら、
「ほんとうにゴミね」とスワンにまで言われ、私は自分がゴミだと気付きました。
「ヰタ、学校で首輪するのやめてって言ったよね。朝はしてなかったのに、やっぱり鞄に隠してたんだね。どうして嘘ばっかりつくんだい」と深海様に指摘され、
「そっ、そそれは、わた私はゴミだからでふーう」私は自分の言葉に感じてしまい、そのまま廊下で寝そべったまま、大股を開き右手をショーツの中に突っ込み女芯を人差し指で擦り自慰をはじめてしまいました。スワンが慌てて私を抱き抱えて保健室のベッドに寝かせて、シーツをかけてくれたのですが、私はシーツを払い除けて、ビチャビチャのショーツも投げすて、女陰がハッキリ見える様にパックリと開いて、自慰ショーでもする様に二人に向かって女芯を慰めながら、
「ゴミの恥ずかちいい、ところを見てええ」と悩ましい声で喘ぎましたら、血相を変えた深海様に頭を蹴り飛ばされて暫くの間、意識を失っていました。
気が付くと、私はソファーに寝かされておりました。私の横で深海様が眠っておられるのが目に映りました。
「深海くん、ヰタちゃん起きたわよ」スワンの声で、ガバッと起き上がった深海様は、心配そうに私を見て、
「ゴメン。蹴ったりして、ついつい感情的になっちゃって。頭痛くない」と優しく言ってくださいましたので、
「痛いです。頭が割れる様です。一週間は寝る間も惜しんで可愛がってもらわないと治らないぐらい痛いです」と申し上げたら、深海様はスワンと目を合わせて、大きな溜め息をつかれました。そして、
「ヰタ、なんで鬼スズメバチなんか、呼んだの」と聞かれましたので、
「私は、呼んでなどおりません。これは大自然の怒りに違いありません」と思わず嘘をついてしまいました。だって嫉妬からなんて口惜しくって言いたくありませんもの。
「ああ、なるほど嫉妬なんだね」とスワンと深海様は私の頭の中を読み続けているので、嘘が通じずとても悔しいのです。
「この皇女様がここまでアホだと思いもしなかったわ」スワンが失礼なことを言うので、生卵が飲みたくなりました。小さな声でニョーロニョーロと言って見ました。
「スワンさん、生卵もらえますか」と深海様が私の願いに気付いてくださいました。さすがは愛する妻を思う夫です。
「ビニー。卵持って来て」と階段に向かってスワンが言うと、ヴァイマル・カッツェがエプロンをして卵を持ってきました。ヴァイマル・カッツェはニコニコ笑いながら、
「僕は
「これ、あげるよ」と金属のストローをくれました。これは結婚ストローに違いありません。
「ステンレスの削り出しで、ビニーさんに作ってもらったんだ」私は嬉しくって天にも上る気持ちで卵にストローを突き刺しチューチューと飲みながら、深海様の尿道にストローを入れて彼の精液を飲む想像をしていましたら、
「絶対駄目だから。それだけは本当にやめてほしい。絶対だよ」と顔を引きつらせながら言われました。人の頭の中なぞ覗くから恐ろしい思いをするのですよ。スワンが笑い転げていたのは癇に感じましたが、許してやることにしました。ビニーは私の心が読めないので、安心していたら、
「君がヰタちゃんだね。スワンから話しは聞いているよ。変態は病気じゃないんだ。自分の変態性を認める事から始めるんだよ。そうする事で異常な欲望を抑えて快適なセックスライフを送れるようにしようね。人間は皆、ひとりひとりが異なった変態的な欲望を抱えて生きているんだ。僕も微力ながら協力するよ」私は変態などではございません。ただ少しばかり好色なだけです。失礼なことを言う男だ。頭にストローをツッ込んで脳味噌をチュウチュウ吸ってやろうかと考えていたら、スワンから殺気が伝わって来たので、スワンの方を見ると、あの女、拳銃を構えて銃口を私の額に向けていました。ちょっと考えただけじゃない。軽い冗談でございますわ。ザザが私と融合したので、その分身のスワンは深海様と同じくらい私の思考が読める様になったのです。もう、ほんとうに嫌になってしまいますわ。
「おかわりもらえます」と私はビニーに殻をわたすと、彼は馬鹿っぽい笑顔で新しい卵を取りに降りて行きました。スワンが、
「ヰタちゃん用のスーツも持って来て」と言っていました。でもビニーが持って来たのは、普通の卵とカラフルな水玉の卵だけでした。カラフルな変な卵の中は人工的につくられた濃厚なスープのような味がしました。深海様がもう全部飲んだと聞いてきました。
「飲みましたがなんでしょうか」深海様の心の奥にスーツというキーワードが混じっていたのを問い詰めなかったのは失敗だったと後で気づく事になるとは、このとき思いもしませんでした。
深海様がホタルに電話をかけておられました。
「母殿、深海です。今日はヰタと二人で高校の白鳥先生の家に泊めてもらうよ」私は意識を失ったまま連れてこられましたので、スワンの住まいに興味を持ち階段を下りてみました。すると、そこには広いキッチンがあり、ビニーが料理を用意してくれていました。
「やあ気分はどうだい」稲垣家よりはまともな食事をいただけそうに思えたので、
「まあ、とっても美味しそう」と笑顔を作ってみましたら、ビニーのヤツは随分と嬉しそうにしていましたので、お前は、私のようなこんな美少女に褒められて幸せに思いなさいと、心の中でビニーの顔に唾を吐いていましたら、スワンとクソ亭主が、
「お前、本当に性格悪いし馬鹿だし淫乱だし最低だな」とテレパシーで攻撃をして来たので、どうせ私はゴミなので、ビニーの前で自慰行為を披露しましょうか?と返してやりましたら、
「言い過ぎたゴメン」「済まなかった傷つけるつもりは無かったのよ」と二人で詫びて来たので、私は階段を上がり二人の前に行き、こう言いました。
「土下座しなさい」スワンとクソ亭主は、いまにもキレそうな顔で、土下座したのが私の感に触ったので、
「スワン私の足を舐めなさい。クソ亭主お前は私のお股を舐めなさい」調子に乗って、たまった怒りを口に出してしまったところ、二人の逆鱗にふれてしまい、殴る蹴るの暴行を受けて、また歪んだ性欲が湧き上がり、自慰をしたくなってしまい。二人の目の前で自慰行為をしてしまうのですが、まったく気持ちよくなれないのです。スワンと深海様を見ると、なんだか意地の悪い笑い方をしているので、
「私の身体に何かしたのでしょう」と尋ねましたところ。更に口角をあげ悪魔的な笑みを浮かべながらスワンが、口を開き、
「さっき飲んだカラフルな卵は、私が作った見えないスーツよ。自分の身体や物体で触っても性的快楽を感じる事ができなくなるのよ。名づけてオナ禁スーツ。私と深海はそれを解除する端末を持ってます。これから時間をかけてヰタちゃんの歪んだ性格を改善してあげるわね」なんて酷いことを言うのです。しかも、なんて低俗な名称をつけるのでしょう。オナ禁スーツだなんて、とても卑猥ではないですか。なんて嫌らしい名前なんでしょう。しかもオーガズムを禁止されてしまうなんて、なんという恐ろしい事するのでしょう。そんな恥ずかしい仕打ちを受けていると考えただけで、私の女芯は硬く尖ってしまうのでした。ですが、私も元は一国の皇女でございます。スワン如きに操られて成るものかと、
「私も随分と軽く見られたものでございますこと。別に、平気でございますわ。私はあなた方が喜ぶように淫乱なフリをしていたに過ぎません。だから、そんなことをされても痛くも痒くもございません。そんな程度のこと解除など不要ですわ」そう言ってから二人のテレパシーを全力で遮断しました。いまの感情だけは読まれたくありません。口惜しい。口惜しい。それよりもイキたいのです。私は二時間後には屈伏する自信があります。それ故に口惜しいのです。だからテレパシーを遮断して、
「お手洗いを借りてもいいですか」とスワンに聞き、彼女の嘲るような笑顔。大笑いしたいのを堪えているような、憎たらしい彼女の顔を無視してトイレに駆け込み、ひとり女芯での自慰を試みるも絶頂どころか、快感すら感じることが出来ませんでした。詫びるのは、もっと口惜しいので謝ってなんかやるものかと思い、何食わぬ顔で食卓につくのですが、私は、
「今までの無礼の数々、悪いと思っておりますので、お許しください。本当に申し訳ないことを致しました」と真っ先に謝罪いたしました。屈伏まで二十分と言う情けない結果になってしまいました。はあ、やはり私はゴミなのでしょうか。
「まだ、三十分も経ってないよ。本当に悪いなんて、塵ほども思ってないでしょ。これじゃお仕置きにもならないじゃないか」私が、こんなに丁寧に詫びて反省しておりますと、申し上げておるのに、クソウンコ亭主がそのような事を憎々しげに言い放ったのです。私は愛されていないのですか。抱いてもくれない上に自慰までも禁止し、その様子をスワンなどに弄ばせて楽しませるとは、これはもう堪忍袋の限界です。鬼スズメバチ、土蜘蛛、来い。そして街で暴れるのです。街も愚民共も滅茶苦茶にしてしまいなさい。私の怒りの裁きを受けて思い知るがいい。
「やっぱり。やると思ってたから、その能力も使えなくしてあるよ。僕が治して欲しいのは、そこなんだよ。簡単に人の命を奪おうとするところなんだよ」と深海様は悲しそうに瞳を潤ませながらおっしゃいました。その顔を見て私は、また深海様を裏切り傷つけてしまったと思い、
「ごめんなさい。申し訳ございません」と詫びました。そして俯き泣いているように見せかけてトイレに行き、台所から拝借したズッキーニを試して見たのです。まさか私がここまでするとは思っていまい。やはりあのスーツとやらのお陰で女性器に挿入しても気持ちよくなれないのです。そのとき私は、大変ふしだらな行為を考えついたのです。お尻の穴はどうだろうと、前の世界でホタルに開発されたので立派な性器だし……もしかすると、この部分までスーツの効果は無いかもしれない。また、そのような背徳的な考えに興奮してしまい、私は深海様の性器よりも大きく立派なズッキーニを自分の肛門へ、一気に挿入してみました。うううっ!痺れるような恐ろしいほどの快感が全身に伝わって来ました。私は狂ったようにズッキーニで腸内を掻き回しました。快感の波は激しく来るのですがどうしても絶頂に達する事が出来ないのです。イキたい。イキたい。イカせてお願い。死ぬ。
いきなりトイレのドアが開きスワンが、
「人ん家のトイレで、大声で卑猥なこと言わないでもらえる」と言ってズッキーニを奪われました。どうやら私は大声で喘いでいたようでした。
「ヰタちゃん、今あんたは何をしてもオーガズムを感じられないの。まさかお尻まで使ってるなんて思わなかったわ。途中まで気持ちよくなると寸止め状態が続くから、余計につらいわよ。トイレ綺麗にして出て来なさい」ドアは閉じられました。ああ、どんな顔で出て行けばいいのでしょう。
私は、なにもなかったように食卓に戻り食事をいただきました。深海様は目を合そうともしてくれません。辛い。
「ヰタちゃん、なんで貴女の席の近くにズッキーニが、あったと思う」イヤー!その事に触れないで下さい。でも意地悪なスワンはやめてくれません。
「ビニーは女の子の汚物のついた食べ物が大好物なのよ。きっと変態同士だからわかったんでしょうね。さっきのズッキーニ嬉しそうに持って下に行ったわ。下で食べてるんじゃないかな」ああ、殺したい。スワンもビニーも蟻の餌にしたい。気づくと深海様が私の横に立っておられました。そして、私の頭を撫でながら、
「ヰタ、ゴメンね。君が好色になったのは、前の世界の母殿のせいだったんだね」そうです。それは本当です。全部あいつが悪いんです。だから深海様は私を気持ちよくし続ける義務があるのです。意識を読んでギクリとしてから、
「考えとくよ」と言うクソ亭主。私は今もイキたくてイキたくて死にそうなのですよ。ああ腹立たしい。イキたい。ううう。こんな美少女と好き放題交われるのですよ。と、思いましたが、私があまりにも求め過ぎた為、このクソ亭主は苦痛に感じスワンに相談したに違いないです。どうせこの思考も読まれているのだし、
「貴様達、私に隠れて浮気しているであろう。私はわかっていますよ。私の能力を封じたうえで、よがり狂う私を面白がりながら、こっそり二人で性欲を満たされるつもりなのでしょう。なんと卑劣なことをするのですか」と喉が張り裂けんばかりに大声で言ってやりました。
「ヰタじゃあるまいし、しないよ」と深海様は、いつもの無表情な顔でサラリと言いましたが、スワンがなんだか煮え切らない顔をしています。私は気になってスワンの心を読んでやりました。すると、なぁんだつまらないの私はけっこうヤル気だったのに。と、私をいたぶる事を考えていました。深海様は、そこまでスワンの心は読めないようです。私がスワンの頭の中を瞬時に理解できるのは、やはりザザと融合したからなのでしょう。となるとスワンに主導権を握らせるのは、私にとって非常に不味い事になるではないですか。と、考えていたら、
「ええ、スワンそうなの」と私の心を読んだ深海様が気付いてくださいました。
「バレちゃったら仕方ない。ヰタちゃんをもっともっと淫乱にして、自分から虐めてってお願いするようにしたかっただけなの。どう深海君おもしろいでしょ」と舌を出して笑うスワン。
「おもしろいワケないでしょ。僕はヰタが少しでも良くなればと思ってやってきたのに」深海様が怒っておられる。嬉しいです。
「ヰタ、すぐに解除したげるよ」駄目です。そんなに急に解除されたら、私は暴走しちゃいます。待ってください。やめて!やめてええええ。私の心の声は虚しくひびき、深海様は、ポケットからキーホルダーのような端末を取り出すと、私に向けて押してしまいました。いままで寸止め状態にされていた感覚が一気に戻り、激しいオーガズムが何度も私を襲い。猥褻映画の女優のように喘ぎ、悶え狂い。膝が震えて立つ事も出来ず。四つん這いになり、股間から小水のようなものを溢れさせて床を汚してしまいました。欲望に支配されたとはいえ人前で、こんなに満足したのは、はじめての事でございました。絶頂を過ぎても私は譫言ように、
「いい。いい。気持ちいい」と、私は恥ずかしげもなく、雌猫のように尻だけを持ち上げて、快感の余韻に震えておりました。しばらくして私が落ち着くのを見はからって、
「ヰタ帰ろう」と深海様は仰いました。それを聞いたスワンが、
「電車もないし泊まりなよ」という声を聞いてた深海様は、
「嫌だね。スワンがそんな人だなんて知らなかったよ。もうここには来ないから」と言ってスワンを睨んでくれるのです。ヰタは幸せでございます。
「だってヰタちゃん下着も制服のスカートもビチャビチャだよ」スワンが、なんとか引き留めようとするのですが、
「こんなところに、いつまでもいたら可愛い僕の奥さんに、何をされるかわからないから帰ります」と、深海様が仰って下さったのです。私は嬉しくって涙が溢れてまいりました。もう二度と愚民達を殺したりしません。深海様が悲しむ事をしません。お約束いたします今まで本当にごめんなさい。
「行こう」深海様はそう言うと、窓を開けて飛び降りられましたので私も続きました。ここは、二階のはずなのにフカフカした毛の塊りがあり、その上に乗っていました。この乗り心地は土蜘蛛。
「僕が、呼んだ」深海様はそう言って笑うのです。この土蜘蛛は五メートルはありました。いくら深夜とはいえ巨大な土蜘蛛が街の中を走り抜けるさまは異様でございました。土蜘蛛の姿に慌てふためき急ブレーキを踏む車。路肩に追突する車を何台も見ました。随分と可笑しゅうございましたので、声を上げて笑っておりましたら、深海様はスワンの家から、いただいてきたと思しき卵をくださいましたので、ステンレスの結婚ストローを取り出しチュウチュウと吸っておりますと、ビルの窓際にいた男と目が合ってしまいました。男は、相当驚いておりましたが、それでもスマートフォンを取り出し、土蜘蛛と私の写真を撮ったようでした。私は気分が良かったので、とびっきりの笑顔を見せてやりました。
「土蜘蛛で、稲垣家にお戻りなられるのですか」とお尋ねすると、
「いいや、一度方舟に戻ろう」と仰りました。街を出ると車の数もずいぶん少なくなって、やがて懐かしい山道に来ました。土蜘蛛はスピードを落としゆっくりと兎姫山を登って行くのでした。私たちは土蜘蛛から降りると、山の主たる大蜈蚣に挨拶をしに洞窟に寄ってみましたが、主様は姿を隠されたまま出て来られませんでした。私たちは、そのままゆっくりと歩いて、兎姫山の頂上にある沙奈湖の辺りにたどり着きました。何故だか私は方舟を呼びだす方法を知っておりました。湖底に眠っていた方舟はその巨大な船体を湖上に表すと、私たちに近づき門を思わせるような大きな入り口を開いたのです。深海様と二人で方舟の中に入って行くと、
「大いなる者よおかえりなさい」と方舟が言いました。それは深海様ではなく私に言っているようでした。深海様は私に部屋でシャワーを浴びるように言ってくださいました。私は汚れた衣服を脱ぎ捨てると方舟に洗っておくように指示をするのです。
シャワー室から出ると、制服も下着も綺麗にたたまれて置いてありましたので、それを着て方舟の中の森に向かい、深海様のお気に入りの場所にたどり着くと、彼はぼんやりと木の枝にとまった小鳥を眺めておられました。私に気付かれると優しく微笑み手を振ってくださいました。
「深海様は何を確認するために方舟に来られたのですか」彼は何も言わずに、自分の横に座るように手招きされるので、私は黙って座り彼の右腕を抱きしめました。
「方舟、教えてくれ。お前を作ったのは誰なんだ」と深海様は、なんの前置きもなく言い出しました。
「それは、大いなる者です」と方舟は答えました。
「やっぱりヰタなんだね」深海様は私を見つめて言うのですが、私がこんな乗り物を造り上げる事など到底できるわけがありません。
「少し違いますが、私を創造した者はヰタ・ファブリティウスです。分かりやすく言うなら、一番最初のヰタ・ファブリティウスが彼女の時間軸で、ずっと未来に造ったのです」まったく、分かりやすく無い。意味もわからない。
「この先に、私が方舟を造ると言う事ですか」じゃあどうして既に方舟が有って、私はそこに乗っているのですか。そんな馬鹿な話があるものですか。
「貴女の未来は、未だわかりませんが貴女が私を作ったのでは無い」また方舟が理解できないことを言いだす。
「じゃあ私がヰタ・ファブリティウスではないとでも言うのですか、この無礼者」と私は少しヒステリックになってしまいました。深海様はそんな私と方舟のやり取りを楽しんでいるようで、ニタニタと私の横顔を見ておられます。
「私を作りあげたのは、最初の時間軸に産まれ不老不死を得たヰタ・ファブリティウスのことです」理解が出来ません。いえ理解などしたくないのです。逃げたい逃げて自慰がしたくなってまいりました。愛する深海様の前であられもない姿を曝け出しよがり狂うのです。
「では、私を作り上げたヰタ・ファブリティウスの話を致しましょう。楼蘭王国に産まれたヰタ・ファブリティウスは若くして王位につき、他国との戦乱の中で鬼蜘蛛という魔法を使う親子、稲垣深海と稲垣ホタルという魔術師の傭兵を雇い入れます。やがてヰタ・ファヴリティウスは世界を征服して稲垣深海と愛し合うようになるのですが、稲垣深海が部下のスワンと度々密会をし、激しい性行為の現場を目撃してから、皇女は自分の威に沿わない者たちを次々と殺戮して行くようになるのです。そして、あの国が気に入らぬと言っては、その国の国民全員を皆殺しにしてしまうような暴虐振りでした。見るにみかねて、その残虐行為に反抗した夫である稲垣深海までも自らの手で殺してしまうのです。息子を殺され、皇女に反旗をひるがえしたホタルですが返り討ちにあい。捕らえられ恐ろしい拷問をうけるなかで最後の力を振り絞り、皇女ヰタ・ファブリティウスに不老不死の呪いをかけました。その次の年に巨大な隕石の落下により、大規模な気候変動が起こり天変地異の数々は続きました。人類は文明と共に衰退し、環境の悪化から疫病が蔓延して、やがては、すべて生き物は滅んでしまいました。それでも不老不死の呪いを受けたヰタ・ファブリティウスは死ぬことも出来ず生き続けたのです。そして、彼女はやっと自分の過ちに気付くのです。それから彼女は何億年もの時間をかけて、私を作りあげたのです。皇女は自分が過去に戻ろうとはしませんでした。私は色んな過去のヰタ・ファヴリティウスの行動を変えて新しい時間軸を造るよう命じられたのです。皇女の願いはたったひとつでした。それは自分が世界を滅ぼさずに暮らす世界を造ることなのです。彼女はその世界を夢見ることだけで孤独から逃れようとしたのです。そして私は最初は一つの時間軸から色々な時代の彼女を乗せては、私が呼ぶ大いなる者、即ちヰタ・ファブリティウスの人生をやり直させては新しい時間軸を増やしているのです。いま貴女がはじめて成功した。大いなる者よ貴女は真に改心をした、私と共に最初のヰタ・ファブリティウスを救済しに行きましょう。大いなる者よ貴女は私にとって丁度、一那由他人目のヰタ・ファブリティウスなのです。私は、その全てのヰタ・ファブリティウスの記憶を持っています。私は方舟であり人の肉体こそありませんが、ある意味、私が誰よりもヰタ・ファブリティウスなのかもしれません。不老不死の呪いを解けるのは改心したヰタ・ファヴリティウス本人だけなのです。皇女あなただけが呪いを終わらせれるのです」一那由多人目って何。方舟は何を言っているのですか、もう自慰のことしか考えれません。逃げたい。そんな未来に行きたくない。
「那由多とは十の六十乗です」もう聞きたくない。大いなる者なんかじゃありません。私はただの淫乱娘でございます。たとえ私だとしても未来に独り閉じ込められた者など他人です。知りません。私は無力なのです。
「深海様、もうここに居るのは嫌です。早く稲垣家に帰りましょう。ベッドで私をいっぱい可愛がってくださいませ。ヰタは何もできません。ただの淫乱なゴミでございます」幼い子供のように、駄々をこねはじめた私を深海様は外へと連れだしてくれました。そして、沙奈湖の辺りで方舟に向かって言いました。
「絶対に、ひとりぼっちのヰタを助けるから、僕に任せて」その声を聞いてまた方舟は湖底深く沈んで行ったようです。私は深海様にこう言いました。
「私は何もしたくありません。ただ深海様に可愛いがってもらいたいだけです」深海様は私を強く抱きしめて、
「ヰタの好きなようにすればいい。でも僕は未来でひとりぼっちになったヰタを助けることも諦めないから」深海様は泣いているようでした。
二人で山道を降りながら、私は深海様に尋ねました。
「未来に行って、もう一人の私を助けても、再び、この世界に戻って来れるのかしら」深海様はニヤリと笑うと、
「わからない。でも未来に閉じ込められたヰタを救えるのは君しかいないんじゃない。考えてみなよ。そんな天文学的な回数を繰り返しているという事は、他のヰタは皆んな世界を滅ぼすか死んでしまったかの、どちらかじゃないのかな。呪いを解いてあげないと別のヰタは死ぬことも出来ずに独りぼっちなんだよ。それに僕は誰も見た事のない未来に興味がある。いったいどんなところだろうね。面白そうじゃない」と無責任なことを言われるのです。私は生きている。それはザザと言う存在が居たからに他なりません。
「僕たちは一那由多回も出会っては死んでいるんだろうね。例え知らない未来で呪いを解けずに死んだとしても、方舟は別の僕たちで試し続けるだろうね。でもそれも僕たちなんだよ。君は、はじめてこの長いゲームを終わらせれるかもしれない最初のヰタなんだよ。なにを怯えているの僕がずっといっしょにいるのに」怖いものは怖いのです。この幸せが消えてしまったら、それだけが不安なのです。
稲垣家に戻りイロハと三人で朝食を食べていると、ホタルとワイルド猫澤は仲良く夫婦で出かけて行きました。私は、そんなホタルの背中を眺めながら、この女が呪術を使う世界もあるのだなぁ。などと考えておりましたら、
「これヰタじゃないの」と、イロハが自分のスマートフォンに表示してあるSNSのページを見せて来ました。どうせ、また私の皇女時代の写真か何かでしょうと思って覗きましたら、昨晩の夜に深海様と土蜘蛛の上に跨がり、そこで私がチュウチュウと卵を吸っている写真でした。あのビルから私を見ていた男が撮影したに違いありません。それを見ても深海様は顔色ひとつ変えず、
「似てるだけじゃない」と言って誤魔化してくださいましたが、たったの数時間で大変な話題になっているらしいのです。私たちが、人目に土蜘蛛を晒したことで、この世界に亀裂を入れたのかも知れない。そう思うと、また、このささやかな幸福が失われる。そんな不安が私を襲うのです。やっと手に入れた重い責任も背負わされず、諍もない平穏な世界なのですから。そんな私の顔を見て、深海様は笑いながら言いました。
「ちっともヰタらしくない。そんなに怯えてばかりじゃ楽しくないよ」深海様のその言葉で私は目が覚めた気がしました。そうです私は鬼蜘蛛のヰタでございます。もうヰタ・ファブリティウスなどではございません。私は今まで、自分の中の恐怖から逃がれるために、色欲に溺れていたのです。そんな快楽など、ひとときの逃げ場所でしかないのです。深海様、ヰタはもう逃げたりいたしません。私は立ち上がり、
「深海様、鬼蜘蛛の装束を用意してください」そう申し上げると、
「部屋に置いてあるよ」深海様も立ちあがられました。そんな私たちを見て、イロハはポカンと口を空いて眺めていました。部屋にもどり鬼蜘蛛衆の身体にピッタリ張りついた黒い装束に着替え、二人でその姿をイロハに見せました。これがイロハとの今生の別れになるやも知れません。そう私が思っていると。
「姉さん行ってきます。母殿とワイルド猫澤にもよろしくね」と深海様は言われました。
「コスプレなの?なにさ帰って来ないみたいな言いかたしちゃってさぁ。ボクには、よくわかんないけど行ってらっしゃい。危ない事しちゃ駄目だよ」とイロハは笑っていました。
前の世界では私のせいでイロハは、幼い我が子と一緒に海賊に殺されてしまったのです。もしも私の命がなくなったとしても、イロハにもホタルにもスワン達にも、皆に穏やかな世界を残してあげれるではないですか、なにも恐れるものなどございません。私には深海様が側にいてくださるのですから。
「行きましょう深海様」玄関から表に出ると、私は兎姫山の頂上に向かい走り出しました。少しして深海様は追いつき、
「忘れものだよ」と仰って糸切り刀を手渡してくださいました。この鬼蜘蛛のヰタが、必ずヰタ・ファブリティウスを救いだしてみせましょう。深海様少し御力をお貸し下さいませ。まだまだ心の弱い私にお力添えをお願い致します。
私は進みます希望という明日に向かって。
時と猥褻なスティングレイ 江呂川蘭子 @rankoerogawa69
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