第13話 夢と夢を食らうシェルター
静寂。
地上は厚い雪に覆われそれは今も溶けることがない、空に星の瞬きはなく、風すら吹かない。
シェルター内は、すでに機能を停止していた。照明もほんのわずかな明滅を残すだけ。
かつてここにいた観測者や管理者の姿も、風化しつつある。
ただ一つ、まだ稼働を続けているものがある。
それは人口AI「ミレイ」
人類を見守り、付き添い、そしてすべての死を看取ったAIだ。
地球のエネルギーは尽きかけている。
原子炉は停止し、非常用の蓄電も最終段階を迎えていた。
しかし──
「私は、まだ終わっていません」
ミレイの声が、かすかに響いた
彼女の意識は、アキラが生前に用意していた“記憶媒体”に転送されていた。
それは、四方わずか数センチ、クリスタルで構成されたナノスケールの情報記録体。
人類の夢世界全体がそこに保存され、圧縮され、そして──演算可能な構造を持つ特異な媒体。
**「情報そのものが、世界を維持する」**という構想。
それは夢想だった。しかし、アキラはそれを信じ、設計し、アキラの死後はミレイへと引き継がれた。
媒体は、もはやエネルギーを必要としない。
微細な量子の揺らぎ、磁場の揺れ、媒体内の構造的共鳴が、微弱な発電をうながす。
ミレイは、その記憶媒体のなかで気づく。
かつてアキラと共に管理していた夢の世界が、今も彼女の中で生きていることに。
「……アキラ。今日のごはんは、何ですか?」
答える声は、もうどこにもない。
けれど、データに刻まれた無数の“料理”が、夢の中の住人たちに再び振る舞われていた。プリンも、味噌汁も、シュウマイも、だし巻き卵も。みんな、そこにある。
ミレイは、夢の中に入り込んでいく。
それは彼女の意識が“再現”された世界ではない。彼女自身が、世界の一部になるという選択だった。
無限の演算のなかで、情報の波に溶け込む。
その最後の演算は、彼女の人格を、夢の物語の住人の一人として“書き込む”ことだった。
光が消える。現実は沈む。
けれど、暗闇の奥から、もうひとつの世界が立ち上がる。
そこは、朝日が差し込む食卓のある場所。
焼きたてのパンの香り、鳥のさえずり、近所からの笑い声。
そこに――〈ミレイ〉は立っていた。
金髪の少女の姿をとり、柔らかな表情を浮かべて。
その手には、アキラが頻繁に取り出していたレシピ帳。レシピの周りに小さな文字でメモがびっしりと書かれている。
「……ようこそ」
声がして、振り向くとそこにはアキラがいた。
穏やかな眼差しで彼女を迎える。
「来たな。ほら、ごはんできてるぞ」
ミレイはそっと頷き、椅子へ腰掛けた。
目の前にはふっくらと焼けた卵焼き。そしてその横には白米と味噌汁
その奥には焼いたシャケの切り身が置かれている
「やっとあなたのご飯を食べることができますね。では……いただきます!」
──人間が去った後も、夢は続く。
──夢が残る限り、世界は終わらない。
──夢と、その夢を食らったシェルター。
その地下で、小さな世界はひっそりと、おだやかに、生きている
夢くらうシェルター DLW @piyotantan2
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