ホワイトノイズと黒犬

アオイオ

第1話 朝もや

 ――朝もやについて私が思うことが一つある。

 この街は周りは海に囲まれて、ただ一本の橋で他の街へと繋がれている。切り立った海食崖でとても岸にはは出られない。もやが立ち昇って、そして街を包んで隠す。この時期になると、毎朝そうだ。

 ――朝もやは夜を白く変換させて延長しているみたいだ。

 私は暗いうちに目が覚める。まだ日の出も遠いころだ。カーテンを開けると、クリアな闇が広がっている。

 身支度を済ませ、窓の外を見る。明るくなってきてはいる。光が入り始めている。それでも、先ほどまであった、透き通った空気を鈍らせる。世界の色と輪郭をかすませる。

 熱い湯気をはなつ、厚手のマグカップを片手に、玄関を出る。

 今日はどうやら曇りらしい。世界と視界はいつもよりもグレーがかり、そして、夜よりも爽やかなものには思えなかった。

 僕はこの、朝もやの出る季節が嫌いだった。ホワイトノイズのような街並みも。却って鮮明になっていく僕の頭は、世界に自分が置いていかれてしまうようだった。

 僕は世界に追いつきたくて、おもむろに家を出て、あてどなく歩くことにした。

 庭先のカフェテーブルから陶器のマグが落ち、白い破片とコーヒーをぶちまける。

 気にも留めず歩きながら、考えるともなく考える。

 もしかしたら、この街も、朝についてこれてないのかもしれない。ぼんやりとそんなことを思う。

 新しい時間は容赦なくやってくる。町が朝についてこられないから、もやを呼んで夜を延長させようとする。僕もそれを見て、クリアな夜を思い返す。

 ――僕も、この街も、大バカ者だ。

 そんな皮肉めいたことを、濃い靄に包まれた橋を歩きながら思う。

 辿りついたのは、島をつなぐ唯一の橋。欄干から下を覗くも、水面すらもぼやけて見えない。長い橋を渡り続ける。

 きっと、背後では、ビルの輪郭すら靄に隠れて見えなくなっているだろう。振り返ることもしない。

 橋の向こうから、動物のシルエットが浮かび上がり始める。

 黒い、大型の犬。

 未だかすんだ姿のなかでも、その眼差しを感じた。澄んでいる意志が伝わってくる。

 僕は近づき、屈んで頭を撫でる。

 僕が進み始めると、当然のように僕の後ろをついてきた。

 きっと、こいつとは長い付き合いになるだろう。すぐ後ろまで来ている軽い足音を感じながら、僕と黒い犬はくすんだもやのなかに包まれる。

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