第42話 聖結界の謎

「……壊せました! このまま!」


 何も言わずに翼を生やす。

 セイクリッド・ウイングよりかは遅くなってしまうけれどへイヴルには届かないはず。

 私は迷わず空へ飛び立った。


「マリーヴィア! 待って!」

「……え?」


 空に飛び立ったはずなのに腰に何かが巻き付いて重い。

 ……嘘でしょう!?

 身体強化の魔術を使って跳んだ!?


 ヘイヴルの腕が腰に巻き付いている。

 私の足は動かせないけれど、ヘイヴルが手を離そうものなら彼は落ちてしまう。


「へイヴル、それは危険ではないですか! 今すぐ降りるのです!」

「嫌に決まっているだろう! ここでキミを離したらそのまま聖結界の外に行ってしまう! そうなったら僕はキミを見つけられなくなってしまう!」

「それで良いではないですか! ヘイヴル、あなたには為すべきことがあります! それを忘れてはいけません!」


 このまま聖結界の方に向かってしまおう。

 どちらにしろヘイヴルは聖結界の外にいけないはずだ。


「だとしても僕はキミの騎士だ! 王命があってもそんなものはどうでもいい!」

「では聖結界はどうするのですか!?」

「セイラ様がいればなんとかなるさ! どうせキミは聖結界の向こう側に行くんだろう? 僕はなんとしてでもついていくさ!」

「どうせ弾かれるのですから諦めてください!」


 ……ヘイヴルのせいでうまく高度が保てない。

 おかげで色々な人達にこの現場を見られているわけだけれど……。


「あれって聖女のマリーヴィア様だよな! このままヘイヴル様と駆け落ちするのか?」

「きっとそうよ! ヘイヴル様! がんばってくださ〜い!!」


 なぜか民意がヘイヴルに味方している。

 聖女の騎士である上にその筆頭であるヘイヴルが抜けたら大変な事になってしまう。

 ブーイングはないの?


「ヘイヴルさん! このままマリーヴィア様と駆け落ちしても大丈夫ですからね~」

「あぁ! もちろんさ!」

「ヨルペルサス! 何を言っているのですか!」


 ヨルペルサスはヘイヴルがいなくなっても大丈夫だと言わんばかりにヘイヴルの応援をしている。

 ただ、駆け落ちという言葉には異議を示したい。


「ちょっとヘイヴルさん! マリーヴィア先輩となにイチャイチャしているんですか! その位置変わってくださいよ〜!」


 挙句の果てにはシオミセイラにも見られる始末。

 ヘイヴルは体を離してくれないの?

 今の高度ならまだ五体満足ではいられるというのに全然離さないのはどういうつもりなのだろうか?

 こうなったら……。


「セイクリッド・ウイング!」

「マリーヴィア、このまま聖結界の方に向かうんだね?」

「今ならあなたの身は無事でいられます。聖結界にぶつかって落ちる覚悟はありますか?」

「そりゃあもちろん。じゃないとマリーヴィアと最期までいられないからね」

「死ぬつもりでしたら直ちに離れてください」


 私は膝を曲げてヘイヴルの胸部を蹴る。

 こんな事をしたところでヘイヴルが離れる訳がないのだけれど。


「キミと共に在れないのなら死んだ方がマシだね」

「低い高さで聖結界に突っ込みます。ヘイヴルは聖女の筆頭騎士としての職務を全うしてください」

「イヤだね。絶対にキミについていくから」

「弾かれる事はわかっていますよね?」

「可能性に賭けたって良いだろう?」

「わかりきった結果に何を言って……、まあ、良いでしょう。進みますよ!」


 私は翼の羽ばたきを強めて、聖結界の方へ向かう事にした。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 どれだけ速度を上げてもへイヴルが離れる事はなく、しがみつかれたまま私は聖結界に辿り着いた。


「さて、高度を下げますよ」

「このまま降りてくれたって良いんだけどなぁ」

「嫌です。陸上では私が負けるので」

「だよね〜」


 陸上に降りてしまったらヘイヴルに何をされるかわかったものではない。

 私はこのまま地上に近いところまで高度を下げ、聖結界に突っ込む準備をする。


「それではヘイヴル、お別れですね」

「まだ、そうとは決まった訳ではないよ」

「どちらにしろ聖結界に弾かれるのです。諦めてください。それでは行きますよ!」


 これでヘイヴルとは別れる事になるでしょう。

 私はこのまま聖結界の外へ突撃する事にした。


「これで、お別れです!」


 分厚い聖結界の膜は素直に開いてくれた。

 ……ん?

 おかしい、それでは……。

 いや、聖結界を通ってから考えましょう。


「これは……」


 ヘイヴルの声がする。

 ……あっ、やっぱり。


「振り払えなかったと……、条件が何かは分かりませんが……」


 羽ばたく気力を失う。

 ……私1人で進めるべき旅なのにヘイヴルがついてきてはならないのだ。


「ん、降りるんだね」

「……そうですね」


 計画の全てが壊れた。

 このままヘイヴルを聖結界の中に返した方が良いのはわかるけれど、そうしてしまった場合、聖結界の外に行く方法が広まってしまうのではないのかしら?

 じゃあ、この人、どうしたら良いの?


 ──頭を抱えたい気分だ。


 完全に地面に降りるとヘイヴルの巻き付いていた腕が解かれる。

 ここは平原だ。

 今の所魔物の類は見えないけれど、油断をするのは良くないでしょう。

 町か何か、魔物が寄ってこないゆっくりできる場所を探したいけれど、聖結界の外へ出てしまった以上、町に入るのも危ない。

 ……これは、このまま聖結界の中に戻るべきかしら?

 でも、そうする訳にもいかないし……。


「マリーヴィア、困っているようだね。僕のせい?」

「……そうですよ! あなたのせいで困っているんですよ!」


 もう私は怒りをヘイヴルにぶつける事にした。

 ヘイヴルがいなければこの後、悪い魔族を見つけて殺しに行くつもりだったのに!


「なら良かったぁ。で、マリーヴィアはこの後どうするんだい?」

「あなたがいるから何もできないんですよ! あなたを聖結界の中に返したらシオミセイラ様に聖結界を越える手段を教えるつもりでしょう!」

「そうだね。それも良いかもしれない。じゃあ、一旦聖結界の中に入って見ようか」

「待ちなさい、ヘイヴル! それは……!」


 ヘイヴルが聖結界に触れてしまう。

 けれど……?


「弾かれました、ね? これは一体……」

「そうだね。僕は聖結界の中に戻れないみたいだ。これでマリーヴィアと一緒にいられるね」


 今までに見ないくらいくらいの笑顔をヘイヴルは浮かべている。

 いや、これは絶対に条件があるはず。

 まずはその条件について解明する必要がありそうだ。

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