第27章:逆襲の共犯者

 怒りは、どうやら、人間を突き動かす、最強の燃料らしい。

 昨夜、美月さんのSOSを確信して以来、俺の心に渦巻く、氷室雅人に対する、黒く、焼け付くような怒り。


 もう、迷わない。

 もう、悩まない。

 やるべきことは、たった一つ。


 ――俺の、たった一人の女王様を、あの卑劣な独裁者の手から、奪い返す。


 文化祭前日の、放課後。

 俺は、二人の人物を、あの屋上へと呼び出していた。

 かつては、俺と美月さんだけの聖域だった場所。


 だが、今日は違う。

 ここは、反逆の狼煙を上げるための、作戦基地だ。


「……で、話って、何?」


 最初にやってきたのは、桜井花音だった。

 その表情は、まだ、俺に対する罪悪感と、親友を心配する不安で、硬い。


「わりい、待ったか? で、なんだよ、優人。改まって、こんなところに呼び出しやがって」

 

 続いて、健太が、少し息を切らしながら、屋上の扉を開けた。


 役者は、揃った。


 俺は、二人の顔を、まっすぐに見据える。

 そして、深く、息を吸い込んだ。


「二人を、信じて、話す。俺と、美月さんの、本当のことを」


 俺は、すべてを、話した。

 もちろん、美月さんの、あまりにもプライベートで、特殊な性癖については、彼女の名誉のために、伏せた。

 

 だが、俺たちが、ある「秘密」を共有する、特別な関係だったこと。

 氷室が、その秘密を、何らかの形で、手に入れたこと。

 

 そして、その秘密を盾に、美月さんを脅迫し、俺と無理やり別れさせ、自分の所有物のように振る舞っていること。

 そのすべてを、包み隠さず。


 俺の話が終わると、屋上には、重い沈黙が、落ちた。

 最初に、その沈黙を破ったのは、花音だった。


「……やっぱり……」

 

 彼女の瞳から、ぽろり、と、大粒の涙が、零れ落ちる。

 

「私の、せいだ……。私が、あなたを、責めたりしたから……! 美月は、一人で、全部、抱え込んで……! ううっ……!」


 その場に、泣き崩れる花音。

 俺は、かけるべき言葉が見つからない。


 その、小さな肩を、ポン、と、優しく叩いたのは、健太だった。


「――話は、よく分かんねえが、つまり、こういうことだろ?」

 

 健太は、ゴキリ、と、指の骨を鳴らす。

 その目は、いつものおちゃらけた光はなく、静かな、しかし、本気の怒りに、燃えていた。


「あのクソ完璧生徒会長が、俺の親友の、大事な女(ひと)を、脅して、泣かせてる、ってことで、いいんだよな?」

「……健太」

「上等じゃねえか」


 健太は、ニヤリ、と、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「友達の大事なもん、傷つけるような奴は、たとえ相手が生徒会長だろうが、神様だろうが、関係ねえ。――なあ、優人。俺にも、手伝わせろ。その、クソ会長の、完璧なツラを、ぐちゃぐちゃに歪ませる、最高の作戦をさ」


 その、あまりにも、単純で、熱くて、まっすぐな友情に、俺の胸の奥が、じんと、熱くなる。


「……私も、戦う」

 

 涙を拭った花音が、顔を上げた。

 その瞳は、もう、迷ってはいなかった。

 

「美月の、本当の笑顔を、取り戻すためなら、なんだってする!」


 ああ、俺は、もう、一人じゃないんだ。

 俺の隣には、こんなにも、頼もしい、「共犯者」が、いてくれる。


「ありがとう、二人とも」

 

 俺は、心の底からの、感謝を込めて、頭を下げた。

 そして、顔を上げ、最終決戦の舞台を、宣言する。


「決戦の場所は、明日の、文化祭開会式だ」


 俺は、氷室の計画を逆手に取った、起死回生の作戦を、二人に説明した。

 氷室が、美月を「自分のもの」として、全校生徒に披露する、その、最高の舞台。

 そこを、俺たちの、逆転劇の、ステージへと、変えるのだ。


「――その作戦の、一番、大事な部分を、俺がやる」

 

 俺は、自分の胸を、強く叩いた。

 

「俺が得意な、『物語』の力で、あいつを、断罪する」


 そして、俺は、花音に向き直る。

 

「桜井さんは、放送委員なんだよな? 明日の開会式で、体育館のPA機器と、ステージのプロジェクターを、俺に三分間だけ、使わせてほしい」

「……分かったわ。放送室のセキュリティも、当日の担当も、全部、頭に入ってる。任せて」

 

 花音は、力強く、頷いた。


 次に、俺は、健太を見る。

 

「健太。お前の、その、無駄に広い顔を、貸してくれ」

「無駄とはなんだ、無駄とは!」

「当日は、お前の友達を、総動員して、体育館の後方で、教師の注意を引く、デカい陽動を、仕掛けてほしい。俺たちが動くための、黄金の三分間を、お前が、作ってくれ」

「はっ、任せとけ! 俺のダチは、そういうお祭り騒ぎ、大好きだからな!」


 健太は、ニカッと、歯を見せて笑った。


 作戦は、決まった。

 それぞれの、役割も。


 夕日が、俺たち三人の顔を、赤く、照らし出している。

 俺は、黙って、右の拳を、三人の中心に、突き出した。


「――美月さんを、必ず、取り戻す」


 その、俺の拳の上に、花音が、そっと、自分の、小さな手を重ねた。

 

「――美月の、本当の笑顔のために」


 そして、最後に、健太が、その上から、ゴツン、と、自分の、大きな拳を、叩きつけた。

 

「――そして、あのクソ会長の、泣きっ面を拝むために、な!」


 三つの、固い決意が、一つになった。

 文化祭前夜。

 俺たちの、たった一つの、恋と友情を賭けた、逆襲の物語の幕が、今、静かに、上がろうとしていた。

 

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