第3話
国と民の祭事、神事を司る、それが役割の園。
百年の昔、各地方でそれぞれに機能していた類するものを、当時の王が組織に布いた。
土地によっての差が出ぬよう、あるいは能力者の実力による差のなきように。
民は常に等しく恵みを受けるべきと、その思想から始まった統一は結果として、力の精選をも推進することとなった。
祈所、舞処、楽堂、奏舎など、まちまちに呼ばれていたものを一括し、奏園の名も王によるもの。
国の史も人の生も旋律に乗せ、そうして百年。綻びを見ずに過ぎてきた。安泰である。
その歴史の半分以上を身の体験で知っている久蒔(くじ)と言う名の女が、現在の総園主だった。
今、自室に座る彼女の姿は常とは少々異なっている。常ならばぴんと伸ばされ年齢を感じさせないその背が撓み、縮んだ印象を受ける。
居るだけで他を圧する気は消え、千璃(ちり)はそれが落ち着かない。
千璃は舞子。久蒔の弟子の一人である。
奏園に来たのは七つのとき、やっと十年を知ろうというところ。
まだ園史に名を刻むほどの働きはなく、その予定も未知数の大勢口の舞手だ。
今年十七にしてはやや小柄、そのためもあろうか、娘らしさよりもまだ少女の印象の方が勝つ。
真っ直ぐに伸びた飴色の髪が美しく、丁寧に編みこんであるのも好ましい。
夏に控えた婚姻までは子結いで通す。見られなくなることが残念なほどに、千璃の雰囲気によく合っていた。
薄若苗の瞳がいつもの半分程の大きさとなり、おどおどと時折久蒔を見る。幾度目かにその弱い視線を受け、久蒔はため息を落とした。
奏園の娘たちは、皆それぞれに事情を持つ。その中でも千璃は珍しい経緯で、それも特にと久蒔自身の手に預けられた娘であったために存分に目はかけてきた。
だから息を吐く。だから、と特にと、良い縁を整えたというのに。
「まったく」
声を聞き、千璃は跳び上がりたい気持ちを抑え、鼓動に跳ねる胸を押さえた。格子の向こうから雨の匂いが寄せている。久蒔は再び黙考に落ちた。
明日にはやむのかしらと、千璃はこの場からすれば余計なことを考えた。なんでも良かったのだと思う。まるですがるように。なにしろ、自分がなぜここに呼ばれているのか、それからしてわからないのだ。
舞子ばかりで明日の奉納舞の練習をしていた千璃を、夏(か)庭(てい)が指で呼んだ。すでに舞士舞師たち――順に舞子より上位のものを言う――は去り、楽師も半分以上が引き上げていた舞所。途切れがちな奏の中で、皆に足をそろえるべく奮闘していた千璃が朱布を外れ板の間に下りると、夏庭はその手をしっかりと掴み、何も言わずにこの場まで連れてきたのだった。夏庭は園主直付の女人で、厳しい顔の園主とは対照的に、そのふくよかな頬に笑顔を絶やさない、はず。その夏庭が見せた顰めた眉は、千璃を怯えさせるに充分だった。
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