第5話 図書館の怪異

 早速窓を解放して身を乗り出そうとしたところ、館内から妙な音が聞こえた。

 気のせいかな? そう思ったけど今朝美紀から聞いた話が頭をよぎった。


 少し陰ったとは言え、まだ西日が射して廊下も明るい。――後にして思えば、まだ明るかったことが災いした。

 美紀から聞いた話が気になって、私は館内の奥を調べに行ってしまった。

 図書室、談話室、職員待機室、一通りの部屋を確認したが、妙な音が聞こえることはなく、特に変わったところはなかった。

 やっぱり気のせいか、と最奥にある資料室を最後に、カバンを置いた場所に踵を返した。

 

 先ほどまでは西日で照らされていた廊下は少し暗く、不気味な雰囲気が館内に広がっている。

 さっさと戻ろうと、少し歩きだすと。


 ――――ペタ、ペタ、ペタ。

 

「えっ?」


 声と一緒に背後を振り返ると、先ほど出てきた資料室の扉が静かに開き、妙な音が聞こえだす。

 廊下は既に暗くなって見えない。いつの間にこんなに暗くなったのだろう? 先ほどは少し暗いと思っていた廊下には、深い暗闇が覆っていた。


 再び聞こえる、人のモノとも動物のモノとも違う足音。

 美紀に聞いた話が頭をよぎり、背筋に何か冷たいものを感じてカバンのある場所まで走った。

 カバンの元まで走って拾い上げるとすぐに窓をあけて外に出ようとする。


 だが、窓が開いていない。

 さっき館内に戻った時は開けっ放しで移動したはずが、なぜか閉まっている。

 頭に疑問が生じたが、今はそんなこと考えてられない。もう一度鍵を開けて窓を解放しようとするが、鍵の金具が溶状されたように形状になっておりまったく動かない。別の窓の鍵を開けようとするが、他も同様だった。


 ————ペタ、ペタ、ペタ。


 先ほどより、確かに音が近づいてきているのがわかった。

 うそ、噓噓噓でしょ!?

 背後には何も見えない。ただその場にいるのが恐ろしくなり、すぐにカバンを持って逃げ出した。


 ■■■


 月の光も差し込まない図書館の中、深い暗闇が廊下を覆っていた。

 

「……ハァ……ハァ……ハッ……」

 

 逃げ続けてどれくらいが経つだろう。

 呼吸を繰り返して喉奥が張り付きそう。途中で何度も咳き込みながらも、できる限り足音を立てずに館内中の廊下を走った。


「……ハァ……ハァ……アッ!……ハァハァハァ!」


 足が重い。息が切れる。肺が潰れそうに痛い。

 視界の悪い状態では満足に走り回ることも難しい。方向転換する度に手や膝を壁にぶつかる。

 先ほども勢い余って強かに鼻を打ち付けた。鼻血が垂れる感覚を覚えたが、壁にぶつかった痛みより、今は大きな音を立ててしまったことに恐怖する。

 

 ————ペタ、ペタ、ペタ。


 ヒッと息が漏れたのが自覚できた。

 情けない声が漏れたことを自覚して、惨めな気分になって瞼が熱くなった。そんな状態だろうと走るしかない。


 今夜は茹だるような熱帯夜。いつもだったら自室でクーラーを利かせながらアイスでも頬張っているはずなのに、今の私ときたら深夜の図書館で一人閉じ込められている。

  

「なんで、こんな目に……!」

 

 走りながら悪態をつく。

 こんなことを言ってもまるで意味がない。だというのに腹の内から沸きだす言葉を止められなかった。


 ————ペタ、ペタ、ペタ。

 

 悪態をつくことすら許されず、背後に迫るものから逃げ続ける。

 人のモノとも動物のモノとも違う足音。その足音がどんどん近づいてくる。


 逃げ続けているが、限界が近い。

 鼻血が止まらず呼吸もままならない。足が重くて引きずるようにしか動かせない。

 それでも壁に手を当てながら廊下を曲がったところ、そこは行き止まりだった。

 

「……うそ」


 ——頭の中が真っ白になる。その場に座りこんでしまいたかった。

 白濁とした思考の中、足音がハッキリと、私の真後ろにきたことを直感した。


 ——そして、私はその正体を双眸に収めた。

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