あめはミント味

杵島 灯

スースー

 今日は、午後から、あめがふるでしょう。

 朝に聞いた天気予報の通りだった。

 私が靴をはいて、ドアを開けてみたら、外はあめだ。


「おかーさーん、あめ!」


 私が家の奥に向かって叫ぶと、二階でバタバタと音がして、「あらあ」って声が聞こえた。たぶん、踊り場のカーテンをめくって確認したんだ。


「本当だ。予報が当たっちゃったわねー」


 そのままお母さんはトントンと階段をおりてきた。


「どこか行くの?」

「うん。ちょっとコンビニまで」

「あめがふってるんだから、やめておけばいいのに」


 ちょっと肩をすくめてお母さんが言う。

 確かにあめの中を出かけるのは気が進まないけど、それでも私は行くのだ。


「すぐ戻るから」


 手を振って私は玄関をくぐった。

 外はやっぱりあめだ。

 開いたカサの上からザアザアと、そしてときどき「ぼとん」て音がする。

 あたりに立ち込める匂いは、イチゴ、メロン、リンゴ、コーラ。ひとつひとつはいい匂いなのに、ここまでまざると頭が痛くなってくるよ。


 門から出て、道路を歩き出して数歩。右の靴の裏からゴリって妙な感触が伝わってきた。

 痛ーい。ちゃんと見てたつもりなのに、もう踏んだんだ。

 しかも左足は溶けかけたあめを踏んだみたいで、足を踏み出すたびにニチャニチャ粘った感じがする。うげえ。


「口に入れたんならちゃんと食べてよね!」


 どんなに大粒のあめでも、あめであれば溶けて排水溝に流れていく。だけど誰かが口に入れた途端に飴として形として残るから、こうして地面に残るんだ。


「マナーの悪いやつも出てくるし、だから、あめは嫌い!」


 カサをちょっと傾けた横から空に向かって思い切りあかんべーをしてやると、舌の上に「ぼと」ってあめが落ちてきた。しかも私の苦手なミント味だよ? なによこの不意打ち!

 吐き出したいけど、さすがに高校生にもなってそんなことするのは行儀悪いし、たったいま罵ったばかりの『マナーの悪いやつ』にもなっちゃう。

 仕方なく私はミント飴をお供にしてコンビニに向かう。


 あめがふる、あめがふる。


 昔はあめって言ったら雨っていって、水だけが降ってきたんだって。

 今はあめって言ったら雨と飴で、水のなかに甘ーい塊がまざってる。

 味はいろいろ。フルーツもあるし、お砂糖だけのもある。ちょっぴり苦いのはノド飴、妙に甘いのは蜂蜜飴。


 本当はサイダーが良かったけど、私は仕方なく口の中をスースーさせながら歩いて、目的のコンビニへ到着する。


 よかった。今日もいた。

 コンビニの青い制服を着たお兄さんが「あめ落としベラ」をカサと一緒に店頭へ並べてる。

 先月から姿を見せるようになったこのお兄さんは、土曜と日曜にここでバイトしてるらしい。

 軽快な音楽が鳴ってドアが開く。お兄さんが私のほうへ顔を向けた。


「いらっしゃい」

「……ども」


 せっかく話しかけてくれたのに、今日も私の口はモゴモゴとしてうまく動かない。

 しかもさっき口の中に入れたあめのせいで、さらにうまく動かない。

 スースーが憎い!


 だけどお兄さんは私が横を通ったときにふっと笑う。

 いつもの営業とは違う笑顔。え、なに、カッコいい。


「ミント、好きなの?」

「え? う、うん」


 嫌いだけど思わずうなずいたら、お兄さんは「俺もなんだ」って顔を輝かせる。なになに? さらにカッコいいじゃないの。


「ミントティーとかチョコミントアイスとか大好きだって言ってもなかなか理解してもらえなくてさ。だけどミント系の商品が少し前から流行ってきただろ。ようやくみんなもこの美味しさに気付いたか! って嬉しくてさ」

「あ、分かる。私も嬉しい思う」

「だよなー! いやあ、あめの日はいろんな味が降るぶんだけ、こうして同好の士を探せるから楽しい……です」


 奥からおじさんが出てきた途端、お兄さんは急にピシッとした態度になった。あの人が店長さんなのかな。ちょっと残念。

 お兄さんはこっそり私に近づいてきた。名札の『南雲』っていう文字が見えるくらいに近く。そして「あめ落としベラ」の品出しを続けてる風を装って、合間に囁いた。


「今度会ったとき、オススメのミント商品を教えるよ」

「ありがとう」


 口の中をスースーしながら私は答える。

 なんでだろう。

 ほんの少し前まではマズイって思ってたのに、このスースーが今はすっごく美味しく感じるの。


 少し悩んで、アイスストッカーの中からチョコミントを選んで。嬉しそうなお兄さんにお会計をしてもらって、私は店から出る。

 その頃になるとスースーは消えていた。

 なんとなくカサをずらし、空を見上げて口を開く。ジャストで飛び込んできたのはサイダー味だった。


「……ミントじゃなかった」


 シュワシュワする口で呟いた声は、我ながら現金なことに暗ーく沈んでた。


 家に帰ったらチョコミントアイスを食べて、口の中をまたスースーさせよう。

 そう考えながらコンビニを振りかえると、ガラスに映る私は笑顔だった。その奥で手を振るお兄さんも、やっぱり笑顔だった。


 あめ、大好き。ミント、大好き。……お兄さんも、大好き。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あめはミント味 杵島 灯 @Ak_kishi001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ