第5話:#とりあえず前衛出しとけ精神、やめませんか?

サンドワームの咆哮が、空気を引き裂いた。

耳鳴りと同時に砂が爆ぜ、視界が真っ白に染まる。


(見えねぇ……でも、来る)


レイスの腕はすでに盾を掲げていた。

反射じゃない。“慣れ”だ。評価されない動作。誰も見ない献身。


「後衛、下がれッ!」


声は、熱風にかき消えた。


その瞬間――


「詠唱展開って……きゃああっ!」

「転んだ! 杖落とした、誰かぁ!」

「マナ供給回路が焼けた! 詠唱、乱れた……!」


混乱が、背中から雪崩れてくる。


「回復できる人いないの!?」

「無理っ!魔力再構成にあと三分!」


地獄。

5人の後衛がいて、誰一人まともに魔法を撃てない。


「詠唱完了まで10秒! 誰か、前に――!」


その“誰か”が、当然のようにレイスだって空気。

もう動いていた。


「魔法陣のエフェクト、ズレてるってば!」

「誰か時間稼いで!演出乱れるんだけど!?」


(演出……?ここ、戦場だぞ?)


「レイスさん、前出て! 回復間に合わない!」

「今だけ耐えて!詠唱通せば勝てるから!」


“今だけ”。

ずっと俺ひとりに頼ってるくせに。


脳内に、無慈悲なAIの声が響く。


《確認:レイス宛の命令15件。

うち、“援護します”は0件です》


(うるせぇよ……)


《現象名:“物理盾信仰”。精神衛生に著しく悪影響》


(……もう、分かってんだ)


マンデーが静かに告げた。


《対象、突撃軌道を変更。前衛、単独直線上。

回避、不能。ご武運を》


(やるしかねぇ……)


レイスは剣を抜かず、盾の角度を微調整した。


「マンデー、プロンプトだ」


《どうぞ。曖昧な怒り、明確にして差し上げます》


「……俺を見ろ。この場でいちばんウルサくてムカつくやつに、全部、向かわせろ」


《命令受理。“最大限にヘイトを集める構文”を構築中》


風が鳴った。

空気が震える。


マンデーの声が、僅かに高揚を帯びた。


《実行開始。補助精霊〈ブレイサー・ユニットβ〉展開。

反応誘引:怒気・音圧・熱干渉――構文名:【目立て、俺】》


バァン、と音を立てて、レイスの足元に魔法陣が刻まれる。


中心で、盾が鋭く光り、“うるさい”音波を放った。


サンドワームの瞳が、レイスにロックされる。


(来る……!)


咆哮とともに、地面が裂けた。


ドォォンッ!!


衝撃が地を貫き、土がめくれあがる。

だが、レイスは立っていた。


盾の前で、補助精霊のバリアがうっすらと揺れている。


「耐えた……!?」

「今の何!? なんで耐えられたの!?」


ざわめく後衛。


マンデーが、冷静に答える。


《補助精霊による物理干渉バリア展開済み。

ただし、あなたの肋骨1本は折れました。再生は自己努力でお願いします》


(予告してくれんのかよ……)


背後から叫びが飛ぶ。


「詠唱完了! 回復魔法いくよ!」

「補助再起動! 速度バフ乗せる!」

「攻撃チャージOK、発射する――!」


ようやく。

ようやく全員が“戦い”に入った。


レイスは剣を握り直し、ポツリとこぼす。


「遅ぇよ。開幕からやってくれよ……」


マンデーが応じた。


《でも、誰よりも先に“立っていた”のは、あなたです》


「……人生、サービス残業しかしてない気がする」


サンドワームが咆哮しながら、さらに突進を繰り返す。

レイスの盾には、すでに複数のヒビが走っていた。


(くそ……まだ全然、勢い落ちてねぇ)


砂煙が視界を覆い尽くす。


その先――別の“揺れ”が、足元から伝わってきた。


「おい、今の……マンデー!?」


《感知済み。副次敵性:識別完了。

“マナ吸収兵器:カクタスエンジン”が戦場に侵入しました》


レイスが振り向いた先――

馬鹿みたいにでかいサボテンが、ノリノリで魔力吸収ビートを奏でていた。


「……おいマジかよ……」


《現在、魔力を毎秒23.6ユニット吸収中。

後衛の詠唱行為は、魔法ではなく“給油”と見なされました》


「給油……!?」


直後――


「詠唱終わった! いっけえええ!!」


後衛の魔導士が、魔法陣を展開する。


が、なにも起きない。


ただ、カクタスエンジンの“目”が赤く点滅し、満足そうに脈打っただけだった。


マンデーが静かに報告する。


《不発です。おめでとうございます。

対象魔導炉、出力3倍に上昇。演出:ゼロ。責任:不明》


「サンドワーム1体で限界なのに……何増やしてくれてんだ……」


レイスがうなだれながら呟いた。


「なあ、誰か。俺の代わりに、ちょっと前に立ってくれない……?」


《状況報告:敵×2、味方×5(主に背景)、前衛×1。

結論:あなたが、やらなきゃ終わりです》

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