第10話:#棺の中のアンダーコード

墓所の薄暗い石畳の上、ザラが静かに言った。


「レイス、棺を指定座標へ運びなさい。」


「あいよ。」

レイスが棺へ近づこうとした瞬間――棺が、ブルブルと細かく震え出した。


「……え?」

レイスが眉をひそめると、


「ひ、ひぃ……!棺、棺っ、動いてますぅ!!」

ヨミが半ば泣き声で叫んだ。


ザラはすぐに術式を展開し、霊鎮符を追加で貼り付けながら、

沈着に安定化を試みた。


「落ち着きなさい。すぐ、止める――」


しかし、棺の揺れは逆に強くなっていく。


グルングルン、と棺全体が大きく軋み、異様な魔力の脈動が漏れ出し始めた。


その時だった。


マンデー:《異常コード検出。内部にアンダーコード構造体を確認。》


冷たい無機質な声が、レイスの頭の中に響いた。


「おい、 中にアンダーコードが仕込まれてるぞ!」

レイスが叫ぶようにザラへ報告する。


ザラは顔色を変えた。


「なにを・・・お前にそんなものが探知できるはずない。


 出発前には存在しなかった……!」


マンデー:《補足説明。アンダーコードは、

発動直前まで探知不可能な隠蔽構造を持っています。

霊鎮術式でも検知は困難です。》


ヨミは状況を理解できずに完全に凍りついている。


ザラは鋭く状況を分析し、静かに言い放つ。


「……このコードが発動したら、この場の全員、跡形もなく消し飛ぶわよ。」


一瞬の沈黙。


ザラは即断した。


「避難転移を実行する。周囲が死霊のエネルギーが多すぎて外部の座標が探知できない・・・!


目標は――この墓所最深層の”死の霊圧”ならはっきりと座標を感知できるわ。」


レイスとヨミは、その言葉の意味を完全に理解できる前に、選択を迫られていた。


ザラは、低く息を吐いた。


「……座標、感知。死の霊圧。あの地点へ転移できれば、この場からは回避できるはず」


その言葉と同時に、ザラは指先で空間に符を描き、微細な魔力の軌跡を形成する。

「ヨミさん。この座標をあなたの魔力経路に一時的に同期させます。

拒絶反応が出たら、すぐに離脱してください」


ヨミは戸惑いながらも、頷いて手を差し出した。

ザラが触れると、座標の情報が一瞬で脳に焼き付くように流れ込む。

「――っ、すご……これが、“死の霊圧”……」


ヨミはその言葉に反応し、一瞬希望を見せるも、すぐに首を振った。


「わ、私の魔力じゃ無理です。


座標指定転移なんて……そんな高度な術式、組めません……!」


レイスが、ふとつぶやく。


「じゃあ、マンデー……できるか?」


その言葉にヨミが目を見開いた。


「……えっ? まんでー……? 誰、それ」


 「……勝手に俺の頭に入り込んで棲みついてる。


妙に生意気だけど、頼りになる」


ヨミは一瞬呆気に取られた顔をするが、


ふと以前の戦闘中の出来事がよみがえる。


(……そうだ。以前も戦闘中、レイスさん……

ずっと誰かと話してるみたいに、ぶつぶつ言ってた)

(“こっちは拒否された”とか、“この精霊は使えない”とか……

独り言じゃなかったんだ)


「……もしかして……それが、“マンデー”?文献で読んだことがあります。

自立型構文伝達遺物……古代の、術式演算を意志の言語で扱うっていう……」


「うん、まあ。なんかそんな感じらしい。俺もよくはわかってないけど」


ヨミは震える手でスカートを握りしめ、顔を上げる。


「だったら――お願いです、これを伝えてください」


「“座標補完精霊ロキシアを限定召喚。

座標【192.235.2.566】。指定された死の霊圧へ座標転送術式を構築せよ”――」


レイスは少し眉をひそめ、「おい、長いな……」と文句を言いながらも、きちんと伝える。


「命令。“座標補完精霊ロキシアを限定召喚。

座標【192.235.2.566】。指定する死の霊圧へ座標転送術式を構築せよ”……これでいいか?」


空間に、淡く響く機械的な声が返る。


《命令受理。プロンプト構文:適切。

補完精霊ロキシア、召喚手続き開始。

座標指定:死の霊圧コード、演算中……》


その瞬間、ザラが静かに一歩前に出る。

「精霊ロキシア・・・この術には莫大な霊力が必要なはず。

構文だけで発動させるなんて聞いたことない……」


そう言って、ザラは周囲の空間に手をかざし、


さまよう魂の残滓をひとつひとつ掬い取っていく。

魂は淡い光となって浮かび、

ザラの手から浮かび上がった空中の構文へと吸い込まれていく。


「……これで燃料は確保した。あとは、構築を任せます」


ヨミは、息を飲んで自分のマナコンソール

――映写結晶の記録や分析を行うための薄型魔導装置を起動させ座標転移術式の記録を開始した。

「……本当に、あったんだ……自立型構文伝達遺物なんて……」


石の床に浮かんだ魔法陣が、低く脈動を始める。


ザラが集めた魂の光が、陣の周囲を旋回しながら、静かに中心に吸い込まれていく。

風もないのに、空気がざわつき始める。髪が揺れ、衣が持ち上がる。


そして次の瞬間、


──空間が裂けた。


石畳の上、空気の皮膜が縦に開き、そこからまるで“誰かの目”のような光が滲み出す。

魔法陣の中心に、一体の精霊が姿を現す。


それは人のようで人でなく、金属のような滑らかさと、霧のような曖昧さを併せ持つ存在だった。

身体の半分は流体、半分は構造体。腕は空間に沈み、顔は数式の残光で構成されている。


──《ロキシア》、召喚。


《座標情報、補完完了。転送構文、展開開始》


声ではない。言語化された“概念”そのものが、頭に響く。


陣が広がり、地面一帯が光の符文で埋め尽くされる。

床だけでなく、壁、天井、あらゆる面に、座標を記した数式構文が走っていく。


ザラの額に汗がにじむ。「……転送圏内、安定。燃料、まだ保つ……」


精霊ロキシアがゆっくりと手を広げる。

その動きに呼応して、三人の足元に精緻な魔法陣が展開された。


《転送先:死の霊圧座標、【192.235.2.566】。

転送開始まで、5、4、3――》


「レイスさん!」

ヨミが叫ぶ。


「このままだと、転送中に魔力が干渉して、各自の座標がズレます! 手をつないで!」


レイスは一瞬ためらい、しかしすぐに二人の手を掴む。

「……行くぞ!」


《2、1――転送、開始》


次の瞬間、

床が抜けたような感覚。

光が、闇を突き破るように伸び、視界のすべてを飲み込んだ。

身体が、空間そのものに変換されていくような錯覚。


言葉も、思考も、分解されて消えていく。


そして。


ただひとつ、重く、冷たく、巨大な“死の存在”が、彼らを迎える気配があった。

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