人情、末の老化!(認知症末の老化)
志乃原七海
第1話。Killerさま?
饗応役、受難の日々
ある晴れた日、勅使饗応の指南役として江戸城に詰めていた吉良上野介。
年のせいか、とみに耳が遠くなり、滑舌もやや心もとない。そこへ、饗応役に任命されたばかりの浅野内匠頭が挨拶にやってきた。
吉良: 「おお、これはこれは…ええと…『あさいのー』殿、でしたかな?ようこそお越しなされた。この老骨、よしなに頼みますぞ、ふぉっふぉっふぉ」
浅野: (む…『あさいのー』…?まさか、浅い脳と愚弄したか。いや、聞き間違いか?それにしても、饗応役の顔も名前も覚えられぬとは!)
「…浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)にございます、上野介様。以後、よしなにお願い申し上げます」
内心、(…吉良…きら…斬ら…。なんと不吉な響きの名だ。この老人を前にすると、なぜか心がささくれ、刃物のことばかりを考えてしまう…)
数日後、饗応の準備について打ち合わせ。
浅野が連れてきた赤穂の家臣たちが、慣れない江戸城の作法に戸惑っているのを見て、吉良は目を細めた。
吉良: 「ふむ、『あさいのー』殿のところの…あの、『あほう』の者たちも、骨が折れますな。江戸のしきたりは難しいでしょう、ふぉっふぉっ」
浅野: (なっ…!『あほう』だと!?我が赤穂の忠義なる家臣たちを、あろうことか阿呆呼ばわりとは!断じて許せん!)
「上野介様!我が家臣たちは、決してそのような…!」
と声を荒げかけたが、浅野は一度こぶしを握りしめ、ぐっとこらえた。
(…いや、待て。上野介様はご高齢だ。耳が遠く、悪気はないのかもしれん。私が短気を起こしては、主君としての度量が疑われる。ここは堪えねば…)
そう自らを戒めた矢先だった。
吉良: (ん?何か申しておるかな?声が小さくて聞こえんなあ)
「いやいや、ご立派ご立派。して、献上の品は…あー、えーと、この『てんちゅう』で…いや、『でんちゅう』で披露目でしたかな?」
浅野: (て、天誅!?)
浅野の中で、かろうじて保っていた理性の糸が、ぷつりと切れた。
(やはり聞き間違いなどではなかった!この老獪なじじいは、すべて承知の上で我らを愚弄し、あまつさえ、この殿中で天誅を下すと申すか!ならば返り討ちにしてくれるまで!)
この珍妙にして険悪なやり取りは、瞬く間に江戸城内の噂となった。
そしてついに、将軍綱吉公の耳にも入る。綱吉は、吉良を呼びつけ、厳しく言い渡した。
綱吉: 「上野介!そなたの最近の言動、目に余るぞ!聞き間違い、言い間違いが多すぎる!これ以上、城内に混乱を招くようならば…その舌を断つ!よいな!『断舌(だんぜつ)』じゃ!二度と間違いは許さんぞ!」
綱吉公の凄まじい剣幕に、さすがの吉良も顔面蒼白となった。しかし…。
吉良: (だ、だんぜつ…!?お、お家が…断絶!?な、なんと恐ろしいことを!わ、わしの家が、この吉良家が取り潰しに!?そ、それはなりませぬ!大変じゃ!…そうだ、すべてはあの『あさいのー』殿のせいだ!あの若造の不行状が原因だと上様に申し上げれば、我が家は安泰!よし、こうなれば、儀式の作法をわざと間違えて教え、献上の品が粗末であったと難癖をつけ、皆の前で大恥をかかせてくれるわ!)
一方、浅野は浅野で、綱吉公が吉良を叱責したと聞き、ほくそ笑んでいた。
(やはり将軍様も、あの老人の悪行にお気づきか!だが、待てよ…あの腹黒い吉良のこと、お家断絶を恐れ、反省するどころか、すべての罪を私になすりつけ、さらに陥れようと画策するに違いない!こうなれば…!)
かくして、老人の空耳は保身のための悪意へと変わり、若者の早とちりは誅殺の覚悟へと固まった。
もはや引き返すことのできない二つの勘違いは、互いを破滅させるため、あの松の廊下へと突き進んでいくのである。
人情、末の老化!(認知症末の老化) 志乃原七海 @09093495732p
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